夏が終わった、そのあとに〜吟遊詩人とすみれの恋〜

楢川えりか

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【PART 3】2年生、冬

18. 志望動機

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「そっか、あそこでバイト始めたんだね」
 都真がおれの向かいで言う。大学構内のカフェ。
 おれは、交換留学の志望動機を絞り出していた。まさに、絞り出すっていう感じだ。
「うん、今のところ結構楽しい」
「よかった。会える時間が減るのは寂しいけど、楽しかったら何よりだよ」
 都真がおれに向かって微笑んだ。そういう、都真のストレートな言葉の破壊力はすごい。おれはつい照れた。
「でも、これには何の役にも立たないなあ」
 おれは、交換留学の志望動機を書くのに四苦八苦していた。都真も書類を揃えるのに混乱していたが、志望動機だけは一瞬で終わる。おれと反対だ。
 おれは社会学概論をとったときに買わされたテキストと、原書講読で配られた配布物を眺めて、フランス人を探している。
 どの人を卒論で書くって言えば、フランスに行ってもいい感じになるだろう。
 志望動機、作文だけじゃなくて面接もあるからな。
「正直に、都真といたいって書きたい……」
 なかなかうまく書けずに心が折れつつあるおれの頭を、都真がぽんぽんと叩いた。
「別に、卒論につなげなくても、将来語学を使って働きたいとかでもいいんじゃない?」
「フランス語がいる仕事ってなんだよ。語学学校と国連くらいじゃん」
 言いながらおれは考える。英語だったら、まあ語学を身につけたいって言って、納得してもらえると思うけど。
「あと商社と観光あたり? どれもおれがやるのは、ちょっとイメージがわかなくない?」
 そもそも自分が働いているイメージもほとんどない。
「うーん、まあ」
 都真は困ったような顔をしている。自分でもわからないのに、都真に聞いても迷惑だろう。
「ごめん、付き合わせて」
 おれが言うと都真は微笑んだ。
「別に大丈夫だよ。一緒にいるだけで楽しいから」
「もう」
 ウィンクが飛んできて、おれはまた照れる。
 すっかりコーヒーが冷たくなったころ、おれもなんとか完成させた。
「じゃあ、教務に出しに行こうか」
 長い黒のトレンチコートも似合うな。身長があるからな。
 立ち上がった都真を見て、おれは改めてかっこいいなと思った。
「何?」
 ふしぎそうな都真の声に、おれは冗談めかして言った。
「見とれてただけ。かっこいいなって」
 それを聞いた都真が照れたように視線をそらしたので、おれも照れる。
「じゃあ、行こ」
 出来上がった書類の提出に、教務課まで行くために、おれたちはカフェを離れた。
「うわ、さっむ!」
 おれは身を震わせた。外は深々と寒かった。慌ててダウンの前を閉める。
 街路灯が夕闇にぽつりぽつりと浮かんでいる。素早く暗くなる冬の夕暮れに、なんだか憂鬱な気持ちになった。
「な、都真。おれたち、留学してもしなくても、変わらないよな」
 不安になって、おれはしかたのないことを言ってしまう。何度約束したって、今の保証が、未来の保証にはならないのに。
 都真が身を寄せてきて、彼の肩が、おれの肩に触れる。
「付き合う前にさ。一夜がさ、オレは変わっても、変わらなくてもいいって言っただろ」
「そうだっけ」
 そうだ、そんなことを言ったな。
「オレ、それから考えてる。変わることについて」
「うん」
 思っていたより真剣な都真の声に、おれは緊張しながら頷いた。
「最近、オレもさ。生きていくのに、変わらないことはないなって思い始めたんだ。留学とか恋愛とかして、変わらない方がおかしいよな。だから、絶対変えられないことを、ちゃんと自分でわかって、守っていけたらいいのかなって思って」
「うん」
「オレが大切なのは、吟遊詩人と一夜だよ。ふたつはぶつかることもあるけど、大切なのは変わらないから」
 おれは都真を見た。そう言ってくれると、憂鬱さがまぎれる。自然と微笑んでいた。
「きみの大切なものに入れてくれて、ありがと」
 都真は笑った。
「オレの方こそ。オレさ、一夜と付き合ってほんとに毎日幸せなんだ。付き合ってなかったと思うと、今はそっちの方が怖いよ。あんなに悩んだのにさ。こんな、しょうもないオレに好きって気持ちを見つけさせてくれて、ありがとう」
 そう照れたように笑う都真は、本当にかわいい。おれも照れてしまった。
 おれが誰かを幸せに、できてるんだ。
 そのこともうれしいし、そのことを伝えてくれたのもうれしい。
 このまま都真に抱きついて、それから手をつないで歩きたいなと思った。大学だったから、しなかったけど。
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