夏が終わった、そのあとに〜吟遊詩人とすみれの恋〜

楢川えりか

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【PART 3】2年生、冬

17. アルバイト

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 もうずいぶん、入り口でうろうろしている。すっかり体も冷えている。
 大学の最寄駅の駅ビルに入っている語学学校の前。「事務アルバイト募集。学生・海外経験歓迎、詳細はお声がけください」というポスターが貼ってあった。
 英会話学校だと思っていたけど、英語以外の国の国旗も貼ってあって、いろんな外国語を教えているらしい。
 おれは、人生で初めて、単発じゃないアルバイトに応募しようとしていた。
『別に、親に許可を取らなくても、自分でバイトしたお金で習えばいいし』
 冬休みに、都真に言われたことについて、おれも考えたんだ。おれが家族に自分の希望を強く言えないのは、おれが養われてる立場だっていうのもある。だからまず、自分の自由になるお金を増やせたら、少し変われるかなって。
 都真なんか、アルバイトと奨学金で、そんなに親に頼ってないもんな。
「あ、」
 自動ドアの向こうの、外国人講師らしきお兄さんと目が合う。微笑みかけられて、おれは曖昧に頭を下げた。
 もう、行かなきゃ始まらない。
 おれは深呼吸して、自動ドアの前に立った。

「こんにちは、会員証お願いします」
 その一週間後。おれは同じ語学学校の、受付に座っていた。
 声をかけたところ手が空いていたらしくて、スーツ姿のオーナーとそのまま面接してしまった。あとで履歴書書いて持ってきてね、と言われたものの、最寄りの大学の大学生で短期留学経験があることと、授業の空いてる時間を伝えたら、なんかほぼすでに採用になったみたいだった。
 おれの仕事は雑用全般。受付もそうだし、講師に頼まれた資料のコピーをしたり、生徒のレッスンの様子について、講師から渡されたメモを見て、翻訳してパソコンのデータベースに入れたり、スタッフのスケジュール管理をしたり。
 翻訳も、別に時間制限ないし辞書も引けるから、英語もフランス語も、特に難しいことはないんだよな。おれは、試験みたいにその場の反応を求められることが苦手なんだ。自分のペースでやれればなんとかなる。
 特に親の許可はいらなかったんだけど、一応父さんに報告したら、父さんはおれに「おまえに仕事ができるはずがない」って言ってたけどな。それこそそれじゃ就職活動で困るから、練習したいって言って説得した。父さんはおれはどうせすぐ辞めるって言ってるけど、オーナーは褒めて育てる方針なのか、今のところ優しいし、楽しくやってる。
「あれ、佐野ちゃんだ」
 受付の向こうで会員証を持った、宮村が立っていた。
「あ、宮村。ここに通ってるの?」
 まあ大学の最寄りだしな。通っててもおかしくはないけど、部活もやってるのに大学の勉強にプラスで語学学校って、すごいな。
「うん、そうだよ。佐野ちゃんは、ここでバイト始めたんだ?」
「うん」
「事務の人がひとり、去年終わりに辞めちゃって、忙しそうだったんだよな。よかった」
「そうなんだ」
「あ、結婚するから引っ越しするって言ってたから、職場が悪いって話じゃねえみたいだよ。おれも中のことは詳しくは知らんけど」
 おれが心配そうな顔をしていたのか、宮村がフォローするように言った。
「ありがと」
「ここで佐野ちゃんに会えるの、うれしいよ! 最近会えてなかったもんな。またな」
 宮村はにこにこ笑っておれに手を振って、教室に向かう。
 宮村は、ほんと、誰とでも仲良くなれるいいやつなんだよな。入学したての学科の歓迎会で、人見知りを発揮してたおれに「どこ出身?」とか、あたりさわりのないことを話しかけてくれて。
 今だって、なんでおれに会えるくらいで、うれしいとか言ってくれるんだか。フランス語のクラスで数少ない男子じゃなかったら、こんなに絡んでくれてないだろう。
 温かい気持ちになりながら、おれも小さく、手を振り返した。
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