きみと探す妖精物語

楢川えりか

文字の大きさ
1 / 15

告白とふしぎな出会い

しおりを挟む
「日向、好きだ。ぼくの恋人になってほしい」

 森野日向もりのひなたは目の前の少年、ジョシュから差し出されたノイバラを見つめた。顔を少し上げると、金髪の癖毛の向こうで、ヘーゼルナッツの瞳が真剣に自分を見つめている。

「今はまだ十二歳だけど、十八歳になったらきみを日本まで迎えに行くよ。たくさんの薔薇も持っていく」

 それは、考えてもみないことだった。
 いや、本当のことを言うとなんとなく、こんなことがあったらいいなと期待をしたことはあったのかもしれない。
 自分の答えを待っている彼は、待てをさせられているゴールデンレトリバーのようだ。従順に、期待をこめたまなざしが熱くて、日向はどうしたらいいのかわからなくなる。
 妖精の伝説を研究している助教授の父が、ヨーロッパのような古い街並みの大学街、ここアメリカのボストンの大学に留学することになったのは二年前。
 妖精といったらアイルランドの方が有名な気がするけれど、父は本気か冗談かわからない顔で、

『アメリカで出会った妖精に、また会いたいから』

 なんて言ってここまでやってきた。
 そんな父に同行して大学の家族寮に入った日向に、声をかけてきたのが隣に住んでいたジョシュだ。
 植物学者と妖精学者の息子。同い年ということもあって、日向と彼はすぐに仲良くなった。
 見知らぬ街での生活を、色々と教えてくれる彼は頼りになった。巨大なキャンパスの敷地内は一部森とつながっていて、そこでも色々と遊んだ。
 そんな生活も明日で終わり。
 父の研究期間が終わって、日本に戻る日は明日に迫っていた。
 ジョシュと離れることはつらかった。でも、最初から決まっていたことだ。

(まだ子供だし、親の仕事で引っ越ししないといけないのはしかたない)

 そんなふうに、落ち込む自分を慰めていたのだけど。
 目の前にいるジョシュは、自分に何かを求めてきた。
 なんだっけ。

 ボクノ恋人ニナッテホシイ?

「え……?」

 日向は戸惑った声で返してしまう。
 たしかに、まだ帰国が現実的でなかったころは、ジョシュみたいな男の子が、自分の恋人だったらいいなと思うことはあった。
 ジョシュは他のクラスメイトよりも大人びていて頭が良く、くだらないことで周囲と少し違う自分のような外国から来た人間を、バカにして笑ったりすることがないどころか、むしろそういうクラスメイトたちには冷静に注意したりしていた。
 彼は誰も傷つけずに話す方法を知っていて、男女関係なく平等で穏やかで、彼と一緒にいると気持ちが落ち着いた。
 だけど、もう日本に出発する飛行機は明日なのだ。いまさら、恋人になってどうするというのだろう。
 日向が戸惑っている空気を察したらしく、ジョシュは散歩に連れていってもらえなかった犬のようにしょんぼりしながら、それでも優しく微笑んだ。

「日向、ぼくはきみに気持ちを伝えたかったから言ったけど、きみが気にする必要はないからね。きみの、好きなようにすればいい。よかったら、これだけもらってくれる?」

 大きな瞳に微笑まれてほっとする。
 自分の好きなようにというのがどうすればいいのかはわからなかった。でも、それを受け取ることくらいなら。

「ありがとう、かわいいね」

 小さな白い花がたくさんついている。受け取ると、自然と笑みがこぼれた。花は好きだ。
 転がっているバケツに庭用の水道から水を出して、ノイバラを中に入れた。
 座り込んでそれを見ていると癒される。日向は少し落ち着いて、自分の気持ちを言葉にできる気がした。

「ジョシュ、あのね。僕は、自信がないんだ」

 隣で一緒にノイバラを眺めていたジョシュが顔を上げて、日向を見つめた。

「僕の父さんと母さんは、離婚してるだろ。遠く離れて、気持ちが変わらないでいることが信じられない」
「日向、ぼくの気持ちは──」

 言いかけたジョシュの言葉の上に、日向は言った。

「僕が信じられないのは、僕だから」

 日向は小さくため息をつく。
 自分も父母のように、気持ちが変わってしまうのではないか。それが怖い。
 気まずい沈黙が流れた。
 最後の日々をこんなふうに気まずく終わらせたいわけではなかったのに、なんでこんなふうになってしまったのか。
 決して、ジョシュが告白してこなければよかったわけではないのに。
 嬉しい、という気持ちが、ないわけではない。
 今後その言葉が、自分以外の人に伝えられるのもいやなのに。

(なんで父さんは転勤ばっかりなんだよ)

 やつあたりだ。わかっているのだけれど、日向は思う。
 その時だった。
 バサバサ、バサバサ。

「あれ?」

 羽音のようなものが聞こえる。
 ジョシュも首をかしげて何か聞いているようすだ。

「ガーデンネットにトンボか鳥が引っかかったのかな?」

 日向はつぶやいた。
 一部庭木の保護に、ネットをかけているのだが、そこに何か、羽根をもつものが引っかかっているような音がしている。
 ふたりは顔を見合わせて立ち上がる。助けてやらないといけないだろう。
 音を頼りに歩いていくと、ブラックチェリーのネットが激しく揺れている。

「落ち着いて、大丈夫だから」

 声をかけてジョシュが長い手を伸ばすと、それをおさえた。やわらかくて落ち着く声だ。日向の身長では届かないので、ほっとする。
 彼はそっと、ネットを裏返した。

「羽根が折れちゃってるね……あれ? なんだろう?」

 最初は、蝶かと思った。ジョシュの指先にとまるくらいの、小さな生き物。でも、胴体の部分が、人間の、少年のような……。

「プーカ! 父さんの図鑑で見たことがある!」
「え?」

 日向は思わず、声を上げていた。
 いたずら好きで、恋人たちや弱い人の願いを叶えてくれる変身できる妖精──父の書斎にあった、大きな図鑑に出てくる妖精にそっくりだ。

「その名前で呼ばれることもある」

 ジョシュの指先から高い声が返る。ジョシュは驚きを隠せない表情だった。それはそうか。
 日向も驚いたが、それよりも昔から眺めていた、父の本に書いてあることが、本当だったことにわくわくした。

「ほんとうに、プーカなんだね! ジョシュ、プーカはいたずら好きで、恋人たちや弱い人の願いを叶えてくれる、色々な存在に変身できる妖精、あ、えっと『善き人』なんだよ」
「まあそうだ。いたずらと言われるのは心外だが」

 妖精は妖精と呼ばれるのを嫌がる。だから『善き人』と呼ぶ。
 そう本に書いてあったのを思い出して日向が言い換えると、彼はさほど気にした様子もなく答えた。
 ジョシュが興味深そうに尋ねた。

「英語わかるの?」

 彼はふふんと鼻で笑った。

「きみたちが英語だと思っているだけさ。ところで子供たち。助けを頼む。この羽根、ボロボロだろう?」

 プーカは羽根を見せる。羽根が折れていた。
 ネットの中で必死に羽根をバタつかせていたからだろう。日向は、プーカに関するエピソードをひとつ思い出した。
 プーカのいたずらはブラックベリーを真っ黒にすること。つまりブラックベリーを熟してくれるのだ。
 それでネットの中に入っていたのか。
 引っかかっても、冷静に、暴れなければ傷ついたりはしなかっただろうに。
 鳥などに食べられないようにネットを張っているのだろうが、こっちの都合で傷ついて、かわいそうだ。

「治さないと魔法が使えない」

 妖精は不服げだ。

「魔法を取り戻す方法があるの?」
「よく聞いてくれた。もちろんある。この森で一番大きな木の下で、ハート型の葉っぱを見つけ、その葉っぱで朝露を受け、それを愛し合うふたりが飲んで愛を誓うと力を取り戻せる。怪我も治るんだ。だから手伝ってもらえないか?」

 日向はジョシュと顔を見合わせた。今日は土曜日だし、出発の準備も終わっているし、特に予定はない。
 困っている人、妖精だが──がいるなら、助けるのが筋な気がする。
 それに、こちらでの最後の週末を、ふたりで過ごすか三人?で過ごすかの違いだが、さっきの告白で、ちょっとふたりきりは気まずい気もした。

「いい……よね?」

 日向がジョシュを伺いながら言うと、ジョシュもうなずいた。彼が困っている人を放置するわけがない。
 そんなわけで、こんなふうに日向のふしぎな週末が始まったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

連理の枝と約束~あなたと月の下で

夏目奈緖
BL
真面目青年×妖艶系天使。明治の世。武家の名残を持つ黒崎家は、海運業と機織り工場を営んでいた。16歳の冬、秀悟の前に現れたのは、月から来たと語る美貌の青年・アンリ。機織りに魅せられた彼は黒崎家に住み込み、やがて家族同然の存在となる。しかし、アンリは、この星を観測する軍人であり、故郷には婚約者がいるという。10年の歳月の中で、秀悟は決して口にできぬ想いを募らせていく。やがて訪れる帰還の時。天では比翼の鳥に、地では連理の枝に。月の光の下、二人が選ぶ未来とは。「青い月の天使~あの日の約束の旋律」に少し出てくるカップルです。

二人暮らし

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 倫(リン)と真希(マサキ)の二人暮らし。親子として暮らす二人のお話です。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

処理中です...