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ふたりの困りごと
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・この森で一番大きな木の下
・ハート型の葉っぱ
・朝露を、愛し合うふたりが飲む
・ふたりが愛を誓う
※時間帯は朝!
日向はプーカに確認しつつ、胸ポケットに入れていた手帳に書き出した。横からジョシュが覗き込んでくる。
彼のサラサラした金髪が頬をくすぐって、ドキドキしてしまう。
今までだってこんなことはあったし、他意はないんだろうけど。でも恋人になってほしいと言ってきた人と、少し顔をずらしたらキスできそうな距離でいるなんて!
それでも自分から顔を離したら、まるで彼を嫌がっているみたいでできなかった。傷つけたくはないし、嫌でもないし。
「えっと……、まずは大きな木かな?」
「そうだね。あれかな?」
ジョシュが遠くを指さした。何の木だかわからないが、他の木に比べて頭が抜けて背が高い木がある。
ふたりはそこまで歩いていくことにした。
「高い木ってさ、遠くからはすぐ見つかるのに、近くなると見つけづらいね」
そんなことを話しつつも、さほど時間はかからずに一番大きな木が見つかった。
次はハート型の葉っぱ。
そう思って木を見ると、どれもそれなりにハート型に見える。
「じゃあここで朝露を飲めばいいのか」
「朝露っていうんだから、朝だよね」
そう言った日向にジョシュは頷いた。
「ところで日向。ぼくたちにはひとつ大きな問題がある。今が朝じゃないということ以外にだよ」
日向は隣で腕を組み、木を見上げているジョシュを見た。彼も、薄々気になっていた。
「この木の下で愛を誓ってくれる人のこと?」
ジョシュは軽く肩をすくめた。
そうだ。妖精の研究をしている日向の父親はともかく、普通の大人が妖精を助けるなんて言って、協力してくれるわけがない。
ピーターパンだって、妖精を信じたのは子供だけだ。
それ以外で愛を誓ってくださいと言われても、やってくれそうな人というとあまり思いつかない。
「父さんは信じるかもしれないけど、愛し合ってる人がいないしな」
日向は軽いため息と共につぶやいた。
『お母さんは故郷に帰ったんだよ』
思いつめた表情で、父が言ったのはもう数年は前なのだが、それから父はずっと寂しそうな顔をしているし、研究に没頭している姿しか見ていない気がする。
まさか、自分の知らないところで恋人などはいなさそうだ。
母が去った詳しい理由を、日向は知らない。ただ、家にいる間、母はずっと寂しそうな顔をしていた。父が、調査だなんだとよく家を空けていたせいだろう。
父との結婚を家族に反対されていたのだろうか。母の家族には、会ったことはなかった。
それでも、故郷に帰ったって、人間と結婚した妖精じゃないんだから、現在の交通網だったら、大人にとっては里帰りなんてそんなに難しいことはないはずだ。
それなのに別れたあと、自分たちに一度も会いにこないなんて、やっぱり母の愛は失われたのだ。
「ジョシュ……、きみのお兄さんは?」
名案のはずだ。そう思って日向は聞いた。二歳年上のジョシュの兄は、自分をいつも対等に扱ってくれている。
突然、妖精を助けるためと言われても、頭から笑い飛ばすことはないだろう。そういう優しいところが、ジョシュも似ている。
「いやーそれが問題なんだよ」
ジョシュは両手を開き、お手上げというジェスチャーをした。
「兄さん、こないだ二股がバレてさ。両方が鉢合わせて、両方から振られちゃって」
「え?」
日向はびっくりした。
あの優しそうなお兄さんが、二股をしていたなんて?
「お兄さん、そういうタイプじゃないと思ってたよ。僕にはあんな優しいのに」
ジョシュも軽くため息をつく。
「そうなんだけどなあ。優しいっていうか、気弱すぎるからさ。彼女がいるのに迫られて、断ってたけど積極的な子で、そのうちほだされちゃって」
「あー……」
断りきれなかった、という方が彼らしいといえばそうだ。いいことではないと思うけど、なんとなく、わからないでもない。
「あ、日向。これは兄さんの話だから。ぼくは二股なんかしないよ」
焦ったように言い添えるジョシュに、日向は少し微笑んだ。
「わかってるよ。お兄さんはお兄さん、きみはきみ。でもどうしよう、僕の父さんは仕事が恋人だからなあ」
日向の視線を受けて、困ったようにジョシュは苦笑した。
「うちの母さんはさすがに来られないしな」
ジョシュはため息をつきながら言う。
彼の母親は西海岸の大学で仕事に就いているとかで、たまの休みにしか戻ってこない。ジョシュたちが長期休暇のときはそっちに行くこともある。要するに単身赴任だが、飛行機の距離だ。
「あ、アーニーズのミセス・ブラウンはどうだろう?」
腕を組んで考えるしぐさをしていたジョシュが日向を見た。
「アーニーズ……?」
「そう。大学通りのアーニーズ洋菓子店」
日向はぼんやりと思い出す。
言われてみればうっすらと記憶があった。大学を出てまっすぐ続く大学通りに、百年前から建っていそうなアンティークな外見の洋菓子店。
この街に来たばかりのころだった。父親が街で古書店にさんざん連れまわしたあとに、疲れただろうと言って連れていってくれたと思う。中ではお茶ができるようになっている店だった。
骨董品のような年齢のオーナー夫妻が仲睦まじく店頭に立っていた。そのうちの奥さんの方が、甘いものを食べない父親に合わせて、紅茶を飲んでいただけだった日向に、ビスケットをおまけしてくれたのを思い出した。
いい人だった。
「あそこは小さいころよく通ったんだ。子供のころの、憧れの店でね。ほら、ぼくは甘いものが好きだろ?」
少し恥じらうように、ジョシュがはにかむ。たしかに、中学校に上がった男子としてはちょっと恥ずかしいことかもしれない。
でも彼は自分にそれを隠したことはなかったし、日向は嬉しそうに甘いものを食べる彼の顔を見るのは好きだった。
「あそこのオーナーのミセス・ブラウンは子供の俺に妖精の話をたくさんしてくれた人だから、たぶん信じてくれると思うんだ。それに、ミスター・ブラウンともとても仲がいいし」
日向は日の当たる洋菓子店の店内を思い浮かべた。プーカには悪いけど、もしうまくいかなくても、最後に一度、ジョシュと街でお茶をする思い出はほしい気がする。
お小遣いはもらっていないわけではないが、子供だけで外食はほとんどしないから、最後くらいこの国で、そんなことがあってもいいだろう。
「じゃあ、行ってみようか」
ふたりは歩き出した。
・ハート型の葉っぱ
・朝露を、愛し合うふたりが飲む
・ふたりが愛を誓う
※時間帯は朝!
日向はプーカに確認しつつ、胸ポケットに入れていた手帳に書き出した。横からジョシュが覗き込んでくる。
彼のサラサラした金髪が頬をくすぐって、ドキドキしてしまう。
今までだってこんなことはあったし、他意はないんだろうけど。でも恋人になってほしいと言ってきた人と、少し顔をずらしたらキスできそうな距離でいるなんて!
それでも自分から顔を離したら、まるで彼を嫌がっているみたいでできなかった。傷つけたくはないし、嫌でもないし。
「えっと……、まずは大きな木かな?」
「そうだね。あれかな?」
ジョシュが遠くを指さした。何の木だかわからないが、他の木に比べて頭が抜けて背が高い木がある。
ふたりはそこまで歩いていくことにした。
「高い木ってさ、遠くからはすぐ見つかるのに、近くなると見つけづらいね」
そんなことを話しつつも、さほど時間はかからずに一番大きな木が見つかった。
次はハート型の葉っぱ。
そう思って木を見ると、どれもそれなりにハート型に見える。
「じゃあここで朝露を飲めばいいのか」
「朝露っていうんだから、朝だよね」
そう言った日向にジョシュは頷いた。
「ところで日向。ぼくたちにはひとつ大きな問題がある。今が朝じゃないということ以外にだよ」
日向は隣で腕を組み、木を見上げているジョシュを見た。彼も、薄々気になっていた。
「この木の下で愛を誓ってくれる人のこと?」
ジョシュは軽く肩をすくめた。
そうだ。妖精の研究をしている日向の父親はともかく、普通の大人が妖精を助けるなんて言って、協力してくれるわけがない。
ピーターパンだって、妖精を信じたのは子供だけだ。
それ以外で愛を誓ってくださいと言われても、やってくれそうな人というとあまり思いつかない。
「父さんは信じるかもしれないけど、愛し合ってる人がいないしな」
日向は軽いため息と共につぶやいた。
『お母さんは故郷に帰ったんだよ』
思いつめた表情で、父が言ったのはもう数年は前なのだが、それから父はずっと寂しそうな顔をしているし、研究に没頭している姿しか見ていない気がする。
まさか、自分の知らないところで恋人などはいなさそうだ。
母が去った詳しい理由を、日向は知らない。ただ、家にいる間、母はずっと寂しそうな顔をしていた。父が、調査だなんだとよく家を空けていたせいだろう。
父との結婚を家族に反対されていたのだろうか。母の家族には、会ったことはなかった。
それでも、故郷に帰ったって、人間と結婚した妖精じゃないんだから、現在の交通網だったら、大人にとっては里帰りなんてそんなに難しいことはないはずだ。
それなのに別れたあと、自分たちに一度も会いにこないなんて、やっぱり母の愛は失われたのだ。
「ジョシュ……、きみのお兄さんは?」
名案のはずだ。そう思って日向は聞いた。二歳年上のジョシュの兄は、自分をいつも対等に扱ってくれている。
突然、妖精を助けるためと言われても、頭から笑い飛ばすことはないだろう。そういう優しいところが、ジョシュも似ている。
「いやーそれが問題なんだよ」
ジョシュは両手を開き、お手上げというジェスチャーをした。
「兄さん、こないだ二股がバレてさ。両方が鉢合わせて、両方から振られちゃって」
「え?」
日向はびっくりした。
あの優しそうなお兄さんが、二股をしていたなんて?
「お兄さん、そういうタイプじゃないと思ってたよ。僕にはあんな優しいのに」
ジョシュも軽くため息をつく。
「そうなんだけどなあ。優しいっていうか、気弱すぎるからさ。彼女がいるのに迫られて、断ってたけど積極的な子で、そのうちほだされちゃって」
「あー……」
断りきれなかった、という方が彼らしいといえばそうだ。いいことではないと思うけど、なんとなく、わからないでもない。
「あ、日向。これは兄さんの話だから。ぼくは二股なんかしないよ」
焦ったように言い添えるジョシュに、日向は少し微笑んだ。
「わかってるよ。お兄さんはお兄さん、きみはきみ。でもどうしよう、僕の父さんは仕事が恋人だからなあ」
日向の視線を受けて、困ったようにジョシュは苦笑した。
「うちの母さんはさすがに来られないしな」
ジョシュはため息をつきながら言う。
彼の母親は西海岸の大学で仕事に就いているとかで、たまの休みにしか戻ってこない。ジョシュたちが長期休暇のときはそっちに行くこともある。要するに単身赴任だが、飛行機の距離だ。
「あ、アーニーズのミセス・ブラウンはどうだろう?」
腕を組んで考えるしぐさをしていたジョシュが日向を見た。
「アーニーズ……?」
「そう。大学通りのアーニーズ洋菓子店」
日向はぼんやりと思い出す。
言われてみればうっすらと記憶があった。大学を出てまっすぐ続く大学通りに、百年前から建っていそうなアンティークな外見の洋菓子店。
この街に来たばかりのころだった。父親が街で古書店にさんざん連れまわしたあとに、疲れただろうと言って連れていってくれたと思う。中ではお茶ができるようになっている店だった。
骨董品のような年齢のオーナー夫妻が仲睦まじく店頭に立っていた。そのうちの奥さんの方が、甘いものを食べない父親に合わせて、紅茶を飲んでいただけだった日向に、ビスケットをおまけしてくれたのを思い出した。
いい人だった。
「あそこは小さいころよく通ったんだ。子供のころの、憧れの店でね。ほら、ぼくは甘いものが好きだろ?」
少し恥じらうように、ジョシュがはにかむ。たしかに、中学校に上がった男子としてはちょっと恥ずかしいことかもしれない。
でも彼は自分にそれを隠したことはなかったし、日向は嬉しそうに甘いものを食べる彼の顔を見るのは好きだった。
「あそこのオーナーのミセス・ブラウンは子供の俺に妖精の話をたくさんしてくれた人だから、たぶん信じてくれると思うんだ。それに、ミスター・ブラウンともとても仲がいいし」
日向は日の当たる洋菓子店の店内を思い浮かべた。プーカには悪いけど、もしうまくいかなくても、最後に一度、ジョシュと街でお茶をする思い出はほしい気がする。
お小遣いはもらっていないわけではないが、子供だけで外食はほとんどしないから、最後くらいこの国で、そんなことがあってもいいだろう。
「じゃあ、行ってみようか」
ふたりは歩き出した。
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