きみと探す妖精物語

楢川えりか

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アーニーズ洋菓子店

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 大学前の通りは賑やかだった。
 父から街に出ることを禁止されているわけではないが、自分の年齢ではひとりで外出という感じではなかったし、あまり遅くなっては心配される。中学校もキャンパス内の付属校だし、最低限の売店は大学内にあるから、日向は普段はほとんどキャンパスから出ずに生活しているが、通ってくる学生も多いし、歴史のある大学の建物を見に来た観光客でも賑わっている。
 ジョシュはアーニーズに通い慣れていたのだろう、迷うことなく道を進んでいく。

「最近はあまり行ってなかったけど、子供のころはよく通っていたんだ。特に兄さんと喧嘩をしたり、母さんに怒られたりするとこっそり抜け出して、ここのディスプレイを眺めてね。そうしたらある日、ミセス・ブラウンに声をかけられて。中でお茶をご馳走になって、それからもときどき」

 たどりついたアーニーズで、ジョシュが懐かしそうに店先のディスプレイを眺めている。日向も隣でそれに目をやった。
 大きなお菓子の家。
 クッキーが煉瓦のように敷き詰められた壁に、チョコレートでできている屋根。その隣で踊っている飴細工のバレリーナ。
 日向はそのディスプレイに額をつけるようにして眺める少年のジョシュを想像して、ほほえましい気持ちになった。
 それはミセス・ブラウンだって中に招待したくなるだろう。

「このお菓子の家、子供のころ見た夢に出てきた家に似てるんだ」

 ジョシュがそう言って、日向は本当に微笑んだ。かわいいジョシュ。夢にまでお菓子の家を見るなんて。

「妖精だ」

 プーカがつぶやいた。バレリーナの左右に浮かんでいる羽根を持った女の子と男の子の飴細工が、妖精のような格好をしている。

「本当だね」

 言われてよく見てみると、そのお菓子の家の周囲には、子供に混じってさまざまな妖精たちがいた。
 ジョシュにも妖精の話をしてくれたというし、本当にこの店のオーナーは妖精が好きなのだろう。
 これでうまくプーカの願いを叶えてやれるだろうか。日向が少しほっとして、ジョシュの方を見たときだった。

「あらかわいいお客さんね、いらっしゃい。坊やたち」

 ドアが開いて、品のいい老婦人が顔を出した。
 日向は彼女がまっすぐに自分の肩元のプーカを見ていることに気づく。彼女はプーカに対して話しかけているようだ。

(妖精がいるってことに、気づいてるのかな?)

「ミセス・ブラウン!」

 夫人の姿を見てジョシュが嬉しそうに駆け寄る。童心に返った小さな子供のようだ。
 本当に、ここが幼い彼にとって落ち着く場所だったのだろう。日向はまた、ほほえましい気持ちになる。

「あらジョシュ坊や。お友達も一緒なのね。どうぞ入って」

 誘われて、アーニーズの店内に入った。
 入ったとたん、甘い匂いがする。チョコレート、ミント、ハチミツ……、焼きたての小麦の匂いもした。

「僕は日向といいます。こんにちは」

 日向が手を差し伸べて挨拶すると、夫人はそれを握り返した。

「この『善き人』は?」

 当然のようにプーカを見る。

「お初にお目にかかります、マダム。色々な名前がありますが、この者は私のことをプーカと呼んでおります」
「プーカ!」

 夫人はてのひらを口元に当てて、驚いた声を上げた。プーカと出会ったときの自分の反応によく似ていて、日向は親しみを覚えた。
 今まで会いたいと思っていた存在に、出会えたときの反応だ。

「そうなんだ、ミセス・ブラウン。それで彼のことで、あなたとミスター・ブラウンにお願いがあって……。ミスター・ブラウンはいらっしゃいますか?」
「あの人ならちょっと出ているけど、すぐに戻ってくるはずよ。それまでちょっとお待ちなさいな」

 夫人はふたりを店内のイートインスペースに座らせた。窓から外がよく見える、日当たりのよい席だった。
 そしてふたりに皿を渡して、店内で気に入ったものを取るように指示すると、自身は店の奥に引っ込んだ。
 お茶を用意してくれるらしい。
 もともとそのつもりだったふたりは、洒落たラタンの椅子に腰かける。
 他に客はおらず、静かでゆったりした空気だった。
 森を歩いていた疲れが出ているのもあるかもしれない。ふたりとも無言だった。日向の肩に座っていたプーカも落ち着いたのか寝てしまったのか、静かにしている。
 目の前のジョシュは頬杖をついて、懐かしそうな表情で店内をぼんやり眺めていた。
 日向はその端正な横顔をこっそり眺める。午後の光を受けて、薄い色のまつげも光を宿しているようだ。
 きれいだな、と思う。今はまだ子供っぽいあどけなさが残っているが、きっと、これからもっと男らしくなって、かっこよくなりそうだった。
 自分はそれを見ることはないのだけれど。
 さほど大きくない音で、昔にはやったのだろう、聞き覚えはあるがタイトルは思い出せない音楽が流れていた。
 歌詞に耳を澄ますと、ふるさとを懐かしむ内容のようだ。
 自分はふるさとに帰りたいだろうか。日向はぼんやりと思った。
 日本に帰ったらやりたいこととか食べたいものがないわけではないし、懐かしいところがないわけではないけれど。
 自分が懐かしく、戻りたいと思う場所は、今この場所で過ごしているこの時間のような気がした。
 視線に気がついたのか、ジョシュが顔を日向の方に向けて微笑んだ。甘い。
 甘いのは舌の上に乗ったチーズケーキではなくて、その、彼の自分を見つめるまなざしが、まるでケーキの上にかけられたキャラメルソースのようにどろりとして、甘い。
 日向はとろりとしたそれにからめとられるような気持ちになって、思わず呼吸を止めた。
 苦しい。でもそれが自分でも嫌いではなくて。

『日向、好きだ』

 さっきそう言った彼の真剣なまなざしを思い出すと、鼓動が早くなる。
 じっとしていられないような、泣きたいような気持ちになった。

(……僕もきみが好き)

「日向?」

 その視線にからめとられたまま息を止めている自分を心配するように、ジョシュが首をかたむけた。
 そのとき、テーブルの上にティーポットが置かれた。

「お待たせ、坊やたち」
「あ、ありがとうございます」

 慌てて視線を逸らすと、日向は礼を言う。ジョシュも続けて礼を言った。

「さっき、何か言いかけてたわね?」

 ミセス・ブラウンが声をかける。ジョシュが、慌てて夫人にも椅子を勧める。

「あの、この『善き人』のことなんですけど」
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