サンダルで駆け抜ける異世界ライフ

medaka

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Season 3

第二十七話: 炎の約束

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1987年11月8日、ワシントンD.C.──マリンコープス・マラソンのスタートライン。参加者8000人を超える熱気で満ち、海兵隊の「Oorah!」(おーらー!──がんばれ!)が朝空を震わせる。秋の紅葉がポトマック川を彩り、コースは首都のランドマークを巡る42.195kmの旅──この「人民のマラソン」は、ジョージ・ランウェルにとって、60歳の復活の舞台だった。

ランウェルはミドルブロックの先頭に立ち、ゼッケンを確かめる。白髪交じりの頭を軽く振ってストレッチをし、心臓専門医のキャリアを思い浮かべる──1927年のレッドバンク生まれ、高校エリート陸上選手から、開業医として患者の心臓を救う日々。

40代の頃、日々の業務に追われ、家族の健康問題も重なって心身が疲弊していた。何気なく診察後の空き時間にトラックを走ってみた──息が上がり、汗が流れるうちに、気分が晴れ渡る不思議な解放感を覚えた。あれがきっかけだった。

走りは、ただの運動じゃなく、頭の中の雑念を吹き飛ばす療法──それ以来、毎日のルーチンに変わり、ボストンマラソン20回近くの連続完走を含む、50本以上のマラソンへと繋がった。

癌診断の1986年、トラックで影が伸びる夜に「もう遅い」と呟いたが、今は違う。クッションシューズを踏みしめ、革の古いシューズの記憶を振り払う。サブ3(3時間切り、平均4:15/km)の目標は、単なるタイムじゃない──生きる証だ。60歳での自身のベストを更新する情熱が、胸を焦がす。

「癌の影を越えて、このコースで英雄になる。患者たちに、遅すぎるなんてないと証明するんだ──走りは、人生の第二幕だ!」 妻ヘレンの心配げな視線を思い浮かべ、家族の笑顔を約束に変える。今日の炎は、過去のすべてを燃やし、未来を照らす。

あの5分マイルチャレンジも、すべてアリスとの絆に繋がる原点だった。講義で、高校生のマイケルが「人間の限界とは何か?」と質問した時、ランウェルは即座に答えた──「限界は、自分で決めるものだ。私が証明しよう、45歳で5分マイルを走る!」 町の人に笑われ、家族の心配をよそに、無謀な挑戦を始めた。あの情熱が、アリスの訪問で再燃した──彼女の「限界を超える風」が、博士の炎を強くした。

そして、あの不思議な出会い──1986年、静かな公園で突然現れた謎の少女、アリス。異世界からポータルで訪れる彼女は、定期的に──まるで運命の導きのように、意思とは関係なく開く扉を通じて──会いに来てくれた。

最初は「夢か幻か」と疑ったが、アリスのブラック企業の過労の鎖、栄養ドリンクの動悸の物語を聞くうち、ランウェルは彼女を弟子のように迎え入れた。
「博士、私の努力は……いつも他人に使われてきたんです。」 涙を堪えるアリスに、ハーブティーを注ぎ、『Running & Being』を渡した。

「走りは過去を受け入れ、未来を約束とするものだ。君の鎖は、今の君の一部──脅威じゃない、力の源さ。」 
あの握手から、師弟のような絆が生まれた。
アリスはランウェルの哲学を「努力は未来の自分との約束」と自分なりにアップデートし、ランウェルに影響を与えた──

癌の夜、彼女の「風のような情熱」が心臓に火を灯したのだ。ポータルの訪問は、地球の医者であるランウェルにとって「人生の贈り物」──異世界の風が、自身の哲学を新たに磨き上げた。

号砲が鳴り響く。海兵隊のトランペットが空を切り裂き、足音の波が地響きのように動き出す。ランウェルは深呼吸をし、4:20/kmのゆったりペースでスタートを切る。

ベテランとして、最初の10kmを抑えめに──「42kmは長い。初心者は飛ばしすぎるな」とアリスにアドバイスした言葉を、自分にもかける。 アーリントンの住宅街を抜け、観客の「Go, Doc!」コールが耳に優しい。

60歳の体は、若い頃の陸上選手時代を思い起こさせる軽やかさを取り戻していた。癌の治療痕が膝に微かな痛みを残すが、それは「今に生きる」証──過去の医者人生、妻ヘレンの心配、患者の笑顔を、すべてこの一歩に込めて。

最初の5km: ペンタゴンのアップヒルを上る。軽い坂が心肺を試すが、ランウェルはリズムを崩さない。息がハフハフと上がり、汗が額を伝う。「ハァ……ハァ……。この坂は、人生のメタファーさ。癌の影のように急だが、頂上はいつも風が待ってる。」

周囲のランナー──30代のサラリーマン、40代の母親──と軽く会話を交わす。「First Marine Corps? Keep it steady!」(初めて? ペース守れ!)。ペースは安定、感覚で4:18/kmを刻む。

10km地点: ジョージタウンの石畳エリアへ。川風が頰を撫で、紅葉のトンネルが視界を狭める。足音がリズミカルに響き、ランウェルの息は整う。だが、興奮のアドレナリンが切れ、微かな疲労の影が忍び寄る。

──回想: 
1986年の診断を受けた日。診察室の蛍光灯の下、医師の言葉が重く響く。「前立腺癌です。ステージ2。治療は可能ですが、走りは控えて……。」 心臓専門医の自分が、患者のように座り込む。夜のトラックへ逃げ、影が長く伸びるのを眺め、「もう遅い」と呟いた。

あの絶望の谷底で、ポータルが開いた──息を弾ませたアリスが現れ、ジョギング中の公園で出会った瞬間。
「博士……走ってるんですか? 私も、過労の鎖から逃げてきて。」 彼女の異世界の物語、ブラック企業の動悸を聞くうち、ランウェルは立ち上がった。
「アリス、君の風が、私の炎を灯すよ。」 癌の影が、師弟の絆で薄れた──定期訪問のポータルが、運命の贈り物となった。

霧が晴れ、現実のジョージタウンでランウェルは微笑む。ペースが自然に4:15/kmへ──「アリスのアップデート……努力は自分だけの約束。搾取されない、炎の約束だ。」

15km: ロック・クリーク・パークウェイの木陰へ。坂道が本格化し、葉ずれの音が心地よい。逆方向のランナーたちが折り返しを終えて下る中、先頭のエリートたちが猛スピードで過ぎ去る。

息が上がり、汗がシャツを濡らす。「ハァ……ハァ……。この坂は、癌の壁さ。頂上で、未来が約束になる。」 アップヒルの頂上近く、逆走のランナーたちとハイタッチを交わす──バックブロックの遠くに、アリスのシルエットがちらりと見える! 彼女は5:45/kmのゆったりペースで追ってくるが、まだ距離がある。ランウェルは心の中で呟く。「アリス、君の風が、私の炎を強くする……!」

折り返しを曲がり、back区間へ。ダウンヒルの加速でペースが4:10/kmへ──アドレナリンが体を押す。ポトマック川の風が吹きつける中、ランウェルは時計を握る。
「過去を受け入れよ。未来は約束だ。」
 坂を下る途中で、アリスの姿が近づいてくる──

サブ4の風が、博士の炎を加速させる。ついに追いつき、ハイタッチの瞬間! アリスの手が温かく触れ、彼女の声が響く。
「博士、先に! あなたの約束、私が見届けます!」 心が並走する──サブ3のベテランとサブ4の初心者、ポータルの絆。

20km: ヘインズ・ポイントの半島へ。風強いout-and-backセクション、フラットだが向かい風が体力を削る。壁の予感が来る──膝の古傷が疼き、癌治療の記憶がフラッシュバック。
「1986年の診断……トラックで止まった夜。『もう遅い』と。」 息が乱れ、視界が狭まる。
「ハァ……ハァ……ここで、第二の風を待て。」 ──疲労の谷底で訪れる「second wind」、体が酸素を再調整し、新たなエネルギーが湧く瞬間。
ランウェルは足を止めず、深呼吸を繰り返す。水を一口、塩タブレットを噛む。

「来い、第二の風……アリスの訪問のように、突然の贈り物だ。」 逆走のランナーたちとハイタッチを繰り返し、突然──胸に熱い波が広がる。心拍が安定し、足が軽くなる。ペースが回復。

「これだ……第二の風! 癌の影を吹き飛ばせ!」 観客の「Doc Runwell! You're flying!」(ドクター・ランウェル! 飛んでるぞ!)コールが、患者たちの笑顔を重ねる。

情熱が爆発──「60歳でベストを更新する! これは証明だ──走りは、遅すぎるなんてない、人生の第二の風だ!」
 折り返しを曲がり、ヘインズ・ポイントのback区間へ。風が背中を押し、第二の風の余韻が体を包む。ランウェルは息を弾ませ、遠くのナショナル・モールを睨む──アリスの風が、炎をさらに燃やす。
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