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Season 1
第四話:クロノスの鍵、時空の履物
しおりを挟むアリスは英雄の食卓の宿泊スペースで目を覚ました。朝陽が木製の窓から差し込み、ランタンの残り火が揺れる。給仕の数日で、身体は心地よい疲れに包まれる。ブラック企業の過労とは別物だ。今日は休日。アルフレッドの「8時間ルール」を思い出す。8時間働き、8時間寝て、8時間は好きなことを。
「あれ? この世界も1日は24時間なの?」
ふと疑問が浮かぶが、深く考える前に、ポケットのクロノスの鍵が温かい。ブラック企業では、栄養ドリンクで無理やり動いた。趣味? 知らない言葉だった。
そのとき、クロノスの声が響いた。
「アリス、走りなさい…。街を巡りなさい…。」
「またあなた…! 走るの、嫌いなのに…」
文句を言いつつ、アリスは服を着替え、宿泊スペースを出た。エリクサの朝は静か。石畳に魔法の灯が薄く輝き、屋台の準備が始まる。深呼吸し、軽く走り出す。だが、数歩で足に違和感。アリスが履いているのは普通のスニーカーだ。
「これで走るの、無理じゃない…?」
瞬間、鍵が金色に光り、手の中で震えた。目の前に、渦巻く光のポータルが現れる。アリスは息を呑んだ。怖いのに、好奇心が勝る。ブラック企業では、こんな冒険はなかった。
「クロノス…何を見せるの?」
意を決し、ポータルへ踏み込む。
次の瞬間、アリスは木造の建物前に立っていた。古びた看板に「峠の茶屋」とある。和服の人々が集い、茶の香りが漂う。旅人の笑い声、馬の足音、遠くの山は霧に包まれる。江戸時代だ。アリスは呆然とした。
「ここ…日本? 昔の?」
ポケットを探ると、ルミネが小さな銭(文)に変わっている。驚きつつ、茶屋のカウンターへ。お茶と団子を注文し、36文を渡す。温かいお茶と甘い団子に、緊張がほぐれる。
そのとき、若い男が駆け込んできた。足袋とわらじを履き、背には荷物。飛脚だ。アリスは彼の足元を見つめた。軽やかな動き、疲れを知らない走り。茶屋の隅で、別の旅人がわらじを交換している。
クロノスの声が囁く。
「学びなさい、アリス。走るための履物を。」
「履物…?」
飛脚が休憩で腰を下ろす。アリスは勇気を出し、話しかけた。「あの、わらじって、走るのにいいんですか?」
飛脚は笑い、アリスのスニーカーを見た。「その靴、窮屈そうだな。わらじは藁で編んだ履物だ。軽くて、足に優しい。足袋に合わせて紐で結ぶ。飛脚や農民、旅人が使う。編み方は簡単だが、しっかり編まなきゃすぐ壊れる。一日中走れば、2~3足は要るな。茶屋で買えるぞ。」
アリスは茶屋の喧騒を見た。旅人がわらじを手に吟味し、子供が藁を編む親を真似る。江戸の文化だ。ブラック企業の無機質なオフィスとは別世界。
「ありがとうございます!」
茶屋の主人に尋ね、わらじを手に取る。藁のざらっとした質感、丁寧な編み目に驚く。試しに履くと、地面の感触が直に伝わる。スニーカーとは別物の自由さだ。
「これで走れる…?」
茶屋の外で軽く走ってみる。足が軽い。栄養ドリンクの重い身体を忘れる感覚。飛脚が笑う。「慣れれば、どこまでも走れるぜ!」
アリスはお茶を飲み終え、わらじを手にポータルをくぐった。
エリクサに戻ると、昼前の街は賑わっていた。魔法の屋台からスープの香り、冒険者の笑い声が響く。アリスはジャイアントボアの串焼きを買い、香ばしい肉にかぶりつく。英雄の食卓の人気メニューを思い出し、笑みがこぼれる。わらじを手に、宿泊スペースへ。
夕暮れ、街を散策する。魔法の灯が瞬き、吟遊詩人が歌う。ブラック企業では、こんな時間はなかった。8時間ルールの「好きなこと」。走るのは嫌いなのに、わらじを握ると、試したくなる。
その夜、宿泊スペースで鍵を見つめる。クロノスの声は黙っている。江戸の茶屋、飛脚の走り。クロノスは、走る意味を教えているのか? 目を閉じ、眠りに落ちる。
翌朝、アリスはわらじを履き、走り出した。石畳を軽快に進む。魔法の灯が消え、朝陽が街を照らす。だが、数キロ走ると、藁が擦り切れ、わらじが壊れた。
「やっぱり消耗品か…」
飛脚の言葉を思い出す。一日中走れば、2~3足。足が少し痛む。アリスは立ち止まり、鍵を見つめた。すると、鍵が再び光り、ポータルが現れる。
「アリス、次の履物を見つけるのです。」
「次って…まだ走るの!?」
文句を言いつつ、ポータルへ。
次の瞬間、アリスは険しい山岳地帯に立っていた。木々がそびえ、遠くに雪をかぶった峰。村人たちは革と布のサンダルを履き、農作業や交易に励む。広場では、子供たちがサンダルで走り回る。
「ここも地球のどこか…?」
江戸時代を思い、呟いた。風景は異なるが、懐かしい。広場で、異色の男が目に入る。長髪にバックパック、色あせたシャツ。欧米人風の旅人だ。彼は革のサンダルを履き、観光客らしき人に何かを熱弁している。アリスは近づき、話しかけた。「あの、そのサンダル、なんですか?」
男は目を輝かせ、笑った。「おお、アジアの人かい? ワラーチだ! 先住民族の伝統さ。革底に布のストラップ、軽くて長距離走に最適。昔、走る民がこれで何百キロも旅した。革は足を守り、ストラップは自由をくれる。現代のランナーも愛用してるぜ。俺はワラーチの伝道師、旅しながら広めてるんだ!」
「伝道師?」
アリスは驚きつつ、興味を引かれた。地球の歴史、走る文化。ブラック企業では知らなかった世界だ。
男は続けた。「ワラーチはシンプルだが奥深い。ストラップの結び方でフィット感が変わる。村の職人が手作りするから、どれも一点もの。市場で買ってみな!」
村人が割り込み、笑った。「あんたみたいな観光客も、たまに買っていくよ。」
アリスは笑って頷いた。「はい、ぜひ!」
市場へ向かう。色とりどりの果物、籠や陶器が並ぶ。履物店には、ワラーチがずらり。茶色の革底に青とオレンジのストライプ、幾何学模様の布ストラップ。素朴だが、丁寧な作りだ。アリスは目を奪われた。
店主に話しかける。「ワラーチ、2足お願いします。予備も欲しいので。」
店主は足を測り、2足を選んだ。「ワラーチは足に優しい。山の道でも滑らん。走ってみな。」
試し履きすると、革が馴染み、ストラップが軽く固定。地面をしっかり捉える。走ってみると、わらじより安定し、足が自由だ。
「これ、すごい…!」
2足を買い、村を散策。農作業の歌、子供の笑い声。地球のどこか、こんな場所があった。アリスはポータルをくぐり、エリクサへ。
宿泊スペースに戻ると、夕暮れ。ベッドに腰掛け、わらじとワラーチを見つめる。クロノスの鍵は静かに輝く。走るのは嫌いだった。栄養ドリンクで無理やり動いた身体。でも、わらじの軽さ、ワラーチの自由さが、走る不安を溶かしていく。
「クロノス…あなた、走る意味を教えてるの?」
アルフレッドの「8時間ルール」を思い出す。この世界も24時間なら、好きなことをする時間は、走ることで見つかるのかもしれない。江戸も、山岳地帯も、地球のどこか。クロノスの鍵は、時間も場所も超える。
「次の冒険、どこに連れてくの?」
アリスは鍵を握り、微笑んだ。
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