サンダルで駆け抜ける異世界ライフ

medaka

文字の大きさ
6 / 28
Season 1

第六話:エリクサンダルと、挑戦の果て

しおりを挟む
エリクサの宿泊スペースで、アリスは『Running & Being』を手に取った。ランウェル博士の言葉が胸に響く。
「走ることは、自己を超える旅だ。リズムは心と調和し、限界は新たな始まりとなる。」

時計が6時を刻む。エテルニアの1日は24時間。時計塔の鐘が朝を告げる。窓から魔法の灯が揺れ、市場の喧騒が聞こえる。
ジャイアントボアの串焼きの香り、冒険者の笑い声。

 ブラック企業の過労、締め切りのプレッシャー、栄養ドリンクの動悸。走るなんて考えられなかった。会議室の冷たい空気、上司の無言の圧力。アイデアを出す余裕もなく、受動的に生きていた。
今、ワラーチを履き、走る喜びを知る。アリスは外へ出た。

エリクサの石畳を走る。青とオレンジのストライプが朝陽に映える。魔法の花が道端で揺れ、霧が足元を這う。市場では商人が魔法の果物を並べ、子供がワラーチを真似て走る。風を切る感覚は、ブラック企業の重い身体を忘れさせる。ランウェルの哲学が響く。
「走るたびに、自分を見つける。」

数日後、英雄の食卓で給仕中、アルフレッドがアリスのワラーチに目を留めた。金髪が揺れ、青い瞳が輝く。フランス風の優雅な仕草で、彼は言った。
「アリス、その履物、実に面白い。エテルニアに来て運動不足だ。『8時間ルール』も、好きなことに走りを加えたい。英雄の食卓の客も、健康を求める冒険者が増えている。」 アリスは笑った。「一緒に走りませんか?」

予備のワラーチを渡すが、アルフレッドの足に合わない。彼は顎に手を当て、鋭く微笑んだ。
「職人に同じようなものを作らせればいいが…そのまま持っていくのは危険だ。特許や販売権を奪われる。アリス、商品化しないか? 私の客に、ルミエールの商会主がいる。彼ならエリクサの市場を動かせる。」 

「商品化?」アリスは驚いた。ブラック企業では、アイデアを出すどころか、命令に従うだけだった。
「いいですね、やってみましょう! 走る喜びを、みんなに!」


ルミエールの商会は、エリクサの市場の中心にそびえる石造りの建物だ。魔法のランタンが輝き、交易品の香りが漂う。
マカロン・ルミエールが迎えた。赤い髪は炎のよう、鋭い緑の目は野心に満ちている。20代後半、革のベストに金のペンダント。自信に満ちた笑顔で、彼は握手を求めた。
「アリス、アルフレッド! 噂のワラーチだな!」



商会内部は、魔法の織物やジャイアントボアの革が積まれ、冒険者の依頼書が壁に貼られる。マカロンはエリクサの若き経済の星だ。祖父の商会を継ぎ、魔法の交易で富を築いた。彼はワラーチを手に取り、目を輝かせた。
「軽い、丈夫、デザインも鮮やか。これはヒット確実だ! だが、ただ売るんじゃない。エリクサのライフスタイルを変える!」

アリスは彼の情熱に圧倒された。ブラック企業では、こんなエネルギーはなかった。マカロンは机に地図を広げ、語り始めた。
「エリクサは冒険者の街だ。戦い、魔法、交易。でも、健康を求める声が増えてる。ワラーチは走る自由をくれる。リスクはあるが、革新はリスクから生まれる。私の哲学だ。」

アルフレッドが頷く。「マカロン、君なら市場を動かせる。契約はどうだ?」
 マカロンは羊皮紙を差し出した。
「売り上げの30%をアリスとアルフレッドに。アリスがデザイン創作者、アルフレッドが普及の功績者として特許に名を連ねる。アリスは生産の品質管理に関与。初年度はエリクサ内販売、成功なら他地域へ。広告塔は二人だ。どうだ?」

アリスはブラック企業の受動性を思い出した。上司の命令に従うだけの日々。だが、今、彼女は決める側だ。
「公平ですね。やりましょう!」
そう言いながら、アリスは心の中でワクワクした。サンダルで儲けたら、何か商売でもやろうかな。雑貨屋とか、やってみたかったんだよね。ブラック企業で働いていた頃には、夢のまた夢だったけど…。

マカロンは笑った。「よし! 俺の商会が動けば、エリクサは走り出す!」
素材は英雄の食卓のジャイアントボアの革。しなやかで丈夫、魔法の加工で軽量化。
新たなサンダルは「エリクサンダル」と名付けられた。マカロンは職人を集め、試作品を数日で完成させた。アリスとアルフレッドが市場を走り、広告塔となる。冒険者が試着に集まり、商人が「これぞ新しい風!」と囁く。


その夜、宿泊スペースでアリスはエリクサンダルの試作品を手に取った。ジャイアントボアの革が魔法の光を反射する。クロノスの鍵が金色に光った。 
「アリス、彼の挑戦の果てを見なさい…」 壁に鍵穴が現れ、アリスは鍵を差し込む。ポータルが開く。
「ランウェル博士の…挑戦の果て?」

秋の夕暮れ、レッドバンク、1977年。トラックは観衆の熱気で沸く。紅葉がオレンジ色に輝き、子供の笑い声が遠く響く。看板に「マイル5分チャレンジ」とある。

アリスは観客席に立つ。周りにはランウェルの家族や友人たちが集まっていた。
ランウェルが走っている。50歳、汗でシャツが貼りつく。息は乱れず、足取りは力強い。

 アリスはランニングに関しては素人だが、5年前―1972年―の彼のぎこちない走り(7分以上)とは比べものにならない速さを感じる。
流れるようなリズム、地面を捉える足。情熱がトラックを駆ける。彼女は『Running & Being』を思い出した。「走るリズムは、心と調和する。」

隣にいたヘレンという女性が、アリスに微笑みながら話しかけた。
「あんた、ジョージの走りを見に来たかい? あの男、かつて陸上選手で、医者になったのよ。5年前、7分以上かかってた。今、限界を超えてるわ。」 
アリスは頷いた。「はい…すごい速さ。まるで、飛んでるみたい。」 
ヘレンの近くで、マイケルという若い男性が目を輝かせた。
「先生、5年間、毎朝走ったんだ。僕がコーチとして指導したよ!」 
さらに隣のキャロルという少女が呟く。「お父さん、母さんの過労で家がギクシャクした。でも、走る姿見て、私も応援したくなった。」 
そして、マーガレットという女性がストップウォッチを握りながら言った。
「ジョージ、無謀だって笑った私が間違ってたわ。あれは私の夫よ。」

ランウェルの心臓が高鳴る。妻のマーガレット、娘のキャロル、友人ヘレン、コーチのマイケル。あの夜、トラックで膝を震わせた自分。
マイケルの「限界を超えるんです!」が耳に残る。彼は家族の顔を思い浮かべた。患者の笑顔、若い日の陸上トラック。走るリズムが、心と調和する。

最後の100メートル、ランウェルの足が加速する。肺が焼け、視界が揺れる。観衆の声が遠ざかり、時間すら止まる。ヘレンの「諦めなさんな!」、マイケルの叫びが響く。彼はゴールラインを越え、膝をつく。地面の冷たさ、汗の匂い。

 「4分57秒!」マーガレットが叫ぶ。歓声が爆発。マイケルが抱きつき、ヘレンが涙を拭う。キャロルが「かっこよかった」と駆け寄り、ランウェルを抱きしめる。アリスは涙をこらえた。ランウェルは空を見上げ、呟いた。「限界は、超えるためにある。」

アリスは彼の目に、走る喜びを見た。『Running & Being』の言葉が響く。
「走ることは、人生そのものだ。限界を超えるたび、新たな自分が始まる。」
ヘレンがアリスに囁いた。「ジョージの走り、あんたの走りと似てるよ。一歩ずつ、魂を込めて。」 クロノスの鍵が光り、ポータルが現れる。アリスはエリクサへ戻った。


宿泊スペースで、アリスはエリクサンダルを握った。ランウェルの挑戦、無謀から頂点へ。3年前のぎこちない走りから、4分57秒のゴール。ブラック企業で、受動的に諦めた自分。マカロンの情熱、アルフレッドの提案、エリクサンダルで、彼女は変わった。

「私もこの世界で、一から走り出そう。」
アリスは呟いた。 時計塔の鐘が響く。市場では、エリクサンダルを履く冒険者が増え、ランニングブームの兆しが見える。マカロンの商会は職人を動かし、生産が始まった。クロノスの鍵が淡く光り、次の冒険を予感させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

《カクヨム様で15000PV達成‼️》悪魔とやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は悪魔の力で人間の頂点を狙う

なべぞう
ファンタジー
ダンジョンが生まれて百年。 スキルを持つ人々がダンジョンに挑む世界で、 ソラは非戦闘系スキル《アイテムボックス》しか持たない三流シーカーだった。 弱さゆえに仲間から切り捨てられ、三十五歳となった今では、 満身創痍で生きるだけで精一杯の日々を送っていた。 そんなソラをただ一匹だけ慕ってくれたのは―― 拾ってきた野良の黒猫“クロ”。 だが命の灯が消えかけた夜、 その黒猫は正体を現す。 クロは世界に十人しか存在しない“祝福”を与える存在―― しかも九つの祝福を生んだ天使と悪魔を封印した“第十の祝福者”だった。 力を失われ、語ることすら封じられたクロは、 復讐を果たすための契約者を探していた。 クロは瀕死のソラと契約し、 彼の魂を二十年前――十五歳の過去へと送り返す。 唯一のスキル《アイテムボックス》。 そして契約により初めて“成長”する力を与えられたソラは、 弱き自分を変えるため、再びダンジョンと向き合う。 だがその裏で、 クロは封印した九人の祝福者たちを狩り尽くすための、 復讐の道を静かに歩み始めていた。 これは―― “最弱”と“最凶”が手を取り合い、 未来をやり直す物語

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが

ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...