サンダルで駆け抜ける異世界ライフ

medaka

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Season 1

第六話:エリクサンダルと、挑戦の果て

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エリクサの宿泊スペースで、アリスは『Running & Being』を手に取った。ランウェル博士の言葉が胸に響く。
「走ることは、自己を超える旅だ。リズムは心と調和し、限界は新たな始まりとなる。」

時計が6時を刻む。エテルニアの1日は24時間。時計塔の鐘が朝を告げる。窓から魔法の灯が揺れ、市場の喧騒が聞こえる。
ジャイアントボアの串焼きの香り、冒険者の笑い声。

 ブラック企業の過労、締め切りのプレッシャー、栄養ドリンクの動悸。走るなんて考えられなかった。会議室の冷たい空気、上司の無言の圧力。アイデアを出す余裕もなく、受動的に生きていた。
今、ワラーチを履き、走る喜びを知る。アリスは外へ出た。

エリクサの石畳を走る。青とオレンジのストライプが朝陽に映える。魔法の花が道端で揺れ、霧が足元を這う。市場では商人が魔法の果物を並べ、子供がワラーチを真似て走る。風を切る感覚は、ブラック企業の重い身体を忘れさせる。ランウェルの哲学が響く。
「走るたびに、自分を見つける。」

数日後、英雄の食卓で給仕中、アルフレッドがアリスのワラーチに目を留めた。金髪が揺れ、青い瞳が輝く。フランス風の優雅な仕草で、彼は言った。
「アリス、その履物、実に面白い。エテルニアに来て運動不足だ。『8時間ルール』も、好きなことに走りを加えたい。英雄の食卓の客も、健康を求める冒険者が増えている。」 アリスは笑った。「一緒に走りませんか?」

予備のワラーチを渡すが、アルフレッドの足に合わない。彼は顎に手を当て、鋭く微笑んだ。
「職人に同じようなものを作らせればいいが…そのまま持っていくのは危険だ。特許や販売権を奪われる。アリス、商品化しないか? 私の客に、ルミエールの商会主がいる。彼ならエリクサの市場を動かせる。」 

「商品化?」アリスは驚いた。ブラック企業では、アイデアを出すどころか、命令に従うだけだった。
「いいですね、やってみましょう! 走る喜びを、みんなに!」


ルミエールの商会は、エリクサの市場の中心にそびえる石造りの建物だ。魔法のランタンが輝き、交易品の香りが漂う。
マカロン・ルミエールが迎えた。赤い髪は炎のよう、鋭い緑の目は野心に満ちている。20代後半、革のベストに金のペンダント。自信に満ちた笑顔で、彼は握手を求めた。
「アリス、アルフレッド! 噂のワラーチだな!」



商会内部は、魔法の織物やジャイアントボアの革が積まれ、冒険者の依頼書が壁に貼られる。マカロンはエリクサの若き経済の星だ。祖父の商会を継ぎ、魔法の交易で富を築いた。彼はワラーチを手に取り、目を輝かせた。
「軽い、丈夫、デザインも鮮やか。これはヒット確実だ! だが、ただ売るんじゃない。エリクサのライフスタイルを変える!」

アリスは彼の情熱に圧倒された。ブラック企業では、こんなエネルギーはなかった。マカロンは机に地図を広げ、語り始めた。
「エリクサは冒険者の街だ。戦い、魔法、交易。でも、健康を求める声が増えてる。ワラーチは走る自由をくれる。リスクはあるが、革新はリスクから生まれる。私の哲学だ。」

アルフレッドが頷く。「マカロン、君なら市場を動かせる。契約はどうだ?」
 マカロンは羊皮紙を差し出した。
「売り上げの30%をアリスとアルフレッドに。アリスがデザイン創作者、アルフレッドが普及の功績者として特許に名を連ねる。アリスは生産の品質管理に関与。初年度はエリクサ内販売、成功なら他地域へ。広告塔は二人だ。どうだ?」

アリスはブラック企業の受動性を思い出した。上司の命令に従うだけの日々。だが、今、彼女は決める側だ。
「公平ですね。やりましょう!」
そう言いながら、アリスは心の中でワクワクした。サンダルで儲けたら、何か商売でもやろうかな。雑貨屋とか、やってみたかったんだよね。ブラック企業で働いていた頃には、夢のまた夢だったけど…。

マカロンは笑った。「よし! 俺の商会が動けば、エリクサは走り出す!」
素材は英雄の食卓のジャイアントボアの革。しなやかで丈夫、魔法の加工で軽量化。
新たなサンダルは「エリクサンダル」と名付けられた。マカロンは職人を集め、試作品を数日で完成させた。アリスとアルフレッドが市場を走り、広告塔となる。冒険者が試着に集まり、商人が「これぞ新しい風!」と囁く。


その夜、宿泊スペースでアリスはエリクサンダルの試作品を手に取った。ジャイアントボアの革が魔法の光を反射する。クロノスの鍵が金色に光った。 
「アリス、彼の挑戦の果てを見なさい…」 壁に鍵穴が現れ、アリスは鍵を差し込む。ポータルが開く。
「ランウェル博士の…挑戦の果て?」

秋の夕暮れ、レッドバンク、1977年。トラックは観衆の熱気で沸く。紅葉がオレンジ色に輝き、子供の笑い声が遠く響く。看板に「マイル5分チャレンジ」とある。

アリスは観客席に立つ。周りにはランウェルの家族や友人たちが集まっていた。
ランウェルが走っている。50歳、汗でシャツが貼りつく。息は乱れず、足取りは力強い。

 アリスはランニングに関しては素人だが、5年前―1972年―の彼のぎこちない走り(7分以上)とは比べものにならない速さを感じる。
流れるようなリズム、地面を捉える足。情熱がトラックを駆ける。彼女は『Running & Being』を思い出した。「走るリズムは、心と調和する。」

隣にいたヘレンという女性が、アリスに微笑みながら話しかけた。
「あんた、ジョージの走りを見に来たかい? あの男、かつて陸上選手で、医者になったのよ。5年前、7分以上かかってた。今、限界を超えてるわ。」 
アリスは頷いた。「はい…すごい速さ。まるで、飛んでるみたい。」 
ヘレンの近くで、マイケルという若い男性が目を輝かせた。
「先生、5年間、毎朝走ったんだ。僕がコーチとして指導したよ!」 
さらに隣のキャロルという少女が呟く。「お父さん、母さんの過労で家がギクシャクした。でも、走る姿見て、私も応援したくなった。」 
そして、マーガレットという女性がストップウォッチを握りながら言った。
「ジョージ、無謀だって笑った私が間違ってたわ。あれは私の夫よ。」

ランウェルの心臓が高鳴る。妻のマーガレット、娘のキャロル、友人ヘレン、コーチのマイケル。あの夜、トラックで膝を震わせた自分。
マイケルの「限界を超えるんです!」が耳に残る。彼は家族の顔を思い浮かべた。患者の笑顔、若い日の陸上トラック。走るリズムが、心と調和する。

最後の100メートル、ランウェルの足が加速する。肺が焼け、視界が揺れる。観衆の声が遠ざかり、時間すら止まる。ヘレンの「諦めなさんな!」、マイケルの叫びが響く。彼はゴールラインを越え、膝をつく。地面の冷たさ、汗の匂い。

 「4分57秒!」マーガレットが叫ぶ。歓声が爆発。マイケルが抱きつき、ヘレンが涙を拭う。キャロルが「かっこよかった」と駆け寄り、ランウェルを抱きしめる。アリスは涙をこらえた。ランウェルは空を見上げ、呟いた。「限界は、超えるためにある。」

アリスは彼の目に、走る喜びを見た。『Running & Being』の言葉が響く。
「走ることは、人生そのものだ。限界を超えるたび、新たな自分が始まる。」
ヘレンがアリスに囁いた。「ジョージの走り、あんたの走りと似てるよ。一歩ずつ、魂を込めて。」 クロノスの鍵が光り、ポータルが現れる。アリスはエリクサへ戻った。


宿泊スペースで、アリスはエリクサンダルを握った。ランウェルの挑戦、無謀から頂点へ。3年前のぎこちない走りから、4分57秒のゴール。ブラック企業で、受動的に諦めた自分。マカロンの情熱、アルフレッドの提案、エリクサンダルで、彼女は変わった。

「私もこの世界で、一から走り出そう。」
アリスは呟いた。 時計塔の鐘が響く。市場では、エリクサンダルを履く冒険者が増え、ランニングブームの兆しが見える。マカロンの商会は職人を動かし、生産が始まった。クロノスの鍵が淡く光り、次の冒険を予感させた。
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