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第三章 悪役令嬢は学院生活を送る

85.悪役令嬢は自己紹介をする

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 教壇に立ったのは30代くらいの眼鏡を掛けている野暮ったい感じの男性だ。身長は結構高いけど、猫背なせいでより暗そうな雰囲気に見える。

「みな、席に着きたまえ」

 意外にも明朗な声に皆はざわめきから一瞬で静かになり、皆、教室の席へ座る。おお、妙な静けさに緊張が走る感じ、いかにも学校という雰囲気に私は少しワクワクしている。正直、前世の記憶が甦るようなそんな高揚感を感じるくらいに私はこの空気感は嫌いじゃない。

「まず、本日はみな、はじめての学院で緊張している事だろう。同年代の貴族の子息令嬢であれば多くが顔見知りではあると思うが、ここは親睦を深めるという意味合いも込めて自己紹介をしようと思う」

 教師はそう言って黒板に水筆を使って文字を書き始める。って、チョークでは無いのね。

「私はウェンダルク・オー・ラッツェラーク・フィルフォート・ビバルだ。趣味は魔術研究だ。ここには女王キャロラインによって招聘されて教師という立場を得ている。君達の多くとの違いで言えば、ミストリア出身では無いということかな。このクラスの担当教師として三年間、楽しませて貰うよ」

 帝国の上級貴族特有のミドルネームが続くタイプの名前でファーストネームの後に短めの名が入るのは自身の家の中での位置を示すモノで、オーは男性で二番目に付くハズだから、ビバル? ビバル大公の次男ってことか。何気に色々とヤバイわね。上位貴族の集まりであっても、大帝国内でも上位の貴族一族が小学の教員? いやいや、キャロラインはん、なにやってくれてまんの? 思わず訛っちまうくらいに頭がふにゃるわ!

 まぁ、確かに上位貴族より遥かに高い家系の人間が教師って、とってもよい嫌がらせよね。

「そう言うわけで……ん? どうやら、クリフト・ミストリア王子殿下は教室には来ていないみたいだね。ふむ、仕方ない。ではエステリア・ハーブスト公爵令嬢。君から自己紹介をよろしく頼む」

 なるほど、他の三大公爵家では無く、私を指定してくるというのは順序をキチンと示しておくことは大事だということね。ただ、そういうのって意味なく自分が偉いと勘違いする子が出て来そうな気もするのだけど。ま、仕方ないわね。貴族の順位ってとても大事だものね。

「ええ、分かりましたわ」

 と、言って私は立ち上がる。視線が私に集まる――のは当たり前ではあるけど。私は教室内の皆に視線を一度向けて、ゆっくりと息を吐いた。

「皆様、当然ここにいる貴族の令息令嬢ですので、語らずとも私の事を知っているとは思います。いかな感情を持っているかは私には分かりかねますが、これからこの学院での三年間、良い関係を築ければ良いと思います。ただ、私は貴賤を問わず優秀な人と仲良くできればと思っておりますわ」

 そう言った瞬間、ぎょっとする表情をする子達が数名。白々しい顔をする者も複数いるわね。よく分からない顔をしている子達が一番多いか。まぁ、いってもまだ10歳だものね。教師ビバルは表情を見せないようにしているわね。でも多くの子達も親からも付き合ってよい人間、付き合ってはいけない人間をしっかりと叩きこまれているだろうけど、ここでの三年間、学園都市でも三年間で将来が決まっちゃうといっても過言では無いから、皆さん、仲良く頑張りましょうね。と、私は出来るだけ穏やかな微笑を見せて静かに座った。

「ふむ、中々素晴らしい自己紹介だったな。次はアーネスト・パルプスト公爵令息、君の番だ」

 アーネスト君は嫌そうな雰囲気を醸し出しつつ、ゆっくりと立ち上がる。

「――私はパルプスト公爵が長子アーネストである。先程、ハーブスト公爵令嬢は仲良くと言っていたが、私は皆と仲良くする気は無い。私は常に誰の味方でも無く、誰の敵でも無い。なので、不干渉を頼みたい。以上だ」

 と、言ってサッと着席した。私の名前を出すという事は私に対しては好意的ではないという雰囲気か。でも、どの派閥にも付きませんので放っておいて――か、なんだか既にこの歳にして色々と拗らせていそうね彼。

 さて、他に面白い自己紹介をする人はいるかしら?
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