神凪-KAMUNAGI-

蒼林 海里

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Ⅰ-10

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「……お身体は大丈夫ですか? 私に触れ続けてしまうと、貴方様は」
「構わん。気にするな、シーリス。今日はこのまま我の傍に居ろ」
「ですが」
 尚も食い下がるシーリスに、ナナシがふっと小さな笑みを浮かべる。
「そなたは心配性だな」
「いいえ、そうではありません。例えナナシ様が大丈夫だとしても、ナナシ様とこんなに密着してしまうと、私の方が……構わなくなります」
 彼の遠慮がちな小声に、ナナシは目を丸くしていった。目を見て話すために腕を離して、改まるような様子で身を正していく。
 場の雰囲気を察して、シーリスは意を決したように向かい合った。
「そなたは、我と契りを結びたいのか?」
 ナナシから単刀直入に問われ、シーリスは恥ずかしさに思わず視線を逸らしてしまう。
「……そう思うほどに、ナナシ様が好きなのです。私も男ですので、貴方様に申し訳ないと思いながらも、抱きたいと言う感情を拭い去ることが出来ません」
「――そうか。……我はそなたのような感情を、この身になると共に遠い昔へ置いてきてしまった。本来ならば、そなたを好きになると言う感情もない。だが、そなたと出会ったことで、我は人間に近くなっていた。それ故に、この神殿は我に呼応し、揺れを酷くさせていたのだ」
 淡々とした語り口に、シーリスは逸らしていた視線を戻してゆく。そして、ナナシの優しげな眼差しと出会い、彼は瞳を大きく揺らした。
「シーリス。今ならば、そなたの感情が理解できる。――我が男にかかわらず、それ程までに好いてもらい嬉しく思う」
「ナナシ様……」
「この永い時を様々な人間と出会い別れ、最期の時にそなたと共に在って、我は幸福だ」
 表情と相まった慈悲深い科白に、彼は両目から大粒の涙を溢れさせた。嬉しいような哀しいような感情が混ざり合い、それを押し殺すことも出来ず、滴は止めどなく頬を伝い流れ落ちてゆく。
「そう泣くな。今の我がしてやれることは、そなたの感情を受け止めることしか出来ん。……真は別の方法にあったが、我はそなたに包まれながら眠るとしよう」
「はい、貴方様が眠るまで大切にします」
 何とか震える声で応えて、シーリスはナナシの身体をベッドへそっと押し倒していった。
 涙はまだ止まない。両腕の間にあるナナシの顔を見下ろせば、煌く雫となって彼の頬へと落ちてゆく。
 そんなシーリスに、ナナシが困ったような表情をした。ゆっくりと片腕を上げて、武骨な指で彼の涙を愛おしげに拭う。
「仕方のない奴だ。我に触れたいのならば、泣き止まんか」
 無言で何度も頷いていくと、シーリスは自分の目元を手の甲で拭っていった。
「ナナシ様……」
 再びナナシの顔を見下ろし、ささやきながら女性的な造形の美しい顔を近付かせていく。それを待ち受けるかのように、ナナシが目蓋まぶたを閉じていった。
 二人の唇がゆっくりと合わさっていく。はじめは触れ合わせるだけの口付けだったが、次第に深さを増して接吻せっぷんへと至る。互いに角度を変える唇と唇の隙間から、絡まり合う赤い舌が見え隠れしていた。
 一頻ひとしきりに唇で互いを求めて、シーリスはナナシを気遣わしげに見詰める。
「……大丈夫ですか?」
 訊いてしまうのは、シーリスが触れれば触れるほど、ナナシの身体が熱を帯びていくからだ。
「遠慮は無用だ。そなたの好きにするが良い。我はそれを受け入れるだけだ」
「分かりました。……あの、実は男性とこう言ったことは初めなので、手間取ってしまうかも知れません。どうかお許し下さい」
「それを言うなら、我も初めてだ。こういった意味で人間に触れ、触れられることも久しい。我も努力しよう」
 彼の言葉に勇気付けられたのか、シーリスは再び動き始める。その行動はナナシの上から身体を退け、ベッドの中央へ移動するものだった。
「ナナシ様、ここでは貴方様が落ちてしまうかも知れません。どうぞ、こちらへ」
 シーリスの取った行動は適切である。何しろ、先程まで彼らが居た場所はベッドの端辺りだったのだ。あのままでは、ふとした拍子にベッドから転げ落ちるかも知れない。言葉で示さず横抱きに抱え上げるなどの行動に出ればいいのだが、生憎と彼らの体格差は歴然でシーリスの力では及べなかった。
 そこで微かな甘い雰囲気が途切れてしまう。
 ベッドの中央で正座をして待っている彼に、ナナシはおかしさから小さな笑い声を上げた。
「そなたは、真におかしな男だ」
(肉親の為に我の生贄となり、生贄となったにも関わらず我を好いてくれる。――全てのものへの償いとは言え、やはり我はそなたにすまないことをしているな)
 ナナシは目蓋を伏せ、思考に耽っていく。しかし、それはシーリスによって遮られた。
 彼が我に返って顔を上げれば、いつの間に移動していたのかシーリスが目の前に座っている。繊細な手はナナシへと伸ばされ、切なげな眼差しで彼の目元を優しく拭っている。
「……私が傍について居ますから、泣かないで下さい。何処に居ても、貴方様はひとりではありません」
 ようやく自分が涙を流しているのだと知り、ナナシは堪らず苦笑いを浮かべた。彼にとって、涙を流すことも数百年と久しい。シーリスと出会ってから数ヶ月間、体温どころか心までも彼は確かに人間に近くなっていた。
 シーリスの遠慮がちでありながら導くような手に引かれ、ナナシはベッドの中央へと向かってゆく。
 そこで再び、彼らは唇を重ね合う。シーリスの細い腕が全てを包み込むかのように、ナナシの背中へと回された。だが、口付けはまだ終わらない。そのままゆっくりとナナシと共に身体をベッドへ沈め、甘く感じてしまう深い接吻を味わう。
 触れられるたびに、ナナシの冷たい体温は徐々に上昇していった。それに呼応し、彼の身に纏う薄い白布は水の玉となって宙へ舞い上がっていく。もはやナナシの身体は一糸纏わぬ姿となっていた。
 合わせるように、シーリスは接吻を止めないままで器用に自分の衣服を脱ぎ捨てる。それほど着込んでいる訳ではないので、行動は容易かった。彼の線の細い、滑らかな色白の身体が露になってゆく。
 ナナシの上に四つん這いで覆い被さり、接吻を続けていたシーリスが動き出した。彼の唇がナナシの唇からあごへ移り、首へゆっくりとすべりおりていく。喉仏を辿って鎖骨へ進もうとした途端に、ナナシの身体が僅かに跳ね上がって小さな反応を示した。
 シーリスが顔を上げて、ナナシの顔を窺い見る。彼は唇を一文字に引き結び、何処か緊張したような表情をしていた。再び反応した部分へ触れてゆく。時には舌を使い、時には唇で強く吸い、丹念に何度も攻めていく。
「……っ……シーリス」
 ナナシが眉間に皺を寄せながら声を上げた。押し殺したような声に視線だけを向けるが、彼はそっぽを向いてしまっていた。横顔から窺える頬は微かに赤みを帯び、羞恥の色を濃くしている。口から漏れる熱い吐息は体温の上昇が原因でもあるが、それだけではないはずだ。緩やかな快感がナナシを襲っている。
 シーリスは彼の性感帯部分に唇を押し当てたままで、今度はその引き締まった身体へと片手を這わせていく。腹部から胸部へそっと触れるような優しい手付きに、ナナシは別の緩やかな快感を覚える。唇と這う手によって二つの快感が重なり、彼の吐息は徐々に上がってゆく。
「ナナシ様……」
 肌に触れたままでシーリスに名を呼ばれ、それと共に吐き出される息が殊更熱く、堪らずナナシの口から吐息交じりの小さな喘ぎが漏れた。羞恥心に押されて、彼は咄嗟に自分の手の甲で口許を塞ぐ。
 シーリスは上体を起こし、そっぽを向いたままのナナシを愛しげに見下ろした。口許を覆い隠す手を退けて、彼の指に自分の指を絡めるとベッドへ縫い付けていく。
「……貴方様だけではありません。私は、僕はナナシ様に触れるだけで……気持ちよく感じてしまいます」
 そう甘く告げられて、ナナシは顔を真正面へ向かせた。するとシーリスは彼の唇に自分の唇を押し当て、舌を絡め取りながら自分の口内へ持っていかせるとそれを甘噛みする。反射的にナナシが舌を引っ込ませれば、再び彼の口内へ侵入して、上の歯の裏側の部分へ舌先を幾度も擦りつけていく。
 舌のざらざらとした感触に始めこそ何も感じてはいなかったが、ナナシの中で次第に快感へ直結し、彼の舌先が動くたびに身体が小さく反応を見せる。精神が快楽に従順になるにつれ、ナナシの行動が積極的になっていった。或いは、シーリスの言葉が彼を後押ししているのかも知れない。更なる快感を味わいたいかのように、空いた手をシーリスの後頭部へ持って行き、唇をさらに深く合わせようと引き寄せていく。
「んっ……ん……」
 どちらの物ともつかない、吐息のような声音が途切れ途切れに幾度も漏れている。その最中に、シーリスは空いた手で再びナナシの身体に触れてゆく。硬質な青み掛かった黒髪へ、整った精悍な顔へ、細くはない首へ、逞しい肩と腕へ、くっきりと浮かぶ鎖骨へ、厚めな胸元へと、ゆっくりと下へおりていく。まるで、その手にナナシを形成する全ての輪郭を記憶していくような仕種だ。
 シーリスが順々に触れていくたび、ナナシの身体に更なる熱が灯り広がっていく。次第に全身から汗が滲み出て、彼の鼓動は今までにない高鳴りを見せていた。息も上がる一方だ。
 ふいに、シーリスはナナシから唇を離した。それ程強くは押さえられていない彼の腕から離れ、絡めた指も離して身体を彼の下半身へ後退させる。そして、ナナシの腰に触れ腿を辿り、足の指先まで手を這わせて行けば、最後に少し硬くなっている彼のものへ触れていく。
 その時、ナナシがその手を掴んだ。シーリスがナナシに視線を向けると、彼は複雑そうな表情で制止するように首を左右に振る。それは頑なな拒否と言うよりも、どうしたらいいのか判らないと言うようなものだ。自分のものを人に触らせるのは、ナナシの中で快楽を追うよりも羞恥の方が勝ったに違いない。
 シーリスは困ったような表情をするものの、ナナシの制止に従うことはなかった。
「シーリス……っ……」
 彼のナナシへの身も心も欲する想いは、その身体に触れれば触れるほど際限りなく深さを増していく。それは精神的にも肉体的にも表れていた。如何に容姿が女性的であろうと、彼の男であると象徴する部分は理性をね退けて、あからさまなほどにそれを強調している。
 シーリスの行動は強引ではあるが、ナナシに触れる手付きはやはり優しい。彼のものを傷つけないよう、だが性的な快感へ誘うように強弱をつけながら扱いていく。その都度ナナシは反応を示しながら声を押し殺した喘ぎを上げ、絶頂を促すような刺激と熱に堪らず、上半身を起こして彼の手から逃れてしまう。
 驚きを見せるシーリスに背を向け、ナナシは高まる欲望を落ち着かせつつ項垂れた。
「……すまぬ。あのままでは、そなたの手を汚してしまう」
 言い分に愛しさが込み上げて、シーリスは背後からナナシを包み込むように抱き締める。次いで、彼の背に口付けを落としていった。
「ナナシ様に触れられることへの喜びに比べれば、そんな些細なことは気になりません」
(今はただ貴方様に僕だけを感じて欲しい)
 ナナシを抱き締めていたシーリスの腕が、ふいに彼のものへと滑り下りていく。再び与えられた刺激に思わず前屈みになり、ナナシは条件反射で上半身を支えるように両腕をベッドに突いた。
「そのままの体勢で、力を抜いて下さい」
 シーリスにそう言われ、ナナシが身体を安定させるために四つん這いに近い体勢を取る。そんな彼の後ろで、シーリスは自分の唾液で指を濡らしていく。そしてナナシの引き締まった尻に手を這わせ、彼の後孔こうこうへ細長い指をゆっくりと慎重に突き入れていった。
 ナナシの身体が強張りを見せる。未知なる圧迫感に彼が微かな呻き声を上げれば、シーリスは安心させるように背中に口付けを落としていく。それでも、彼の後孔を解す行為は続いていた。入念に指を一本から二本へ増やされ、彼がそれを受け入れられるようになれば三本目へと至る。それさえもナナシが許すようになれば、シーリスは解す指を彼の後孔からゆっくりと抜いてゆく。
「ナナシ様」
 シーリスは彼の名を囁きながら膝立ちになり、今度はその後孔へ男を強調するそれを突き入れた。全てを埋め込むように、ゆっくりと、ゆっくりと中へ腰を進めていく。ナナシと深く繋がりながら、痛みと圧迫感に震える身体を背後から覆い被さるように抱き締める。
「……大丈夫、ですか?」
 背中に頬をすり寄せながら問いを投げかければ、ナナシは声もなく小さく頷いてみせた。その振動がシーリスの所まで届き、彼は体勢を維持しながらゆっくりと静かに腰を動かし始める。
 激しさを抑えたそれは、まるで穏やかな海中の緩やかな波のようだ。ナナシは身も心も持っていかれるような感覚を覚えた。やがてシーリスという波に呑まれ息継ぎすることを忘れて、熱い息と共に吐き出される喘ぎは次第に大きくなり甘さを帯びてゆく。
 ナナシの汗ばむ全身に緊張が走る。それと共にシーリスのものはきつく締めつけられ、次の瞬間、彼らは絶頂の波へと飲み込まれた。
 絶頂の波に呑まれつつも、シーリスは辛うじて残っていた理性を強引に働かせ、即座にナナシの身体から身を引いて離れていく。それはナナシの中を汚したくはないという、彼なりの想いがあった。代わりに、清潔なベッドは汚れてしまう。
 ナナシも同じことだ。肩を喘がせつつ四つん這いに近い体勢のままで、呆然としながらベッドを汚していた。
 行為の余情を残しながら息を整え、シーリスはナナシの背中を見詰める。すると視線に気付いたのか、彼は上半身を起こして振り返ってきた。
 視線がかち合う。しかし、すぐにナナシによって外される。
 シーリスの表情が切なげになった。
(ナナシ様……怒っているのですか?)
 そう思うが、ナナシに許しを請う意思はない。彼にとって、ナナシとの行為は後ろめたさがないものだ。例え、神をけがした罪に罰を科せられたとしても、それはそれで受け止めるつもりでいる。
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