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迷える子羊が目覚める時
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望美が鑑定の準備を始めてからすぐに鑑定室の扉は開いた。
事務兼受け付けのビビアンが案内してくれる時もあるが、受付嬢のように愛想を振りまく仕事は好きじゃ無いようで、彼女はたまにしかお客さんを案内しない。
そんなところも彼女のいいところだと望美は思っている。
扉を開けたのは初めて見かける顔だった。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらの椅子に掛けてください。」
望美が優しい口調でそう言うと、20代くらいの女性は静かに椅子に腰掛けた。
女性は年齢の割には落ち着いていて、オフィス街でもとても馴染みがいい小綺麗な洋服を身につけていた。
望美のOL時代もこのような服を着てたのを思い出し、朝テキトーに選んだ自分の今日の服装を思い返しては恥ずかしくなった。
望美は冷静さを装い100点満点のビジネススマイルを振り撒きながら女性に聞いた。
「今日はどうなさいましたか?」
望美が優しく質問をすると、女性の瞳は輝きを取り戻したように見えた。
「・・・実は悩みがありまして。」
望美は少しだけ頷いて、彼女が話しを続けることを見守るように見つめた。
よくよく見てみると、彼女は望美と年齢が近いようにも見えた。
可愛らしい顔立ちだが、きちんと目を見て話す姿を見て彼女もビビアンと同様に信念を持った女性のように感じた。
モテそうな華やかな顔立ちで恋愛のことでは悩まないタイプのようにも思えた。
「・・・仕事の悩みです。入社して5、6年経ちまして後輩もできました。どんな仕事もこなしてきました。お局様たちからのイジワルにも耐えてきました。」
彼女は冷静に話しをしているが、少しだけ涙目になっている。
「どんなに頑張っても成績を上げても、上司に認めてもらえ無いことや気に入られていないことは薄々気付いていました。」
話しを聞いてみると辛い状況であることが分かったが彼女は泣き出すことはなかった。
それに同情を引くような様子もなく、やはりちゃんと芯を持った女性だ、と望美は思った。
「・・・そしてついに、最近私の後輩が私より先に出世したのです。」
彼女は話しをしながらも、その後輩に対して嫉妬をしているようではなかった。
むしろ、出世した後輩を尊敬しているように思えた。
そして上司に認めてもらえない自分のことは責めているようだった。
普通の人なら怒りや嫉妬を表に出してストレスを発散するはずだが、彼女の場合はそれができない。
でも彼女は自分のことよりも周りのことを優先してしまう。
仕事もできるから周囲から嫉妬されやすい。
そのため仕事以外のことでも気をつかって過ごしてきたのだろう。
望美は水晶で占いを始める前から、彼女のことを大体は知ることができた。
「最近の私、仕事に対するモチベーションが保てなくて。以前からいつかは辞めてしまおうと考えていたのですが、今回の件で更に強く考えるようになってしまいました。」
そういうと彼女は下を向いてしまった。
「わかりました。それでは仕事を続けるか辞めた方がいいか占っていきますね。」
望美はすぐに返事をした。
このようなことで悩む人は仕事ができる人が多く、辞めても続けても成功するパターンが多い。
しかし一旦、組織から抜け出してしまうと今の世の中は白い目で見られやすいことも知っている。
だからこそ、どうしたらいいのか知りたくて相談しているのだ。
望美は水晶に手をかざし彼女の現状を視た。
上司と話しをしている彼女の姿が見えた。
上司は彼女の話しを聞かずに自分の話したい内容だけ話しをしている。
論点なんてどうでもいいようだった。
というより、誰かから聞いた噂話しを鵜呑みにして感情的に彼女を一方的に責めているようだ。
彼女は彼女で次から次へとやってくる上から言われた命令を必死にこなしているだった。
これでは気に入られる以前に仕事にならないだろうな、と望美は思った。
論理的に会話することもままならず、自分のお気に入りだけを周りに置いて、やりたいようにやっている上司のようだった。
どんなに正しいことを言っても、その上司は自分に歯向かう相手には容赦しない、といった感じでもあった。
それに1人だけではなく、何人か似たような取り巻きがいるようだ。
彼らも彼女に頼りきりだが、文句を言うだけで責任は取らないようだ。
彼らにとってこの職場が唯一の居場所であり、何としてもこの職場に居座るつもりだろう。
「・・・うーん」
つい望美は小さく唸ってしまった。
「・・・先生、何が視えたんですか?」
彼女は心配そうに望美を見つめる。
「話しを聞いた限りだと、なんだか居心地の悪い職場のようですね。」
望美はつい視えたことを、聞いた話しのように話してしまったが彼女は気にしなかった。
むしろ話してもないのに共感してくれたことに感謝をしているようだった。
「そうなんです。でも同じ職場の仲間たちに相談しても誰も分かってくれなくて・・・。」
「あなたとの相性というよりはその方たち自身の問題なので、場所を変えるために辞めても問題ないでしょう。話しを聞く限り、自分のことを犠牲にしてまで働く価値がある場所だとも思えません。」
望美ははっきりと答えた。
そして彼女が仕事を辞めた後の未来を視ることにした。
視えてきたのは、辞めてからはしばらく休みを取る彼女。
ここまで働き詰めだったのだから、休息を取りたかったのだろう。
休みの間に、これまでは仕事で忙しくてできなかったことをやろうと決めた彼女。
カフェでお茶をしながら、趣味で撮りためていたパソコンの中の風景写真を整理することに。
どうせ時間があるのだから趣味に関するブログを始めてみようとも閃いた。
そこから毎朝そのカフェでブログを書くことにした彼女。
自分の好きな事をやっていく内に、表情が今よりもだんだんと明るくなっていく。
そこのカフェの常連が毎朝カフェいる彼女に興味を持って彼女に話し掛けてきた。
その人はカフェの近くで働く男性でファッション雑誌の編集部の人だった。
ちょうどカメラマンを探しているということで、2人はカメラの話しで盛り上がった。
彼は彼女にうちのカメラマンにならないか、と言ったが彼女は人物を撮影することに慣れてないからと断った。
それでも2人は意気投合し、食事に行くことになる。
その間に彼女のブログも少しばかり有名になり、写真の仕事も貰えるようになりフリーランスとして働いていった。
その方がとても彼女らしいと、望美は思った。
「これまで働き詰めだったのでしょう。少し休みを取って趣味の事をやってもいいと思います。自分のために自由に時間を使ってみましょう。」
望美は彼女にこのように回答をした。
彼女はキョトンとしたような顔をした。
きっと思いもよらなかった回答だったので驚いてしまったのだろう。
これまで仕事ばかり考えてきたのだから、自分へのご褒美だったり、好きなことをやろうだったりを言われることに慣れてないのだろう。
でもこれが彼女の心の中で本当に望んでいることだったのだ。
きっとそのことに気付くのは、この先の何年か後にもなるかもしれないし、すぐに気付くかもしれない。
そう日々未来は変わりつつあるのだから、誰にでも未来を変える力はあるのだ。
「ありがとうございました!」
彼女は来た時よりも明るい表情で鑑定室から出ていった。
事務兼受け付けのビビアンが案内してくれる時もあるが、受付嬢のように愛想を振りまく仕事は好きじゃ無いようで、彼女はたまにしかお客さんを案内しない。
そんなところも彼女のいいところだと望美は思っている。
扉を開けたのは初めて見かける顔だった。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらの椅子に掛けてください。」
望美が優しい口調でそう言うと、20代くらいの女性は静かに椅子に腰掛けた。
女性は年齢の割には落ち着いていて、オフィス街でもとても馴染みがいい小綺麗な洋服を身につけていた。
望美のOL時代もこのような服を着てたのを思い出し、朝テキトーに選んだ自分の今日の服装を思い返しては恥ずかしくなった。
望美は冷静さを装い100点満点のビジネススマイルを振り撒きながら女性に聞いた。
「今日はどうなさいましたか?」
望美が優しく質問をすると、女性の瞳は輝きを取り戻したように見えた。
「・・・実は悩みがありまして。」
望美は少しだけ頷いて、彼女が話しを続けることを見守るように見つめた。
よくよく見てみると、彼女は望美と年齢が近いようにも見えた。
可愛らしい顔立ちだが、きちんと目を見て話す姿を見て彼女もビビアンと同様に信念を持った女性のように感じた。
モテそうな華やかな顔立ちで恋愛のことでは悩まないタイプのようにも思えた。
「・・・仕事の悩みです。入社して5、6年経ちまして後輩もできました。どんな仕事もこなしてきました。お局様たちからのイジワルにも耐えてきました。」
彼女は冷静に話しをしているが、少しだけ涙目になっている。
「どんなに頑張っても成績を上げても、上司に認めてもらえ無いことや気に入られていないことは薄々気付いていました。」
話しを聞いてみると辛い状況であることが分かったが彼女は泣き出すことはなかった。
それに同情を引くような様子もなく、やはりちゃんと芯を持った女性だ、と望美は思った。
「・・・そしてついに、最近私の後輩が私より先に出世したのです。」
彼女は話しをしながらも、その後輩に対して嫉妬をしているようではなかった。
むしろ、出世した後輩を尊敬しているように思えた。
そして上司に認めてもらえない自分のことは責めているようだった。
普通の人なら怒りや嫉妬を表に出してストレスを発散するはずだが、彼女の場合はそれができない。
でも彼女は自分のことよりも周りのことを優先してしまう。
仕事もできるから周囲から嫉妬されやすい。
そのため仕事以外のことでも気をつかって過ごしてきたのだろう。
望美は水晶で占いを始める前から、彼女のことを大体は知ることができた。
「最近の私、仕事に対するモチベーションが保てなくて。以前からいつかは辞めてしまおうと考えていたのですが、今回の件で更に強く考えるようになってしまいました。」
そういうと彼女は下を向いてしまった。
「わかりました。それでは仕事を続けるか辞めた方がいいか占っていきますね。」
望美はすぐに返事をした。
このようなことで悩む人は仕事ができる人が多く、辞めても続けても成功するパターンが多い。
しかし一旦、組織から抜け出してしまうと今の世の中は白い目で見られやすいことも知っている。
だからこそ、どうしたらいいのか知りたくて相談しているのだ。
望美は水晶に手をかざし彼女の現状を視た。
上司と話しをしている彼女の姿が見えた。
上司は彼女の話しを聞かずに自分の話したい内容だけ話しをしている。
論点なんてどうでもいいようだった。
というより、誰かから聞いた噂話しを鵜呑みにして感情的に彼女を一方的に責めているようだ。
彼女は彼女で次から次へとやってくる上から言われた命令を必死にこなしているだった。
これでは気に入られる以前に仕事にならないだろうな、と望美は思った。
論理的に会話することもままならず、自分のお気に入りだけを周りに置いて、やりたいようにやっている上司のようだった。
どんなに正しいことを言っても、その上司は自分に歯向かう相手には容赦しない、といった感じでもあった。
それに1人だけではなく、何人か似たような取り巻きがいるようだ。
彼らも彼女に頼りきりだが、文句を言うだけで責任は取らないようだ。
彼らにとってこの職場が唯一の居場所であり、何としてもこの職場に居座るつもりだろう。
「・・・うーん」
つい望美は小さく唸ってしまった。
「・・・先生、何が視えたんですか?」
彼女は心配そうに望美を見つめる。
「話しを聞いた限りだと、なんだか居心地の悪い職場のようですね。」
望美はつい視えたことを、聞いた話しのように話してしまったが彼女は気にしなかった。
むしろ話してもないのに共感してくれたことに感謝をしているようだった。
「そうなんです。でも同じ職場の仲間たちに相談しても誰も分かってくれなくて・・・。」
「あなたとの相性というよりはその方たち自身の問題なので、場所を変えるために辞めても問題ないでしょう。話しを聞く限り、自分のことを犠牲にしてまで働く価値がある場所だとも思えません。」
望美ははっきりと答えた。
そして彼女が仕事を辞めた後の未来を視ることにした。
視えてきたのは、辞めてからはしばらく休みを取る彼女。
ここまで働き詰めだったのだから、休息を取りたかったのだろう。
休みの間に、これまでは仕事で忙しくてできなかったことをやろうと決めた彼女。
カフェでお茶をしながら、趣味で撮りためていたパソコンの中の風景写真を整理することに。
どうせ時間があるのだから趣味に関するブログを始めてみようとも閃いた。
そこから毎朝そのカフェでブログを書くことにした彼女。
自分の好きな事をやっていく内に、表情が今よりもだんだんと明るくなっていく。
そこのカフェの常連が毎朝カフェいる彼女に興味を持って彼女に話し掛けてきた。
その人はカフェの近くで働く男性でファッション雑誌の編集部の人だった。
ちょうどカメラマンを探しているということで、2人はカメラの話しで盛り上がった。
彼は彼女にうちのカメラマンにならないか、と言ったが彼女は人物を撮影することに慣れてないからと断った。
それでも2人は意気投合し、食事に行くことになる。
その間に彼女のブログも少しばかり有名になり、写真の仕事も貰えるようになりフリーランスとして働いていった。
その方がとても彼女らしいと、望美は思った。
「これまで働き詰めだったのでしょう。少し休みを取って趣味の事をやってもいいと思います。自分のために自由に時間を使ってみましょう。」
望美は彼女にこのように回答をした。
彼女はキョトンとしたような顔をした。
きっと思いもよらなかった回答だったので驚いてしまったのだろう。
これまで仕事ばかり考えてきたのだから、自分へのご褒美だったり、好きなことをやろうだったりを言われることに慣れてないのだろう。
でもこれが彼女の心の中で本当に望んでいることだったのだ。
きっとそのことに気付くのは、この先の何年か後にもなるかもしれないし、すぐに気付くかもしれない。
そう日々未来は変わりつつあるのだから、誰にでも未来を変える力はあるのだ。
「ありがとうございました!」
彼女は来た時よりも明るい表情で鑑定室から出ていった。
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