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信じる者たち

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OLの彼女が鑑定室を出ていってからすぐにまた扉が開いた。

ビビアンは今日はもうお客さんを案内するつもりはないのだろう。

扉の前には、望美の鑑定室の常連である女優の美亜が立っていた。

美亜が出ている作品はどれも主演でヒットを連発している。

今大人気の女優で10代の頃に映画で主演デビューをして以来、芸能界の最前線を生きている。

望美との出会いは、この占いの館であり最初は望美は美亜のことを芸能人だとは気付かずに鑑定をした。

そのことが美亜にとって、新鮮で居心地が良くて望美と意気投合した

それから何か悩みがあると望美に鑑定を依頼するようになっていた。

スマホのメッセージアプリで連絡をしてから来ることもあるが、彼女はスマホをあまり見ない性格なので連絡無しで来ることが多かった。

待ち時間があると有名人と気付かれないか心配しているがお構い無しである。

「いらっしゃい、ここに来るのは一ヶ月ぶりくらいかしら?」

「のん先生、久しぶり。最近は忙しかったから食事も行けてなかったわね。そうね約一ヶ月ぶりくらいかなあ・・・。」

「忙しいっていつものことじゃない。」

「そりゃそうだけど。今のドラマの撮影スケジュールが詰め詰めでさ。ここ一ヶ月、全く誰とも会ってなかったの。」

美亜は美しい顔でため息をつきながら言った。

「さて、そろそろ本題いいかしら。」

美亜は続けた。

「実は・・・私には10歳下の妹がいるのだけど、妹も女優になりたがっていて・・・芸能界なんて、特殊な世界でしょ。いろんな人に見られて、いろんな事言われる時もあるからさ。華やかさだけじゃないでしょ。」

「だから私、心配で。私の妹の仕事の運勢を見てくれないかな。」

美亜がそう言った後、望美は「分かった。」と言ってすぐに水晶玉に手をかざした。

視えたのは、腰までの長さのある黒髪の女性。とても綺麗な顔立ちで大人びたように見えるが実際は若いようだ。

この女性が美亜の妹さんだろう。

美亜はどちらかというと可愛らしくてあどけない顔立ちなのだが、意外にも妹さんは綺麗めで気が強そうに見える。

実際の性格も気の強い性格のようで、性格は姉妹とも似ているようだ。

きっとこれならお姉さんの心配はいらないだろう、と望美は思った。

更に視えた未来の様子は、美亜と妹さんが2人揃って作品に出演している場面であった。

順風満帆じゃない、と望美は思ったが、視えた内容をはっきりと依頼者に伝えない。

「本人が本当にやりたいという気持ちがあるなら、進んでもいい道だと思うわ。もちろん美亜の心配する気持ちも分かるけど、美亜の背中を見ているからその点は暖かく見守ってあげて。」

「『本当にやりたい気持ち』かぁ・・・。」

望美の回答を聞いても美亜は何だか納得がいってない様子である。

ふと望美は聞いてみた。

「美亜、ほんとは自分の事で相談があるんじゃない?」

美亜は大きい瞳を更に大きくさせて驚いた。

「・・・相談っていうほどでもないけど、少し悩んでる事はあるわ。」

「ほら、やっぱり。言ってごらん。」

望美は美亜を見ると何だかお母さんのような気持ちになってしまう。

こうやってほっとけないところが大勢の人々を魅了させているのだろう。

そんなところは美亜を羨ましく思う望美なのであった。

「これまで出演してきたドラマや映画ではいい役ばかりだったけど、私はもう大人。いい子ちゃんでいるだけの生活がイヤになってきた。そろそろ私の代表作、私にしかできない作品を作りたいと思っているの。」

美亜は可愛らしい顔立ちで真剣な目をしている。

「次回の映画の話しで連続殺人犯役の話しが来ているけど、私の事務所の社長もマネージャーも猛反対よ。でも私はやってみたい。この作品ならこれまでの私の清廉潔白なイメージを大きく変えられる。」

話しをしている美亜の瞳はいつの間にかキラキラと輝いていた。

美亜の事務所の社長とマネージャーとしては、好感度の高い仕事を受けてラジオやCMで長い期間、稼いでいきたいと考えているのだろう。

でも美亜の性格は好感度という他人の尺度には全く興味なく、役や作品に取り憑かれたような演技で自分にしか表現できない世界を作り出して、唯一無二の存在になりたいようだった。

可愛らしい見た目に相反して、美亜は職人気質な性格なのだ。

「わかったわ。美亜の事も視るわね。」

そう言って望美は再び水晶に手をかざした。

視えてきたのは、いつもと変わらない可愛らしい美亜の姿。

しかし何かがいつもと違う。

手元が血で真っ赤に染まっているようだ。

美亜の血ではない。ニセモノの血、血糊だろう。

それでも大変不気味に思えるのは美亜の演技力と、その透明感が理由だろう。

誰も美亜から目を離すことができない。

怖くて不気味で可愛らしい彼女をずっと見つめていたいと思ってしまう。

まるで中毒的な魅力だ。

その隣にいる綺麗めな女性もなかなかの存在感である。

どこかで見たことあると思ったら、先ほどの鑑定で視た美亜の妹さんだった。

この作品、実は犯人は1人ではなく2人のようだ。

可愛いらしく透明感のある顔立ちの美亜と、綺麗めでどこか人間離れした顔立ちの妹さん。

似ていないようで似ている美しい2人姉妹の殺人鬼。

演技力とそのヴィジュアルから話題が話題を呼んで、完全に2人の代表作の一つとなるだろう。

それに心配していた好感度についても下がることなく、むしろ美亜のアンチが手のひらを返したように美亜のファンになって、ファン層が増えたおかげで結果的に好感度は上がっていた。

可愛いだけでの売り出しだと女性ウケが少しワルかったのだろう、と望美は思った。

「視えたわ。」

望美は落ち着いて答える。

「さっきの妹さんの時の回答と同じになってしまうけど、本当にやりたいことなのであればやった方がいいわ。もちろん全力でね。言わなくても美亜ならいつでも全力でしょうけど。」

美亜は嬉しそうに両手拳を握りしめた。

もちろんこの段階では出演は決まってないから、これからオーディションがあって、もしオーディションを通ったとしても厳しいレッスンとリハーサルがあるのだろう。

ただそれでも美亜には、絶対に成し遂げるという自信があるのだ。

それを後押ししてもらうために占いというツールを使っている。

それくらい彼女は強い女性なのだ。

いや、望美はこれまでたくさんの人を鑑定してきて思ったのだが、人は皆強いのだ。

人が弱気になっているのはただの一瞬で、ほんの少し後押しするだけで望む道へ自然と再び歩み始めることをこの占いの館に来てから学んだ。

「のん先生、今日もありがとう。」

そういうと、美亜は立ち上がり鑑定室を後にした。

久しぶりだからこの後一緒に食事でも行こうと考えたが、美亜は次回作のレッスンがあるからとすぐに帰っていた。

そうこうしていると、カトリーヌ先生からメッセージアプリに連絡が来て一緒に食事に行くことになった。

どうやらカトリーヌ先生も立て続けに鑑定があったので、とてもお腹を空かせているようだった。
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