終わりなき進化の果てに──魔物っ娘と歩む異世界冒険紀行──

淡雪融

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3-2

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「そんじゃ、報酬と戦利品の分配をすっぞー!」
翌日の昼前、俺とヴェルは冒険者ギルドに出向いた。ブラッドキャップ討伐の、報酬および戦利品分配のためだ。
受付カウンターで案内された一室では、オルバやエスティアたち他の冒険者メンバーが揃っていた。
中央にテーブルがあり、その上に大量の革袋と、リストのような紙が置いてある。
さっき威勢いせいよく声を上げたオルバが、続けて言う。
「まずは、報酬金な。緊急依頼そのものの達成報酬と、レッドキャップ約二百体の討伐報酬、そしてブラッドキャップ四体の討伐報酬。さらに、その後遭遇した高山獅子らの討伐報酬だ」
そう説明してから、オルバはテーブルの革袋をつかみ、一つずつメンバーに手渡していく。
俺も受け取って、チラッと中を覗いてみた。
中身は、大金貨一枚。
「おふぅ」っと、思わず上ずった声が出てしまう。
一般的には、大金貨一枚で、平均的な四人家族が半年は不自由なく暮らせると言われる。日本円にすると、この一枚が、ざっと数百万円の価値があるというわけだ。
ちなみにこの世界では、硬貨は銅貨・銀貨・金貨・大金貨・白金貨の五種類が存在する。最上位である白金貨の価値は……途方もないらしい。貴族出身の俺でも、まだ見たことがない。
今回は命懸けの討伐依頼だったとはいえ、この金額は予想外だった。隣のヴェルも、ちょっと興奮しているようだ。
「ふふ、思わぬかせぎになったわね」 
俺とヴェルに笑いかけてくるのは、ユリアだ。
上品なドレスを着て気品をただよわせる彼女のいでたちは、冒険者というより令嬢といった感じである。
だが人は見かけによらない。
彼女は「炎天」の通り名で知られる、凄腕すごうでの女剣士なのだから。
そのユリアの隣、部屋の隅にひっそり立つやり使いのシルバは、革袋の中身を見もせず、黙ったままでいる。
相変わらずの無反応、そして無口っぷりだな。討伐の道中でも、彼が最初の自己紹介以外で言葉を発していた記憶がない。
まったくもって謎めいた男である。
「さて、次は戦利品……素材だ」 
オルバはテーブルの紙を拾い上げ、全員に配った。ギルドが作成した、今回の討伐の戦利品分配リストらしい。
昨日機械で読み取ったギルドカードの情報をもとに、グラノイアスらギルドの運営サイドが、魔物から回収した戦利品をどう分配するかを決めたのだろう。
「えーと、どれどれ……」
俺はヴェルとともに、手元のリストを眺める。どうやら戦利品は個人ごとではなく、各人が所属するパーティごとに割り当てられるようだ。
俺とヴェルのパーティが得たのは――。
――ブラッドキャップの魔核、一つ。
――ブラッドキャップの斧、一つ。
――岩喰猿のつめ、高山獅子のきば、人面樹の枝……複数。
以上である。
いずれも俺の知るかぎりでは珍しいアイテムだったが、とくに嬉しいのは、やはり魔核だ。それも今回は、特殊進化したBランク魔物、ブラッドキャップの魔核である。
スライムの魔物っ娘であるヴェルにとって、魔物の魔力が凝縮ぎょうしゅくされた魔核は、各種スキルのレベルアップや肉体的成長のために必要不可欠。
スキルのレベルアップに限るなら、魔物を討伐することで得られる「経験値」を積み重ねれば、実現可能ではある。
しかし、各種スキルですでにかなりのレベルに達している俺とヴェルは、そこそこの敵を倒したくらいではもうレベルアップは期待できない。
数日前にも、俺たちはCランクの鳥型魔物アイスガルーダを五十体以上討伐した。
だがレベルは、うんともすんとも言わなかった。Cランクの魔物から得る経験値でさえ、この有様ありさまである。
もちろんその時、魔核も大量に手に入れた。「経験値ではダメだったけど、魔核ならあるいは……」という期待のもと、十個ほどヴェルに食べさせてみたのだが……レベルアップは起こらず、肉体にも変化は生じなかった。
まだ四十個ほど残ってはいたものの、その時はヴェルも食傷気味だったし、魔核は魔物っ娘のヴェルにとって体力回復のためのエネルギー源でもあるので、携行食として保管しておこうということになった。
そこへ今回、ブラッドキャップの魔核である。Bランク、かつ特殊進化個体だからな……否が応でも期待は高まる。何せ、同じく特殊進化個体でBランクだったネビュラス・コーボルトの魔核を食べたキルケは、またたく間に犬型のコーボルトから人型に進化してしまったのだから。
「魔核、うれしいねっ、レン」
目を輝かせて笑うヴェル。
「ああ、そうだな」
俺もつられて笑う。
「斧とかも、もらえちゃったね」
ブラッドキャップの、巨大な斧。
手狭な部屋には運び込めなかったようで、現物はここにはないが、俺たちの身長よりはるかに大きな斧だ。はっきりいって、持っていても使い道はないだろう。
だが仮に市場に出せば、激レアアイテムとしてプレミアムがつくはずだ。大金が必要になったら売却するか、あるいは交渉などのカードに使うためにアイテムボックスで保有しておくのがよさそうだな。
とりあえず、魔核とその他こまごまとした品を受け取ってアイテムボックスに収納し、リストに受領済みのサインを済ませた。
「ふう……」
これで一応の「討伐ミッション完了」である。それを意識すると、達成感とともに、疲労感がどっと押し寄せて、思わずため息が出てしまう。
「どうした、レンデリック? 分配が終わって、ようやく緊張がけたって感じか? 今回の緊急依頼はけっこうハードだったからな。まあ、しばらく冒険はそこそこにして、のんびり休めよ」
オルバが、ガハハと笑いながら俺の背中を叩いた。
「はい、そうします……」
「お嬢ちゃんもだぜ、こいつの冒険欲求に振り回されねーで、休んだり遊んだりしろよな」
ヴェルはちらっと俺を見つつ、「はいっ」と元気よく返事して、笑う。
「よし、んじゃ、分配も終わったし……解散だな!」
パン、とオルバが手を叩く。
それぞれ、帰り支度じたくをして、部屋を出ようとしたところ――。
「あ、そうそう、大事なことを忘れてた。今晩な、打ち上げでもしねーかって、エスティアと話しててよ。よかったら皆、一杯やろうぜ、『火竜の酒場』で! 俺とエスティアは、夕方には行ってるからよ!」
オルバはそう言って笑った。彼の相棒、エスティアも微笑んでいる。今から楽しみなのだろう、酒好きの二人だから。
この二人に初めて会った日も、俺とヴェルは「火竜の酒場」に連れて行かれたんだよな。ギルドと同じ通り沿いにある、ハーガニーで一番飯の美味うまい酒場と評判の店。客でいっぱいの店内は非常に賑やかでちょっと騒がしいほどだが、俺の故郷ロイム村にはないその喧騒けんそうが、俺は嫌いではなかった。
反応を見るかぎり、皆、参加しそうだな。……シルバは、たぶん来ないけど。
「レン、私たちも行くよね?」
ヴェルが嬉しそうな顔で俺を覗き込む。
「ああ、もちろんっ」
ぱぁっと、満面の笑みになるヴェル。
正直、まだ疲労が残っている気がするし、ワズナーのこともあって宴会気分ではないのだが……こういう時こそ、仲間たちと一緒に楽しい時間を過ごすのがいいのではないかと思った。
ワズナーだって、俺にいつまでもウジウジされたくはないのではないか。
仇は討った。ブラッドキャップは、すべて討伐したのだ。それでいいじゃないか。
彼は冒険者として、俺より経験が長かった。いわば先輩だ。その彼が、後輩の俺にいつまでも同情されることを、果たして嬉しく思うだろうか?
答えは……きっとNOだ。
「じゃ、一度宿に戻ろっか。酒場には、俺たちも夕方頃行こう」
「うんっ!」
オルバたちに後で行くと約束して、俺とヴェルはギルドを出た。
午後の日差しが、人で賑わう大通りを照らしていた。

  †

同日、同時間帯――ハーガニー守備兵団施設の地下にある、遺体いたい安置室。
今、ここに並べられている数々の遺体は、ブラッドキャップの拠点で発見された商人や冒険者のものだ。
その部屋の椅子に一人座る男――守備兵団団長のローレンは、自分自身に話しかけるようにつぶやいた。
「ふぅむ……やっぱり変だねえ」
目の前のベッドに横たわる、複数の遺体。ローレンはそれらを敵の拠点で初めて目にした時、言い知れぬ違和感を覚えた。
遺体は、いずれもむごたらしく傷つけられている。
だが、ブラッドキャップの進化前の個体――レッドキャップの生態を知るローレンから見れば、これらの遺体には、不可思議な点があった。
彼はおのれに向けて、もう一度呟く。
「レッドキャップどもが持ち帰った遺体にしては……『きれいすぎる』んだよねえ。本来であれば、もっと痛めつけられてるはずなんだけど……」
ふいに、誰かが部屋のとびらをノックした。ローレンはそちらに目をやる。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、守備兵団員の青年だった。
彼はローレンを見て、うやうやしく頭を下げる。
「団長、失礼いたします。たった今、ギルドマスターのグラノイアス様よりお電話がありました。急ぎの用件とのことでしたので、申し訳ございませんが、折り返しをしていただけますか」
グラノイアスから急ぎの電話?
ローレンは嫌な予感がした。
「わかった、ありがとう。すぐに行くよ」
ローレンが頷くと、若い団員は再び一礼し、出て行った。
電話機は、ここ地下階にはない。一番近いのは、地上階のロビーだ。
だが、グラノイアスからの至急の用件……であれば、自分の執務室からかけたほうがいいだろう。ローレンはそう思った。
もう少し遺体の検分を続けたかったが、ギルドマスターの要請ではしかたない。電話を済ませて、また戻ってくればいい。
部屋を出る時、ローレンは振り返って、遺体の一つをもう一度眺めた。
ある若手冒険者の遺体。
彼のふくらはぎには、一本のナイフが、深々と突き刺さっていた。
現地で初めて見た時に覚え、今も消えない強烈な違和感……その原因の一つが、このナイフである。
悲しく、許されざる出来事が起こったのかもしれない……ローレンはふと浮かんだ、その憂鬱ゆううつな考えを拭い切れないまま、遺体安置室をあとにした。

「さて、と」
自らにあてがわれた団長室で、ローレンは電話機の水晶に手をかざす。かける先は、グラノイアスの執務室だ。
水晶が、点滅を始める。
そしてすぐに、グラノイアスの顔がその球体の表面に映し出された。
「ああ、ローレン殿。折り返しありがとう」
「いえ、さきほどは外しておりました。それで、急ぎの用と聞きましたが」
こほん、と咳払いをするグラノイアス。
「うむ、実はな、ついさきほど……王都ヴェリア、および交易都市コーデポートの冒険者ギルドから、連絡があってね」
グラノイアスが言葉を切る。ローレンは再び、嫌な予感を覚えた。
「……先方せんぽうは、何と?」
水晶に映るグラノイアスの表情が、にわかにくもる。
「……コーデポートとヴェリア周辺で、未知の大型魔物が立て続けに発見されたそうだ。いずれも迅速じんそくに高位ランク冒険者を向かわせ、討伐には成功したらしい。だが……」
「だが?」
そう聞き返しながら、ローレンは次にグラノイアスが何を言うのか、見当がついていた。
「昨晩の君らの報告同様……紋様のない瓶が、敵の拠点で発見されたとのことだ」
やはり……と、ローレンは思った。
「となると、これは……」
グラノイアスが水晶の向こうで大きく頷く。
「うむ、間違いない。未知の魔物の発生には、あの瓶が関係している。そして瓶は、何者かの手により、故意に魔物のもとに持ち込まれている。わかっていると思うが、これは一刻を争う事態だ。瓶の中身が魔物の特殊進化を引き起こすものだとして、それがどれほどの量、存在しているのかは不明。今、こうしている間にも、どこかで特殊進化した魔物が生まれているかもしれないのだ。もちろん、大氾濫の件もおざなりにはできん。並行して調査を進める必要がある。……これから、忙しくなるぞ」
グラノイアスの表情と言葉には、彼にしては珍しいほどの切迫せっぱく感があった。
ローレンは二十年前を思い出した。
――前回の大氾濫。大量発生したゴブリンの討伐に向かう時の、鬼気迫ききせまる緊張感をまとったグラノイアスの顔。
ローレンは、己の身が引き締まるのを感じた。
「わかりました。緊急の出動に備え、兵団内でメンバーを厳選しておきましょう。こちらにも何か情報が入り次第、報告します。ギルドのほうでも、新しい情報があれば共有してください。それでは――」
電話を切ろうとしたローレンを、グラノイアスが呼び止める。
「悪いが、もう一つ、用件が残っていてな」
ローレンはため息をつき、こくりと頷く。
――結局グラノイアスとの話し合いが終了したのは、一時間後だった。
地下に戻る途中、グラノイアスとの電話の内容を振り返りながら、ローレンはまた自分に向かって呟いた。
「さてさて、忙しくなるな……」

  †

「はぁ……」
冒険者マックスはため息をついた。何もできない無力な自分が情けなかった。
彼は、壊滅かいめつしたレッドキャップ討伐先発隊の冒険者たちのリーダーであり、かつ、数少ない生存者の一人である。
彼を苦しめていたのは、魔物に圧倒されて敗走したという事実ではなく、同行メンバーの「理不尽な死」を目の当たりにしてしまったことだった。
彼がハーガニーに帰還したのは二日前。同日速やかに募集された二次討伐隊は、見事ブラッドキャップらを撃破げきはし、昨晩この街に戻ってきた。
彼らの成功と無事を人々は喜び、街はにわかに祝勝ムードに包まれた。その賑やかな雰囲気は、一晩経った今現在も続いている。
マックスは、そんな賑々にぎにぎしい空気に満ちたハーガニーの大通りを、一人さびしく歩く。
とてもじゃないが、お祝い気分にはなれない。
寝ても覚めても、死んだ仲間たちの顔が浮かんできてしまう。
マックスは、弱い自分が腹立たしかった。
通りの喧騒から逃げるように、彼は一本の裏路地に入る。
そして、向こうに見える一軒の店をまっすぐ目指した。
通りの隅にひっそりたたずむ、老舗しにせの小料理屋。
マックスは、お気に入りのこの店で、古い友人と落ち合う約束をしていた。
「やぁ、マックス、いらっしゃい」
「大将、どうも」
「……今回はお気の毒だったね。ああ、お友達なら、もう来てるよ」
常連客から「大将」と呼ばれしたしまれている店主が、奥のテーブル席を目で示す。
「ありがとう」
いつもどおり客たちで賑わう店内を、マックスは奥へと向かう。
裏路地にある地味で小さな店ながら、料理が美味いこともあって常連客が多い。
マックスが冒険者になった十年ほど前は、この店のある裏通りは治安が悪かった。
当時、先輩冒険者に連れられて店に来るたび、路地のそこいらにたむろするチンピラたちに、内心恐れを抱いていたのを今でもよく覚えている。
しかしその後、劇的げきてきに治安は改善した。父親の跡を継いでハーガニー領主になったダンドン・ハーガニーが次々と打ち出した改革のおかげだ。
ダンドンの業績は治安の分野にとどまらず、商業や文化など多岐たきにわたった。
結果、ハーガニーはめざましい成長を遂げ、いまだ現役のダンドンは「賢哲けんてつの領主」の異名いみょうで国内外からその手腕を高く評価されている。
だがマックスは、治安の悪さに怯えながらこの店にかよったあの時代が、なつかしくもあった。
客層が今ほど洗練されておらず、荒くれ者も少なくなかったあの頃。マックスは先輩や同期の面々と、今思えば恥ずかしくなるような、大きな夢を語り明かしたものだ。
しかし、当時酒を飲みわしたメンバーは、もうほとんど残っていない。皆、冒険者として活動するうちに命を落としていった。
マックスは、その中でただ一人残った旧友が座るテーブルの向かいに、腰を下ろした。
「やあ、エストガルデ」
「おう、マックス。遅かったな」
彼がエストガルデと呼んだ男が笑う。手に持つジョッキの酒は半分ほど減っている。
「すまん、待ったか?」
「いや、俺もついさっきさ。……まぁ座れ座れ。大将、こいつにも酒を!」
はいよ! と大将が返事をして、すぐに、酒がなみなみ注がれたジョッキが運ばれる。
「まあ、なんだ。とりあえず、乾杯かんぱいといこう。な? マックスよ」
「……ああ」
「……ほれ、マックス、乾杯!」
エストガルデが無理やり自分のジョッキを差し出す。
カチン、とガラスがぶつかる音。
「おい、なあ、お前も飲めって」
ジョッキを口に運ぼうとしないマックスを、エストガルデが促す。
マックスは、ジョッキに口をつけてグイと酒を流し込み――むせる。
「おいおい、大丈夫か? 一気にあおりすぎだ」
「す、すまん」
「……いや、まあ、しょうがねえよな。今回はリーダーだったんだろ? つれえよな」
エストガルデが呟く。
この心優しい友人は、マックスの災難をいたわってくれているのだ。
「今回は相手が悪かったんだ。未知の魔物じゃ仕方ない。お前が仲間の死に責任を感じる必要はないさ」
エストガルデはそう言ってくれた。
マックスはその心遣いが嬉しかった。
たとえ、それが自分の心境を万全にフォローするものでなくても。
だから今夜は甘えることにした。
べろんべろんに酔ってしまえば、鮮明に残る辛い記憶も少しの間忘れられる……そう思ったのだ。
だが、同時にこうも考えていた。
あのおぞましい記憶からのがれることは、絶対にできないのだと。
「マックス、どうしたってんだ? 酔えば酔うほど、深刻な顔になってやがるぞ」
――一時間ほど酒を飲み続けた頃、エストガルデがそう心配した。
マックスはエストガルデと何度も一緒に冒険をこなし、ともに困難を乗り越えてきた。
そんなエストガルデは、一週間ほど前からとあるキャラバン隊の護衛としてハーガニーを留守るすにしており、今朝方けさがたようやく戻ってきた。
つまり、マックスの討伐隊には参加していない。
マックスは、この友人がこうして生きて自分の前にいてくれることに、心から感謝していた。
そして、自分の胸の奥にある恐ろしい秘密を明かせるのは、彼しかいないと悟っていた。
だから、マックスは決意した。
ぐいと、手元の酒を呷る。
そして――切り出した。
「なぁ、エストガルデ。聞いてもらいたい話がある」

「……なるほど。それは許せねえな」
からになったジョッキの持ち手を握りしめながら、エストガルデが呟いた。
「そう思うか?」
胸の内をき出したものの、マックスの心は晴れない。
「当たり前だ。仲間をたてにして、自分だけのうのうと助かる……冒険者の風上かざかみにも置けねえ」
「……だよな」
「ああ、絶対に許しちゃおけねえよ」
「だからといって……どうすればいい。今、俺に何ができる?」
マックスはジョッキを見つめる。彼のそれにも、酒はもう入っていない。
「自分で成敗せいばいしてやる……ってのは、正直現実的じゃねえな。今回のリーダーはお前が任されたわけだが、戦闘の腕では奴のほうが上だろう」
「……悔しいが、そうだろうな」
「もし……もし、俺がお前なら、ギルドに告発する」
マックスは顔を上げて友人の顔を見る。
「それも考えたさ。だが、証拠がない。俺の目撃証言だけだ。ギルドが、それで調査に乗り出すと思うか?」
「どうだろうな。確かに証拠としちゃ心もとないが、奴の素行そこうは前々から問題視されてるだろ? 案外いけるんじゃないか――あっ」
パチン、と指を鳴らすエストガルデ。
「遺体だよ、その若い冒険者の遺体があるんじゃないか? 二次討伐隊は昨夜帰還してるんだろ? きっと現場検証も済ませてあるだろうし……だとすれば、身代わりになったそいつの遺体も発見されてるかもしれない」
マックスは、目をしばたたいた後、エストガルデの肩を叩いた。
「……それだ! 奴は、確かにあの若手の足を刺した! 遺体があれば、奴を追い詰める動かぬ証拠になるはずだ!」
「そうだろ? 明日にでも、さっそく確かめてみようぜ! おそらく守備兵団のところだ。よし、大将、もう一杯おかわり!」
すぐに運ばれてきた新しいジョッキを、マックスは友人とともに一息で呷る。
飲み始めてから、初めて酒の味を感じられた気がした。
討伐から帰還して、ようやく……自分が生きていることを実感できたように思える。
二人はその夜、日付が変わるまで飲み続けた。
憂鬱ゆううつさから解放されたマックスは、気持ちよく、べろべろに酔った。
相棒のエストガルデも同じだ。
だから、二人とも気づかなかった。
さきほど、近くのカウンターに座っていた一人の男が、席を立ったことに。
そして店を出たその男が――マックスらの話を、別の店で飲んでいた、ある人物に知らせるべく走ったことに。
その人物は報告を聞いて男を帰した後、薄笑いを浮かべて呟いた。
「……マックスの野郎。必ずぶっ殺してやる」


第二章 三度目の緊急依頼


オルバたちとの打ち上げから二日後の、夜。
俺とヴェルは、宿の部屋で、ブラッドキャップの魔核をじっと眺めていた。
打ち上げの翌日は、二人とも、早朝の鍛錬たんれん以外は何もせずに宿でのんびり過ごした。おかげで、心身ともに疲れはほぼとれたと思う。

「改めて見ると……きれいだねえ」
ベッドに置かれた魔核を見つめながら、ヴェルがため息をらす。
同感だ。俺も頷く。
ブラッドキャップが残した魔核が放つその強い光は、ベッドの白いシーツまでもあざやかなむらさき色に染めている。窓のカーテンは閉めてあるが、もしけっぱなしなら、外の通りを歩く人々にもその光が見えたに違いない。
それは今までに見たどんな魔核より、美しく輝いていた。
「これ……本当にもらっていいの?」
ヴェルが不安そうに聞く。彼女の、き通るような白い肌にも魔核の光が反射している。
「ああ、もちろん」
俺はにっこり笑いかけた。
「……ありがと、レンっ」
ヴェルも笑顔を返してくる。だがその顔から不安の色は消えない。
まあ……気持ちはわかる。
Bランクのブラッドキャップと同格である、ネビュラス・コーボルト。その魔核を偶然見つけてみ込んだキルケは、小さな犬ふうの姿から、一気に人型へと進化した。
こういうすさまじい進化は、周りから見ているぶんには「おおお!」と興奮するばかりだが、実際に身体に変化が生じることになる当事者は……手放しで喜んでばかりもいられないだろう。
俺のそんな思いを察したかのように、ヴェルは俺を見つめた。
「レン、心配いらないよ……私、もっと成長したいから。もっともっと強くなって、レンと一緒に色んな冒険をしたいもんっ」
強がりかもしれない。
でも、俺はヴェルのその気持ちを尊重そんちょうすることにした。
「じゃあ、いただきますっ」
そう言って、ヴェルは服のすそを持ち上げた。
あらわになる、ほっそりしたおなか
そこに、ヴェルはブラッドキャップの魔核をつかんで押し当てる。
刹那――。
ヴェルのお腹がバックリと縦に割れて触手状になり、魔核を覆った。
そして、それを体内に取り込むと、触手が縮んでいき、お腹は元どおりになる。
ただし、人間のものとは明らかに違う。皮膚も器官も青みがかった透明色で、体の中が透けて見える。スライムの性質だ。
じわじわと、取り込まれた魔核がけ始める。
徐々に小さくなっていく魔核。あの中に蓄積されていた膨大な魔力が、今、血液のようにヴェルの体内を巡っているはずだ。
やがて、魔核が完全に溶けてなくなると、ヴェルはぎゅっと目をつむった。
「んっ」
小さくそう漏らしたヴェルの背が――ぐぐぐ、と数センチほど伸びた。
胸も微妙に膨らんだ気がする。といっても、たわわなバストを持つユリアなんかと比べると、まだまだまな板であることには変わりないが。
「ふう」
ため息をつくヴェル。表情には安堵の色が浮かぶ。
そこまで大きな肉体的変化がなかったことに、安心したのだろう。
「ヴェル、お疲れさま。どう、変なところはない?」
ヴェルは手を握ったり開いたり、首をぐるぐる回したり、腕を触手状に伸ばしたりしている。体に異常がないかを入念にチェックしているのである。
「うんっ、大丈夫そうだよっ!」
そう言って俺に見せる、満面の笑み。
何ごともなく済んだみたいだな……俺も一安心だ。
その時、俺の脳内に「ぴろぴろりーん」という、気の抜ける音が響いた。
『多数の更新があります。確認してください』
聞き慣れたアナウンス。そういえば、ブラッドキャップを倒した際に、俺はレベルが上がっていたのだった。
あの時は、素材の回収などの後処理を優先してしまったんだっけ。その後、ワズナーらの遺体と対面したり、ハーガニーに帰還したりで、確認するのを忘れていた。
俺はさっそく、メニューウィンドウから更新ページを開く。 
そして、「レンデリック」と書かれたタブを押した。
『──【中級拳闘術】【次元魔法】がLv5に達しました。使用可能になったスキルおよび魔法を確認してください』
続いて「ヴェロニカ」のタブを押す。
『──ヴェロニカの特殊スキル〈腐食スライム〉がLv9に、一般スキル【中級水魔法】【中級回復魔法】が、それぞれLv5に達しました。使用可能になったスキルおよび魔法を確認してください」
よーし、よしよし。
「ヴェルも俺も、順調にレベルアップしてるなあ」
思わず呟く俺。
「えへへ……やったね、レンっ」
ヴェルも嬉しそうだ。
そう、俺たちは今のところ順調に成長している。
冒険者ランクも、すでにCランク。一般に「高位ランク」 とされるBランクまであと一歩だ。
とはいえ……。
Aランクであるローレンやシルバ、それに俺の両親に比べたら、Cランクなんてヒヨッコみたいなものだろう。
先のブラッドキャップ戦では、俺が真っ先に飛び出して攻撃を仕掛けられたから、他のベテランたちを出し抜いて二体ほふることができた。
しかし今思えば、実力未知数の敵に、がむしゃらに突っ込んでいったのはあまりに無謀むぼう
最終的に倒せたのだから結果オーライではあるが、あまり考えなしの特攻はひかえるべきだな。もう少し戦略的に戦うことを覚えていかないと……そのうち痛い目にいそうだ。
その後、俺は今回獲得した技や魔法について、ヴェルにその内容をざっくり説明した。
「ふあ~あ」
ふいにヴェルが大きなあくびをする。
「どうした、ヴェル。眠いのか?」
「うん……お腹いっぱいになったからかな? 眠くなってきちゃった……」
目をこすり始めるヴェル。
もしかしたら、今取り込んだ魔核のせいかもしれないな。
Cランクのアイスガルーダの魔核を大量に摂取せっしゅしてもアップしなかったヴェルのレベルを、一気に上昇させたブラッドキャップの魔核……その魔力量は膨大なものだろう。
魔核の取り込みは、ヴェルにとって食事とイコールだからな。食べるって行為はそれなりに疲れるだろうし、消化には知らずに体力を使う……ということなのかな?
「それじゃ……今日はもう寝ようか」
「うんっ」
この二日間はのんびり過ごしていたが、考えてみればハーガニーに来てから一昨日まで、ほとんど休みなく冒険や散策の日々を送っていた。
このあいだオルバが言っていたように、ゆっくり体を休めることも大切だ。
「レン、お休みなさいっ」
寝巻きに着替えたヴェルが、そう言って先にベッドに入る。
俺も着替えを済ませ、少し遅れてもぐり込んだ。
俺とヴェルの腕が触れ合う。
もともとスライムだからなのか、ヴェルの肌は驚くほどすべすべで気持ちいい。
「……すー……すー」
すぐに、ヴェルが可愛いらしい寝息を立て始める。
微笑ましい思いでそれを聞いているうちに、いつの間にか、俺も眠りについていた。
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 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

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断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

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