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序章

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 牧原雪凪は、東の国出身の十三歳の少女である。東の国のごくごく普通のサラリーマン家庭に生まれ育ち、平々凡々のびのび暮らしていた。そんな牧原家に激震が走ったのは、今年の三月のことだ。







中央アストル魔導魔術学園……?入学案内??」
「そうなのよ!せっちゃん!!貴方、天才か問題児のどちらかみたいなのよ!」


 母が血相を変えて詰め寄る。確かに一大事だった。


「えっ……私、問題児だったんですか!?こんなに清く正しく生きているのに?!」
「やっぱり……そうよね?どうやら、そうみたいなの。どこで育て方を間違えてしまったのかしら……。ご先祖様に謝らなくちゃ……。」
「あわわわわわわ」


 某顔文字の様な姿勢でリビングの床にうずくまる母子を見て、弟の陽太が口を開く。


「なー?アストルなんとかって何?」
「……くっ、我が弟ながらここまでおマヌケとは……仕方がありません。簡単簡潔に言います。魔術師養成学校の頂点です。この国ではありませんよ、世界です。倍率数万とも言われている、魔術界の最高学府ですよ!」
「えっ!なんでそんなところから入学案内来てんのねーちゃん!裏口???」
「そんなわけないでしょ!お父さん薄給なのに!」
「だからこうやって慌てふためいてるんじゃあないですか!!その目玉は偽物ですか!?」
「ご、ごめんて……。」


 かっ!と目をかっぴろげた母と姉に陽太は後退る。姉のいる長男とはだいたいこの様なものだ。南無三。


「てか試験どころか出願もしてないだろ?何で入学案内が来るんだ?」
「……噂によりますと、というものがあるそうなんです。基準はブラックボックスらしいですが。」
「まじ?ねーちゃんそれに引っかかったの?」
「……。」
「な、なにやらかしたの??」
「だから!私が何かした前提で話すの、辞めてくれます?」


 いじけた姉を放って、陽太は食卓に置かれた上質な白い封筒をおそるおそる開いた。綺麗な装飾が施された、正に品位で殴るような便箋には、大体以下の様なことが書かれていた。






 ――特別枠により、入学を許可されました。
 ――辞退は不可能。
 ――学費は全額免除。
 ――入学式は九月だが、寮に入る者は八月から受け入れている、とかなんとか。




「……えーと……ま、まあ、良かったんじゃない?」
「どこが!!」
「ねーちゃんの好きな薄かったり分厚かったりする小説?とかゲーム?に良く出てくるじゃん。こういう。ほら、貴族の学校にただ一人の平民が入学してくるとか、好きじゃん?」


 陽太としては、本当に善意だった。入学辞退出来ないなら、せめて前向きになるように、という完全なる善意だ。





「ならお前が行けーーー!!」
「ぐふっ!……なんで殴るんだよ!」
「あれは創作だからいいんです!実際自分の身に降り掛かったら恐怖以外の何者でもありません!針の筵決定じゃないですかーー!」
「だーーーーー!もう!人が下手に出てればいい気になりやがって!さっさと入学しろ!馬鹿姉貴……!!グフッッッ!!」


 華麗なる回し蹴りが炸裂したところで、父が帰ってきて二人揃って怒られる羽目になった。


 その後もいろいろと駄々をこねてみたが、雪凪も分かっていた。この入学を辞退することなど出来ないと。生まれ持った魔力が特段に高いわけではないし、特に勉強に秀でているわけでもない。そんな自分が大学までエスカレーター式のエリート養成校に入学するなんて意味が分からなかったが、とりあえず行くしかない。雪凪は長いものにはくるくる巻かれるタイプだった。






 あとついでに、地元でめちゃくちゃ噂が広がって引くに引けなくなったという経緯もある。「祝!アストル学園合格!頑張って雪凪ちゃん、星宮町の期待の星!」なんて恥ずかしい横断幕が町役場に飾られた。泣きたい。














 月日が経つのは非常に早く、ついに雪凪が町を出る日がやってきた。


「にしても、なんで雪凪なのかしらね?学園に百回問い直ししたけど、間違いじゃなかったし。」


 母が首を傾げながら言う。


「ま、無理だと思ったらすぐに帰ってきなさい。大丈夫だ。特に期待はしていないから。」


 ため息を吐きながら父が言った。


「あ、ねーちゃん!将来大物になりそうな人いたら、サイン貰っておけば?」


 能天気に陽太が笑う。




「………………行ってきます。」


 ずもももも、と真っ黒な渦を背負った雪凪がぺこり、と頭を下げる。


「…………今まで、育ててくれて、ありがとうございました。」

「「「………………。」」」


 そう言うと、雪凪は振り返ることなく、飛行機の搭乗口に向かう。


「ありゃ、重症だな。」
「……ねーちゃん、ここんところ影を薄くする練習!!とか意味わからないことばっかり言ってたなあ。」
「ほんと、なーんで雪凪なのかしら?雪凪って何もかもがド平均よ?」


 うーん、と家族三人で腕を組んで首を傾げる。その様子は、周りが二度見するくらいにはそっくりだった。


「ま、駄目だったら退学してくるだろ!」
「確かに!」
「そうね!」


 あはははは、と似通った顔で笑う三人。牧原家は、良くも悪くもあまり動じない。なんとかなるさ精神の塊なのであった。







 

 そんなわけで雪凪はアストル学園に入学した。雪凪は入学前に決めていることがあった。


 一つ、モブに徹する。
 二つ、極限まで影を薄くする。
 三つ、出来るなら退学する。


 この三つである。入学する前から負ける気まんまんのやる気ゼロであった。しかし、その試みは、初日から打ち砕かれることになる。

 学園は一年から六年生までの中高一体型だ。一年生は基礎課程。二年次から単位が選択制になり、四年次から専門に別れていく。一から三年次までは基礎科の寮で暮らし、四年次から専門別の寮へ移動する。


 この寮、というのがなかなか厄介で、成績順なのだ。設備が。グレード5からグレード1まであり、段々と部屋の広さや豪華さ、一緒に使う人数などが少なくなっていく。ここまで分かりやすい区別もないだろう。





 ちなみに雪凪のグレードは4だった。4だ。お分かりいただけるだろうか?である。雪凪は泣いた。無表情で泣いた。


 何故、入学試験を受けていない自分が、馬鹿みたいな倍率をくぐり抜けてきた猛者たちよりグレードが上の部屋なのだろうか。同室になった二人が、絵に描いたように秀才な上に性格も良く、明らかに上流階級であることにも泣いた。努力を努力と思わず、息をするように努力をし続ける姿に泣いた。生き物としての格が違う。合掌。

 そんなわけで、優しい同室の友人に恵まれ、雪凪の学園生活はそこそこ順調に幕を開けた……ように思われたのは最初の二週間ほどだった。











「中間テスト……?」


 いや、あることは知っていた。勿論。しかし、それに付随して、成績がより下になってしまった場合、グレードが落ちることは知らなかった。つまり。


「え??私、どう考えても落ちるじゃないですか。」


 謎のコテ入れで今のグレードなのである。実力で行けばそもそも学園にも入れない。ど底辺の自覚が存分にあった。せっかくできた友人なのに、一人だけ部屋が変わってしまう。雪凪は焦った。知らない国で、せっかく出来た友人なのだ。なので死にものぐるいで勉強した。雪凪なりに、これ以上出来ない、と思うくらいには。結果。


「……まあ、そうなりますよね。」


 通知。 
 グレード4からグレード1へ格下げ。
 今すぐ部屋を移動するように。


 残念がる友人たちに手を振り、雪凪は部屋を後にした。それは、そうだ。現実はそんなに甘くない。ど底辺の雪凪が必死に頑張ったところで、そもそもスタートラインが違う。雪凪が勉強している間、天才秀才たちも勉強しているのだ。せいぜい差がこれ以上開かないようにするのが関の山。そんなこと、分かっていた。けれど、夜遅くまで勉強に付き合ってくれた優しい友人たちの信頼に応えたかった。……無理だったけれど。


 傷心の雪凪は、この後今以上に必死に勉強する羽目になるとは、この時微塵も考えていなかった。ま、部屋が変わってしまったのは残念ですが、さっさと負け犬になれて良かったかもしれません。だなんて呑気に考えていた。牧原思考とも言える。


 ……結論から言えば、雪凪はグレード1部屋で、散々な嫌がらせに遭うことになった。


 まず、物がなくなる。
 次に、ゴミ箱から発見される。
 さらに、話しかけても普通に無視。
 もっと言えば、本人が部屋に居るのにみんなで陰口を言い合う。












「…………治安が悪い……。」


 雪凪は生まれてこの方、故郷の自然豊かな片田舎でのんびりふわふわ生きていたので、正直めちゃくちゃショックだった。小学校のクラスメイトは13人しかいないから、みんな兄弟姉妹のようだったし、悪意を向けられるということを経験したことがなかったのである。


「いえ、暴力行為に及ばないだけ、お行儀がよいということでしょうか……。」


 学園の広大な庭の隅っこで、私物のぬいぐるみに向かって話しかける。……痛いとか言わないで欲しい。これは雪凪の精神がちょっとやばい方向に行っているというわけではなく、部屋に置いておくと何されるか分からないので連れ歩いてるだけだ。

 手のひらサイズなので、無理矢理キーホルダーのようにしてスマートフォンにぶら下げている。雪凪が好きな某国民的人気のアニメのキャラクターで、友人からの餞別の品だった。


「というか、腹が立ってきました。私がこんなめに合っているのも、この学園のせいですからね?」


 そう。
 そもそも雪凪も黙ってやられているような性格をしていないので、何度か言い返した。その時に言われたのが……。


 ――どんな卑怯な手を使ってこの学園にはいったのか。
 ――はみんなグレード3以上なのに、落ちこぼれのアンタなんてさっさと退学しろ。
 ――お前みたいなのがいるから、頑張っている自分たちが報われないのだ、等々。


 ……いやいや、落ちこぼれって笑 それ特段ブーメランじゃないですか笑 とかは言えなかった。流石に空気を読んだ。そしてなんとなく彼女たちが嫌がらせをしてくる気持ちがわかった。つまり、雪凪を溜まった鬱憤の吐口としているのだ。


 雪凪はもともと、人の感情の機微には聡い方だという自覚がある。人が何考えているのかを気を遣って読み取る、ということはしなくても人間関係に支障はなかったのだが、ここでは敢えて、ものすごく気にして観察してみた、結果。


(地元では一番で、意気揚々と入学してきたのに、井の中の蛙だったことを思い知らされて挫折。そこにいびりやすそうな鴨がねぎを背負ってきたから歯止めが効かない、といったところでしょうか……。)


 雪凪は名前のプレートに着いた黒薔薇の紋章を指でなぞる。言わなくても分かると思うが、鴨は雪凪だ。そして、ねぎというのがこの黒薔薇の紋章である。薔薇は学園の紋章である。銀色の名前プレートには一年生は全員白の薔薇が刻まれているのだが、雪凪は黒だ。の証らしい。

 最初は白い薔薇も四年生になると専門別の色に変わっていくようだが、黒薔薇は永遠に黒薔薇らしい。解せぬ。しかし彼女らは、この特別扱いが気に入らないようだ。なら代わるか??と雪凪は切実に問いたい。そんなこと言ったらぶん殴られそうなのでしないが。


 兎にも角にも、雪凪は決意した。この悪辣な環境から逃げることを。そのためには、ガリ勉になるしかない。雪凪は形から入るタイプだったので眼鏡と鉢巻を買った。鉢巻には、母国語で「脱!グレード1!!入!グレード2!!」と力強く書いた。筆で。


 朝な夕な、これでもかというほど勉強した。授業中は先生の発言を一字一句ノートに書き留め、分からないところがあれば職員室に突撃していった。その様を「媚び売ってる」など同室の面々に揶揄されたが、鼻で笑ってやった。教科書を破かれた。ぼろぼろになった教科書をみて、雪凪はだんだん彼女らが哀れに思えてきた。

 こんなことでしか鬱憤を晴らせないのだ。彼女らも何かに抑圧されて生きているのだと思う。しかし、それで人を傷つけるのはお門違いだ。自分が苦しいからといって、人を傷つけていいわけはない。




 実技は苦労した。一年生の初歩的な魔術でも、雪凪にとっては魔力が足りない。なので、走った。健全なる精神は健全なる身体から。多分魔力もその類のはずだ。単なる思い込みかもしれないが、世の中の意識高い人々はみんな身体を鍛えているのだ。あながち間違いじゃないだろう。プロテインを買い込んで筋トレに勤しんだ。この辺りから、物を取られる、壊されるといった嫌がらせが減ってきた。


「やはり、筋肉は裏切らないというわけですね。」


 努力の成果は本当に、少しずつ見えてきて、0ばかり並んでいた小テストで点数が取れるようになってきた。実技でも、一人だけできなくて周りから笑われるという事態も減ってきた。運命の定期考査まで、のこり二週間。











 がりがりがりがりがり
 図書室の自習スペース。定期考査二週間前ということもあり、それなりに混んでいるのに、とある少女が座っている周辺だけ、異様にスペースが空いている。


 額には鉢巻。 
 黒縁眼鏡。
 飲み物はプロテインである。ドリンクホルダーには「絶対勝利」と書かれていた。筆で。


 少女は、脇目も振らずノートに設問の答えを書き続けている。一体、何が彼女をここまで走らせるのだろうか、そう問いたい。鬼気迫る表情で一心不乱に勉学に勤しんでいる。

 しかし、ここまで体裁を振り払って目的のために邁進していると、いっそ美しく見えてくるのも人間の性。というわけで、少女の周りで勉強していた者も、身が引き締まり、場が程よい緊張感に包まれていく。雪凪は気づいてはいないが。


 そんな時だった。
 彼が現れたのは。


 気づいた者は、学生総数一万を越えるマンモス学園の中で、今一番話題の人物に動揺して本を落としたり、ぽかん、と口を開いたりした。その人物はそれらを全く意に介さず、図書室の中を進んでいく。そうして、自習スペースにやってきたのだが、またしても気づいた者はペンやら何やらを取り落として唖然と見つめた。図書室はまだしも、「自習スペース」がこれほど似合わない人間がいるだろうか、といった表情である。


「………。」
「………。」


 もともと静かだった自習スペースが異様な静けさに包まれる。その中で変わらず、がりがりがり……という少女の鉛筆の音が響く。


 この場にいる面々がの一挙手一投足に注目する中、涼しい顔で少年は雪凪の斜向かいの席に座った。


「「「………………。」」」


 そうして、自前の文庫本を取り出してページを綴り始める。

 ぺらり、
 がりがりがりがり……


「「「…………………。」」」


 その後の周りの反応は。
 厄介ごとに巻き込まれてはごめんだ、とそそくさと帰る者が二割。気を取り直して勉強の続きをしつつ、気になってちらちら見てしまう者が三割。勉強しているふりして何が起きるかしきりに観察しているのが五割だった。    











(……ふう、ひと段落つきました。)


 雪凪は達成感に笑みをこぼしつつ、鉛筆を置いた。あまり根を詰めても良いことはない。体調を崩しては元も子もないのだ。そうして、ふと顔を上げて非常に驚いた。斜め向かいの席にいつの間にか、驚くほどの美少年が座っていた。


(うわあ……ま、眩しい……か、顔が、顔がいい!!)


 小さな顔に、絶妙なバランスで配置された各パーツ。少しつり上がっている眦。下向きのけぶるようなまつ毛。臙脂色の瞳と髪。真っ白な肌。美少年といっても、儚げな印象ではない。むしろ、気の強さが前面に現れている。独特の雰囲気がある少年だった。


(これは勉強を頑張っている私へのご褒美ですね。心のメモリアルに登録しておきましょう。ご馳走様でした。)


 雪凪は無表情でハイテンションに喜んだ。ちょっと疲れていたのだ。だから、少年と目が合って微笑まれても、自分のことだとは思わなかった。


「こんばんは。牧原雪凪さんだよね?」 
「え?あ、はい。そうですけど。」


 どこかぼんやりしたまま、会話を続けていく。


「僕は周宗治郎。東の国出身で、牧原さんとは同郷だよ。よろしく。」
「え、あ、そうなんですね。よろしくお願いします。」


 ぺこり、と会釈をする。
 少年……宗治郎は綺麗に笑ったままこちらを見ている。 


「牧原さん、留学生会の知らせは読んだかな?」
「留学生会?……あー…すみません、入学時の資料なんですけど、諸々あって全部目を通せなくって……。」


 捨てられた荷物の中にそう言えばあったような気もする。


「もしかして、全員参加だったんですか?」
「そうだね。君以外は全員来ているよ。」
「……お手数お掛けしてすみません……。」


 つまり、あれだろうか。この美少年は、提出物を出していないクラスメイトに先生の代わりにせっつきにきた学級委員のようなものなのかもしれない。そう考えると居た堪れなかった。


「いや、出席していないからと言って何があるわけでもないから大丈夫だよ。ただ、一応確認に来ただけ。知らなかったのなら、不憫だからね。同郷の留学生会があるのは一年生だけだから。たまには母国語で話したくなったりするだろう?」


 そう言って薄く笑う姿は、やけにきらきらして見えた。


(……ええ?周くんって、陽太と同じ生き物ですか?美少年の上に優しいとか、現実に存在したんですね……。)


「これ、次の集まりの日だから、もし興味があったら。」


 そう言って宗治郎はメモを差し出した。久しぶりに見る、自分以外の母国語。美しい筆跡。雪凪は少し涙腺が緩みそうになる。幼馴染からいかに「メンタルオリハルコン」と呼ばれていた雪凪といえど、知らない国で邪険にされつつ向いていない勉強をするのは、ちょっと辛かった。


「周くんって、いい人ですね……。」


 涙の代わりにそんな言葉が溢れた。それを聞いて、宗治郎は少し目を見開いた。そうすると、大人っぽい印象が薄れ、年相応の姿に見える。


「ありがとう…………牧原さんは努力家なんだね。」
「え?」
「グレードの昇格、出来るといいね。」


 何故そのことを……と思うが、すぐに思い出す。額に巻き付けているものの存在を。


「っっっ!!!」


 思い切り鉢巻をむしり取る。学園では同郷の人にあまり会わないから、油断していた。


「どうした?」
「……す、すみません……恥ずかしいものを見せました。」
「何故?より良い未来に向かって努力することの何が恥ずかしいんだい?」


 からの笑顔。
 雪凪は何かに突き落とされたような感覚を覚える。


(あれ……む、胸がドキドキします……か、かかかお……赤くなってないでしょうか……!?)


 そのあと、二言三言交わし合い、宗治郎と別れた。そこからの雪凪はちょっと気持ち悪かった。まず、メモをラミネートかけて栞にした。そして手帳型のスマートフォンケースに入れた。辛いことがあったらそれを見て癒された。次の留学生会の日付は定期考査の一週間後だ。つまり、結果が出ている。初恋の相手に「頑張れ」って言われたんだから、グレード昇格しなくちゃ合わせる顔がない。(言われてない。)


 残りの二週間は恋心のブーストで勉強がのりに乗った。留学生会で再会したときに、「おめでとう」って笑ってもらうんだ!という痛々しい妄想をしただけで二徹できた。それでも体力が辛い時は「これはそう……推し活!推しに会うためにCD積むのと同じ!いや、お金かかってない……はっ!ただで……推しに……会える??」と自分を奮い立たせた。もはや目的がすり替わっている。




 しかし、好きなもののためなら努力を努力と思わない、黎明期から受け継がれし崇高なるオタクの精神を雪凪は遺憾無く発揮し、迎えた試験当日。












「……やりきった…………。」


 雪凪は、真っ白な灰となっていた。


「これ以上ないというほど、頑張りました……。」


 これで駄目なら、もう万年グレード1でいい。いや、駄目だ、周くんに合わせる顔がない。


「ま、駄目でもまた頑張りましょう。」


 清々しい気分で空を見上げた。嫌がらせはとうに無くなっていた。


  



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