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序章
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しおりを挟む「と、言うことがあったんです。」
「いや、長くない?三千字とか余裕で突破してるんだけど?」
途中でいれたミルクティーを口に含みつつ、ローラは呆れ顔で雪凪に言った。
「で?死にものぐるいで頑張ったセツナちゃんは、見事グレード2の仲間入りを果たして、私こと、ローラさんと友人になったというわけね?」
「そうです。ついに安息の地を手に入れた、という訳です。」
「ふうん?で?その後の留学生会は行ったの?」
「もちろん行きました。」
「じゃあそこでアマネ君ともお話しできたんだ?」
「いいえ。」
「んん?来てなかったの?」
「いえ、周君はいました……。そこで私は素晴らしい同志の方々と出会うことが出来たのです……。」
「…………はあ?」
あれ、ちょっとこの子、やばいかも?ローラは無表情ながらどこか恍惚とした表情を浮かべる友人を見つめた。頬が蒸気してピンク色なのに、目がちょっとやばい。
「うふふ、聞いてくれます?」
「………嫌って言っても聞かせそうね、アンタ。」
(ここ、ですね。)
雪凪は、重厚な扉の前で息をついた。メモに書かれた日時、場所。きっちり十分前だ。ノックは四回。ドアノブに手をかける。
(う、わ……あ……。)
部屋の中には三十人ほどの少年、少女たちがいた。みんなお行儀よく談笑していたり、軽食を食べていたりする。空き教室のような場所で開かれているのかと思っていたが、しっかりとしたしつらえの応接間のような場所だった。品の良いソファやテーブルが置かれており、皆思い思いに過ごしているようだ。
(こ、これぞ上流階級って感じがしますね……。眩しい……。)
受付の名簿で名前を探すと、きちんと雪凪の名前があった。チェックをして中に入る。とは言え知り合いもいないので、大人しく壁際で影を薄くすることにした。すでに人間関係が出来上がっているところに話しかけられるほど、図々しくはないし、別に同郷の友人が欲しいわけでもなかった。雪凪は、彼に会いに来ただけだった。
(……まだ来てないのかな?)
そわそわと辺りを見回すがそれらしき人物がいない。残念に思い、視線を前に戻した。その時。
「ねえ、牧原さんってあなた?」
声音を聞いた瞬間、ちょっと嫌な予感がした。元同室のあの子たちと同じ、棘がある声音だった。
「そうですけど……あなたは?」
「ふうん。落ちこぼれの黒薔薇が何しに来たの?」
えっ、コミュニケーションって知ってます??
「私は、牧原雪凪、と言います。あなたの、名前を、教えて頂けますか?」
仕方がないのでことさら丁寧に発音してあげた。
「はあ?なんのつもり?」
「いえ、聞き取れないのかと思いまして。」
内心、べー、と舌を出しながらしれっと言う。
「なっ……。」
ぷるぷると震えはじめた亜麻色の髪の少女を冷めた目で見つめる。いじめっ子は間に合ってるので他当たってくれないでしょうか?というか、言い返されたぐらいで絶句するなんて、私って大分舐められてるんですね……と、遠い目をしかけた、その時。
「一体何の騒ぎ?」
ひょこ、とやってきたのは黒髪の背の高い男の子だった。
「さ、佐野くん!な、なんでもないの!」
「ふうん?」
いじめっ子Aが取り繕い始めた。と、言うことはこの子はいじめっ子Bにはならない子だと言うことだろうか。
「あれ?君、牧原さん?黒薔薇の。」
「はじめまして。牧原雪凪といいます。」
「わあ、ほんとに牧原さんなんだ!僕、佐野圭介。よろしくね。」
差し出された手を握る。母国にいた時は無かった習慣だが、大分慣れたなあ、と思う。
「牧原さん?」
「牧原さんって言った?」
「黒薔薇の?」
「え、牧原さん、本当に来たんだ!」
途端にわらわらと集まり出す複数人の男女たち。その全てに興味津々で見られて、なんとも居心地が悪い。というか、黒薔薇って呼ぶのやめて欲しい……患っているみたいじゃないか。
「こんにちは。その、事情があって、今まで来られなかったんです。仲良くしてくださると嬉しいです。」
ぺこ、と会釈をしながらそう伝えると、みんな笑顔になった。
「そうだったんだ~。一人だけ来てなかったからどうしたんだろうって言ってたんだよ。」
「心配だねって。」
「こちらこそこれからよろしくね。」
(みんな優しそうな人たちですね……。)
いじめっ子Aに身構えていた分、拍子抜けをしてしまう。自己紹介をしつつ談笑をしていると、視界の端にいじめっ子A…(いや、だって名前が分からない。)が凄まじい形相で睨みつけながら、口を開いたのを見た。え、何を言いだす気ですか……?
「みんな!騙されないでよ!その子、わざと集まりに来なかったのよ!知ってるんだから!周君がわざわざアンタに声を掛けに行ったこと!そうやって、周君の気を惹こうとしたんでしょ!!」
「は、はいぃ?」
親の仇、ぐらいの目つきで睨みつけられて面を喰らう。あまりの勢いに二の句が告げない。少女が怒っている原因が分からず思わず助けを求めるように周りにいた面々を見て……その異様な雰囲気に気づいた。
さっきまでにこにこ笑っていた子たちが、誰も笑っていない。冷ややかささえ感じる瞳で雪凪を見ている。いつの間に会場全体が静まり返り、その場に居る全員が静かな目で雪凪を見ていた。普通にホラー映像である。
――余談だが、雪凪はこの後たひたび夢に見るほどのトラウマになった。
「そうなの?牧原さん。」
佐野、と紹介があった少年が微笑みながら尋ねてきた。目が笑っていない。
「え?いや、そう言うわけじゃ……本当に、知らなくて。お手数をお掛けして、恥ずかしいと思っていたくらいで……。」
ぼそぼそ、と言いわけを連ねる自分が、ちょっと情け無い。別に悪いことをしたわけじゃないのに、何だか責められているようだった。
「本当?周君の気を惹きたかったわけじゃないの?」
「その、周さん、とは図書室で初めてお会いしたので、気を惹きたい、の意味があまりよく分かっていないのですが……。」
「ふうん?本当だね?嘘はないね?」
「な、ないです。」
いつの間か、壁際に追いやられていた。……身長の高い佐野から見下ろされると、自分が小動物になったみたいだ……と雪凪は現実逃避をした。よく分からない冷や汗が止まらない。ええと、どうして私、壁ドンチック(ノートキメキ)なことになっているのでしょうか?
「もーやだあ、西川さんたら、早とちりなんだから!」
「牧原さん、ごめんねえ?西川って、おっちょこちょいでさ?」
「許してあげて~?後でわたしから言っとくから!」
あははは、と一気に和やかなムードになり、先程までは何だったのかと言うほど、みんなが笑顔で話しかけてくる。
「え、……あ、……ええ?」
「ごめんごめん!牧原さんは、なーんにも心配しなくて大丈夫だよ?」
佐野がにこやかに笑いかけてくる。今度はきちんと目が笑っている。
「ほらほら西川ー、行くぞ?」
「杏奈ちゃん、とりあえず、向こう行こ?」
「そろそろ周君が来る時間だよ?」
いじめっ子Aの名前はとりあえず、西川杏奈と言うのか……とだけ、雪凪は分かった。あとはだいたい、よく分からない。ホラゲの世界に飛び込んでしまったのかと思った。いまだ心臓がどきどきとうるさい。もう今更優しくされたって、騙されないんですからね!?という気分である。
「……牧原さん。」
「なんでしょうか。」
まだ私に用があるのだろうか。この腹黒鬼畜眼鏡!と雪凪は心の中で罵る。(残念ながら眼鏡は掛けていない。)
「さっきの、嘘じゃないよね?もし、嘘だったら――」
嘘だったらなんなんだ!?刑を言い渡される犯罪者ってこんな気分なんでしょうか……とまたもや現実逃避を仕掛けた雪凪だったが、その続きを聞くことはなかった。ガチャリ、とドアノブが開く音がした瞬間、佐野が踵を返したからだ。
「みんな、遅れてすまないね。」
重厚な扉の奥から、宗治郎が現れた。薄く笑みを浮かべて部屋の中へ入ってくる。二週間ちょっと前と変わらず、相変わらず美少年だった。制服をきっちり着て、しゃんと背筋を伸ばした姿は良家のお坊ちゃんのようなのだが、鋭い眼光がそれを打ち消している。
(あ、周くんだ!)
雪凪は先程までのホラー映像をすっかり忘れて喜んだ。恋する乙女は無敵なのである、雪凪はさりげなく近づこうとした、その時だった。
「周君!」
「周君、お久しぶりです。」
「周君、期末考査一位、おめでとうございます。」
「流石は周君です。お父様もお喜びのことでしょう。」
周君周君周君……その場にいた全員が、宗治郎の周りを取り囲み始めた。先程の雪凪と時とは違い、全員が半円の形で並んでいる。そう、雑然としているように見えて、きちんと並んでいるのだ。雪凪は戦慄を覚えた。
「な、な……な、なんです??これ??」
鍛え上げられた軍隊のような規律に圧倒され、雪凪はよろよろと数歩後退る。すると、どん、と後ろにいた誰かにぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。」
「……ふふふ、とうとう私にも後輩が出来たようね。」
摩訶不思議な言葉を掛けられ、ぎょっとしながら振り向くと、大きな丸眼鏡を掛け、緑色の髪をおさげに結んだ少女が鼻当てに指を掛けながら笑っていた。
「…………。」
「ちょっと!どこに行くのよ!」
「え、いえ……自分の身は自分で守れって学校で習いませんでした?」
「誰が不審者だ!誰が!」
不審者の自覚があるからそういう発言になるのでは……と続けようとしたが、手首を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られていく。
「ちょ、待ってください!どこに行くんですか??」
「くくくく……まあ、悪いようにはしないわよ!」
少女は部屋の隅の方へ進んでいく。まさか私刑?雪凪は若干青ざめた。
「はい!座って座って~!」
ぼすん、と無理矢理座らせられたのはバネがよく効いたソファーだった。少女もそのまま、雪凪の横に座る。その向かいには、少女二人と少年一人が座っていた。
「ようこそ~!」
「牧原雪凪さんだよね?」
「よろしくな!これで三軍メンバー全員揃ったな!」
ぱちぱちぱち!拍手までされた。…………どうやら歓迎されているようだった。
「あの……皆さんは?」
「それでは自己紹介タイムと行きますか!」
先程の緑の髪の少女が意気揚々と話し始めた。簡単な自己紹介によると、緑の髪の少女が、木本芳乃。二人いる女子の一人、淡い茶色の髪をしている方が、北清春香。黒髪をポニーテールにしている方が、塚本絢子。紅一点ならぬ白一点の男子が、竹本理人というらしい。なるほど。
「ええと……よろしくお願いします……?」
なんかもう、この言葉何回目だろうか。場合によっては今後よろしくしたくない人たちかもしれないが、とりあえず挨拶だけはしておく。
「いやー!委員長!よかったな!後輩が出来て!」
「うふふふ、ありがとう、と言っておくわ。」
芳乃がスチャ、と眼鏡をあげながら言う。やっぱりお前のあだ名「委員長」かい。その通りすぎて驚きもしないわ!と雪凪は心の中で突っ込む。もちろん、顔には出さない。
「その、後輩ってなんですか?あと、三軍っていうのも、よく分からないのですけど……。」
というか、今日ここに来てから分からないことだらけである。そろそろ頭痛がして来てもおかしくはない。
「先輩として、私が教えてあげるわ!見た方が早いから、あそこを見て!」
委員長に差し示された方向をみると、周君が一人掛けのソファに座り、その周りに沢山の人が集まっていた。なんというか……その、多くの人に囲まれ、その真ん中で悠然と微笑んでいる姿は……さながら王様と家臣、のようだった。
「五人がけのソファーに座っているのが、佐野君、円堂君、神坂さん、御子柴さん、楠本君……あの人たちが、一軍。入学する前から面識があるそうよ。そして、その周りに立っている人たちが、二軍。グレード3以上の秀才ってわけ。そして私たちが…………」
あ、なんかもうだいたい分かった気がする。
「グレード2以下の、三軍ってわけ。」
委員長はそう言ってにっこりと笑った。……結局、どこに行っても実力主義というらしい。
「…………もしかしてなんですけど、三軍って周君のまわりで息をしてもいいっていう人権あります?」
「あはははは!飲み込み早いわね!あるわけないじゃない!」
(……あっぶな……あの時、何も知らず声をかけてたら……私…………。)
雪凪は、先程西川が「周君の気を惹いてる」とかなんとかで騒ぎになったときのみんなの表情を思い出す。宗治郎の友人関係には序列がある。それを越えて「王様」に直に声をかけようものなら………すでにハードモードな学園生活がルナティックになること間違いなし、だ。
(……これは私、西川さんに感謝するべきでは??)
雪凪の中で、いじめっ子Aから恩人に格上げである。西川としては有難迷惑だろうが。
「はあ……周君。今日も素敵ねえ……。」
「ほんとほんと!あたしたちみたいな凡人が周君と会えるなんで、この集まりだけだもん!同郷で良かったあ。」
「なあ見た?この前周君、学内新聞に載ってたぜ?定期考査二位以下にぶっちぎりの差をつけて一位!つか、満点以上ってどうやってとるんだ?」
わいわいきゃっきゃ。
周君を見ながら歓談する三軍の皆を見ながら、雪凪は理解した。三軍、それは…………モブの集まりであると!理解した瞬間、雪凪は今までの血の滲むような努力が報われた気がした。ぱあ、と朝靄が晴れ、美しい光が舞い込むような清々しい気持ちだった。そうだ、私が求めていたのはこのポジションだった……!
雪凪は入学前に自ら立てた決意を思い出したのだ。三軍のメンバーを見渡す。うん。パッとしない顔立ち。(失礼)これこそモブである。(褒め言葉)やってることも完璧なモブである。きらきらした物語の登場人物を見てきゃっきゃする……三軍のメンバーとは仲良くなれそうな気がした。
(良かった……グレード1のままだったら、モブとは言えないですもん。グレード2……それは可もなく不可もない、まさにモブの立ち位置……!)
再三言うが、雪凪は当初の目的を忘れている。それから、自身の「黒薔薇」というモブとは言えない要素をすっかり無視している。しかし、この場に突っ込む人物はいない。
「周君って何者なんです?」
雪凪はずっと気になっていたことを聞いてみた。雪凪は一般家庭で平々凡々に生まれ育ったので、魔術界のことには明るくない。この盛り上がり様は、もともと有名人なのかもしれない、と思ったのだ。
「うふふふ!良くぞ聞いてくれました!私が説明してあげましょう!」
「あはは、委員長嬉しそうだなー!」
「委員長も知らなかったから、説明できる誰かが出来て嬉しいんだよ。」
「牧原さん、ごめんね?付き合ってあげて?」
どん、とファイリングした資料を委員長は取り出した。
「これは?」
「ふふふ、まあ、見てみなさいって!」
そう言って委員長はページをめくり始めた。委員長は見かけ通り説明上手で、わかりやすい資料とともに内容がすっと頭に入ってくる。要約すると、こういうことだ。
周宗治郎。
東の国で有名な財閥の御曹司。幼い頃から英才教育を施され、全てにおいて期待通り、いや、期待以上の成果をおさめてきた。魔術の才にも非常に溢れ、幼い頃から神童として世界的にも有名であり、学園からの入学要請は、幼少の頃から来ていたとい噂もある。
最上級のグレード5であるに止まらず、前代未聞、全学生の頂点、十三人の定員が定まる女王の学徒に入学前から決まっていた、という規格外の存在。最上級生となれば監督生は確実。一年生ながら生徒会からも声が掛かっている……などなど、雪凪的に言えば、「チート」………それが、宗治郎だった。
入学して当初は、常に穏やかな笑みを絶やさず、自分の能力を鼻にかけることもなく、皆に公平に接する姿から、「王子様」として学園の女生徒に騒がれていた。
しかし、そんな様子をやっかんだ男子生徒たちが起こしたとある事件により、彼のもう一つの一面が知られることになる。温厚篤実であると思われていた王子様は、逆らう者は絶対零度の瞳で見下し、徹底的に潰す……そして、いつの間にか配下に加えているという、「魔王様」だったのである。
最近は、その「魔王」ぶりに拍車がかかり、穏やかに笑っていても、眼差しの苛烈さが隠れていないという。努力を尊び、怠惰な者には冷めた一瞥を投げつける。……ちなみに、「周様」と呼ばれることを嫌い、呼称は「周君」に統一されたそうだ。なにそれ君呼び強制なの、と雪凪は思った。
「すごいです……。本当にライトノベ……御伽噺のような存在ですね。」
「でしょう?ライトノベルか乙女ゲーの攻略者みたいな存在でしょう!?!」
せっかく言い直したにも関わらず、被せてきた委員長を見て雪凪は思った。…………こやつ!同志である!と。目と目が合う。薄い水色の瞳と深い緑色の瞳の間に火花が走る。次の瞬間、二人はガシッッッと両手を握り合っていた。混ぜてはいけない二人が出逢ってしまった瞬間だった。
「じゃあ、これにサインしてくれない?」
「なんですか……これ……。」
委員長はす、と一枚の紙を差し出した。それは誓約書のようだ。読み進めていき、最後の行まで一字一句チェックし、雪凪はサインをした。力強く。
「ふふ、これで牧原さんも、周君とその周囲の人間模様を壁の華となり見守るモブキャラの会、の一員ね!」
「いやですね。雪凪って呼んでください。委員長。」
「雪凪!私のことは芳乃って呼んで!」
「はい、委員長。」
「……あら。うふふふふ。」
こうして雪凪は、新たなる友人を手に入れた。ちなみに会員はここに居る三軍のメンバーと二軍の半数ということだった。残り半分は、まだ中心人物となることを諦めていないということですね……ふ、意地張ってないではやく来れば良いのに……と雪凪は生暖かい目で、周君と一軍メンバーをとり囲む二軍の皆さんを見つめた。普通に失礼である。
応援ありがとうございます!
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