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バカ息子

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「だからさぁ!!とんでもねぇ美人と、筋肉暴力男のいけ好かねぇ二人組がいたわけよ!!」

「ふーむ······あぁ、なるほど」

「絶対、最近、この街に来た奴だって!しかも、ど田舎から!煉瓦も知らなかったんだぜ?!だから、このミヤ様が親切に教えてやったものを、あの恩知らず共が!!」

仕事もしないで、フラフラと遊び呆けている息子が珍しく帰って来たかと思えば、唾を汚く飛ばしながら、怒涛の勢いで悪態をついている。着崩した流行りのダボダボとしたシャツとズボンは格好良いと思っているのだろうが、全く似合って無いし下品で見るに耐えない。黒髪と黒目の顔の造りだけは悪く無いから余計に残念感が強い。
妻は、呆れて先に寝室へ行ってしまった。一人息子だからと甘やかした結果、こんなモノが出来上がってしまったのか、と溜息が溢れる。

「次期町長の俺様に楯突くなんざ、どんな目に合うか、ちゃんと分からせてやらねぇとな!!ね、父さん!!」

「ほう、それは、どんな目に合うんだ?」

「えっ?」

息子は、目をキョロキョロさせている。予想外の展開になると出る癖だ。こんなのが町長なんて笑わせる。

「それは····ほら、悪漢を雇って襲わせるとか、美人の方を誘拐して俺様の所へ」

「それで?」

「あの美人は、俺様が面倒見てやっても良いかなって。だから、筋肉暴力男だけ、やっつけてさ」

はぁーーーっっ、と深い不快な溜息をつくと、ミヤはビクリと肩を震わせた。
デカい口を叩く割に、自分では何も出来ないミヤは自信が無く臆病だ。それが余計に虚勢を張らせるのだろう。

「それは犯罪だぞ」

「はっ、犯罪でも!町長ならバレないように出来るだろっ?!息子の為なら、それくらいやってくれるだろ?!」

必死に言い募るバカが哀れにさえ映る。
ふと一昔前に流行した、そういう劇があったな、と思い出す。
放蕩息子を溺愛して、何でも言う事を聞くバカ権力者が悪役として登場する物語。努力を重ねて、主人公が悪役親子の嫌がらせを物ともせずに下克上を成し遂げるサクセスストーリーだ。
どこをどう受け取れば、町長がバカ息子を犯罪を犯してまで助けるところに注目して、自分も同じことをしてもらえると思うのか。既にこのバカは30歳だ。成人の20歳はとっくに越えて、親の養育義務も無い。通常は成人と共に自活しなければならないのに、町長の息子だからと、いつまでも親の金で遊び呆けるバカに、犯罪を犯してまで何かしてやる程の価値は無い。
所謂、この街の鼻摘み者だ。だが、やはり息子は息子。

「ワシから、話だけしておくよ。お前は、二度とあの二人の前に出てはいけないよ。分かったね?」

「父さん!!やっつけてくれるんだね?!嬉しい!!でも、あの美人は俺様が·····」

ゴミしか入っていない頭を、ガッシリと掴む。何度言っても、このバカには理解ができないのだ。

「二度とあの二人の前に出てはいけない。分かったか?」

ポカンと口をだらしなく開けた息子が、小さく返事をした。これが幼子だったら、どれだけ可愛かっただろう。
そう、息子は幼子の頃は本当に可愛かったのだ。まさか、あのままで育ってしまうとは思わなかったのが誤算だった。

「絶対にだ。分かったか?しばらくは街から出なさい。デカントの都にでも行って来ると良い」

「デカントの都?!やった!あそこは賭け事が盛んでさ!前も大勝ちしたんだぜ?!友達のリオにも驚かれて、また行こうって言ってたんだ!!」

「そうか、そうだったな」

無邪気に喜ぶ息子の姿に涙が滲む。金を無心され利用してくるだけの者を友と呼び、一緒に過ごしているようだ。妻は目に入れることさえ苦痛だと知らない振りをしている。それでも町長のワシには情報が入って来るのだから、やるせない。

「とにかく、出来るだけ早く発ちなさい。金は用意しておくから」

「分かったよ、父さん。友達にも教えて一緒に準備したら、すぐに出発するから」

屈託なく笑うバカに、ワシは脱力する。一人じゃ何も出来ないのだ、昔から。
そう育ててしまったのか、と自身を恨む。

「じゃあ、準備で忙しいから、寝るね!おやすみ、父さん」

「ああ、おやすみ」

何が『おやすみ』だ。30歳にもなって仕事も結婚もしないで、我が家の金を食い尽くすだけの存在。いっそ、何か事故に巻き込まれてくれないかと思ったこともある。
だが、腐っても血の繋がった息子。

「どこから間違えたのか······いや、全てか」

ワシは残っていた書類に目を通し始める。町長の仕事は威張ることではない。この街の発展に力を注ぐことだ。それすら理解出来ないミヤに継がせるつもりはない。それは街の住民も同じだ。

「あの二人は、きっと街の発展に役立つ。明日、また声を掛けて大きな店と繋がりを持たせよう」

ふと、明るい日差しの中に見た痴態を思い出す。流石のワシも恐れ入った。あの細い儚げな美人が、そっち側とは。ワシは瞬時に悟った。
あれは、絶対に他人が踏み入ってはいけない領域だ。あの美人に手を出すなど、野生の大熊の前に裸で立つ程にバカげている。

「バカ息子が、そこまでバカではないことを祈る他ないな」

窓の外には星が瞬いていた。
今頃、あの二人は小さな家で仲睦まじく過ごしているのだろう。その時間を、何人たりとも邪魔してはならない。明日から街中に流布しておこう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なんだよ、ミヤ。こんな夜遅くにさ」

友達のリオが欠伸をしながら窓から顔を出した。幼なじみのリオは、いつも一緒に遊ぶ仲良しだ。派手な見た目で誤解されやすいが、凄く良い奴。

「父さんがさ、デカントの都に行って良いって!!一緒に行こうぜ?!」

「マジ?!デカント?!行く行く!綺麗な姉ちゃん捕まえようぜ!」

バタバタと家から出てくるリオを待ちながら、思い出す。あの美人、ほんとに綺麗な顔してたな。

「そんで?何で急にデカント行くことになったんだよ?!」

リオの家の前で地べたに座って喋り出す。本当は地べたは好きじゃないけど、リオに合わせた方が悪っぽくて格好良いから真似してる。

「それがさぁ、とんでもねぇ二人がいたんだよ!!」

「へぇ、それで?」

聞き上手なリオに、腹が立つ二人のことを洗いざらい教えてやった。リオは驚いたり怒ったり笑ったりと、俺様を満足させる反応をしてくれるから好きだ。

「そんなに美人なのかよ、そのツレ」

「そうなんだよ、見た事無いくらいの美人でさ!でも、筋肉男が邪魔なんだよ。ソイツさえ居なければ·····」

「じゃあさ、消せば良いんじゃねぇの?」

「ん?消す?」

首を傾げると、リオが可笑しそうに笑う。

「ほんと、ミヤは坊っちゃんだよなぁ。誰でもやってることだぞ?ムカつく邪魔者は消すんだよ。知らねぇの?」

知らないなんて言えなかった。そんなこと言ったら友達から笑われるから。

「知ってる!!当然だ、これから消そうと思ってた所だ!」

胸を張って言い切れば、リオは拍手で褒め称えてくれた。気分が良い。どこかの劇の主人公になったみたいだ。

「じゃ、今から行こうぜ」

「ふぇ?!今から?」

「なんだよ、恐いのか?こっちも今度は二人だぜ?イケるだろ」

父さんから言われた言葉が蘇る。
『二度とあの二人の前に····』
ブンブンと頭を振る。きっとあれは、二人を暴漢に襲わせるから、大事な息子の俺様にそれを見せない為に言ったことだ。
全く、いつまでも子供扱いするんだから、父さんにも困ったもんだ。

暴漢に襲われた所を、このミヤ様が助ければ美人は俺様を好きになり、あの筋肉も俺様の前に這い蹲って感謝するだろう。
うん、良い計画だ。

「よしっ!イケる!美人奪還作戦、行くぞ!」

「いいねぇ、最高だよ。ミヤは」

クツクツと笑うリオと、街中を彷徨い探す。すっかり夜も更けて開いてる店も無い。人もいない。リオが飽きて来たらしい。

「なんだよ、家も知らねぇの?」

「知るかよ!この広い街で、分かる筈が無いだろ?!」

そう、アイツらの家を知らなかった。戻って父さんに聞くか。でも、二度と会わないように言われたばかりだし。
でも、絶対に喧嘩しないと言えば教えてくれるかも。

「·····父さんに聞いてみるよ。分かったら、明日一緒に行こう」

「んだよ、盛り下がるなぁ。ミヤだもん、しゃーねーか。じゃ、また明日な」

ミヤと別れて家路につく。情けないなぁ、と肩を落とす。でも、それもこれも、あの筋肉男のせいだ。素晴らしい計画が水の泡。

「いや、待てよ」

玄関の戸を潜りながら閃く。

「暴漢に襲わせる日時を確かめてから行く方が確かなんじゃないか?はぁ、俺様ってば、本当冴えてる」

デカント行きの準備は何もしないまま、ミヤは満足して眠りについた。頭の中は、あの美人で一杯だった。
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