出来損ないの下剋上溺愛日記

にじいろ♪

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悪夢

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生まれた時から、特別な存在。
この街を牛耳る町長の一人息子。
この街の全てのものは、俺様の物。
だから、何でも思う通りになった。
その筈だった。
けれど、なぜだか、この街の奴等は嘲笑って言う事を聞かなかった。

『変な勘違いは止めるんだ、ミヤ。いい加減、目を覚ませ』

『父ちゃんも母ちゃんも悲しんでるだろ?分からないのか』

『リオは友達じゃなくて、お前で遊んでるだけだ。裏では、ミヤはバカだと言いふらしてるんだぞ』

そう、どいつもこいつもバカにしやがる声が頭に響く。
これは、良く見る夢だ。
けれど、何て言われようが町長の息子だ。 
いずれは、この街は俺様が治めるんだ。

『何を言ってるんだ。町長は選挙で決めるんだぞ。お前に投票する者なんぞ、この街にはおらん』

夢なのに、そんな酷い言葉ばかり投げ付けられる。
本当は、本当は、特別な人間なのに。
皆が俺を指差し嘲笑う。

夢の中の父さんも母さんも、それを遠くから見ているだけ。子供の頃は、いつも特別だって褒めてくれていたのに。いつからか、二人共、笑わなくなった。
リオも、皆と一緒に笑っている。

誰も、誰も、認めてくれない。
何がいけないんだ。
こんなに、こんなに··········


「俺、彼の気持ちが分かります」

地底を這うような声が悪夢の地獄から響いて来た。反射的にビクリと身体が震える。恐怖で震えるが、分かる。
これは、あの暴力男の声。

「俺の村では成人したら家を出て自立しなくてはならなかったんです。でも、織物が出来ずに結婚相手が見つからなくて、村に住むことさえ出来ない俺は、村の恥でした。当時は酷い扱いをされていたことにも気付きました。今では、アルトさんのお陰で少しずつ前向きに暮らせるようになりましたが、俺も村を出るまでは自分が嫌で嫌で堪らなかった」

「僕も、同じです。僕の村で、狩りとか一人前として認められることが何も出来なくて、成人しても家族に頼っていました。所謂、村の爪弾き者でした。でも、そのお陰であの村を出たから、ブレイブさんに出会えたから、今の僕が居るんです」

「········ありがとう」

啜り泣いてる声が聞こえる。
その声が父さんだと分かる。

「あなた······」

母さんの声も聞こえる。なんだよ、二人とも泣いて。二人が泣くと、俺様も泣いちゃうだろ。

「ふむ、どうやら目覚めたようですよ」

「えっ、本当ですか?!ミヤ!ミヤ?!」

悲痛な母さんの声に、流石に、これ以上は寝た振りは出来なかった。
重い瞼を上げれば、目の前に目元を赤く腫らした母さんの顔があった。

「良かった······ミヤ·····あぁ、ブレイブさんに、なんてことを······」

「······全くだ。本当に、お前って子は」

「でも、でも·····目覚めてくれて·······うぁぁぁああっ」

母さんが、俺様に抱きついて来た。いや、オレに抱きついて来た。

「··········ごめん」

オレは、素直に謝れた自分に驚いた。
今までも、沢山、悪いことはしてきたけど、自分は町長の息子だから、と謝ることは出来なかった。

「ミヤ、謝るのは、ワシ達じゃないだろう」

二人の向こうに、暴力男と美人、いや、ブレイブさんとアルトさんが居た。
ブレイブさんの腹には包帯が巻かれている。
オレは上半身だけ起き上がるが、目を見るのが恐くて、俯いて拳を握り締めた。その手に、そっと柔らかいけれど、少し痩せた掌が乗せられた。
母さんだ。
その上から、大きくてゴツゴツとした厚い掌が乗せられた。
父さんだ。
オレの目からは、勝手に水が溢れて止まらなくなった。

「あなたの罪が消えることは無いけれど、私達も一緒に背負うわ」

「そうだ。ミヤはワシらの息子だからな。ワシらは共犯だ」

オレの手は、ブルブルと情けなく震えて、気付けば脚も肩も震えが止まらなかった。
何てことをしてしまったんだ、と人生で初めて後悔を思い知った。
オレは、人を刺すという重罪で、愛してくれる両親の人生を破綻させたんだ。
オレなんかが、息子だったばかりに、優しい両親が······視界はぼやけて何も見えなくなった。
オレは顔を、ようやく挙げた。涙も鼻水もぐしゃぐしゃで息が苦しかった。

「ブレイブさんっ!!アルトさんっ!!ごめんなさい!!オレ、オレ、とんでもないことを!!ブレイブさんの腹を刺してっ!今頃、ブレイブさんは墓の下からオレを恨んで········え?」

死んだ筈のブレイブさんが、そこに居る。
もしかして、オレへの恨みを果たす為?呪われた?!

「ごめんなさいぃぃっっ!!恨まないで下さいっ!あ、いや、恨んで当然のことをしたのはオレだけですぅっ!父さんと母さんのことは許して墓の下で眠って下さいいっ!!」

「·······俺に死ねと?」

「ぎゃあああっっ!!」

亡霊が喋ったあぁぁぁぁ!!!!オレはパニックになってベッドからゴロンと転げ落ちた。床に尻を打ち付けて悲鳴が出る。
あちこち痛いのも、恨みのせいかもしれない。

「こら!ミヤ!しっかりしなさい!ブレイブさんは生きてます!!」

頬を軽く叩きながら、母さんが言った。

「ふぇ??」

オレは、もう一度、ブレイブさんをしっかり見た。
くっそ顔が良くて、筋肉盛々で脚が長い、良い男の代表みたいな顔で立ってる。確かに生きてる。血色も良い。

「い、生きてる·····マジか」

あまりに良い男過ぎて、羨ましくて、妬ましくて、美人なアルトさんを奪おうとしたけれど、結局オレが手に入れたのは、自分が犯罪者として捕まるという最低最悪なストーリー。こんなの流行しない。

「はぁ·······オレ、何してたんだろ」

思い返せば、オレは30歳になるまで、一度も何も努力なんてしたことなかった。
自立どころか、働いたことすら無かった。

「僕達だって、まだこの街へ来て、お金稼いで無いんですよ?」

アルトさんは、恥ずかしそうに笑った。

「確かに。俺達も、まだまだこれから始めて行くところですよね。その為に、ルンブレンさんのご協力をお願いしたいと思っていたんです」

くっそ良い顔で、父さんに笑い掛けるブレイブさんは、何故か顔が恐い。
父さんも、少し後退ってる。腰が引けてる?こんな父さんは見たこと無い。

「はは、勿論だよ!この街の発展に、君達は必ず役立ってくれるとワシには分かる!分かるよ!どんな協力でもすると約束する。だから、もう······許してくれ」

最後は嘆願のようになっていた。
何があった、父さん?あ、オレのせい?オレがブレイブさんを刺したから、父さんは二人に頭が上がらなくなった?!

「ブレイブさん!!悪いのは、全部オレなんです!!責任は全部オレに!!」

「違うんだよ、ミヤ。少し黙っておいておくれ」

父さんが、慌ててオレの口を塞ごうとしてくるけど、オレは固い決意をしていた。 

「オレ、責任取って、これから何でも二人の言う通りにします!だから、父さん母さんのことは苛めないで下さい!!」

「ミヤ······なんてことを」

父さん母さんは、膝から崩れ落ちた。
大丈夫。オレが父さん母さんは守るから。

「責任、かぁ······なるほど。それも一理ありますね」

ブレイブさんが腕組みして考え事をしている。それすら絵になるから羨ましい。

「ブレイブさん、世間知らずの息子で、本当に申し訳ない。ミヤはこれから裁判に掛けられて罪状が決まる。責任など取れる立場に無いんだ。先程の話も、何一つ理解していない。何も分からないのに、ワシらを助けようと言っただけのこと。恥ずかしながら、その程度の息子だ。出来れば忘れて欲しい」

「え······?オレ、父さん母さんを守れないの?」

「「はぁ·········」」

父さん母さんの深い深い溜息が床に溜まった。父さんの眉間にシワが寄る。よく見る顔だ。

「人を殺そうとすることが重罪であることは、お前も知ってるだろう」

「そ、それは、知ってるけど······だって、ピンピンしてるぜ?」

ポカン、と頭を叩かれた。母さんだ。

「それは、お医者様とブレイブさんの生命力のお陰でしょう!普通なら死んでます!」

「そうなんだ·······だよなぁ」

確かに、オレは、かなり深く刺した感触があった。嫌な肉を割く感触は、今でも、この手に残っている。

「犯罪者かぁ、オレ」

「さて、目が覚めたなら、行くぞ。ミヤ」

「どこへ?」

「裁判に掛けられる者は入る場所が決まっている」

「········それって、まさか、牢獄?」

青褪めるオレの背中を優しく母さんが撫でる。ほっとする優しさに甘えたくなるけど、その手は確実にオレを進ませようと押している。

「大丈夫よ。今、この街で入ってる人は他に居ないから」

「······心配するの、そこ?」

「大丈夫だ。ワシらも共に居るから」

父さんが、シワを目元に刻んで笑った。

「え?なんで?オレだけでしょ?」

「さっきも言っただろう。本当に分からん奴だ。ワシらは共犯だ」

「家族水入らずで過ごしましょう」

父さんも母さんも、何か吹っ切れたように微笑んでいる。どういうことなのかは、分からない。けど、父さん母さんは、オレを見捨てないらしい。なんだか胸が温かくなって、これから必ず変わってやる、と決意した。

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