出来損ないの下剋上溺愛日記

にじいろ♪

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闇の中

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あれは、王都に来る前。タクスの街で暮らしていた時だった。
俺とアルトの暮らしは幸せそのもので。
満ち足りた毎日を送っていた。

二人の愛の巣に土足で踏み込んで来た人間がいた。

「はぁっ、やっと見つけたぞ!ブレイブ!この穀潰しが、恩を忘れて村の危機に、こんな所で呑気に生きていやがって!!」

ノックも無しに怒鳴り込んで来たのは、パッカ村のサンの父親やその仲間だった。昔は機織りの名手だったらしいが酒を飲みすぎて今では使い物にならない。酒を片手に何度も殴られ蹴られた思い出しかない。
アルトがルンブレンさんとの用事で街へ出掛けて不在で良かった。

「飯も禄に食えないんだぞ!!さっさと戻って俺達の飯を作れ!!今すぐだ!」

酒が手に入らないのか、今日は酒を飲んでいないらしい。確かに俺はパッカ村で食事も作っていた。罵声や暴力を受けながら。

あの村では女は子育て以外は何もしないのだ。機織りの仕事は男。それ以外の雑用は全て俺が担っていて、それが当然とされていた。そして、機織りが出来ない俺は穀潰しだから数多の暴力を受けても当然とされていた。

「二度と戻らないよう村長から言われている。それは皆が知っているはずだ」

「村長は死んだんだ!!だから、もう食う物も無ければ蚕も死んだ·····世話をする人間がいなくなったから。お前が帰って来て狩りをすれば肉は手に入るだろう?皆の食べ物を用意するのはお前の仕事だ!!これまで世話してやったんだから、皆の危機に役立とうと思わないのか?!クズが!!」

「ここまで探しに来るのも、苦労したんだぞ!!こんなところに逃げ隠れやがって!!忌々しい!」

「サン達が居なくなって、皆が苦しい思いをしている間、のうのうと遊んでいたんだろう?これからは、また厳しく躾けてやるからな」

ニヤニヤと昔のように笑いながら俺を囲い込もうとするウジ虫共に寒気がした。

「触るな」

サンの父親の手を払い除ければ、サッと表情が陰る。陰湿でギラギラとした瞳はサンと同じだ。

「触るな、だあ?誰にものを言ってるのか分かってるのか!!おい、やっちまえ!痛い目に合わせないと分からないからな!!」

この人達は何も分かっていない。
あの村で暴力に耐えていたのは、それが当然だと思い込まされていたから。村長にも心配をかけたくなかった俺は何も言えずに暴力に耐えていた。刃物で刺されることにも慣れた。

けれどアルトと出会って、それは間違いだと分かった。俺は暴力に耐える必要は無い。

襲い掛かって来る連中は既に歳を取って、動きもとろく、そもそも力も弱い。なぜ、俺を捕まえられると思うのか。おそらくは、昔の俺が一切抵抗をしなかったから。

一番に向かって来たサンの父親を思い切り腕を振り切って殴った。
開いたままの扉をすり抜けて森の木にぶつかって、べしゃりと地面に叩き付けられた。肉の塊になっただろう。

「「「へっ」」」

俺は家が荒らされるのが耐えられ無いから、無言で庭へ出た。連中も慌てて追い掛けて来る。

「たっ、たまたまだ!!あのブレイブだぞ?今度は全員で行く!!殺さなければ何したって良い!!」

「そうだ!そうだ!!刺せば大人しくなるだろう!!」

現実を信じ切れ無いようで、今度は全員で刃物を手に一気に襲い掛かって来た。

俺は廻し蹴りで、全員の首の骨をへし折った。不快な骨が折れる音が辺りに響いた。
同時に嘔吐や失禁した者もいて、片付けが物凄く面倒だった。アルトが戻る時間までに全てを終えなくてはならない。

大きな木箱を作り、そこへ全員の亡骸を入れて担ぎ上げ、俺は走った。パッカ村へ。
パッカ村の裏手には墓地がある。
墓地と言っても土を盛り上げただけのものだが。パッカ村では神聖な場所とされている。
そこへ、全員まとめて埋めてやった。
これでパッカ村に残されたのは女達だけだろう。けれど女達は他の村へすぐに移ることが出来る。どこの村でも女達は子を産み育てる為に歓迎されるのだ。むしろ、既に移った後かもしれない。
背後に盗み見るパッカ村に人の気配は無かった。
あんな連中でも稼ぐうちは一緒にいるだろうが、稼げなくなれば捨てられる。
それが村の当然の摂理。捨てられて自分じゃ何も出来ないから俺を探しに来たのか。奴隷を取り戻したい、と。

息を吸い込む度に、心の内に淀みが溜まっていく。
俺は出来るだけ早く、その場から離れた。
離れた川で全身を清めても、その穢れは落ちなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ブレイブ?ねぇ、ブレイブ?」

天使の声が俺を呼ぶ。
瞼を押し上げれば、美しい神がいた。

「おお、神よ。どうか、どうかこの罪をお許し下さい」

俺は泣いていた。
神は、そんな俺を優しく抱きしめてくれた。温かいぬくもりと香りがした。

「大丈夫だよ、ブレイブ。君は何の罪も無い善良な人間だから」

俺は益々泣いた。身体が大きく震える程に嗚咽して泣いた。益々、俺を抱きしめる力が強くなった。

「神よ、違うのです。俺は醜い人間なのです。何度も人を殺めました。俺を捕まえに来た村の人間を全て殺めたのです。俺の身体の穢れが呪いにまでなって、もう祓うことさえ出来なくて······アルトに、この呪いが移る前に、俺は離れなければならない······でも、愛するアルトと離れることすら出来ない身勝手な人間なのです·······アルトを·······失いたく無い·······うわあぁぁぁぁあ!!!」

俺は泣き叫んだ。心の内を曝け出して泣いた。軋む寝台につっ伏して叫んだ。どれくらい、そうしていただろう。頭の上から優しい声が降ってきた。

「·········ブレイブ、大丈夫だよ」

神の声に顔を上げれば、そこには神のように美しいアルトがいた。その目は泣き腫らしたように真っ赤だった。

「あ、あ、俺は·····なんてことを」

さっきの告白をアルトに聞かれてしまった。もうだめだと確信した。俺は、俺は········

ぎゅうっと、強く抱き締められ、口吻された。穢れが移る、と離れようとすればする程に、強く抱き締められた。ようやく唇が離れると、赤い目元のアルトが静かに話し出した。

「最近、全然僕と触れ合ってくれないと思っていたら、そんなことを悩んでいたんだね。ブレイブは、ずっと苦しんでいたのに······気付け無くて、ごめんね」

アルトの声が涙声だった。アルトを悲しませるなんて俺は何と罪深いんだ。その細く繊細な身体にずっと抱かれていたいと願うなんて。

「·······呪いが移ってしまう。頼む、離れてくれ」

本当は、ずっと触れ合っていたいのに、離れなくてはならない苦痛に俺の心も身体も、バラバラになりそうな程に苦しかった。涙ばかりホロホロと溢れる。

「あのね、僕······知ってたよ」

ポロリとアルトの美しい瞳から、透明な雫が零れ落ちたけれど、その顔は笑っていた。

「知ってる?布ってね、血は川で洗っても落ちないんだ。血痕が残ってしまうの」

俺は無言で頷く。確かに何度も洗っても、薄く残る。だから、あのときの服は見つからないようにずっと隠している。捨てることは出来ない。アルトが作ってくれた大切なものだから。

「随分前に、タクスの街で暮らしていた頃、ブレイブが全身ずぶ濡れで帰って来たことがあったでしょう。僕はびっくりしたよ」

懐かしそうに、寂しそうにアルトが笑う。俺の身体は、その時のことを思い出して震える。気付かれたのでは無いかと内心恐れていたからだ。けれど、アルトは何も触れずにいつも通りだったから、すっかり安堵していた。

「あの時のブレイブの服に沢山の血痕が残っていたよ。狩りや獲物を捌く時でも、ブレイブは返り血を浴びることなんて無いのにね。ごめんね?仕舞ってあった服も、確認してた」

俺は全身から血の気が引いていた。俺の罪も何もかも知られていた。

「あ、アルト······俺のことを······」

軽蔑していたのか、とは言えなかった。
心が崩れてしまいそうで。

「僕も同じだよ、ブレイブ」

「え?」

アルトは明るく朗らかに笑った。太陽のように皆を照らすいつもの笑顔で。

「リマ村でね?あんなに僕を蔑んで来た奴らが、今では僕の金に目が眩んで、僕等を崇拝して来る。おかしくておかしくて堪らないよ。この前、金貨を恵んでやるって言ったら、村長が僕の靴の裏を舐めたよ。気持ち悪いからすぐに捨てたら、他の奴が拾って有難がって拾ってた。丁度、獣の糞を踏んだ直後だったから、余計に笑えるよね」

「······まさか、そんな」

「信じられない?でも本当のことさ。ブレイブもやってごらんよ。アイツら、金さえ見せれば何でもやるから。今度は、若い女共に裸踊りでもさせようか。腰振ってみっともなく踊らせても良いね。目の前で男と子作りさせてさ。金さえやれば皆、泣いて喜ぶだろうし、きっと面白いよ?僕の家族は悲しむから、父さん達の見てない所で、ね?」

うふふ、あはは、と楽しそうに笑うアルト。何てことだ。アルトに、既に俺の呪いが感染していたのかと愕然とする。悪魔に憑かれたように楽しげに話している姿すら美しくて目が離せない。

「だからね?ブレイブ。僕達は同じなんだ。離れる必要なんて無いんだよ。これからも、ずっと一緒でしょ?愛してる、ブレイブ」

「俺のせいで、遂にアルトまで呪われてしまった·····俺のせいで······」

突っ伏して泣く俺の隣に転がり、アルトが可笑しくて堪らないと笑い転げ始める。

「あははっ!僕は元々、こういう人間だよ。家族とブレイブ以外は、どうなったって良いんだ。王様だって、馬の糞を食べて死んでも悲しくない。他の人間なんて、全員死んでも何とも思わないよ。特にブレイブを悲しませた人間は死んで当然さ。だから、そんなことで気に病む必要なんて無いんだよ」

「何てことを言うんだ、アルト·····俺は犯罪者なんだ。罪を問われるべき人間なんだ·····やはり呪いがアルトに感染する前に離れるべきだった」

俺は苦悩に頭を抱える。ずっと長い間、自分の罪の重さに耐えかねていた。それが、こんなことになるなんて。

「ブレイブ······世の中、平等じゃない。僕等は生まれた村で、それを痛いほど味わって来たでしょう?蔑まれて苦しい思いをしてきた。でも今度は、僕等が蔑む番だ。踏み躙られて来た僕等が、今度は踏み躙る番だよ」

とても綺麗に、爽やかに、神の祝詞を高らかに読み上げるようにアルトが言い切る。けれど、と俺は続ける。

「·····ミヤが、昔、言っていたんだ。強制労働から帰って少しした頃に。本当はアルトはパッカ村の生まれで、俺がリマ村の生まれなんじゃないかって。俺もリマ村に行って、そうなんじゃないかと思うことがある·····俺達は、互いの村に捨てられたんじゃないかって」

アルトが、腕組みして頭を傾げる。何か悩む時の仕草は、本当にかわいくて絵になる。夢の国の生き物のようだ。

「うーん、生まれてすぐに、互いの村にそれぞれ捨てられたってこと?確かに、母さんは、神から託された子供だって言ってたけど、実際は捨て子だったのかもね。でもさ、そんなこと、もうどうだって良いよ」

「え?でも、そうだとしたら、アルトの血縁者かもしれない者達を、俺は、俺は·····」

最後まで言えなかった。喉が詰まって言葉にならない。罪悪感に押し潰されそうだ。

「殺したって?だから、どうでも良いんだよ、そんなこと。僕を捨てた人達が死んだって、清々するだけさ。僕に似た人間なんて気持ち悪いし、あのサンとかいう奴も最低のクズだったから、あんなのが血縁だと思うと余計に自分が嫌いになっちゃう。死んでくれて嬉しいよ」

太陽のように笑いながらアルトが俺を抱き締める。細く繊細で美しい俺の神。

「僕の代わりに殺してくれてありがとう」

それから、俺の心は崩れていった。
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