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幸せな二人
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僕もブレイブも、毎日が本当に幸せで幸せで夢のような暮らしを送った。
それは、一日足りとも欠けることなく二人で過ごして来たからに他ならない。
「アルト、あなたのお陰で幸せだ」
「僕もあなたのお陰で幸せだよ、ブレイブ」
今日も今日とて、二人で手を握り合い見つめ合う。
その手は互いに少し皺が寄ったけれど。
ブレイブは王都で大きな家具店を構えるようになった。王宮にも多くの家具を供している王都で一番の家具店だ。
僕は王族を顧客に持つ仕立て屋となった。僕の創った服を身に纏うことが貴族達の誇りらしい。知らないけど。
あの小さな小さな田舎の村を出て、こんなところまで来るなんて、誰が考えただろう。今では二人共に王都で小さな家を建てて暮らしている。勿論、ブレイブが建ててくれた素晴らしい家だ。
あれから十年程でタクスの街から離れてしまったけれど、今でもルンブレンさんから、時々便りが届く。その手紙を二人で読むのも楽しみの一つだ。
「あ、ねぇ?ほら見て」
「なんだい?アルト」
大きくて、ゆったりと座れる座面の広い椅子はブレイブが僕の為に創った特製だ。この椅子の良さは、何と言っても二人で抱き合って座れること。
ブレイブが座った股の間に僕が座ると、椅子全体に包み込まれるようにピッタリと収まる設計になっている。
まさに、僕の為の椅子。
「ルンブレンさんから、パッカ村の跡地に記念碑を建てないかって打診だよ。どうする?」
「·······必要ないな。俺の記念碑なんて誰も見たくない」
またブレイブの悪い癖が始まった。
こんなに格好良くて優しくて王都一、いや王国一の家具職人なのに、自分のことを悪く言うんだ。それだけは許せない。
「何を言うの?ブレイブが生まれた場所だもの、沢山の人が訪れるに決まってるじゃない!!あの王族御用達の一流家具職人のブレイブだよ?!皆があやかりたいと思うさ」
「······それなら、アルトの方が記念碑を建てるべきだろう。俺よりも素晴らしい功績を残している」
暗い瞳のブレイブの頬を両手で持ち上げて、ぐいっと顔を上向かせる。
ほら、格好良すぎる。
「やだなぁ、リマ村は今もちゃんと存続してるでしょ?跡地じゃないもん。僕の記念碑を建てる場所なんて無いよ」
そう言って笑うとブレイブも、少し口角を挙げた。パッカ村は、ブレイブが村を出てから約10年経たずに無人となった。
皆、暮らしの目処が立たずに村を出て行ったらしい。稼ぎ頭が居なくなってから、それでも10年も村を存続させたのは亡き村長の手腕だったろうとルンブレンさんが言っていた。
その村長が流行り病で亡くなると、次々と村人は離れ、とうとうパッカ村は無くなった。村を離れた人々がどうしているかまでは、ルンブレンさんも分からないと話していたが、きっと皆どこかで元気に暮らしているだろう。
「······失礼なことを言った。すまない。アルトのご両親も兄様達も元気だものな。でも、本当に俺の記念碑なんて物は·····」
チュ、と頬にキスをするとブレイブは目元を紅く染めた。僕を抱き締める腕の力が少し増して密着するのが嬉しい。
「分かってるよ。ブレイブが嫌がることは分かってた。ルンブレンさんには断りの手紙を書こう」
「······ああ、すまない。俺はアルトだけが居てくれれば、あとは何もいらないんだ」
ブレイブは、最近少し思い詰めたような表情をすることがある。何か悩んでいるのか尋ねても、何でも無い、と笑う。
「うん、僕も。ブレイブが居てくれれば、あとは何もいらないよ。あ、ブレイブの作るモサ鳥の丸焼きだけは欲しいけど」
そう言って額を突き合わせて笑った。穏やかな明るい昼下りの居間で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺もアルトも、これまでの年月で多くの名誉を受け取った。王様から与えられる勲章の数々は、とても俺のような出来損ないの田舎者が受け取るような代物では無いが、気付けば周りに担ぎ上げられていた。俺の心とは裏腹に、王都の中心に居を構えて、周りには多くの人間がいる暮らし。
アルトは日に日に美しさを増して、すれ違う人々は皆、その美貌に見惚れていた。
俺が心配してアルトを隠そうとすると、心配し過ぎだ、あれはブレイブを見ていたんだ、と笑われた。
そんなこと、あるはずがないのに屈託なく笑うアルトに、いつも硬くなった心を解されてしまう。
けれど、心の内は少しずつ闇に侵食されていた。俺はいつからか、この心に呪いを受けていた。
一体いつからか。それは、自分が良く理解していた。
サンを殺したあの日。
俺はサンから浴びせられた穢れを身の内に宿してしまったんだ。夜中にこっそり、リマ村のシャーマンや王都のシャーマンにも依頼して治療を願ったが、俺の穢れは強い呪いとなり、今では取り除くことが出来ない程になっていると言われた。
そんな俺の腕の中のアルトが屈託なく笑う。眩し過ぎる笑顔で。
「今度、リマ村に行く時にでも、パッカ村の跡地に寄ってみる?随分行って無いから懐かしいんじゃ····」
「あの村を出る時に、二度と戻らないと決めた。例え村が無くなっていても、決して戻らない」
俺の低く硬い声にアルトが驚いている。
そんな顔をさせたくないのに。なんと罪深い人間なんだ、俺は。
「·······すまない。俺は疲れているのかもしれない。少し休む」
「ううん、僕の方こそごめんね。ブレイブの気持ちも考え無いで······寝室で休もうか」
「·····ああ、すまない」
アルトはリマ村の両親へ時々仕送りをしており、王都での功績も認められ、今では年に数回リマ村へ帰郷して家族との団欒をしている。勿論俺も同行して、今ではリマ村の家は全て俺の造った家だ。
お陰で、こんな俺もリマ村の人々から受け入れられ、崇拝までされている。全ては太陽のようなアルトのお陰だ。
大きな大きな寝台に横になれば、アルトが俺のために織ってくれた柔らかい布団が優しく身体を包む。それが余計に心を蝕む。
ずっとアルトの側に、こんな穢れた俺が居て良いのか悩み続けている。
シャーマンからは、穢れはいずれ近くの者へ伝染していくと言われた。本来なら、すぐにでも俺はアルトから離れなくてはならない。けれど、それは出来なかった。
アルトのいない暮らしを送るくらいならば、それは死んだ方がマシだ。
想像しただけで涙が溢れた。
俺は嘘をついている。
それは、一日足りとも欠けることなく二人で過ごして来たからに他ならない。
「アルト、あなたのお陰で幸せだ」
「僕もあなたのお陰で幸せだよ、ブレイブ」
今日も今日とて、二人で手を握り合い見つめ合う。
その手は互いに少し皺が寄ったけれど。
ブレイブは王都で大きな家具店を構えるようになった。王宮にも多くの家具を供している王都で一番の家具店だ。
僕は王族を顧客に持つ仕立て屋となった。僕の創った服を身に纏うことが貴族達の誇りらしい。知らないけど。
あの小さな小さな田舎の村を出て、こんなところまで来るなんて、誰が考えただろう。今では二人共に王都で小さな家を建てて暮らしている。勿論、ブレイブが建ててくれた素晴らしい家だ。
あれから十年程でタクスの街から離れてしまったけれど、今でもルンブレンさんから、時々便りが届く。その手紙を二人で読むのも楽しみの一つだ。
「あ、ねぇ?ほら見て」
「なんだい?アルト」
大きくて、ゆったりと座れる座面の広い椅子はブレイブが僕の為に創った特製だ。この椅子の良さは、何と言っても二人で抱き合って座れること。
ブレイブが座った股の間に僕が座ると、椅子全体に包み込まれるようにピッタリと収まる設計になっている。
まさに、僕の為の椅子。
「ルンブレンさんから、パッカ村の跡地に記念碑を建てないかって打診だよ。どうする?」
「·······必要ないな。俺の記念碑なんて誰も見たくない」
またブレイブの悪い癖が始まった。
こんなに格好良くて優しくて王都一、いや王国一の家具職人なのに、自分のことを悪く言うんだ。それだけは許せない。
「何を言うの?ブレイブが生まれた場所だもの、沢山の人が訪れるに決まってるじゃない!!あの王族御用達の一流家具職人のブレイブだよ?!皆があやかりたいと思うさ」
「······それなら、アルトの方が記念碑を建てるべきだろう。俺よりも素晴らしい功績を残している」
暗い瞳のブレイブの頬を両手で持ち上げて、ぐいっと顔を上向かせる。
ほら、格好良すぎる。
「やだなぁ、リマ村は今もちゃんと存続してるでしょ?跡地じゃないもん。僕の記念碑を建てる場所なんて無いよ」
そう言って笑うとブレイブも、少し口角を挙げた。パッカ村は、ブレイブが村を出てから約10年経たずに無人となった。
皆、暮らしの目処が立たずに村を出て行ったらしい。稼ぎ頭が居なくなってから、それでも10年も村を存続させたのは亡き村長の手腕だったろうとルンブレンさんが言っていた。
その村長が流行り病で亡くなると、次々と村人は離れ、とうとうパッカ村は無くなった。村を離れた人々がどうしているかまでは、ルンブレンさんも分からないと話していたが、きっと皆どこかで元気に暮らしているだろう。
「······失礼なことを言った。すまない。アルトのご両親も兄様達も元気だものな。でも、本当に俺の記念碑なんて物は·····」
チュ、と頬にキスをするとブレイブは目元を紅く染めた。僕を抱き締める腕の力が少し増して密着するのが嬉しい。
「分かってるよ。ブレイブが嫌がることは分かってた。ルンブレンさんには断りの手紙を書こう」
「······ああ、すまない。俺はアルトだけが居てくれれば、あとは何もいらないんだ」
ブレイブは、最近少し思い詰めたような表情をすることがある。何か悩んでいるのか尋ねても、何でも無い、と笑う。
「うん、僕も。ブレイブが居てくれれば、あとは何もいらないよ。あ、ブレイブの作るモサ鳥の丸焼きだけは欲しいけど」
そう言って額を突き合わせて笑った。穏やかな明るい昼下りの居間で。
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俺もアルトも、これまでの年月で多くの名誉を受け取った。王様から与えられる勲章の数々は、とても俺のような出来損ないの田舎者が受け取るような代物では無いが、気付けば周りに担ぎ上げられていた。俺の心とは裏腹に、王都の中心に居を構えて、周りには多くの人間がいる暮らし。
アルトは日に日に美しさを増して、すれ違う人々は皆、その美貌に見惚れていた。
俺が心配してアルトを隠そうとすると、心配し過ぎだ、あれはブレイブを見ていたんだ、と笑われた。
そんなこと、あるはずがないのに屈託なく笑うアルトに、いつも硬くなった心を解されてしまう。
けれど、心の内は少しずつ闇に侵食されていた。俺はいつからか、この心に呪いを受けていた。
一体いつからか。それは、自分が良く理解していた。
サンを殺したあの日。
俺はサンから浴びせられた穢れを身の内に宿してしまったんだ。夜中にこっそり、リマ村のシャーマンや王都のシャーマンにも依頼して治療を願ったが、俺の穢れは強い呪いとなり、今では取り除くことが出来ない程になっていると言われた。
そんな俺の腕の中のアルトが屈託なく笑う。眩し過ぎる笑顔で。
「今度、リマ村に行く時にでも、パッカ村の跡地に寄ってみる?随分行って無いから懐かしいんじゃ····」
「あの村を出る時に、二度と戻らないと決めた。例え村が無くなっていても、決して戻らない」
俺の低く硬い声にアルトが驚いている。
そんな顔をさせたくないのに。なんと罪深い人間なんだ、俺は。
「·······すまない。俺は疲れているのかもしれない。少し休む」
「ううん、僕の方こそごめんね。ブレイブの気持ちも考え無いで······寝室で休もうか」
「·····ああ、すまない」
アルトはリマ村の両親へ時々仕送りをしており、王都での功績も認められ、今では年に数回リマ村へ帰郷して家族との団欒をしている。勿論俺も同行して、今ではリマ村の家は全て俺の造った家だ。
お陰で、こんな俺もリマ村の人々から受け入れられ、崇拝までされている。全ては太陽のようなアルトのお陰だ。
大きな大きな寝台に横になれば、アルトが俺のために織ってくれた柔らかい布団が優しく身体を包む。それが余計に心を蝕む。
ずっとアルトの側に、こんな穢れた俺が居て良いのか悩み続けている。
シャーマンからは、穢れはいずれ近くの者へ伝染していくと言われた。本来なら、すぐにでも俺はアルトから離れなくてはならない。けれど、それは出来なかった。
アルトのいない暮らしを送るくらいならば、それは死んだ方がマシだ。
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