不本意恋愛

にじいろ♪

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車って

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「これです。助手席に座ってて下さい」

「え??あ…え?あ、はい」

当然のようにゴミ袋を車へと次々に積み込む篠山さん。
積み込む先は、お洒落なスポーツカー……

ではなく……

立派な白い軽トラだった。

「ちょうど知人に借りていたので、使えて良かったです」

「な、なるほどー……は、はぁー」

勝手にお洒落な車を想像していて、つい拍子抜けした声を出す自分が恥ずかしくなる。
よく考えれば、お洒落な車に大量のゴミは積めない。
おまけに私は埃だらけのスウェット女。

むしろ、軽トラに感謝したい!
軽トラでありがたいじゃないか!
ビバ!軽トラ!

「じゃあ、ちょっと座って待ってて下さいね」

独りで心の中、天高く拳を突き上げる私に優しく微笑んで、助手席のドアを開けられた。
スマートにエスコートされて、気付けば軽トラの助手席にちょーんと鎮座していた。
初エスコート in軽トラ。
ありがとう、軽トラ。
ありがとう、眩しい朝陽。
私から舞い上がる小さな埃がキラキラ光って見える。

「これ、良かったら飲んでて下さい」

軽トラの助手席のドリンクホルダーには、私が一番好きな紅茶が置かれていた。

「わっ、これ!私、大好きなんです!本当に毎日飲んでます!」

思わず満面の笑みで、自分が好きな紅茶だと全力アピールしてしまった。
どこぞの健康飲料のCMか。

「ほんとですか?じゃあ良かった。昨日偶然、知人に貰ったんですけど、僕は飲まないので…喜んでもらえたなら嬉しいです」

爽やかに笑う彼の会話に出て来る知人にモヤッと胸が黒くなる。
この甘い紅茶は、あまり男性は好まないタイプではないだろうか。
きっと彼の周りには、沢山の女性が居るから、その女性たちが……
いや、むしろ知人というのも女性で……
そんなどうしょうもないことばかりが渦巻いて、勝手に胸が苦しく重くなる。
彼の薬指には指輪は嵌って無いけれど、分からない。
彼が女性にモテるのなんて、そんなこと、この僅かな時間でも分かり過ぎる位だ。
当たり前じゃないか。
こんな埃スウェット女の私には、彼に胸を焦がす権利なんてそもそも存在しない。
自分のスウェットとサンダルが憎いが、これを買ったのも、何年も着て汚れたまま放置してきたのも私だ。

こんなイケメンで優しくて、笑顔がかわいくて素敵な彼の、私は何者でも無いのだから、嫉妬なんて恐れ多い。
心の中で「私は埃女、私は埃女、私は…」と反芻して心頭滅却を試みる。

「ふふ、初めての二人ドライブですね」

うんうんと心頭滅却していたら、いつの間にか大量のゴミ袋の積み込みは終わっていた。
彼が軽やかに運転席へ乗り込み、軽トラを発車させると同時に、笑顔で爽やかにサラリと言われ、甘い紅茶を勢い良く吹き出しそうになって慌てて飲み込む。
少し鼻から出たかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
彼の知人の車を汚す訳にはいかないし、私のスウェットの袖に染み込ませながら動悸を落ち着ける。
落ち着け、私。
あくまで、これは世間話。
モテる男は、こういう冗談を軽く誰にも言うものだ。きっとそう。
見たことも触れたこともないけど、多分そう。
どっかのドラマで観た気もする。

「あ、ごめんなさい。引越ししてから初ドライブだなーと思って、つい嬉しくなっちゃって。しかも、愛さんと二人きり」

その照れたような声に、思わず彼を横目に凝視する。
イケメンは、どんな顔でこんなモテ台詞を言うのか知りたくなった。
1ミリも女として見れない相手でも、これ程にスルリと言えるのだろうか。

「そんなに見られたら…恥ずかしいです」

てへ、と照れたように少し頬を染めて笑う彼には、人の胸を撃ち抜く凄腕スナイパーの称号を授けよう。
完っっ全に心の臓のど真ん中を撃ち抜かれた。
お巡りさん!ここです!ここに、ゴルゴ越えのスナイパーがいます!
女性の皆さん、気をつけて!!
ちんたら歩いてる場合じゃないわ!!
この男にかかったら、寝たきりのお婆ちゃんだって意識を取り戻すわ!!
心肺蘇生?むしろ、人命救助しちゃう?

「わ、私も、初ドライブ、です…」

頭の中は大嵐だけど、声は全然出なくて。
消え入るような声で、ようやく絞り出したのが、これだけ。
耐性も経験もゼロなんだから、許して欲しい。
ここへ来て、でも、軽トラで、でもない。
男性と二人で車に乗ること自体が初、なのだから。

「ほんとですか?!やった!僕が愛さんの初めての相手ですね」

「はっ、はじめて…ぐはっ……です…」

もう外の景色なんて目に入らない。
ぎゅっと握る自分の握り拳しか見えない。
彼を見たいけど、見ると叫び出しそうで無理だし、隣から響く低めの声を聞くだけで、全身が熱くなる。

「あはは、そんなに緊張しないで下さい。取って食いやしませんから」

「ははは…そ、そんな」

私は何で笑ってるのか、何が面白いのか、もはや分からない。
とりあえず笑っておけ、と脳が命令してるので従う。
心が脳みそに追いつかない。
心と脳みその~追いかけっこだぁ~♪



「お、ここですね。なるほどー」

気付けばゴミ処理施設に到着していた。
あれ、私ってば、意識飛んでた?
全然、時間感覚麻痺してるんだけど。
車に乗っていた時間が、ほんの5秒くらいに感じる。
イケメンは時空を超えるのかもしれない。
もはや、ドラ○えもんである。

初めて来た彼は、このゴミ処理場を熟知しているかのように迷いなく、且つ、まるでここで撮影でもしてる雑誌モデルか俳優かのように格好良く受付を済ませ、車を発進させる。
ゴミ処理場でモデルや俳優が撮影するってなんだ。
SDGsのPR活動か。
彼なら出来ます、地方自治体の皆様。

係のおじさんの誘導に従って処理施設内へ車を止め、荷台から不燃ごみを降ろしては指定場所へ投げ入れる。
当然、私も助手席から飛び出してゴミ袋をガシッと掴むが、その手を優しく解かれた。

「愛さんは危ないから、助手席で待ってて下さい」

「いや、いや、そんな、でも……」

「これは僕のトレーニングなんで。助手席から応援しててくれたら、嬉しいな」

「はいぃ…」

顔面が良すぎる…
何この女のコ扱い…こんなこと、されたことない……
私は、助手席に鎮座して首が痛くなる程後ろを見つめて、彼を心の中で全力で応援した。
あぁ、重い荷物を持つと、肩の筋肉が盛り上がって…まぁ、首の筋がセクシー、ああ、後ろ姿まで、なんて格好良いの……

「愛さん、終わりましたよ」

目をハートにして見詰めているうちに、運転席に彼が戻って来た。
もはや軽トラがBMWに見えて来た。

「あっ!ありがとうございます!すみません、全部やって頂いちゃって!ほんとすみません!」

作業時間は、ほんの2秒くらいだった気がする。
何という早業。
流石は俊敏王、篠山さん。
いや、マッスル界の貴公子、篠山さん。
どんな称号も彼の前では霞んでしまう。
私はペコペコと何度も頭を下げて御礼を言い続ける。

「そんなに頭を下げたら、貧血になっちゃいますよ?ふふっ…そしたら、お姫さま抱っこで降ろしてあげますけど」

彼は、たった一日で幾つの称号を得ようとしているのか。
もはやこれは、私の精神力及び語彙力との戦いである。

「な、は、ふ、ひ…」

「あ、そろそろ良い時間ですね」

車の時計を見れば、10時を過ぎていた。
全然彼のテンポに付いていけない。
まともに喋れてさえいない。
そして今更だが、この時間まで、外でこんな格好は流石の私でも、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
ついでに風呂も入ってないから臭い。
ゴミ処理場に私も捨てられるべきなんじゃないだろうか。
篠山さん、どうか私も投げ捨てて下さい。

「こっ、こんな時間まで、すみませんでした!ご予定とか、ありますよね?」

「今日の予定は、愛さんとデートなんで問題無いです」

「で?でっ…でで?」

「とりあえず一旦帰ります?それとも、このまま行きますか?僕はこのままでも大丈夫です」

「かっかっかっ」

「か?」

「帰りマっシュっ!!!」

マっシュって何だ。
彼が、クスクスと笑っていて、顔から、いや全身から火が出る程に、いや多分少し発火したと思える位に恥ずかしかった。

アパートに着いて、何度も何度も頭を下げて御礼を言って、私は部屋に飛び込んだ。

「じゃあ、1時間後にチャイム鳴らしますね」

「わ、わかっ、はいいっ!!」

頭はパニック、全身の毛穴が開いて汗が吹き出している。
とりあえず、ダルダル埃まみれスウェットは脱ぎ捨てて、風呂へ直行した。
頭からシャワーを浴びて、尋常じゃない勢いで全身を隈無く洗って洗って洗いまくる。

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!」

雄叫びと共にゴシゴシゴシゴシ擦りに擦る。
私の全ての汚れよ、消えたまえ!
毛穴の汚れよ、浄化せよ!
お前たちの役目は、終わったのだ!!

「なぁああああああーーーーー!!!!」

よく分からない興奮状態のまま、風呂から出れば、もう30分程が経っていた。

「やっばっ!服!!服!!」

片付けで出てきた服は、部屋の隅にまとめてあるが、どれも禄に洗濯さえしてなかった為、ヨレヨレで汚れていた。
かなり臭くなったらコインランドリーへ持って行く、という繰り返しの女子力ゼロ習慣の結果が、この有様。
勿論、洗濯機はあるが、洗濯機自体が大量の物に埋もれていたから、全く使っていなかった。

「着れる服、着れる服…うそ、無いっ!!」

そう、男性と付き合うどころかドライブの経験すら無い私。
当然、こんな日に着る服なんて持って無いどころか、清潔な服自体無いのだ。
私は、かろうじで新しめの下着を付けて部屋をバタバタ駆け巡って騒ぐ。

「スカート、スカート、デートはスカート!!デートぉーーっ!マイガっ!!無い!」

謎の独り言を呟きながら、いや叫びながら、薄汚れた服の山を掻き分ける。
出てきたスカートは、毛玉だらけのヨレヨレ。
シミまである。
醤油か?カレーか?
低いとは思っていたが、私の女子力って、こんなに無かったのか…もはやゼロ、いや地下3000m程である。
海底に沈みたい。
だめだ、どうやってもデートの用意なんて出来ない。
今まで、デートなんて、一度もしたことも無いんだから、しょうがないじゃないか。
もう、こんなことならデートはお断りした方が……

「ピンポーン」

「えっ!?もう?」

時計を見れば、まだ予定時刻の15分前。
適当に手元にあったヨレヨレワンピースを来て息を切らせて玄関へ向かう。
これまたシミだらけ、毛玉だらけ、埃だらけだ。

「ごめんなさい、忙しかったかな?これ、良かったら姉が家に置いて行った服があって…どうかな?愛さんに似合うと思って」

手渡されたのは、某有名ブランドの袋。
お高いで有名な、あのブランドでございます。
袋の中には、いかにも高そうな洒落たワンピース。

「え、あの、そんな」

「姉は、もう着ないらしくって。ちゃんとクリーニングしてあるけど、やっぱり嫌…かな?」

ショボン、と項垂れる彼の前で断ることなんて出来るはずもない。
それに、私にはデートに着ていく服が無い!
縋れるものは、藁でも縋る!
これは、まさに神の助け!!
お姉さん、ありがとう!!

「ぜひ!ぜひとも着させて下さい!ありがとうございます!」

選挙演説並の声量で御礼を言って袋を抱きかかえると、彼の満面の笑みで再び胸を撃ち抜かれた。

「ふふ…じゃあ、また」

「はい…」

パタン、と後ろ手に玄関の扉を閉めて、そのまま蹲る。
ダメだ、頭が付いていかない。
これまで生きて来て、一度も無い経験の連続に脳みそパーン!状態だ。

「あっ!こ、こんなことしてる場合じゃないっ!!」

時計を見て、私は立ち上がる。
急いで彼に手渡された袋から真新しいブランドワンピースを取り出す。
新品じゃないの?と思う程に綺麗だし、むしろ良い香りまでする。
下着は今のままで諦めて、そのまま着替えてみれば、ワンピースは驚く程に私にピッタリだった。

「うそぉ…マジか」

膝下なフレアスカートが、上品でエレガント。
なのに、胸元が少しだけ広めで、大人の色気が勝手に出てしまう。
そんなもの、これまでの人生で一度も出た試しも無ければ、そもそも影も形もなかったのに。

「すご…」

サワサワと布地を擦る。
肌にしっとりと吸い付くようだ。
こんなに肌触りの良い服なんて着たことない。
肌触りだけじゃない。
気になる腕周りやお腹周りを適度に隠してくれるのに、全体がすっきり痩せて見える絶妙なデザイン。
黒地に花柄のシックなワンピースなのに、大人っぽく華やかで、落ち着いて見えるのにセクシー。
なにこれ、こんな服って世の中に存在するの?

「ああっ、やば!!次っ!化粧!」

片付けで出てきた化粧道具たち。
買ったのは何年前か分からないが、とりあえず一式は揃っているのが物悲しい。
今より若かったあの頃。
同僚から初めて合コンに誘われて、意気込んで大枚払って買い揃えたが、結果は案の定、惨敗。
一人も私に声を掛けて来る男性はいなかった。
あの時も、枕を涙で濡らしたっけ……

「目を覚ませ、私!過去は過去!今に集中!」

大声と共に両頬を思い切りビンタして意識を今に取り戻す。
なにせ、今起きてる事が奇跡の連続。
私の人生に、二度とは起こることの無い神がかった一日。
今日の思い出さえあれば、残りの孤独な人生を生き抜ける。
今は、この細い糸を離したくない。

鏡の中の自分を正面から見据える。

「うん、大丈夫。なんとかなる」

久しぶりに化粧水、乳液をしっかり染み込ませたら、コンシーラーにファンデーション、と肌色補正を施していく。
あんまり濃くならないよう、なるべく自然に。

「んー、大丈夫かな……」

滅多にしない化粧で、自分でも上手くいってるのかどうかが分からない。
でも、夜勤明けすっぴんよりは、顔色は随分とマシになったんじゃないだろうか。

「とりあえず、こんなとこかな」

姿見で全身を映すと、まるで生まれ変わったような私がいた。

「このワンピース、ほんとにスタイル良く見える。これなら……」

「ピンポーン♪」

「はっ、はいっ!!ただいま参ります!!」

旅館の女将か、私は。
扉の外には箱を抱えた篠山さん。

「わぁ、すっごく綺麗ですね」

「そ、そんな」

「ついでなんですが、これも姉の靴なんです。その服とも合うかと思って…良かったら」

考えて無かった。
靴のことを。
我が家に、こんなお洒落な格好に合う靴なんざ、そもそも存在したことが無い。
渡りに船とは、このことか!!

「い、いいんですか?!」

「きっと似合いますよ」

ウインクと共に、お洒落かつ履き心地抜群の靴を跪いて履かせてくれた。
まるで王子様に跪かれたプリンセス。
いつの間にか御伽の国に迷い込んだのかしら。
ドッキリ?いや、私にこんなドッキリやる意味無いし!
映画のワンシーンに飛び込んだ錯覚に頭から煙が出てるに違いない。

「すっごく綺麗です。こんな素敵な女性とデート出来るなんて…最高」

「あ、ありがとう、ござっまっす…」

ござっまっすって!体育会系?私、頑張れ!
いや、やっぱり無理!緊急事態です!
トキメキ過ぎて、息が上手く出来ません!

「大丈夫ですか?苦しそうですけど」

ズイッと綺麗過ぎる顔を近付けられれば、呼吸は悪化の一途を辿る。
血中酸素濃度が、下がってます!
SOS!至急、ドクターコールお願いします!

「顔色悪いですね…心配だな。ちょっと失礼しますよ……よっと」

視界が変わる。
高くなって、遠くまで見渡せる。
案外、うちからの景色って良かったのね……
違う、違う、そうじゃない!
そうじゃな~い!!

お姫さま抱っこされとるがなーーー!!!

「片付けで疲れたんですね、きっと。このまま車まで運びますよ」

颯爽と軽やかに進む彼は、私の重さが無いように歩く。

「そっ、なっ、わたっ、おっ」

言葉に出来ない。
ら、ら、ら~らら~ら~言葉に、出来ない~
名曲がバックミュージックとして頭を流れていく。

「喋ると舌噛んじゃうんで。車に着いたら聞きますね」

コクコク頷いて、彼の胸元にもたれる。
彼の胸元に、もたれる。
彼の………
ふぎゃーーーっ!!!

私は朦朧とする意識の中、彼の腕の中で揺られて運ばれた。
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