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第3章「決戦、未来は拳で切り開かれる」
23:聖女は、宰相の暴走を知る
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私が前世のトラウマと共に、宰相の送り込んできた弁舌の達人を物理的に完全論破してから数日が過ぎた。
あの日の私の暴走っぷりは、カインに相当な衝撃を与えたらしい。そのせいなのか、彼の私に対する態度は以前にも増して恭しくなった。
とはいえ、それは尊敬というよりは、むしろ畏怖に近い感情のように思えてしまう。いつ爆発するか分からない、危険物に触れるかのような慎重さで、私に接してくるのだ
「セレス様、お茶が入りました。温度はいかがですか?」
「セレス様、本日の寝床の岩はこちらの花崗岩でよろしいでしょうか。あるいはあちらの玄武岩の方がお好みですか」
……別に岩の種類にこだわりはない。
正直、少しやり過ぎたかもしれないと反省はしている。
だが、後悔はしていなかった。
あの一件以来、私の心は驚くほど軽くなっていた。前世で私を縛り付けていた、見えない鎖が断ち切られたような感覚。もう私は、理不尽な言葉にただ耐えるだけの無力なOLではないのだ。
そんな私たちの奇妙な旅は、今なお続いている。
南へ、南へ。
王都から遠ざかるほどに、人々の暮らしは素朴になり、空気は澄んでいく。私のスローライフもいよいよ本格的に始まりそうな予感がしていた。
しかし、そんな甘い期待は唐突に打ち砕かれることになる。
その日、私たちが立ち寄った小さな村の広場で、一枚の布告が貼り出されていた。
それは王都から発せられた、緊急の勅令だった。
「――国王陛下ご病気のため、本日より宰相デューク・ヴァルトが摂政として全権を代行する」
カインが衝撃を抑えつけたような声で、その一文を読み上げる。さすがの私も、その内容には驚きを隠せなかった。
周囲の村人たちも、その勅令にざわめいている。
「国王陛下がご病気……?」
「急な話だな……噂で聞く限りではずっとお元気だったらしいのに……」
私とカインは顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
これは、ただの病気ではない。
おそらくは、あの宰相がついに表舞台で動き出したのだのだろう。
その予感は、すぐに現実のものとなった。
宰相が摂政の座についてから、王国は急速にその姿を変えていった。
まず、国王派と目されていた貴族たちが、汚職や反逆の濡れ衣を着せられ、次々と失脚していった。空席となった要職には、代わりに宰相派の息のかかった人間が当たり前のように就いていく。
さらに、王国騎士団が再編され、宰相直属の私兵団へとその性質を変えていった。王都には秘密警察のような組織が現れ、宰相を批判する者を容赦なく弾圧し始めた。
何よりも異様だったのは、新聖女リリアナの存在が神格化されていったことだ。
大神殿は宰相の支配下に置かれ、リリアナの治癒の奇跡は「宰相閣下の徳の高さに神が応えたもの」として大々的に宣伝された。
民衆は、巧みな情報操作と恐怖政治によって徐々に思考を奪われていく。王国はわずか数週間のうちに、宰相デューク・ヴァルトの独裁国家へと変貌しつつあった
「……許せん……!」
次々と耳に入ってくる、王都の変化と現状。それを知るたびに、カインが悔しそうに拳を握りしめる。
「国王陛下はきっと、宰相に毒でも盛られたに違いない! これはもはやただの権力闘争ではない、明白な国家の簒奪だ!」
元騎士としての彼の義憤は、もっともだった。
だが、私にはもはやどうすることもできない。
私は追放された「偽りの聖女」。
今、王都に戻ったところで、反逆者として捕らえられるのが関の山だ。
「……今は静観するしかありません、カイン。私たちにできることは何も……」
私が彼をなだめようとした、その時だった。
遠く王都の方角の空が、にわかに黒い雲に覆われ始めた。
それはただの嵐雲ではなかった。禍々しい紫色の魔力が渦を巻き、空には巨大な魔法陣のような文様が浮かび上がっている。
「な、なんだあれは……!?」
カインが息をのむ。
なにかが起きると誰もが感じ取れるだろう、不穏な空気に満ちていく。
その光景には、見覚えがあった。
崩落した、あの遺跡。あそこで遭遇した隊長格のゴーレムが、自爆する直前に放っていた光と同じ種類のものだ。
しかし、その規模は比較にならないほど巨大だった。
まるで空そのものが軋み、悲鳴を上げているかのようだ。
「……宰相閣下……ついに最後の切り札を切るおつもりか……!」
カインが絶望の声を上げる
「最後の切り札?」
「はい……王家の禁書に記されていた最悪の禁術……『魔神召喚』です」
魔神召喚。
遥か古代において、世界を一度滅ぼしかけたと言われる伝説の魔神。その強大な存在を、この世に再び呼び覚まそうとする禁断の儀式だという。その儀式には、膨大な魔力と、そして聖なる力を持つ巫女の命が必要だと言われているらしい。
「まさか……! 宰相はリリアナ様を生贄にするつもりなのか!?」
「おそらくは……。いえ、ひょっとすると私を生贄に使うつもりだったのかもしれませんね。ほら、先だって宰相が送ってきた口の達者な男が、私に『悔い改めて王都へ戻ってこい』みたいなことを言っていたじゃないですか」
「確かに……。では、生贄が誰かはともかく、魔神の召喚をするところまで計画通りだったと?」
「さぁ? さすがにそこまでは分かりません。けれど、こんなものが思いつきや一朝一夕で出来るとは思えませんし」
宰相の計画とやらは、ことごとく私が潰してしまったらしい。彼自身がそう喚いていた。にもかかわらず、こんな大スケールなものまで用意していたのだ。ならば常に二手三手先を考えて、不意の事態に備えていたことになる。
なるほど。確かに彼は、大きな何かの舵を取る宰相として有能なのだろう。できれば私の関係ないところで、真っ当にその才を発揮してほしかった。
「ともあれ、彼はもはや正気ではありません。自分が神となって、この国を恐怖で支配するためにすべてを犠牲にするつもりなのかもしれませんね」
私たちの予想を裏付けるように、王都の方角から地響きが伝わってくる。
空に浮かぶ魔法陣はますますその輝きを増し、やがて一本の巨大な光の柱となって地上へと降り注いだ。
世界が終わるかのような轟音が響く。
そして。
遠く離れた場所からでも、はっきりと見えた。
王都の中心に、天を突くほどの巨大な何かが出現するのが。
それは、あらゆる生命を拒絶する絶対的な破壊の化身。
古の魔神が、現代に蘇った瞬間だった。
「……ああ……もう終わりだ……王国は滅びる……」
カインがその場に膝から崩れ落ちる。彼の瞳からは光が消えていた。
無理もない。あれはもはや、人間の手に負える相手ではない。国の軍事力をすべて結集したところで、どれだけ対処できるかも怪しいところだ。
絶対的な絶望。
それが、魔神という存在だった。
私は、黙ってその光景を見つめていた。
不思議と、心は冷静だった。恐怖も絶望も感じない。
ただ、ひとつの感情が私の胸の内を支配していた。
それは強烈な「面倒くさい」という感情。
あぁ、もう。
あの宰相という男は、どこまで私のスローライフを邪魔すれば気が済むのだろうか。人を追放しておきながら刺客を送り込み、街を支配し、挙句の果てには世界の終わりみたいな馬鹿でかい化け物を呼び出す。何を考えているのか。いや、もしかすると何も考えていないのか?
とにかく、その一つひとつの行動が、私の神経を逆撫でする。
前世のパワハラ上司もそうだった。
ひとつの仕事が終わったと思ったら、すぐに次の理不尽な仕事を押し付けてくる。
こちらの都合などお構いなしに。
ただ自分の自己満足のためだけに。
あの魔神はいわば、宰相が私に押し付けてきた、過去最大級の理不尽な残業案件なのだ。
「……カイン」
私は、膝を落としたままのカインに声をかけた
「は、はい……」
「王都まで、どれくらいかかりますか?」
「え……? 今から行ったところでもう何も……」
「いいから答えてください」
「……馬を飛ばせば丸一日……ですが。セレス様の脚力なら、おそらく半日もかからないかと……」
「そうですか。半日ですね」
私は頷くと、屈伸運動を始める。これから始まる長距離走に備えて身体をほぐす。
カインが、信じられないという顔で私を見てきら。
「セ、セレス様……? 行くおつもりですか……? あの魔神に挑むと……?」
「挑む?」
私はきょとんとして、彼を見返した。何を言ってるんだコイツは。
「いえ、違いますよ。私はただ、最後のクレームをつけに行くだけです」
「……クレーム?」
「ええ私を追放した会社(王国)の上司(宰相)が、とんでもない問題行動を起こしたのですから。元社員として、一言文句を言わなければ気が済みません」
カインは呆然としている。私のそのあまりにも斜め上な発言に、彼は言葉を失っているようだった。
「私の平穏なスローライフを返してくださいと、そうはっきり言ってやります。もちろん、私のやり方でね」
にやりと笑い、拳を握りしめた。
そんな私の姿に、絶望感が薄れたのか。カインの瞳に、ようやく光が戻ってきた。
それは希望の光か、それとも諦観の光か。
まぁ、そんなことはもはやどちらでもよかった。
「行きますよ、カイン。史上最大級に面倒な、仕事納めです」
「……はっ! 承知……いたしました!」
カインはよろめきながらも立ち上がる。
その顔には、覚悟が決まった男の表情が浮かんでいた。
宰相デューク・ヴァルト。
あなたが切った最後の切り札は、確かに強力だろう。
世界を滅ぼすほどの力かもしれない。
だが、あなたはひとつだけ勘違いをしている。
この世で最も厄介で面倒な存在は、神でも悪魔でもない。
――穏やかなスローライフを本気で邪魔された、ひとりの脳筋女なのだ。
私は王都の方角を真っ直ぐに見据え、地面を強く蹴った。
-つづく-
あの日の私の暴走っぷりは、カインに相当な衝撃を与えたらしい。そのせいなのか、彼の私に対する態度は以前にも増して恭しくなった。
とはいえ、それは尊敬というよりは、むしろ畏怖に近い感情のように思えてしまう。いつ爆発するか分からない、危険物に触れるかのような慎重さで、私に接してくるのだ
「セレス様、お茶が入りました。温度はいかがですか?」
「セレス様、本日の寝床の岩はこちらの花崗岩でよろしいでしょうか。あるいはあちらの玄武岩の方がお好みですか」
……別に岩の種類にこだわりはない。
正直、少しやり過ぎたかもしれないと反省はしている。
だが、後悔はしていなかった。
あの一件以来、私の心は驚くほど軽くなっていた。前世で私を縛り付けていた、見えない鎖が断ち切られたような感覚。もう私は、理不尽な言葉にただ耐えるだけの無力なOLではないのだ。
そんな私たちの奇妙な旅は、今なお続いている。
南へ、南へ。
王都から遠ざかるほどに、人々の暮らしは素朴になり、空気は澄んでいく。私のスローライフもいよいよ本格的に始まりそうな予感がしていた。
しかし、そんな甘い期待は唐突に打ち砕かれることになる。
その日、私たちが立ち寄った小さな村の広場で、一枚の布告が貼り出されていた。
それは王都から発せられた、緊急の勅令だった。
「――国王陛下ご病気のため、本日より宰相デューク・ヴァルトが摂政として全権を代行する」
カインが衝撃を抑えつけたような声で、その一文を読み上げる。さすがの私も、その内容には驚きを隠せなかった。
周囲の村人たちも、その勅令にざわめいている。
「国王陛下がご病気……?」
「急な話だな……噂で聞く限りではずっとお元気だったらしいのに……」
私とカインは顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
これは、ただの病気ではない。
おそらくは、あの宰相がついに表舞台で動き出したのだのだろう。
その予感は、すぐに現実のものとなった。
宰相が摂政の座についてから、王国は急速にその姿を変えていった。
まず、国王派と目されていた貴族たちが、汚職や反逆の濡れ衣を着せられ、次々と失脚していった。空席となった要職には、代わりに宰相派の息のかかった人間が当たり前のように就いていく。
さらに、王国騎士団が再編され、宰相直属の私兵団へとその性質を変えていった。王都には秘密警察のような組織が現れ、宰相を批判する者を容赦なく弾圧し始めた。
何よりも異様だったのは、新聖女リリアナの存在が神格化されていったことだ。
大神殿は宰相の支配下に置かれ、リリアナの治癒の奇跡は「宰相閣下の徳の高さに神が応えたもの」として大々的に宣伝された。
民衆は、巧みな情報操作と恐怖政治によって徐々に思考を奪われていく。王国はわずか数週間のうちに、宰相デューク・ヴァルトの独裁国家へと変貌しつつあった
「……許せん……!」
次々と耳に入ってくる、王都の変化と現状。それを知るたびに、カインが悔しそうに拳を握りしめる。
「国王陛下はきっと、宰相に毒でも盛られたに違いない! これはもはやただの権力闘争ではない、明白な国家の簒奪だ!」
元騎士としての彼の義憤は、もっともだった。
だが、私にはもはやどうすることもできない。
私は追放された「偽りの聖女」。
今、王都に戻ったところで、反逆者として捕らえられるのが関の山だ。
「……今は静観するしかありません、カイン。私たちにできることは何も……」
私が彼をなだめようとした、その時だった。
遠く王都の方角の空が、にわかに黒い雲に覆われ始めた。
それはただの嵐雲ではなかった。禍々しい紫色の魔力が渦を巻き、空には巨大な魔法陣のような文様が浮かび上がっている。
「な、なんだあれは……!?」
カインが息をのむ。
なにかが起きると誰もが感じ取れるだろう、不穏な空気に満ちていく。
その光景には、見覚えがあった。
崩落した、あの遺跡。あそこで遭遇した隊長格のゴーレムが、自爆する直前に放っていた光と同じ種類のものだ。
しかし、その規模は比較にならないほど巨大だった。
まるで空そのものが軋み、悲鳴を上げているかのようだ。
「……宰相閣下……ついに最後の切り札を切るおつもりか……!」
カインが絶望の声を上げる
「最後の切り札?」
「はい……王家の禁書に記されていた最悪の禁術……『魔神召喚』です」
魔神召喚。
遥か古代において、世界を一度滅ぼしかけたと言われる伝説の魔神。その強大な存在を、この世に再び呼び覚まそうとする禁断の儀式だという。その儀式には、膨大な魔力と、そして聖なる力を持つ巫女の命が必要だと言われているらしい。
「まさか……! 宰相はリリアナ様を生贄にするつもりなのか!?」
「おそらくは……。いえ、ひょっとすると私を生贄に使うつもりだったのかもしれませんね。ほら、先だって宰相が送ってきた口の達者な男が、私に『悔い改めて王都へ戻ってこい』みたいなことを言っていたじゃないですか」
「確かに……。では、生贄が誰かはともかく、魔神の召喚をするところまで計画通りだったと?」
「さぁ? さすがにそこまでは分かりません。けれど、こんなものが思いつきや一朝一夕で出来るとは思えませんし」
宰相の計画とやらは、ことごとく私が潰してしまったらしい。彼自身がそう喚いていた。にもかかわらず、こんな大スケールなものまで用意していたのだ。ならば常に二手三手先を考えて、不意の事態に備えていたことになる。
なるほど。確かに彼は、大きな何かの舵を取る宰相として有能なのだろう。できれば私の関係ないところで、真っ当にその才を発揮してほしかった。
「ともあれ、彼はもはや正気ではありません。自分が神となって、この国を恐怖で支配するためにすべてを犠牲にするつもりなのかもしれませんね」
私たちの予想を裏付けるように、王都の方角から地響きが伝わってくる。
空に浮かぶ魔法陣はますますその輝きを増し、やがて一本の巨大な光の柱となって地上へと降り注いだ。
世界が終わるかのような轟音が響く。
そして。
遠く離れた場所からでも、はっきりと見えた。
王都の中心に、天を突くほどの巨大な何かが出現するのが。
それは、あらゆる生命を拒絶する絶対的な破壊の化身。
古の魔神が、現代に蘇った瞬間だった。
「……ああ……もう終わりだ……王国は滅びる……」
カインがその場に膝から崩れ落ちる。彼の瞳からは光が消えていた。
無理もない。あれはもはや、人間の手に負える相手ではない。国の軍事力をすべて結集したところで、どれだけ対処できるかも怪しいところだ。
絶対的な絶望。
それが、魔神という存在だった。
私は、黙ってその光景を見つめていた。
不思議と、心は冷静だった。恐怖も絶望も感じない。
ただ、ひとつの感情が私の胸の内を支配していた。
それは強烈な「面倒くさい」という感情。
あぁ、もう。
あの宰相という男は、どこまで私のスローライフを邪魔すれば気が済むのだろうか。人を追放しておきながら刺客を送り込み、街を支配し、挙句の果てには世界の終わりみたいな馬鹿でかい化け物を呼び出す。何を考えているのか。いや、もしかすると何も考えていないのか?
とにかく、その一つひとつの行動が、私の神経を逆撫でする。
前世のパワハラ上司もそうだった。
ひとつの仕事が終わったと思ったら、すぐに次の理不尽な仕事を押し付けてくる。
こちらの都合などお構いなしに。
ただ自分の自己満足のためだけに。
あの魔神はいわば、宰相が私に押し付けてきた、過去最大級の理不尽な残業案件なのだ。
「……カイン」
私は、膝を落としたままのカインに声をかけた
「は、はい……」
「王都まで、どれくらいかかりますか?」
「え……? 今から行ったところでもう何も……」
「いいから答えてください」
「……馬を飛ばせば丸一日……ですが。セレス様の脚力なら、おそらく半日もかからないかと……」
「そうですか。半日ですね」
私は頷くと、屈伸運動を始める。これから始まる長距離走に備えて身体をほぐす。
カインが、信じられないという顔で私を見てきら。
「セ、セレス様……? 行くおつもりですか……? あの魔神に挑むと……?」
「挑む?」
私はきょとんとして、彼を見返した。何を言ってるんだコイツは。
「いえ、違いますよ。私はただ、最後のクレームをつけに行くだけです」
「……クレーム?」
「ええ私を追放した会社(王国)の上司(宰相)が、とんでもない問題行動を起こしたのですから。元社員として、一言文句を言わなければ気が済みません」
カインは呆然としている。私のそのあまりにも斜め上な発言に、彼は言葉を失っているようだった。
「私の平穏なスローライフを返してくださいと、そうはっきり言ってやります。もちろん、私のやり方でね」
にやりと笑い、拳を握りしめた。
そんな私の姿に、絶望感が薄れたのか。カインの瞳に、ようやく光が戻ってきた。
それは希望の光か、それとも諦観の光か。
まぁ、そんなことはもはやどちらでもよかった。
「行きますよ、カイン。史上最大級に面倒な、仕事納めです」
「……はっ! 承知……いたしました!」
カインはよろめきながらも立ち上がる。
その顔には、覚悟が決まった男の表情が浮かんでいた。
宰相デューク・ヴァルト。
あなたが切った最後の切り札は、確かに強力だろう。
世界を滅ぼすほどの力かもしれない。
だが、あなたはひとつだけ勘違いをしている。
この世で最も厄介で面倒な存在は、神でも悪魔でもない。
――穏やかなスローライフを本気で邪魔された、ひとりの脳筋女なのだ。
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