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19:この頃、王都に流行るもの
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筆者:石臼翁
この頃、王都に流行るもの。夜討ち、強盗、偽綸旨(にせりんじ)……。いやそんなものはもはや日常の挨拶代わり、と言ったら過言だろうか。道端に転がる酔いどれと、辻斬りに遭った死骸と、どちらが多いか数えてみるのも一興かもしれぬ。
まあ、そんな物騒な話はさておき。
もう少し他愛のない、それでいてこの都の病巣をじわりと炙り出すような、近頃の流行り廃りについて。ひとつ筆を執ってみようかと思う。
この頃、王都に流行るもの。
猫も杓子も冒険者。
畑仕事に飽きた百姓のせがれが、鋤の代わりに錆びた剣を握りしめ、一攫千金を夢見てこの都へやってくる。ギルドの酒場は、そんな若造たちの根拠のない自信と安酒の匂いでむせ返るようだ。ゴブリンの一匹も倒せぬうちから、己を「竜殺し」の生まれ変わりだと信じて疑わない。そのほとんどが、ひと月もせぬうちに懐を空にして都の汚泥の中に消えていくか、あるいは運悪くゴブリンに喰われて肥やしになるか。そんなところが関の山だ。
闇市上がりの聖遺物。
どこぞの墓荒らしが盗掘してきた、胡散臭い骨董品のことだ。曰く「初代聖王の小指の骨」。曰く「竜を屠った聖女の涙の結晶」。そんなガラクタに物好きな貴族たちが群がり、目玉の飛び出るような金貨を払って買い漁っている。その金があれば、飢えた民にどれほどのパンが分け与えられるか、考えたこともないのだろう。もっともその聖遺物とやらが、ただの野牛の骨やガラス玉であることに彼らが気づくのは、有り金すべてを巻き上げられた後のことだ。
辻々で歌う吟遊詩人。
竪琴片手に、ありもしない英雄譚や、甘ったるい恋物語をがなり立てる連中のことだ。彼らが歌う勇者は、決まって眉目秀麗、傷ひとつ負わずに悪竜を屠り、囚われの姫君と結ばれる。民衆はそんな安っぽい夢物語に束の間の慰めを見出し、なけなしの銅貨を投げ与える。だが、本当の戦場がどれほど泥と血にまみれ、無惨なものであるか、彼らは知ろうともしない。耳触りの良い嘘は、いつだって苦い真実よりも心地よいものだから。
貴族の真似する成金商人。
西方の蛮族との交易で偶然財を成しただけの男たちが、こぞって貴族の真似事を始める。言葉遣いを改め、派手な絹の衣装をまとい、意味もなく従者をぞろぞろと引き連れて大通りを練り歩く。その様はまるで孔雀の羽をつけた烏だ。だが、その指先は未だに泥とインクで汚れ、その身のこなしには長年染みついた卑しさが隠しようもなく滲み出ている。本物とは金で買えるものではない、という、単純な真理に気づかぬらしい。
やたらと長い魔法の詠唱。
若い魔術師どもは、ただの火種をひとつ灯すのにも、大仰な身振りと、古めかしい長々とした呪文を唱えてみせる。曰く「古式に則った正式な詠唱」なのだそうだ。馬鹿を言え。本当の達人は、瞬きひとつで、指先ひとつで、事を成すものだ。彼らがやっているのは魔術の探求ではなく、ただの自己顕示に過ぎない。いざ実戦になれば、その長い詠唱が終わる前に、オークの棍棒で頭をかち割られるのが関の山だろう。
異世界から来た勇者様。
少し前に召喚されたという、かの救世主様のことだ。確かに、彼がもたらしたという「チシキ」とやらで、王都の暮らしはいくらか便利になったのかもしれん。だがその一方で、人々は己で考えることをやめてしまってはいまいか。何か困ったことがあれば、「勇者様ならどうにかしてくださる」と、ただ天を仰いで祈るだけ。自らの足で立ち、自らの頭で考えるという、人間にとって最も尊い営み。それを、我々はあの若者に明け渡してしまったのではないか。
中身のない「委員会」。
何か問題が起きるたびに、王宮では「なんちゃら問題対策特別委員会」なるものが立ち上げられる。そこには暇を持て余した貴族たちが集まり、上等な茶菓子をつまみながら、一日中どうでもいい議論を戦わせるのだ。そして分厚い報告書をひとつ作り上げ、それで仕事をした気になっている。だがその報告書が、実際に貧民街の子供の腹を満たしたり、崩れた城壁を修復したりすることは決してない。
女子供の「ダンジョンごっこ」。
安全な浅い階層だけを、屈強な護衛に守られながら散策する、貴族の遊びだ。そこでスライムの一匹でも見ようものなら、悲鳴を上げて逃げ惑い、それを「スリリングな冒険」だったと日記に書き記す。本物の冒険者が、どれほどの覚悟で深淵に潜り、命を賭しているか、想像だにしたこともないのだろう。彼らにとってダンジョンとは、己の退屈を紛らわすための広大な遊戯盤に過ぎない。
ああ、書き連ねていけば、キリがない。
この都は、まるで熱病に浮かされた病人のようだ。誰もが、虚飾と見栄と、根拠のない楽観論に酔いしれている。
夜討ち、強盗の方が、まだしも正直で分かりやすい。彼らは、己の欲望のために、剥き出しの牙を剥くだけだ。
だが、今、この都に蔓延しているのは、もっとたちが悪い。まるで甘い毒のような病だ。誰もが、己の役目に誠実であることを忘れ、楽な方へ、見栄えの良い方へと流されていく。騎士は騎士であることを忘れ、商人は商人であることを忘れ、そして民は民であることを忘れ、ただ根無し草のようにその日暮らしの流行りに身を任せている。
思い出すままに流行りを思い起こし、思いつくままに書き殴ってしまった。この落書きを、誰か物好きな人間が拾い読み、少しでも眉をひそめてくれるなら、それもまた一興。まずは長年世話になっているこの雑誌に、私の駄文が載るかどうかである。
もし無事に、賢明なる読者の皆様の目に触れることが叶ったのなら。この雑誌の存在は感嘆されるべきだろう。さすがは王都で数十年も刊行しているだけはある。流行りに流されず、流行りを見つめてきた貫禄というものか。最先端の流行りの行く末を知ろうとするならば、私の駄文はともかくとして、この雑誌を隅々まで読むことが一助になるのではと、愚考するばかりである。
今回は掲載誌である我らが「王都伝書鳩」を持ち上げてみた。
もちろん賢明なる編集者諸氏の知る通り、一から十まで他意はない。
-了-
読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は、12月10日の予定です。
ブックマークや「いいね」での評価、感想などいただけると励みになります。
応援のほど、よろしくお願いします。
この頃、王都に流行るもの。夜討ち、強盗、偽綸旨(にせりんじ)……。いやそんなものはもはや日常の挨拶代わり、と言ったら過言だろうか。道端に転がる酔いどれと、辻斬りに遭った死骸と、どちらが多いか数えてみるのも一興かもしれぬ。
まあ、そんな物騒な話はさておき。
もう少し他愛のない、それでいてこの都の病巣をじわりと炙り出すような、近頃の流行り廃りについて。ひとつ筆を執ってみようかと思う。
この頃、王都に流行るもの。
猫も杓子も冒険者。
畑仕事に飽きた百姓のせがれが、鋤の代わりに錆びた剣を握りしめ、一攫千金を夢見てこの都へやってくる。ギルドの酒場は、そんな若造たちの根拠のない自信と安酒の匂いでむせ返るようだ。ゴブリンの一匹も倒せぬうちから、己を「竜殺し」の生まれ変わりだと信じて疑わない。そのほとんどが、ひと月もせぬうちに懐を空にして都の汚泥の中に消えていくか、あるいは運悪くゴブリンに喰われて肥やしになるか。そんなところが関の山だ。
闇市上がりの聖遺物。
どこぞの墓荒らしが盗掘してきた、胡散臭い骨董品のことだ。曰く「初代聖王の小指の骨」。曰く「竜を屠った聖女の涙の結晶」。そんなガラクタに物好きな貴族たちが群がり、目玉の飛び出るような金貨を払って買い漁っている。その金があれば、飢えた民にどれほどのパンが分け与えられるか、考えたこともないのだろう。もっともその聖遺物とやらが、ただの野牛の骨やガラス玉であることに彼らが気づくのは、有り金すべてを巻き上げられた後のことだ。
辻々で歌う吟遊詩人。
竪琴片手に、ありもしない英雄譚や、甘ったるい恋物語をがなり立てる連中のことだ。彼らが歌う勇者は、決まって眉目秀麗、傷ひとつ負わずに悪竜を屠り、囚われの姫君と結ばれる。民衆はそんな安っぽい夢物語に束の間の慰めを見出し、なけなしの銅貨を投げ与える。だが、本当の戦場がどれほど泥と血にまみれ、無惨なものであるか、彼らは知ろうともしない。耳触りの良い嘘は、いつだって苦い真実よりも心地よいものだから。
貴族の真似する成金商人。
西方の蛮族との交易で偶然財を成しただけの男たちが、こぞって貴族の真似事を始める。言葉遣いを改め、派手な絹の衣装をまとい、意味もなく従者をぞろぞろと引き連れて大通りを練り歩く。その様はまるで孔雀の羽をつけた烏だ。だが、その指先は未だに泥とインクで汚れ、その身のこなしには長年染みついた卑しさが隠しようもなく滲み出ている。本物とは金で買えるものではない、という、単純な真理に気づかぬらしい。
やたらと長い魔法の詠唱。
若い魔術師どもは、ただの火種をひとつ灯すのにも、大仰な身振りと、古めかしい長々とした呪文を唱えてみせる。曰く「古式に則った正式な詠唱」なのだそうだ。馬鹿を言え。本当の達人は、瞬きひとつで、指先ひとつで、事を成すものだ。彼らがやっているのは魔術の探求ではなく、ただの自己顕示に過ぎない。いざ実戦になれば、その長い詠唱が終わる前に、オークの棍棒で頭をかち割られるのが関の山だろう。
異世界から来た勇者様。
少し前に召喚されたという、かの救世主様のことだ。確かに、彼がもたらしたという「チシキ」とやらで、王都の暮らしはいくらか便利になったのかもしれん。だがその一方で、人々は己で考えることをやめてしまってはいまいか。何か困ったことがあれば、「勇者様ならどうにかしてくださる」と、ただ天を仰いで祈るだけ。自らの足で立ち、自らの頭で考えるという、人間にとって最も尊い営み。それを、我々はあの若者に明け渡してしまったのではないか。
中身のない「委員会」。
何か問題が起きるたびに、王宮では「なんちゃら問題対策特別委員会」なるものが立ち上げられる。そこには暇を持て余した貴族たちが集まり、上等な茶菓子をつまみながら、一日中どうでもいい議論を戦わせるのだ。そして分厚い報告書をひとつ作り上げ、それで仕事をした気になっている。だがその報告書が、実際に貧民街の子供の腹を満たしたり、崩れた城壁を修復したりすることは決してない。
女子供の「ダンジョンごっこ」。
安全な浅い階層だけを、屈強な護衛に守られながら散策する、貴族の遊びだ。そこでスライムの一匹でも見ようものなら、悲鳴を上げて逃げ惑い、それを「スリリングな冒険」だったと日記に書き記す。本物の冒険者が、どれほどの覚悟で深淵に潜り、命を賭しているか、想像だにしたこともないのだろう。彼らにとってダンジョンとは、己の退屈を紛らわすための広大な遊戯盤に過ぎない。
ああ、書き連ねていけば、キリがない。
この都は、まるで熱病に浮かされた病人のようだ。誰もが、虚飾と見栄と、根拠のない楽観論に酔いしれている。
夜討ち、強盗の方が、まだしも正直で分かりやすい。彼らは、己の欲望のために、剥き出しの牙を剥くだけだ。
だが、今、この都に蔓延しているのは、もっとたちが悪い。まるで甘い毒のような病だ。誰もが、己の役目に誠実であることを忘れ、楽な方へ、見栄えの良い方へと流されていく。騎士は騎士であることを忘れ、商人は商人であることを忘れ、そして民は民であることを忘れ、ただ根無し草のようにその日暮らしの流行りに身を任せている。
思い出すままに流行りを思い起こし、思いつくままに書き殴ってしまった。この落書きを、誰か物好きな人間が拾い読み、少しでも眉をひそめてくれるなら、それもまた一興。まずは長年世話になっているこの雑誌に、私の駄文が載るかどうかである。
もし無事に、賢明なる読者の皆様の目に触れることが叶ったのなら。この雑誌の存在は感嘆されるべきだろう。さすがは王都で数十年も刊行しているだけはある。流行りに流されず、流行りを見つめてきた貫禄というものか。最先端の流行りの行く末を知ろうとするならば、私の駄文はともかくとして、この雑誌を隅々まで読むことが一助になるのではと、愚考するばかりである。
今回は掲載誌である我らが「王都伝書鳩」を持ち上げてみた。
もちろん賢明なる編集者諸氏の知る通り、一から十まで他意はない。
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