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03:何用あって異世界へ
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筆者:石臼翁
このところ王都の空気は妙に浮ついている。酒場へ行けば誰もが同じ噂話に花を咲かせ、市場の女将さんたちまで仕事そっちのけで声を潜め合う。
なんでも、「異世界」から「勇者」なる人物が現れたのだそうだ。こことは違う理(ことわり)で動く世界からやってきたという。いわゆる異邦人という言葉では収まらない、まったく別世界の人間ということなのだろう。
王宮の賢者たちが、古の儀式をもって召喚したのだという。いわく、かの世界には我々の知らない強力な「チシキ」とやらがあり、それを以てすれば長らく王国を蝕む魔王軍の脅威もたやすく打ち払えるだろう、と。
人々は熱に浮かされたように、その見知らぬ「勇者」に期待を寄せている。いわく、生まれながらにして規格外の魔力をその身に宿しているだの。いわく、我々の誰も思いつかぬような奇抜な戦術でたちまち魔物の群れを殲滅してみせただの。その武勇伝は日ごとに尾ひれがつき、もはや吟遊詩人の語る英雄譚と何ら変わりない。まるで天から降ってきた救世主を一心に信じる信者のようだ。私にはその様子がひどく滑稽で、そしてどこか物悲しく見えて仕方がない。
そもそも、だ。自分たちの世界が危機に瀕しているからといって、何の関係もない別世界の人間を無理やり引っ張り出してきて、救世主の役割を押し付ける。これほど身勝手で、虫のいい話があるだろうか。
その「勇者」とやらは、元の世界でどのような暮らしをしていたのか。家族は、友人は、あるいは愛する人はいなかったのか。そういった個人の事情などお構いなしに、「世界を救う」という大義名分のもと、その人生を根こそぎ奪い取ってしまう。その傲慢さに、王宮の誰も、熱狂する民衆の誰も、思い至ろうとはしない。
貴族たちの思惑は手に取るように分かる。彼らにとって重要なのは、本当に魔王が討伐されることではない。重要なのは、「勇者」という目新しい神輿を担ぎ上げ、民衆の不満や不安を逸らすことだ。
勇者がもたらすという目先の勝利に熱狂させ、重税や失策から目を背けさせる。そして、もし勇者がうまくやれば手柄は自分たちのもの、もし失敗すれば「異世界人には荷が重かった」と責任を押し付けて切り捨てればよい。彼らは自分たちの手を汚すことなく、都合のいい駒を手に入れたに過ぎないのだ。
その証拠に、王宮主催の歓迎の宴は毎夜のように開かれ、貴族たちはこぞって勇者に媚びへつらい、己の娘を嫁がせようと画策していると聞く。戦の準備よりも、政略のほうがよほど忙しいらしい。
だが、私が本当に憐れに思うのは、熱狂する民衆でも、腹黒い貴族でもない。その「勇者」本人だ。
先日、偶然にも市場でその姿を見かける機会があった。護衛の騎士に囲まれ、物珍しそうに露店を眺めるひとりの青年。年の頃は、まだ二十歳にもなるまい。着慣れない王国の衣服に身を包み、戸惑ったような、どこか寂しげな目をしていた。人々は彼に喝采を送り、その手を握ろうと殺到する。だが、その喧騒の中で、彼はたったひとり、孤独に見えた。
彼は本当に、この世界を救いたいと願っているのだろうか。あるいは、元の世界に帰る術を探すために、嫌々ながら役目を引き受けているだけなのか。
彼が振るうという強大な力も、彼が持つという「チシキ」も、彼が元いた世界ではごく当たり前のものだったのかもしれない。それを、こちらの都合で「特別」なものと祭り上げ、過剰な期待という名の重荷を背負わせる。それは、見世物小屋の珍しい獣を眺めるのと、本質的には何も変わらないのではないか。
未来というのは、誰しも己の足で立ち、己の手で切り拓いていくべきものだ。困難に直面した時、安易に外部の力に頼ろうとする心根そのものが、国の衰退の証左である。我々が今すべきことは、異世界から来た見ず知らずの青年にすべてを丸投げすることではない。己の無力さを認め、膝を突き合わせ、この国に住む我々自身の力で、どうすればこの苦境を乗り越えられるかを考えることだろう。たとえ時間がかかろうと、多くの犠牲を払うことになろうと、それこそが唯一まっとうな道であるはずだ。
何用あって異世界へ。
その問いは、本来ならば召喚される者ではなく、召喚する我々自身が、己の胸に深く問わねばならぬ言葉なのではないか。
あの青年の孤独な瞳が、どうにも頭から離れない。彼が手にするという輝かしい勝利の先に、果たして本当に彼自身の幸福はあるのだろうか。ただ利用されるだけ利用され、用済みになれば忘れ去られる。そんな結末にならなければよいが。
余計なお世話かもしれない。だがしがない古物商の爺は、柄にもなくそんな老婆心を抱いてしまうのである。
-了-
※次回の更新は、8月6日(水)の朝8時になります。
※週1回の更新となっています。
※感想や評価などいただけると励みなって嬉しいです。よろしくお願いします。
このところ王都の空気は妙に浮ついている。酒場へ行けば誰もが同じ噂話に花を咲かせ、市場の女将さんたちまで仕事そっちのけで声を潜め合う。
なんでも、「異世界」から「勇者」なる人物が現れたのだそうだ。こことは違う理(ことわり)で動く世界からやってきたという。いわゆる異邦人という言葉では収まらない、まったく別世界の人間ということなのだろう。
王宮の賢者たちが、古の儀式をもって召喚したのだという。いわく、かの世界には我々の知らない強力な「チシキ」とやらがあり、それを以てすれば長らく王国を蝕む魔王軍の脅威もたやすく打ち払えるだろう、と。
人々は熱に浮かされたように、その見知らぬ「勇者」に期待を寄せている。いわく、生まれながらにして規格外の魔力をその身に宿しているだの。いわく、我々の誰も思いつかぬような奇抜な戦術でたちまち魔物の群れを殲滅してみせただの。その武勇伝は日ごとに尾ひれがつき、もはや吟遊詩人の語る英雄譚と何ら変わりない。まるで天から降ってきた救世主を一心に信じる信者のようだ。私にはその様子がひどく滑稽で、そしてどこか物悲しく見えて仕方がない。
そもそも、だ。自分たちの世界が危機に瀕しているからといって、何の関係もない別世界の人間を無理やり引っ張り出してきて、救世主の役割を押し付ける。これほど身勝手で、虫のいい話があるだろうか。
その「勇者」とやらは、元の世界でどのような暮らしをしていたのか。家族は、友人は、あるいは愛する人はいなかったのか。そういった個人の事情などお構いなしに、「世界を救う」という大義名分のもと、その人生を根こそぎ奪い取ってしまう。その傲慢さに、王宮の誰も、熱狂する民衆の誰も、思い至ろうとはしない。
貴族たちの思惑は手に取るように分かる。彼らにとって重要なのは、本当に魔王が討伐されることではない。重要なのは、「勇者」という目新しい神輿を担ぎ上げ、民衆の不満や不安を逸らすことだ。
勇者がもたらすという目先の勝利に熱狂させ、重税や失策から目を背けさせる。そして、もし勇者がうまくやれば手柄は自分たちのもの、もし失敗すれば「異世界人には荷が重かった」と責任を押し付けて切り捨てればよい。彼らは自分たちの手を汚すことなく、都合のいい駒を手に入れたに過ぎないのだ。
その証拠に、王宮主催の歓迎の宴は毎夜のように開かれ、貴族たちはこぞって勇者に媚びへつらい、己の娘を嫁がせようと画策していると聞く。戦の準備よりも、政略のほうがよほど忙しいらしい。
だが、私が本当に憐れに思うのは、熱狂する民衆でも、腹黒い貴族でもない。その「勇者」本人だ。
先日、偶然にも市場でその姿を見かける機会があった。護衛の騎士に囲まれ、物珍しそうに露店を眺めるひとりの青年。年の頃は、まだ二十歳にもなるまい。着慣れない王国の衣服に身を包み、戸惑ったような、どこか寂しげな目をしていた。人々は彼に喝采を送り、その手を握ろうと殺到する。だが、その喧騒の中で、彼はたったひとり、孤独に見えた。
彼は本当に、この世界を救いたいと願っているのだろうか。あるいは、元の世界に帰る術を探すために、嫌々ながら役目を引き受けているだけなのか。
彼が振るうという強大な力も、彼が持つという「チシキ」も、彼が元いた世界ではごく当たり前のものだったのかもしれない。それを、こちらの都合で「特別」なものと祭り上げ、過剰な期待という名の重荷を背負わせる。それは、見世物小屋の珍しい獣を眺めるのと、本質的には何も変わらないのではないか。
未来というのは、誰しも己の足で立ち、己の手で切り拓いていくべきものだ。困難に直面した時、安易に外部の力に頼ろうとする心根そのものが、国の衰退の証左である。我々が今すべきことは、異世界から来た見ず知らずの青年にすべてを丸投げすることではない。己の無力さを認め、膝を突き合わせ、この国に住む我々自身の力で、どうすればこの苦境を乗り越えられるかを考えることだろう。たとえ時間がかかろうと、多くの犠牲を払うことになろうと、それこそが唯一まっとうな道であるはずだ。
何用あって異世界へ。
その問いは、本来ならば召喚される者ではなく、召喚する我々自身が、己の胸に深く問わねばならぬ言葉なのではないか。
あの青年の孤独な瞳が、どうにも頭から離れない。彼が手にするという輝かしい勝利の先に、果たして本当に彼自身の幸福はあるのだろうか。ただ利用されるだけ利用され、用済みになれば忘れ去られる。そんな結末にならなければよいが。
余計なお世話かもしれない。だがしがない古物商の爺は、柄にもなくそんな老婆心を抱いてしまうのである。
-了-
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