ロマン砲主義者のオーバーキル

TEN KEY

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問4 異なる2点間の距離を求めよ

問4-4

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「何も無いですけど、どうぞ上がって下さい」

 どきん、と心臓が跳ねた。
 それは彼女に招き入れられた事でも、彼女の部屋が外観と同じように本当に殺風景だったからでもなく、彼女がその部屋に人を招くことに微塵の気後れも戸惑いもない表情だったからだ。

 この場合、俺の取るべきリアクションは?

1,「えー! 本当に何も無いなぁ! 初期設定!? それも逆にすごいね!」
2,「ミニマリズムだよね。いい部屋だ」
3,「改装中かな?」

 答はもちろん 4,無反応 だ。
 いや、「反応出来なかった」が正しい。

 俺は急に早めた鼓動を悟られないよう、余裕があるように見せながら「おじゃまします」と告げ部屋に上がった。
 部屋の中央にはシンプルなつくりの丸テーブルと小さな肘掛けソファが2脚あるだけだ。
 テーブルの中央からは湯気を上げながら桃の香りを拡散させるピンク色の機械がポッポッポッと音を立てて稼働している。
 
「びっくりしましたよね?」
「…………何が?」

 よし、俺こういう部屋とか見慣れてるし、別にこういう感じもアリだよね? という含みを持たせた「何が?」が言えた。

「殺風景すぎて。ほぼ初期設定です、この部屋」
「へぇー……。いや、俺もこんな感じだよ?」
「気を使ってもらわなくて大丈夫です。私、部屋を飾る暇があったら闘技場に足を運んでたので、ずっとこんな感じだったんです。部屋に留まることは無かったですから」

 そう言うと、ミューミューはぎこちなくソファに座った。

 それもそうか。彼女は俺が知らないだけで、長いことランカーのトップを走り続けていたらしい。
 たかがゲームとはいえ、日本だけで100万を優に超えるプレイヤーが日夜切磋琢磨し続ける世界で、ずっと高い位置を保つというのは生半可な努力では出来ないだろう。

 どうぞ、と勧められ俺も向かい合うように腰を下ろす。

 ならばこの光景も納得出来る。
 俺は彼女のようにギリギリを戦い抜け、1戦を、1勝を積み重ねる日々を送ってきてはいない。
 俺にとっての緊張感とは、自分の立てた目標に届くか否かだけ。
 そこに明確な相手は居ない。俺の目標は俺だけの物で、誰とも共有されてはいなかった。

「このソファやテーブルも、このアロマもさっき慌てて置いたんです。部屋を出る直前に、お客様が来るかもって思って」
「……そうなんだ、ありがとう。初期設定のこのソファ、座り心地は結構いいよ」
「ですね」

 口を隠してクスクス笑うミューミューを見て、俺は彼女の戦いに思いを馳せる。
 彼女は普段はこういう普通の女の子に見える。
 戦いとなるとその切れ者っぷりは既に何度か見ているし、運動神経おばけのみずちに負けず劣らず機敏な動きを見せる。
 それは多分努力の賜物で、他の色々な物事を犠牲にして手に入れたのだろう。

「なんで……」

 俺はむくむくと膨れ上がり、口からどうしても出たがる言葉を、止められなかった。

「なんでそこまで、戦い続けられるの?」

 彼女ははにかんだような笑顔で、

「……負けたくないからです。誰にも」

 はっきりと断言した。

「私、負けず嫌いなんです。……ほんっとうに誰にも負けたくないです。だから本音を言えば、昨日の大敗は死ぬほど悔しいですし、今すぐリベンジしてシトラスさんの頭をかち割りたい欲求が無いと言えば嘘になります」
「お、おぉ……」
「でも、それ以上に、昨日の試合も、今日のダンジョンも。皆さんが居るときにも言いましたけど、すごく楽しかったです。私、こうやってずっと戦ってきて、勝ち続けてきて。――でも何かを手に入れたような感覚は何もありませんでした」

 ふぅ、とミューミューは息を吐いた。

「結果はありました。実績もありました。確かに強くなった感覚はありました。……その鼻っ柱を折られもしました。でも、この部屋と同じ。私自身は空っぽのままでした」
「空っぽ?」
「そうです。空っぽ。……でも今日、分かったんです。空っぽなのは、楽しく無かったからなのかも、って」

 彼女はコントローラーを操作し、手元にカードを出した。

「これ、【ヘタクソはこれ使え】……。いくらプレイヤーの投票で決まったからって、本当にこんなの良くカード名として認められましたよね。笑っちゃいました、初めて見た時は」

 投票だったのかこれ。プレイヤーの悪ふざけだ。
 そのカードを、彼女は愛おしそうに両手で抱えると、目をつむった。

「でもこんなカードが、空っぽの私にドキドキをくれました。今日の大勝利の立役者です。どんなに強い相手を倒したときでも、こんなに気持ちが高揚したことはありませんでした。……一人じゃ、多分味わえなかったですよね、同じカードを使ったとしても」
「パーティ向けだしね」
「あ、冷たい反応ですね。いいんです。今日はまた一人お友達も増えましたし」

 目を開いて、すぐにぷいっとすねたように横を向いてしまう。

「ほんと、シトラスさんが羨ましい。楽しんでいるのが、見ているこっちがすごく分かるんです。もちろん勝つための手を考え続ける思考力があって、その上で勝負の中で楽しんでいるんですけど」
「まあ、ゲームだから、楽しまなきゃ」
「そうです、それ。その発想がずっと無かったんです」

 勝ち続けるあまり、勝利だけが目的になり、ゲームを楽しむ気持ちを失ってたのだと語る。

「あー……俺は昨日、全く逆の気持ちを感じたかも」
「昨日ですか?」
「そう、ミューミューさんと戦ってて」
「え?」
「俺はあの時……君が本気を出した時、今までで一番ワクワクしてた。俺の全力をぶつけても答えてくれる、まだまだ限界を試せるって。そんな事で自分が高揚するなんて思ってもみなかったから、それも発見だった。楽しむためだけじゃなく、君の強さを上回って……なんとしてでも勝ちたいと思った」
「そうだったんですか?」
「うん。だから、まあその……感謝してる。ミューミューさんには。あの気持ちがあったから、ランク戦もやってみたいなと思ったし」
「そうですか……じゃあ気のないフリをして、実はちゃんとやる気は出してくれてたんですね?」
「そりゃあね、どうせやるなら……本気でやりたいし」
「良かった。――じゃあまた約束しませんか?」
「約束?」

 ミューミューは、ずい、と右手の小指を突き出して来た。

「私は、何かを犠牲にした高みだけを欲さない。勝つ為だけの自分を捨てて……心の底から戦いを楽しむ為に」

 ……なるほど。
 じゃあ俺は――

「楽しむだけの独りよがりを捨てる。本気の戦いをする為に、限界を知って……それを超える為に」

 約束を交わすべく、俺も右手の小指を彼女に伸ばす。

「「その身を投じる」」

 声と、二本の指が重なった。
 柔らかい効果音が鳴る。

―― ペアリングが結ばれました ――




 「Another:Necronomicon」にログインし、最初に聞かれるのは、こんな一文だ。


「 お前は翻弄されるだろう、飲み込まれるだろう、その世界に。
  喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。
  愚かな感情も、豊かな激情も、それは単なる力の根源。
  その世界では誰もがその根源たる力を使い、光を放つ輝石と成り得る。
  だがいつまでも輝きを得られず己に絶望し、くず石として砕けゆく事もあろう。
  激流の中でぶつかり合い、輝石と成るか、くず石と成るか。
  
  我の問に答えよ。
  己の身を石として、確固たる意思を持ち激流に投げ込む覚悟はあるか?
  あるならば、行動で示せ 」


 → その身を投じる



 俺たちのゲームが、始まった。
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