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ep1 ノト村へようこそ!
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「ノト村へいらっしゃい!」
今日も馬車から降りてきた集団ご一行を、揉み手で出迎える。
浅黒い肌に茶色の髪、平凡だけど愛嬌のある顔。第一印象で悪く思われたことがないのが特技だ。
ただの村なのに門があって、しかも馬車の定期便の時間にしか開門しないなど珍しいことこの上ないが、それでも客足は途絶えない。
立ち寄った兵などから噂になって、じわじわと規模が広がっている村は、もはやちょっとした街レベルだ。
「みなさま目的は?この“ルカ”がご案内いたしましょう!」
それでも村と称される場所に案内人がいることが意外なのか、辿り着いた人々が目を白黒させる。
「あ、これが案内書ですぅ。どうぞご覧くださいね。」
時間をかけて木版画で量産したリーフレットは自信作だ。
この村に来る目的は大体二つ――いや、誇らしいことに最近は三つだ。
「療養目的の方は、①の温泉に入っていただくことをお勧めいたします!
周辺にいくつか宿もありまして――それぞれの宿の特徴は、記載の通りです。ご案内が必要な方は別途お申し付けください!」
第一の理由は、湯治目的の旅行者だ。杖をついた老夫妻にそっと肩を添えた。
「ありがとうねぇ。腰と膝が悪くて。ここの湯治が良いと聞いたのよ。」
「そうおっしゃる方が多いんですよ。なんせ、ここのお湯は魔道具ではない天然物ですからね。腰痛・関節痛によく効きます。
場所によって効能が異なりますから、ぜひ案内書を見てください。
あ、大きな案内板も村の中央にございますので!」
待機していた少年――トトを手招きする。
「さ、トト!ご案内差し上げて。
皆さま、お困りごとがあれば、“何でも屋ルカ”へ!
よく効く湿布薬も宿屋で販売しております!あ、これはサンプル品です。ぜひどうぞ。」
にこにこと温泉目的の客を見送る。
トトが温泉マークの小さい旗を掲げながら「こっちだよー」と煽動していく。
それを見送りながら、残りの“お客様”に目を向けた。
「さて、皆さま――」
続けて目的を聞く前に、ぐわっと手を握られた。
「何でも屋ルカ……!あなた、いやあなた様が……!!」
真剣な瞳でこちらを見る男の後ろには、同じく血走った男達が数人――間違いなく、“うち”の客だ。
「落ち着いてください……お気持ちは、分かっています。」
宥めるようにぽんぽんと肩を叩くと、相手の目が潤んで――そしてふっと影を作った背後の存在に顔を青くした。
イラっとして後ろの気配に肘を叩きつける。
つい昔からの癖で手が出てしまったが、うめき声を上げたのは自分の方だった。
今は鎧を纏っている訳でもないのに、身体そのものが鎧のように硬い。
「ルカ!大丈夫か……!」
こちらが攻撃したというのに、怒りもせず小声で狼狽える男は無視することにした。
涙目を抑えて、おそらくこの村に来た第二の理由であろう女性方に目をやった。
「美しいお嬢様方。あなた方の目的はこちら――レオンですね。……こちらが!かの有名な!勇者さまです……!」
きゃあ、と黄色い声が飛ぶ。
女性に囲まれそうになったところを両手を広げて防ぐ。
「あ。あまり近くに寄るのはご遠慮くださいねー。彼もプライベートですから。」
女性の熱量に、にこにこと割り込んでも不満が起きにくいのも特技の一つだ。害のなさそうな顔がいいらしい。
ちらりとレオンを見上げる。
光を弾かずに吸い込むようなさらさらした藍色の髪に、濃い碧の瞳。誰が見ても格好いいと言うだろう上等な容姿。
だが、全くの無表情。
こいつの表情が動くのは村の人間相手くらいかもしれない。
実際、今目の前で騒がれていても何の興味もなさそうだ。腕を組んでそっぽを向いている。
思わず頬がひくつくのは平凡な男としてのひがみだ。
愛想良くしろとは言わないが、素材の無駄だと思ってしまう俺は根っからの商売人なのかもしれない。
「……ほんとは秘密なんですけど。こいつの訓練、午後からあるんですよ。
まずは宿にチェックインしてから、温泉やお土産を見てから、それに備えてください。
無理して迫ったりしなければ……もしかしたら、サインなんかも貰えちゃうかも……?」
こそっと伝えると、女性達の瞳に熱が籠もった。
実は絵姿も売っています、と小声で付け加えた。熱量のある瞳に黙って頷く。
「皆さまご淑女で本当に良かったです!あまりに彼へ迫って入村をご遠慮した方もいるんですよ……」
わざとらしくため息をつくと、女性達は目を逸らして扇で口元を隠した。
「ほほ……それは、まあ、大変でございましたわね。」
「そ、そういった方がいらっしゃいますの。困ったものですわね……」
「ええ、本当に……ほほ……」
勇者レオンに会うために、この辺鄙な村へ来るなど、それなりの金銭を持った女性ばかりだ。ちょっと刺せばマナーを守ってくれる女性ばかりで助かる。
「さあ、ではお嬢様方はこの少女のご案内でどうぞ。大丈夫ですよ、安心して入れる個人用の温泉もございますからね。たくさん楽しんでください。」
ニノが「はい!」と手を上げて女性達の先導をする。
子供らしい仕草に女性達の眦がさがる。
「おねーさん達、今まで来た人たちの中で一番きれい!ふわふわでお姫様みたい。」
きらきらした瞳で言われれば、「あら」「まあ」という言葉を漏らしながら、ちらちらとレオンを見つめつつも大人しくニノについていった。
――残りは。
「皆さんはルカ商店が目的ですね。」
心持ち真剣に見やると、男達が無言で頷く。
「――では、こちらへ。」
歩き出すと、当然かのようにレオンが隣を歩いてきた。小声で問いかける。
「お前、訓練はどうした。」
「今日は午前休だ。」
「休めよ……」
「休んでるから居る。」
「お前な。」
「……俺で商売してる。」
痛いところをつかれて、言葉に詰まった。
「……邪魔するなよ。」
「いつもしてない。」
自信満々に言う声には信用性のかけらもない。
「さ、さあ、皆さま、私の商店はすぐそばです!」
手でさし示しても、男達の視線はちらちらとレオンに向く。
それもそうだろう。
輝かんばかりの美貌は今の彼らにとっては毒のようなものだ。
「彼は、用心棒のようなものです。なんせこの村出身ですから!」
やや仰々しく言えば、男達は浮かない顔をしながら着いてくる。
レオンに小声で伝えながら親指でサインを出す。
「……お前はいつもどおり裏で待てよ。」
「分かった。」
やや不満げな顔だが、この男が俺のお願いを破ったことはない。
店の専用個室に一人ずつ招いて、悩みを聞きながら必要な処方を行っていく。
そして最近村の外れにできた娼館の名刺をそっと渡す。もちろん、向いているお嬢さんの名前をメモした上で。
そう、最近“ルカ商店”の一番の目玉商品は――“自信がなくなったすべての男性へ”というキャッチコピーの精力剤だ。
“そうなる”理由など人それぞれだ。
そのため、相談内容から必要な漢方や魔道具なども併せてお勧めしつつ、自分の性癖と向き合せるといったことがじわじわと人気を呼び、今に至る。
ようやく最後の客を見送り終わって、うーんと背を伸ばした。
バックヤードを見に行けば、ソファで腕を組んで寝込む男がいた。
大柄なのに、器用なことだ。
「レオン。」
声をかけても起きる気配はない。
隣に座って、頭を撫でる。さらりとした紺色の髪が指を抜ける。
寝込んでいるし、もう少しそっとしておいてやろう――そう思って離れようとした途端、ぐいと引き寄せられた。
「……っ!レオ、」
抗議の声に唇を被せられる。
深く口付けられて、息継ぎができない。
「あっ、やめ……やめろ!!」
流れるように手を服の下に差し入れられて――頭突きでもって制止した。
「いてえぇぇ……」
それでも、呻いて頭を押さえるのは自分だ。だがレオンも頭を押さえているから、恐らく無傷ではない。
「何なんだよ、お前は突然。」
「……客へあんなに親身になる必要があるのか。」
「お前な……男ならどんだけ繊細な内容か分かるだろ。いい加減情緒を持て。」
「俺はルカ以外に立たないから分からない。」
「……やめろ。頼むから、普通の感覚を身につけてくれ……。」
うーんと悩む。
いずれ成長すれば何か変わるだろうと思った幼馴染は、勇者になって世界を救い終わっても変わらなかった。
綺麗な王女様も貴族様もたくさん見てきただろうに。どこで間違ったんだろうか。
こんな辺鄙な村に居着いているのも、それ以外ではレオンが納得しないからだ。
よく許されているなと思うが、同じ勇者パーティーの天才魔導士も速攻で引退していたから、意外と自由なのかもしれない。
ここに居着く理由は今の発言の通りだ。
いつまでも俺に固執している原因など、全くもって分からない。
お互い孤児だったから距離が近かったのは事実だけど、逆に言えばそれくらいしかない。
ただ、お陰でこの村に兵士団が作られて、守りが強固になって助かっている。
「にーちゃん!」
トトとニノがこちらに駆けてくる。
可愛らしい手のひらを差し出してきて、
「「お金ちょうだい。」」
可愛くないことを言う二人は、村でも一番のマセガキだ。
「おー、お前ら。今日もいいサポートだったぞ。」
それぞれに午前分の駄賃を載せて頭を撫でる。
「俺も貢献してる。」
レオンがぶすくれたように言う。
「なに、英雄様は金とか有り余ってんじゃないの。」
「金はいらない。」
その一言で何を望んでいるか分かってしまう自分が怖い。
「お金が一番なのにねー。レオ兄は変わってるね。」
「ねー。」
そんなことを言う子供だって変わっている。
「大人になれば分かる。金なんかどうにかなる。」
ならねーよ。お前以外は必死に小銭稼いでんだわ、と心の中で突っ込んだ。
自分が情けなくなりそうなので言葉には出さない。
ちっぽけな男の矜持だ。
「ふうん。」
「ルカ兄も変わってるよ。自分の店への案内じゃないのに、僕たちに“おきゅーりょー”渡すんだもん。」
聞き捨てならない言葉に首を振った。
「いいか。俺がやっているのはこの村の活性化だ。酔狂でやってんじゃない。こういうのは、いずれ回り回って俺の金に化ける。そういうことだ。」
レオが背中にのしかかってくる。
「俺にも返還してくれ。村の広告塔もやってるだろ。」
思わずすっと視線を逸らした。
勇者で英雄の男に払える対価なんてどこにもない。
「……お礼はルカの身体でいいよ。」
ぼそりと低い声で呟かれて、身体を押し除ける。
「……お前。ほんとやめろよな、そういうの。」
「やめない。」
こういう時に、まっすぐ見てくる瞳が苦手だ。
「ルカ兄まっかー」
「まっかー」
「うるさい。」
トトとニノがこそこそと話す。
「大人なのにねー」
「ねー」
「お前ら、このやろう。」
二人の頭をぐしゃぐしゃに撫でると、きゃっきゃと笑う。
ませていてもしっかり子供だ。
この流れでレオンへの報酬は誤魔化してしまおう。
「飯でも食べるか。」
「たべるー!」
「べるー!」
「昨日の残りのシチューがあるから、ちょっと具材を足してパイにしよう。」
「俺も食べる。」
「……お前、午後訓練なんだろ。ギリギリになるぞ。」
「いい。」
レオンの拗ねたような表情に思わず笑ってしまう。
なんだかんだ、俺だってこいつには甘いのだ。
頭を撫でると嬉しそうな顔をして顔を擦り付けてきて、すこし心臓が跳ねる。
「――っ、午後分の甘味も作らないとだから、なるべく急いで準備する。お前眠そうだし、それまで寝ておけよ。」
「んー……ルカのベッドで寝ていい?」
「……勝手にしろ。」
匂いがする方がいいとか、変態的なことを言っていたのは忘れることにする。
ねだられると何でも許してしまいそうになるのは、こいつの特技とも言える。
今日も馬車から降りてきた集団ご一行を、揉み手で出迎える。
浅黒い肌に茶色の髪、平凡だけど愛嬌のある顔。第一印象で悪く思われたことがないのが特技だ。
ただの村なのに門があって、しかも馬車の定期便の時間にしか開門しないなど珍しいことこの上ないが、それでも客足は途絶えない。
立ち寄った兵などから噂になって、じわじわと規模が広がっている村は、もはやちょっとした街レベルだ。
「みなさま目的は?この“ルカ”がご案内いたしましょう!」
それでも村と称される場所に案内人がいることが意外なのか、辿り着いた人々が目を白黒させる。
「あ、これが案内書ですぅ。どうぞご覧くださいね。」
時間をかけて木版画で量産したリーフレットは自信作だ。
この村に来る目的は大体二つ――いや、誇らしいことに最近は三つだ。
「療養目的の方は、①の温泉に入っていただくことをお勧めいたします!
周辺にいくつか宿もありまして――それぞれの宿の特徴は、記載の通りです。ご案内が必要な方は別途お申し付けください!」
第一の理由は、湯治目的の旅行者だ。杖をついた老夫妻にそっと肩を添えた。
「ありがとうねぇ。腰と膝が悪くて。ここの湯治が良いと聞いたのよ。」
「そうおっしゃる方が多いんですよ。なんせ、ここのお湯は魔道具ではない天然物ですからね。腰痛・関節痛によく効きます。
場所によって効能が異なりますから、ぜひ案内書を見てください。
あ、大きな案内板も村の中央にございますので!」
待機していた少年――トトを手招きする。
「さ、トト!ご案内差し上げて。
皆さま、お困りごとがあれば、“何でも屋ルカ”へ!
よく効く湿布薬も宿屋で販売しております!あ、これはサンプル品です。ぜひどうぞ。」
にこにこと温泉目的の客を見送る。
トトが温泉マークの小さい旗を掲げながら「こっちだよー」と煽動していく。
それを見送りながら、残りの“お客様”に目を向けた。
「さて、皆さま――」
続けて目的を聞く前に、ぐわっと手を握られた。
「何でも屋ルカ……!あなた、いやあなた様が……!!」
真剣な瞳でこちらを見る男の後ろには、同じく血走った男達が数人――間違いなく、“うち”の客だ。
「落ち着いてください……お気持ちは、分かっています。」
宥めるようにぽんぽんと肩を叩くと、相手の目が潤んで――そしてふっと影を作った背後の存在に顔を青くした。
イラっとして後ろの気配に肘を叩きつける。
つい昔からの癖で手が出てしまったが、うめき声を上げたのは自分の方だった。
今は鎧を纏っている訳でもないのに、身体そのものが鎧のように硬い。
「ルカ!大丈夫か……!」
こちらが攻撃したというのに、怒りもせず小声で狼狽える男は無視することにした。
涙目を抑えて、おそらくこの村に来た第二の理由であろう女性方に目をやった。
「美しいお嬢様方。あなた方の目的はこちら――レオンですね。……こちらが!かの有名な!勇者さまです……!」
きゃあ、と黄色い声が飛ぶ。
女性に囲まれそうになったところを両手を広げて防ぐ。
「あ。あまり近くに寄るのはご遠慮くださいねー。彼もプライベートですから。」
女性の熱量に、にこにこと割り込んでも不満が起きにくいのも特技の一つだ。害のなさそうな顔がいいらしい。
ちらりとレオンを見上げる。
光を弾かずに吸い込むようなさらさらした藍色の髪に、濃い碧の瞳。誰が見ても格好いいと言うだろう上等な容姿。
だが、全くの無表情。
こいつの表情が動くのは村の人間相手くらいかもしれない。
実際、今目の前で騒がれていても何の興味もなさそうだ。腕を組んでそっぽを向いている。
思わず頬がひくつくのは平凡な男としてのひがみだ。
愛想良くしろとは言わないが、素材の無駄だと思ってしまう俺は根っからの商売人なのかもしれない。
「……ほんとは秘密なんですけど。こいつの訓練、午後からあるんですよ。
まずは宿にチェックインしてから、温泉やお土産を見てから、それに備えてください。
無理して迫ったりしなければ……もしかしたら、サインなんかも貰えちゃうかも……?」
こそっと伝えると、女性達の瞳に熱が籠もった。
実は絵姿も売っています、と小声で付け加えた。熱量のある瞳に黙って頷く。
「皆さまご淑女で本当に良かったです!あまりに彼へ迫って入村をご遠慮した方もいるんですよ……」
わざとらしくため息をつくと、女性達は目を逸らして扇で口元を隠した。
「ほほ……それは、まあ、大変でございましたわね。」
「そ、そういった方がいらっしゃいますの。困ったものですわね……」
「ええ、本当に……ほほ……」
勇者レオンに会うために、この辺鄙な村へ来るなど、それなりの金銭を持った女性ばかりだ。ちょっと刺せばマナーを守ってくれる女性ばかりで助かる。
「さあ、ではお嬢様方はこの少女のご案内でどうぞ。大丈夫ですよ、安心して入れる個人用の温泉もございますからね。たくさん楽しんでください。」
ニノが「はい!」と手を上げて女性達の先導をする。
子供らしい仕草に女性達の眦がさがる。
「おねーさん達、今まで来た人たちの中で一番きれい!ふわふわでお姫様みたい。」
きらきらした瞳で言われれば、「あら」「まあ」という言葉を漏らしながら、ちらちらとレオンを見つめつつも大人しくニノについていった。
――残りは。
「皆さんはルカ商店が目的ですね。」
心持ち真剣に見やると、男達が無言で頷く。
「――では、こちらへ。」
歩き出すと、当然かのようにレオンが隣を歩いてきた。小声で問いかける。
「お前、訓練はどうした。」
「今日は午前休だ。」
「休めよ……」
「休んでるから居る。」
「お前な。」
「……俺で商売してる。」
痛いところをつかれて、言葉に詰まった。
「……邪魔するなよ。」
「いつもしてない。」
自信満々に言う声には信用性のかけらもない。
「さ、さあ、皆さま、私の商店はすぐそばです!」
手でさし示しても、男達の視線はちらちらとレオンに向く。
それもそうだろう。
輝かんばかりの美貌は今の彼らにとっては毒のようなものだ。
「彼は、用心棒のようなものです。なんせこの村出身ですから!」
やや仰々しく言えば、男達は浮かない顔をしながら着いてくる。
レオンに小声で伝えながら親指でサインを出す。
「……お前はいつもどおり裏で待てよ。」
「分かった。」
やや不満げな顔だが、この男が俺のお願いを破ったことはない。
店の専用個室に一人ずつ招いて、悩みを聞きながら必要な処方を行っていく。
そして最近村の外れにできた娼館の名刺をそっと渡す。もちろん、向いているお嬢さんの名前をメモした上で。
そう、最近“ルカ商店”の一番の目玉商品は――“自信がなくなったすべての男性へ”というキャッチコピーの精力剤だ。
“そうなる”理由など人それぞれだ。
そのため、相談内容から必要な漢方や魔道具なども併せてお勧めしつつ、自分の性癖と向き合せるといったことがじわじわと人気を呼び、今に至る。
ようやく最後の客を見送り終わって、うーんと背を伸ばした。
バックヤードを見に行けば、ソファで腕を組んで寝込む男がいた。
大柄なのに、器用なことだ。
「レオン。」
声をかけても起きる気配はない。
隣に座って、頭を撫でる。さらりとした紺色の髪が指を抜ける。
寝込んでいるし、もう少しそっとしておいてやろう――そう思って離れようとした途端、ぐいと引き寄せられた。
「……っ!レオ、」
抗議の声に唇を被せられる。
深く口付けられて、息継ぎができない。
「あっ、やめ……やめろ!!」
流れるように手を服の下に差し入れられて――頭突きでもって制止した。
「いてえぇぇ……」
それでも、呻いて頭を押さえるのは自分だ。だがレオンも頭を押さえているから、恐らく無傷ではない。
「何なんだよ、お前は突然。」
「……客へあんなに親身になる必要があるのか。」
「お前な……男ならどんだけ繊細な内容か分かるだろ。いい加減情緒を持て。」
「俺はルカ以外に立たないから分からない。」
「……やめろ。頼むから、普通の感覚を身につけてくれ……。」
うーんと悩む。
いずれ成長すれば何か変わるだろうと思った幼馴染は、勇者になって世界を救い終わっても変わらなかった。
綺麗な王女様も貴族様もたくさん見てきただろうに。どこで間違ったんだろうか。
こんな辺鄙な村に居着いているのも、それ以外ではレオンが納得しないからだ。
よく許されているなと思うが、同じ勇者パーティーの天才魔導士も速攻で引退していたから、意外と自由なのかもしれない。
ここに居着く理由は今の発言の通りだ。
いつまでも俺に固執している原因など、全くもって分からない。
お互い孤児だったから距離が近かったのは事実だけど、逆に言えばそれくらいしかない。
ただ、お陰でこの村に兵士団が作られて、守りが強固になって助かっている。
「にーちゃん!」
トトとニノがこちらに駆けてくる。
可愛らしい手のひらを差し出してきて、
「「お金ちょうだい。」」
可愛くないことを言う二人は、村でも一番のマセガキだ。
「おー、お前ら。今日もいいサポートだったぞ。」
それぞれに午前分の駄賃を載せて頭を撫でる。
「俺も貢献してる。」
レオンがぶすくれたように言う。
「なに、英雄様は金とか有り余ってんじゃないの。」
「金はいらない。」
その一言で何を望んでいるか分かってしまう自分が怖い。
「お金が一番なのにねー。レオ兄は変わってるね。」
「ねー。」
そんなことを言う子供だって変わっている。
「大人になれば分かる。金なんかどうにかなる。」
ならねーよ。お前以外は必死に小銭稼いでんだわ、と心の中で突っ込んだ。
自分が情けなくなりそうなので言葉には出さない。
ちっぽけな男の矜持だ。
「ふうん。」
「ルカ兄も変わってるよ。自分の店への案内じゃないのに、僕たちに“おきゅーりょー”渡すんだもん。」
聞き捨てならない言葉に首を振った。
「いいか。俺がやっているのはこの村の活性化だ。酔狂でやってんじゃない。こういうのは、いずれ回り回って俺の金に化ける。そういうことだ。」
レオが背中にのしかかってくる。
「俺にも返還してくれ。村の広告塔もやってるだろ。」
思わずすっと視線を逸らした。
勇者で英雄の男に払える対価なんてどこにもない。
「……お礼はルカの身体でいいよ。」
ぼそりと低い声で呟かれて、身体を押し除ける。
「……お前。ほんとやめろよな、そういうの。」
「やめない。」
こういう時に、まっすぐ見てくる瞳が苦手だ。
「ルカ兄まっかー」
「まっかー」
「うるさい。」
トトとニノがこそこそと話す。
「大人なのにねー」
「ねー」
「お前ら、このやろう。」
二人の頭をぐしゃぐしゃに撫でると、きゃっきゃと笑う。
ませていてもしっかり子供だ。
この流れでレオンへの報酬は誤魔化してしまおう。
「飯でも食べるか。」
「たべるー!」
「べるー!」
「昨日の残りのシチューがあるから、ちょっと具材を足してパイにしよう。」
「俺も食べる。」
「……お前、午後訓練なんだろ。ギリギリになるぞ。」
「いい。」
レオンの拗ねたような表情に思わず笑ってしまう。
なんだかんだ、俺だってこいつには甘いのだ。
頭を撫でると嬉しそうな顔をして顔を擦り付けてきて、すこし心臓が跳ねる。
「――っ、午後分の甘味も作らないとだから、なるべく急いで準備する。お前眠そうだし、それまで寝ておけよ。」
「んー……ルカのベッドで寝ていい?」
「……勝手にしろ。」
匂いがする方がいいとか、変態的なことを言っていたのは忘れることにする。
ねだられると何でも許してしまいそうになるのは、こいつの特技とも言える。
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