【完結】お願いします。探さないでください。

香澄京耶

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ep2 置き手紙を置いた日

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 午後の兵士訓練は、レオンを一目見たいお嬢様方で溢れている。
 最初は邪魔になると嫌がっていた兵士達も、綺麗どころが集まり、しかもそれがもとで交際に至った兵士が二組も出てくると、気合が入るようになってきたらしい。
 今では歓迎されている。単純で大変助かることだ。

 テキパキとパラソルを組み立てる。

「お嬢様方、日陰がないと大変でしょう。いくつか組み立てますので、どうぞご活用くださいね。」

「まあ。ありがとう。」
 
 あらかじめ組み立てていてはいけない。
 あくまでここで組み立てるのがいい。自分のために動いた人間への評価は若干甘くなる。

「よろしければ、冷たい甘味はいかがでしょうか。よく合う飲み物もありますよ。」

 パラソルの椅子に腰を落ち着けた彼女達に、ぱかりと手元の箱を開く。
 氷の上にのった菓子は冷たく、見た目にも華やかに見えるように作ってある。
 氷は勇者製だ。なんだかんだ協力的なのは俺に甘いからかもしれない。

「あら、美味しそう……」
「でも、テーブルもカトラリーもないのに……」
 もじもじとためらう少女達にそっと呟く。

「こうしてくるっと紙で巻いて、手元で食べるのですよ。先日、とても高貴な身分の方がいらっしゃいましたが、ご好評いただけました。」

「そういえば、先日公爵様が――」
「王女様もいらっしゃったとか噂で――」

 誰とは言っていない。彼女達の勝手な想像は自由だ。

「わたくし、食べてみたいわ。」
 一人が勇気を出して声を上げると、「私も」と声があがる。
 
 そうそう。みんなで試せば怖くない。
 俺はただニコニコと無害そうな顔をしていればいい。

「さあどうぞ。」
 
 受け取った彼女達が、えい、と気合いを入れて口にするのが愛らしい。

「……まあ!美味しいのね。」
「ほんとう!」

 そうだろう、そうだろう。
 売れると思って隣国の人気店のレシピを買い上げた甲斐がある。

「隣国で流行っているクレープといいます。こういうものに挑戦できるのも、旅の醍醐味ですよね。」

 にっこりと笑うと、こくこくと彼女達が頷いた。
 
 途端、がきん、と大きな音が鳴る。
 見なくても分かる。間違いなくレオンだ。
 何か気に障ったようだから、これ以上ここにいるのはまずい。
 
「……勇者様も張り切ってるみたいなので、ごゆっくりどうぞ。」

 そっと離れて、木陰に座り込んで売り上げを数える。
 うーん、貴族相手の商売はたまらない。
 ほくほくとした気持ちで昼寝でもするかと寝転がった途端、耳に届いた足音に薄目を開ける。

 ――またか。

 想像通り、村娘三人衆がこちらを見下ろしていた。

「ルカ!」
「……なんだよ、俺眠いんだけど。」
 
「あんたのせいで、またレオンに断られたんだけど!」
「そーかよ。」
 
「独占しないでよね!」
「レオンに言え。」

 ぐっと黙った顔を見て、そろそろくるぞと思う。

「言っても、私のことなんか興味ないのよぅ……!」
「泣かないでよ、皆そうだから。私だって。」
「レオンは、ルカ以外興味ないってぇ。」

 ほら、泣いた。
 あーと頭をかきながら、それぞれのあたまを撫でてやる。

「分かった分かった。悲しいよな。好きなんだもんな。」

「「「好きなのよ~!」」」

 小さい頃からレオンを追いかけ回していた三人は、いまだにレオンのことを諦められない様子だった。
 勇者相手では流石に叶わぬ恋だと、いったんは諦めようとしたものの、レオンがこの村に戻ってきたことで再燃したようだ。

「はいはい。つらいな。泣くなよ。せっかく可愛い顔してるのに。」
 
「……ほんと?」
「ほんと。ミナの小さい手も、どんぐり色の大きい目もかわいい。」
 
「ね、私は?」
「ユーリのそばかすも、くるくるした赤い髪もかわいいよ。」
 
「私は?!」
「リンネの綺麗な耳も、吊り目がちな青い瞳もかわいい。」

 うーっと三人でうめいて、はー、とため息を漏らす。
 ねだる割に褒めても少しも嬉しそうじゃない。なんて失礼な奴らだ。

「分かってるのよ……。レオンに断られて、こうしてルカに文句を言いにきて、なぜかルカに癒されて、レオンにまた……地獄よ。」
「俺の時間を使っておいて地獄とか言うな。」

「あんたは、いい奴よ……それは認める。」
「そりゃどーも。」

 うんうん、と皆で頷いて、リンネがばっと顔を上げた。

「ルカは、……どうなのよ。」
「は?」

「恋人とか。」

 少し赤くなった頬で問われて、おや、と思う。
 これはあれか、手近なところで済ませようと思ってきたやつか。
 失礼だからもちろん言わないけども。

「俺ねえ……? まあ……そこそこ金貯めたら王都に行って、そこそこの商売しながら、そこそこの相手を見つけて、そこそこの結婚をしようかな。」

「あんたって、がめついわりに夢がないわね……。」

 途端、冷めたような目線がこちらを見る。
 ほらな、そんなもんだ。
 色恋なんて、そんなもの――そう思っていたら。
 
 周囲の温度が下がった気がして、肩が震えた。
 がたがたと震える三人を見て気のせいじゃないと思う。

 
「――なんて言った、いま。」

 
 地を這うかのような低い声。
 これは、完全に怒っている時の声だ。

「じょーだん、俺のささやかな夢に何怒って――」

 なるべく明るい声を出して振り返って――ひゅっと喉が鳴った。

「許さない。」

 レオンの昏い瞳がこちらを見てきて固まった。
 
「ルカ。ちゃんと答えろ。」

「……なにを。」

 なんとか声を捻り出した。
 油断したら震えそうなくらいの圧を感じて、これは本気でまずいかもしれないと思う。

「ルカ。」
 危険信号が出るほどの圧なのに、近づいてきた泣きそうな顔に絆される。

「……なぁに、泣きそうになってんだよ。」
 頭を撫でると、少し威圧が解けてほっとする。

「レオン、夜に話聞いてやるから。取り敢えず訓練に――」
 
「いやだ。」
 
「あ?」

「今日は、絶対に許さない。」
 
 ――え、もしかしてさっきの、本気で地雷だったのか?

 担ぎ上げられて慌てる。

「え、お前訓練は。」
「今日は早退する。」

「いや、そんなん……」
「俺、この村にいるのが奇跡みたいな存在だし、すごく融通効くから。」

「お前……自分でそれ言うか……」

 たぶん、こうなったら何を言っても話を聞かない。
 抵抗は諦めて大人しく運ばれた。

 ――が。
 まさかその行き着く先がうちのベッドだとは思わない。

 熱のこもった瞳に目的が分かって腰が引けた。

「落ち着け。」

「落ち着かない。」

 深い口付けが降りてきて、息が上がる。

「ふっぁ……っは、っぁ……」

 これは、流石にもう逃げられないかもしれない。

 本気を感じて見上げた先の瞳が強くて固まった。

 濃い碧の瞳が真剣にこちらを見下ろしてくる。

「お願い、俺を受け入れて。」

 それは、ずるい。
 幼い頃のような口調で。
 あまりにも必死な顔に思わず受け入れてしまった俺のことを、たぶん誰も責められないと思う。
 

「ルカ……っ」
 何度も名前を呼ばれて、熱い手のひらが何度も体を滑った。

 好きだ、愛してると繰り返し言われて。

 頭の神経が焼き切れたような気持ちになって――結局、俺の我慢も効かなくなった。
 
 何度も。口付けも、相手が打ち付けてくる熱もねだって、はしたなく喘いで。
 もっと、と強請ればねだるだけ与えられて、お互いの荒い呼吸に酷く酔って――

 要は、冷静ではなかった。

 ――まあ。その分。翌日に冷静になるわけで。
 
 あんなもの、獣と一緒だ。
 自分がちょろすぎて泣きたい。
 
「はー……」
 
 レオンのように無尽蔵な体力などないから、途中から記憶が曖昧だ。
 それでも、唸るような熱が自分の中に何度も入っていたことはちゃんと覚えている。
 ぞくりと快楽が蘇りそうで、腕に爪を立てた。

 こいつを拒否したいわけじゃない。
 どこまでいっても普通の俺では相応しくない――そう思うだけだ。

 こうなってしまった以上、俺にこれ以降の関係を拒否する自信はない。
 けれど、なし崩し的にこいつの未来を奪いたくはなかった。
 
 だってこいつは世界を救った勇者だ。
 いつまでもこうしてはいられないだろう。

 満足そうにすやすやと眠る藍色の髪をさらりと撫でる。
 鍛え上げられた肉体の胸元に吸い付く。残った赤い跡を撫でた。

 「あほらし……」
 
 ぴくりと多少の反応はしても、レオンが起き上がる様子はない。
 先ほど焚いた睡眠作用のある香がよく効いている。

 もしこうなってしまったらと、あらかじめ何もかも用意していた俺は、随分賢いんじゃないだろうか。
 恐らく、いつまでも求められることを拒否できないと、俺は分かっていたのだ。
 
 ――つまりは。
 こうなる前に去ることができなかった、ただの弱い大人ということでもあるわけで。
 
 きっと俺がいようが、いまいが。
 英雄のレオンは、いつかどこかのオヒメサマとハッピーエンドを迎えて、俺のことなんか簡単に忘れられる。
 
 手紙を置いて、荷物を持って家を出た。
 
 これまでのノウハウは村の皆にも伝えてある。
 “何でも屋ルカ”の薬は用意できなくても、それ以外に天然温泉や土産物という需要はちゃんとあるから大丈夫だろう。

「達者でな。」

 俺はその日、村を出た。

 『お願いします。探さないでください。』という手紙と共に。
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