【完結】お願いします。探さないでください。

香澄京耶

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ep3 逃亡生活

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 辻馬車を乗り継ぎ、少し遠回りして森に立ち寄る。

「ばーちゃん!」

「ばーちゃんと呼ぶな!ジェシカ様と呼べ!」

 威勢の良い声に笑う。
 多少皺があるくらいで綺麗な顔をしているが、御年いくつなのかも分からない伝説の魔女である。
 ひょんなことでここに辿り着いてから、可愛がってもらっている。

 うちの主要製品の調合方法や薬品の目利きを全部教えてくれた、恩深い人物でもある。

「ばーちゃん、俺しばらくこの辺から離れるから。」
「なんだ、レオ坊かい。」
「……うん。」
 やっぱりこの人に誤魔化しはきかない。

「はあー。あんたらはほんと。諦めてくっつきゃ良いのに。」
「無理だよ、俺一般人だし……」
 
「あんたが一般なもんかね。……まあ、好きにしたらいいさ。選別にこれやるよ。」
「なにこれ。」
 ジェシカに渡された薬を目の前で振る。

「素直になれる薬。」
「嫌味かよ。いらねー……。でもまあ、ありがと。じゃーな、ばーちゃん。」

「達者でな。」
「それ、俺もさっき言ったわ。」
 
 たぶん、俺の口の悪さはこのばーさま譲りだ。


 ***

 
 辻馬車を乗り継いで一週間ほど。ようやく辿り着いた隣国は、気候もよく海の幸も美味しい国だった。

 思いつきで来たけど、わりと満喫している。
 少し旅行気分で、一ヶ月くらいは休暇だと思って遊び回ることにした。

 初めのうちは美味しい屋台を回って、観光地も巡って。
 本当に食べて寝て遊ぶという生活サイクルだったのだけど。
 
「なるほど、なるほど。それでお悩みだったわけですね。」
 いつの間にか、相談屋を始めていた。
 
 きっかけは、一ヶ月前。
 恋に狂って犯罪にでも手を染めそうな雰囲気の少女が気に掛かり、相談に乗り始めたのがきっかけだ。

「わたし、本当にあの方が好きなのです。」
「そうだね。この間もそう言ってたね。」

「でも、私の愛は受け入れられなくて……!」
「つらいね。今日は彼のために何をしたの?」

「お菓子作りと、えっと、家に行って朝の挨拶と、手紙を。」
「それは嫌がられたからやめるって約束したでしょー。」

「だって、だって、」
「そうだね、好きだから抑えられないんだよね。」

 わあん、と泣く少女の頭をぽんぽんと撫でる。

「自分のやりたいことじゃなくて、相手の気持ちを考えようか。」
「だってぇ。」
 
「こら。それができなきゃ、本当に好きだって言えないぞ?」
「……ごめんなさい。」

「謝れてえらいね。もうちょっとだけがんばろ。」

 なんとか犯罪者にならないよう軌道修正し続けていたら、何故か相手の男性と上手くいったと一緒に報告に来た。
 まじか。執着系女子なのに大丈夫か、とは思ったが、今さら無粋なことは聞かない。
 自分のことに一生懸命な彼女に心打たれたらしい。――ものはいいようだ。
 
 そこから噂が立って、いつの間にか商売になってしまい。
 あんまり目立つのもなーと思いながら、なんとなく小さな店舗を借りてしまって今に至る。

「次の人どうぞー。」
 
 暇つぶしにやり始めたはずなのに、カルテが溜まってきた。
 ぺらりと予約表をめくって名前を見て、ぎょっとする。

「もしかして……」

 薄布を捲って目の前に座った存在に息を呑む。

「ごめんね、仕事中に。あの男がうるさくて。」
 ふああ、と眠そうな顔でこちらを向く。何度か会ったことがあるから知っている。
 地味なローブを着ていても、隙間から覗く淡い銀髪と青い瞳の美しい容貌は隠せていない。
 勇者パーティーの天才魔導士――英雄セフィルだ。

「なぜここに、セフィル様が。」

「単なるレオンからの伝言だよ。
 まさか、うちまで頼みに来るなんてよっぽどだったからさ。
 昔世話になったし――ああ、大丈夫。君の居場所は彼に伝えてないよ。」

 セフィルは魔法具を取り出して俺に見せるように操作する。

「ここを押したら、再生されるから。」

『ルカ。ごめん……。』

 切ない声に、胸が苦しくなる。

「……同じところを押すと停止ね。続きは自分で聞いて。はい、相談料。」
「まさか!届け物をしていただいただけなのに、相談料なんていただけません。」
「仕事の時間を使った対価だよ。受け取って。」

 ふっと笑うセフィルは、いつも常識人だ。
 
「君に、少しだけ話すとね。
 英雄と呼ばれてる僕は、あれ以降魔法も使えないんだ。なぜだか、分かる?」

 首を振ると、感情の読めない瞳がこちらを向いた。

「僕はあの時、大切な人を亡くしてしまって。
 だからじゃないけど。
 あんな君のことしか考えてない激重勇者でも、君に思う部分があるのなら、もう一度会っておくことをおすすめするよ。
 個人的には、うざったそうでおすすめできないのが難点だけどね。」

 じゃあね、と言って去っていったセフィルの背中をぼんやり見つめる。
 少しの間、手元に残った魔法具を眺めて――結局、再生ボタンを押した。

『本当に、ごめん、もう何も無理強いしないから。
 近くにいて欲しい。嫌なら、俺のそばでなくてもいい――
 ただ、俺が分かる場所で生きてさえいてくれたら――。
 愛してるんだ。お願い、ルカ。お願い――』

 子供の頃みたいな口調だった。
 そもそも無理強いなんてされていないし、“分かる場所限定”って何だそれ、と思って、でもレオンらしいと納得する。

 最後の言葉が妙に痛々しくて、どうしようかと悩んでしまう。
 あいつのお願いは大抵聞いてきたけど、今回ばかりはわけが違う。

 悩んでいても仕方がない。まずは仕事だ。

「次の人どうぞー。」

 にこやかに次の人を促した。

 『僕はあの時、大切な人を亡くしてしまって。』

 セフィルの言葉が頭にこびりついた。
 俺は、レオンがもし死んだら、何を思うのだろうか。
 そんなこと、前から考えてはいたけども結論が出たことはない。

 
 ***

 
 なんだかんだ悩みつつ日常をこなして、飲み物を思わず吹き出したのは、新聞を読んでいた三日後の朝のことだった。

 ――英雄レオン、登城拒否!

「勇者様、登城拒否なんて……ルクシア国との関係性が悪いのかしら。」
「大魔導士様も一線を退かれたというし……。」
「もし今何かあったら、どうなることか……。」

 不安に満ちた噂に、胃が痛くなる。
 まさか、俺のせいじゃないだろうな……。
 
 まさかな、と、ははっと内心で笑っていた思いは、翌日の続報で打ち破られた。

 ――英雄レオン、登城拒否の理由は行方不明の恋人を村で待つため……?!

 名前は“ルカ”という噂と書かれていて、正直ぶん殴りたい。
 新聞社に手紙で四分の一面の広告依頼を出した。
 
 『無理強いされたとは思ってない。
 お前が自分の仕事を全うしないんだったら、頼まれても帰らねえ。』

 宛名も何もないから、ただ文字だけが載るが、きっとレオンは気づく。
 通常の広告費よりやや多めに小切手を切ったから、不審な依頼でも近いうちに掲載されるだろう。

 我ながら整えもしない文章をよく依頼したものだと思う。
 まあ貴族様はこういった新聞を読まないだろうから、たぶん大丈夫だ。
 
 この国の支社に依頼を出したから、居場所がばれることは見越している。
 
 店舗に休業のお知らせを貼り、相乗りの馬車に乗った。
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