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ep8 逃亡と休息
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久方ぶりの陽光が、頼りない身体に静かに降り注いだ。
外気が、“生きている”と実感させた。頬を撫ぜる風がひどく心地いい。
筋力は衰えたが強化魔法で駆け抜ける事のできる今に、感動すら覚えた。
ふいに、薄い気配が並走してきた。
ずっと近場で見張っていたのだろうか。今はその存在が心強い。
リオは呆れるほど変態じみた行動もするが、人の嫌がる事はしないと分かっている。
「生きてた!」
久しぶりに会った第一声がこれだ。こいつは本当に遠慮も配慮も知らない。
それでも、気の置けない人間と話せているというだけで、気持ちが安らぐ。
「どれくらい経った?」
「二ヶ月と半分!……ほんとに、死んだかと思ったんだよ。
場所の当たりはつけたけど、どうしても気配が掴めなかった。生きててよかった。」
「かろうじて、だ。――王城なのは分かるが、どこにいるのか分からん。案内してくれるか。」
王城にあんな一室があるなど、誰も知らないに違いない。
あれは、歴代の王族が隠し続けてきた闇であって傷なのだろう。今後一切関わり合いたくはないものだ。
騎士団の現状は気掛かりだ。
だが、その前に――まずは自分を立て直す必要がある。
ようやく屋外に出て、ひどく眩しく感じる陽の光に命の源を感じた。
――生きて、自分の身体が自由に使える。
それにどうしようもない衝動と、喜びを感じた。
「だんちょー、どこに行くの!」
「まずは逃げる」
走り抜けて、辿り着いた先にリオが不満そうな顔をした。
「……国内じゃん。それも、すぐそば。
あーあ、だんちょーと国外旅行出来ると思ったのにー。」
城下町の端の多少治安が悪い地区。それがカイルの選んだ場所だった。
王城と目と鼻の先の宿を拠点に選んだからか、リオが頬を膨らませている。
「灯台下暗し、だ。王妃にも国外と言ったし、暫くはこれで誤魔化せるだろ。」
「だんちょーって、ほんと豪胆だよねえ……」
調度品少ない簡素な作りの宿が庶民の身に馴じむ。
質素だが、石造りのしっかりした宿は、安心して過ごせそうだった。
不意に、リオの灰金の瞳が、真剣味を帯びてこちらを見つめた。
「ねえ、だんちょー、何があったの。
俺でも追えなかった。なんで、そんなに痩せて――」
「リオ。大丈夫だ。」
安心させるように頭を撫でる。
正直、頭は混乱している。
解放された高揚も混じって、冷静な判断はできそうになかった。
だが、それをリオに見せるわけにもいかない。
あの期間に感じた恐怖も、背筋が凍るほどの怖気も――誰にも言えるはずがない。
結局、最後まで対処しきれなかったのは、自分の判断の甘さだ。誰のせいにもする気はない。
だが、それを器用に捌けない自身を多少許すくらいには、アルセインも、もはや“通常”ではなかった。
「大丈夫だ。俺は“ここにいる”。――置いていかない。」
困ったような目線がこちらを向いた。
「今、お前と話せる現実に心底感謝してる。……心配、してくれたんだろ。ありがとな。」
言えば、リオは瞬く間に涙を溜めた。
今一番傷ついているのは、自分よりもリオだろう。思えば、顔を合わせない日など、今まで一度もなかった。
「泣くな。悪かった。不安だったんだな?」
「だって。だんちょー、あの時、死んじゃうんじゃないかって。だって、血だらけだったし。」
「そう簡単に死ぬタマに見えるか?」
はっと鼻で笑って言えば、リオも笑ってぽろぽろと涙を溢した。
「置いていかねえから、お前も死ぬなって、昔言っただろ。」
「うん、……うん。」
しがみ付いてくる腕を解こうとは思えなかった。
リオが落ち着くまで背中を軽く叩いてやれば、暫くして、すんと鼻を鳴らした。
「これからどうするの。」
「そうだな――まあ、まずは飯だ。」
「え、この状況で食欲あるの。」
信じられないような視線を感じて、当たり前だ、と返す。
食事と睡眠は身体の資本。
健康な精神はまず肉体と正しい鍛錬から――口酸っぱく教えている第三騎士団の掟だ。
宿屋の食堂に降りて、消化が良さそうな食事を頼む。
胃が縮んで消化も弱っているに違いない。固形の肉を食べたら戻しそうなのが残念だ。
周囲が見渡せる壁伝いに備え付けられた横並びのカウンター。
天井の高い食堂を話す場所として選んだのは、“聞き耳”を警戒しての事だ。
幸い、混雑している時間ではなく、人影もまばらだ。厨房からも離れているため、会話を他人に聞かれる恐れはない。
王妃のお陰で、王城から着いてくる気配は無いようだったが、それでも警戒するに越した事はなかった。
「リオ。一朝一夕で作れないものが、何か分かるか。」
唐突に話しかけると、意図が分からず微妙な表情をしたリオに、口の端を上げる。
「肉体だ。人間の身体は、怠けた分だけ確実に離れていく。」
身体というものは、正直にできている分、答えが明白だ。
何もかもを捨て、それだけに生きてきた。
だからこそ、あの日々は――積み上げてきた自分を丸ごと削られていく感覚だった。
命を脅かされるよりもそれに恐怖を覚えるのは、積み上げてきた者にしか分からない痛みなのかもしれなかった。
「作り上げた肉体を奪われたのが、今、一番腹が立っている。だから、食べて、太って、筋力を戻す。」
「ねえ、だんちょー…。俺、なんでいま、筋肉の話を聞いてるの。本当に分かんない。もっと危機感もって。」
リオは呆れたように、ため息をついて――しばらく置いて、小さく呟いた。
「助けに、行けなくて……ごめん。」
優しい子だ、と思う。中々気を許さない一方、気を許せばひどく情に熱く寂しがりやだ。
「あれは誰も無理だ。相手は国のトップだぞ。お前が気にする事は何も無い。」
権力にどう対処するか。
答えは出ない。だから今は、体力を戻す事を優先するほかなかった。
食事も終わって落ち着いた頃、なんでもない会話を装って、リオに聞いた。
「お前でも分からない“もの”はあるか。」
感覚が鈍っている可能性を感じてそう問い掛ければ、瞬時に意図を察したリオはただ首を振った。
「王直属の暗躍部隊が居てな。今日は足止めされてたが、あいつらは結構面倒だ。
国外に行こうとすれば、多分明日には捕まる。」
「……“王族の血”が原因?」
驚いた。この男の優秀さに心底舌を巻く。
関わった際にカイルも調べたから分かるが、あれは王族の闇だ。それなりの立場があるカイルと違って、リオが辿り着けるのは容易でないと分かっている。
「凄いなお前――過去一驚いてるぞ、俺は。」
「だって、あの王様の目、前から異常だったもん。」
そう言って、リオは少し迷った素振りを見せながら続けた。
「あの日……第一の団長がだんちょーを連れて帰った時ね。
すぐに王様が来て、治療はこっちでするって連れて行ったんだけど――。
バッドトリップを起こしかけてるって聞いた途端、『良いことを聞いた』って笑ったんだ。様子が、完全におかしかった。」
「あのやろう……」
――バッドトリップ、わざと起こしやがったな。
錯乱状態になれば、治療に年単位でかかる事もあるというのに。故意にやった動機は明白で、到底許せる行為ではない。
「殺す?王様。」
なんでもないような口調で、リオが言った。
「仮にも国のトップ相手に、お前な……」
リオの頭に手を置いて、考える。
邪魔な奴は消す、そういった感情で育てられたリオが、通常の感覚など持っている筈もない。
意見を聞くだけ、改善した方だ。
もとより、狂気と愛嬌の合間に居るのがこの男だ。
妙に懐かれているのも、愛情に飢えた彼のどこか親鳥めいた感覚でしかないと思っていた。
「まず、むやみやたらに殺そうとするな。
騎士団に戻れる方法を考える。
ま、解決出来なければ、最悪国外で傭兵か冒険者だな。」
「なにそれ、楽しそー。俺も行っていい?」
「どうせ勝手に着いてくるんだろ。」
それも確かに楽しいだろうが――今まで積み上げてきた団長としての未練が諦めを許さない。
だが、現時点では打開策がない。
「今捕まったら、今度は足でも切り落とされて飼い殺しにされそうだしな……」
「そこまで?」
「そこまでだ。」
リオは少し考えたそぶりを見せて、「王様に会ってみようかな」と言った。
「正気か、お前。」
「うん。話してみたくなった。なんか、ちょっと気持ち分かるし。」
無意識に隣の存在から距離を取った。
「あーそういうの傷つく。俺は“りせー”あるよぉ。」
「……どうだか。」
長い付き合いと愛嬌で忘れがちだが、中身はアルセインと同類のようなものだ。
「だんちょーってば、強いのに隙があるのが悪いんだよ。」
だから、隙ってなんだ。
何でこうも変態は人のせいにしたがるのか。理解に苦しむ。
「……俺の傍だから、何となく彷徨いても許されていたが、陛下の傍となれば流石に首が飛ぶ。やめておけ。」
「逃げ足早いからだいじょーぶ。」
「俺に捕まった奴が良く言う。」
リオがむくれて口を尖らせる。
「だんちょーは規格外。あ、第一の団長もね。」
その言葉に無意識に息を呑んだ。
心の隅に押し込めていたものを、無遠慮に押されたような気分だった。
思わず眉を寄せる。
郷愁の念にも近い感情が胸を過ぎる。
馬鹿みたいに騒ぐ部下達が、ひどく懐かしい。
あいつらは、ちゃんと任務にあたれているだろうか。
困って、また情けない顔をしていないだろうか。
団長の不在は、彼らの負荷になっていないだろうか。
「……騎士団は、どうなった。」
苦い思いを押し殺して言えば、リオは首を傾げながら顎に手を添える。
「俺はだんちょーを探してたから、よく、分かんないけど。
第一と第三は合同のままで、第一の団長がまとめてるみたいだよ。」
少しほっとする。ルシオンが纏めているなら乱れることはないだろう。
揺らがない獅子の男に、ほんの少し嫉妬を覚えたのは、弱りきった今の自分に苛立ちがあったからだろうか。
どう抜け出すか、まだ皆目見当もつかない。だが――隙を突くのが戦いの基本だ。
今は、せめて身体を作り直すことに集中するしかない。
「……寝る。あの男の傍では熟睡出来なかった。
暫くここに居るから、お前は好きにしろ。室料は二人分払っておく。」
呼ばれずとも頻繁に来るような奴だ。見咎められて宿を追い出されては敵わない。
「りょーかい。今日は、俺も行くね。」
「おう。……騎士団には接触するなよ。下手に巻き込むとややこしい。」
その言葉に、リオが少し眉を寄せたのは、地下組織の件で彼らと接したからかもしれない。
心配してくれているだろう団員達に、黙っている事が心苦しいと、そう思っている顔だ。
人間らしい感情に、笑みが溢れた。
「お前も成長しているな。」
頭を撫でれば、良く分かっていないような顔でこちらを見上げてくる。
「緊急であれば起こして構わないから、自由にしていろ。」
後ろ手にひらひらと手を振った。
自室のベッドに倒れ込めば、すぐに睡魔が襲ってきた。
風呂に入りたかったが、体力がもう限界だった。
暇がなかった分、金は溜め込んでいる。
そもそも、明日身体が使い物にならなくなるかもしれないという環境に身を置いていれば、不用意な消費は避けざるを得なかった。
宵越しの金を持たない人間も多い中、少数派かもしれなかったが、今それに助かっている事を思えば、行いは正しかったに違いない。
とにかく、暫くは精神を休めたかった。
我慢していた高価な甘味を買うのもいいかもしれない。
甘さでもなんでも、現実を実感させてくれるのなら、何でもいい。
微睡みながら、そんな些細なことを思って。
胸の奥がようやく静かに息をしはじめた気がした。
外気が、“生きている”と実感させた。頬を撫ぜる風がひどく心地いい。
筋力は衰えたが強化魔法で駆け抜ける事のできる今に、感動すら覚えた。
ふいに、薄い気配が並走してきた。
ずっと近場で見張っていたのだろうか。今はその存在が心強い。
リオは呆れるほど変態じみた行動もするが、人の嫌がる事はしないと分かっている。
「生きてた!」
久しぶりに会った第一声がこれだ。こいつは本当に遠慮も配慮も知らない。
それでも、気の置けない人間と話せているというだけで、気持ちが安らぐ。
「どれくらい経った?」
「二ヶ月と半分!……ほんとに、死んだかと思ったんだよ。
場所の当たりはつけたけど、どうしても気配が掴めなかった。生きててよかった。」
「かろうじて、だ。――王城なのは分かるが、どこにいるのか分からん。案内してくれるか。」
王城にあんな一室があるなど、誰も知らないに違いない。
あれは、歴代の王族が隠し続けてきた闇であって傷なのだろう。今後一切関わり合いたくはないものだ。
騎士団の現状は気掛かりだ。
だが、その前に――まずは自分を立て直す必要がある。
ようやく屋外に出て、ひどく眩しく感じる陽の光に命の源を感じた。
――生きて、自分の身体が自由に使える。
それにどうしようもない衝動と、喜びを感じた。
「だんちょー、どこに行くの!」
「まずは逃げる」
走り抜けて、辿り着いた先にリオが不満そうな顔をした。
「……国内じゃん。それも、すぐそば。
あーあ、だんちょーと国外旅行出来ると思ったのにー。」
城下町の端の多少治安が悪い地区。それがカイルの選んだ場所だった。
王城と目と鼻の先の宿を拠点に選んだからか、リオが頬を膨らませている。
「灯台下暗し、だ。王妃にも国外と言ったし、暫くはこれで誤魔化せるだろ。」
「だんちょーって、ほんと豪胆だよねえ……」
調度品少ない簡素な作りの宿が庶民の身に馴じむ。
質素だが、石造りのしっかりした宿は、安心して過ごせそうだった。
不意に、リオの灰金の瞳が、真剣味を帯びてこちらを見つめた。
「ねえ、だんちょー、何があったの。
俺でも追えなかった。なんで、そんなに痩せて――」
「リオ。大丈夫だ。」
安心させるように頭を撫でる。
正直、頭は混乱している。
解放された高揚も混じって、冷静な判断はできそうになかった。
だが、それをリオに見せるわけにもいかない。
あの期間に感じた恐怖も、背筋が凍るほどの怖気も――誰にも言えるはずがない。
結局、最後まで対処しきれなかったのは、自分の判断の甘さだ。誰のせいにもする気はない。
だが、それを器用に捌けない自身を多少許すくらいには、アルセインも、もはや“通常”ではなかった。
「大丈夫だ。俺は“ここにいる”。――置いていかない。」
困ったような目線がこちらを向いた。
「今、お前と話せる現実に心底感謝してる。……心配、してくれたんだろ。ありがとな。」
言えば、リオは瞬く間に涙を溜めた。
今一番傷ついているのは、自分よりもリオだろう。思えば、顔を合わせない日など、今まで一度もなかった。
「泣くな。悪かった。不安だったんだな?」
「だって。だんちょー、あの時、死んじゃうんじゃないかって。だって、血だらけだったし。」
「そう簡単に死ぬタマに見えるか?」
はっと鼻で笑って言えば、リオも笑ってぽろぽろと涙を溢した。
「置いていかねえから、お前も死ぬなって、昔言っただろ。」
「うん、……うん。」
しがみ付いてくる腕を解こうとは思えなかった。
リオが落ち着くまで背中を軽く叩いてやれば、暫くして、すんと鼻を鳴らした。
「これからどうするの。」
「そうだな――まあ、まずは飯だ。」
「え、この状況で食欲あるの。」
信じられないような視線を感じて、当たり前だ、と返す。
食事と睡眠は身体の資本。
健康な精神はまず肉体と正しい鍛錬から――口酸っぱく教えている第三騎士団の掟だ。
宿屋の食堂に降りて、消化が良さそうな食事を頼む。
胃が縮んで消化も弱っているに違いない。固形の肉を食べたら戻しそうなのが残念だ。
周囲が見渡せる壁伝いに備え付けられた横並びのカウンター。
天井の高い食堂を話す場所として選んだのは、“聞き耳”を警戒しての事だ。
幸い、混雑している時間ではなく、人影もまばらだ。厨房からも離れているため、会話を他人に聞かれる恐れはない。
王妃のお陰で、王城から着いてくる気配は無いようだったが、それでも警戒するに越した事はなかった。
「リオ。一朝一夕で作れないものが、何か分かるか。」
唐突に話しかけると、意図が分からず微妙な表情をしたリオに、口の端を上げる。
「肉体だ。人間の身体は、怠けた分だけ確実に離れていく。」
身体というものは、正直にできている分、答えが明白だ。
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だからこそ、あの日々は――積み上げてきた自分を丸ごと削られていく感覚だった。
命を脅かされるよりもそれに恐怖を覚えるのは、積み上げてきた者にしか分からない痛みなのかもしれなかった。
「作り上げた肉体を奪われたのが、今、一番腹が立っている。だから、食べて、太って、筋力を戻す。」
「ねえ、だんちょー…。俺、なんでいま、筋肉の話を聞いてるの。本当に分かんない。もっと危機感もって。」
リオは呆れたように、ため息をついて――しばらく置いて、小さく呟いた。
「助けに、行けなくて……ごめん。」
優しい子だ、と思う。中々気を許さない一方、気を許せばひどく情に熱く寂しがりやだ。
「あれは誰も無理だ。相手は国のトップだぞ。お前が気にする事は何も無い。」
権力にどう対処するか。
答えは出ない。だから今は、体力を戻す事を優先するほかなかった。
食事も終わって落ち着いた頃、なんでもない会話を装って、リオに聞いた。
「お前でも分からない“もの”はあるか。」
感覚が鈍っている可能性を感じてそう問い掛ければ、瞬時に意図を察したリオはただ首を振った。
「王直属の暗躍部隊が居てな。今日は足止めされてたが、あいつらは結構面倒だ。
国外に行こうとすれば、多分明日には捕まる。」
「……“王族の血”が原因?」
驚いた。この男の優秀さに心底舌を巻く。
関わった際にカイルも調べたから分かるが、あれは王族の闇だ。それなりの立場があるカイルと違って、リオが辿り着けるのは容易でないと分かっている。
「凄いなお前――過去一驚いてるぞ、俺は。」
「だって、あの王様の目、前から異常だったもん。」
そう言って、リオは少し迷った素振りを見せながら続けた。
「あの日……第一の団長がだんちょーを連れて帰った時ね。
すぐに王様が来て、治療はこっちでするって連れて行ったんだけど――。
バッドトリップを起こしかけてるって聞いた途端、『良いことを聞いた』って笑ったんだ。様子が、完全におかしかった。」
「あのやろう……」
――バッドトリップ、わざと起こしやがったな。
錯乱状態になれば、治療に年単位でかかる事もあるというのに。故意にやった動機は明白で、到底許せる行為ではない。
「殺す?王様。」
なんでもないような口調で、リオが言った。
「仮にも国のトップ相手に、お前な……」
リオの頭に手を置いて、考える。
邪魔な奴は消す、そういった感情で育てられたリオが、通常の感覚など持っている筈もない。
意見を聞くだけ、改善した方だ。
もとより、狂気と愛嬌の合間に居るのがこの男だ。
妙に懐かれているのも、愛情に飢えた彼のどこか親鳥めいた感覚でしかないと思っていた。
「まず、むやみやたらに殺そうとするな。
騎士団に戻れる方法を考える。
ま、解決出来なければ、最悪国外で傭兵か冒険者だな。」
「なにそれ、楽しそー。俺も行っていい?」
「どうせ勝手に着いてくるんだろ。」
それも確かに楽しいだろうが――今まで積み上げてきた団長としての未練が諦めを許さない。
だが、現時点では打開策がない。
「今捕まったら、今度は足でも切り落とされて飼い殺しにされそうだしな……」
「そこまで?」
「そこまでだ。」
リオは少し考えたそぶりを見せて、「王様に会ってみようかな」と言った。
「正気か、お前。」
「うん。話してみたくなった。なんか、ちょっと気持ち分かるし。」
無意識に隣の存在から距離を取った。
「あーそういうの傷つく。俺は“りせー”あるよぉ。」
「……どうだか。」
長い付き合いと愛嬌で忘れがちだが、中身はアルセインと同類のようなものだ。
「だんちょーってば、強いのに隙があるのが悪いんだよ。」
だから、隙ってなんだ。
何でこうも変態は人のせいにしたがるのか。理解に苦しむ。
「……俺の傍だから、何となく彷徨いても許されていたが、陛下の傍となれば流石に首が飛ぶ。やめておけ。」
「逃げ足早いからだいじょーぶ。」
「俺に捕まった奴が良く言う。」
リオがむくれて口を尖らせる。
「だんちょーは規格外。あ、第一の団長もね。」
その言葉に無意識に息を呑んだ。
心の隅に押し込めていたものを、無遠慮に押されたような気分だった。
思わず眉を寄せる。
郷愁の念にも近い感情が胸を過ぎる。
馬鹿みたいに騒ぐ部下達が、ひどく懐かしい。
あいつらは、ちゃんと任務にあたれているだろうか。
困って、また情けない顔をしていないだろうか。
団長の不在は、彼らの負荷になっていないだろうか。
「……騎士団は、どうなった。」
苦い思いを押し殺して言えば、リオは首を傾げながら顎に手を添える。
「俺はだんちょーを探してたから、よく、分かんないけど。
第一と第三は合同のままで、第一の団長がまとめてるみたいだよ。」
少しほっとする。ルシオンが纏めているなら乱れることはないだろう。
揺らがない獅子の男に、ほんの少し嫉妬を覚えたのは、弱りきった今の自分に苛立ちがあったからだろうか。
どう抜け出すか、まだ皆目見当もつかない。だが――隙を突くのが戦いの基本だ。
今は、せめて身体を作り直すことに集中するしかない。
「……寝る。あの男の傍では熟睡出来なかった。
暫くここに居るから、お前は好きにしろ。室料は二人分払っておく。」
呼ばれずとも頻繁に来るような奴だ。見咎められて宿を追い出されては敵わない。
「りょーかい。今日は、俺も行くね。」
「おう。……騎士団には接触するなよ。下手に巻き込むとややこしい。」
その言葉に、リオが少し眉を寄せたのは、地下組織の件で彼らと接したからかもしれない。
心配してくれているだろう団員達に、黙っている事が心苦しいと、そう思っている顔だ。
人間らしい感情に、笑みが溢れた。
「お前も成長しているな。」
頭を撫でれば、良く分かっていないような顔でこちらを見上げてくる。
「緊急であれば起こして構わないから、自由にしていろ。」
後ろ手にひらひらと手を振った。
自室のベッドに倒れ込めば、すぐに睡魔が襲ってきた。
風呂に入りたかったが、体力がもう限界だった。
暇がなかった分、金は溜め込んでいる。
そもそも、明日身体が使い物にならなくなるかもしれないという環境に身を置いていれば、不用意な消費は避けざるを得なかった。
宵越しの金を持たない人間も多い中、少数派かもしれなかったが、今それに助かっている事を思えば、行いは正しかったに違いない。
とにかく、暫くは精神を休めたかった。
我慢していた高価な甘味を買うのもいいかもしれない。
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