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この世界を作り出した存在、MBT、エモーショナー、ホログラムを開発した人物とありとあらゆる全ての元凶。
それは僕自身だった。
「私が、この世界のスーパーユーザー的存在、鈴波海人だ」
途轍もなく巨大な獣に今にも襲われているかのようで、体が思うように動かなかった。目の前にこの世界の創生者が立っているなんて、信じられるわけがなかったからだ。
「どうして……その名前を知っているんだ……」
「不可解極まりない質問だな。私は自己紹介をしただけだというのに、その行為が不自然だと?君は他人の名前を聞いて一々リアクションを取るのか?」
リアクションを取るもなにも、それは僕の名前だからだ。たとえ同姓同名の人間がいたとしても感情思念センターの最高責任者である確率などあまりにも低すぎる。だが、事実、彼は僕の名前を口にしたのだ。
「そういや、ミユは………」
「ああ、そこの少女なら少しの間、仮眠状態に入ってもらったよ。ここから先は君と僕との二人きりで話をしたいからね」
いつしか僕の背後に回っていたミユは膝を折るようにして床に倒れこんでいた。すかさず駆け寄ってみると、彼の言っている通りただ眠っているだけだった。
「肩を揺すっても無駄さ。彼女には私のパスであくまで停止させているにすぎないのだからね」
「停止………?」
聞きなれない言葉だった。どうしたって、それは人間に使うような言葉ではなかったからだ|。
しかしそんな僕の問いが壺にはまったのか、黒一色の男は不意に笑い始めた。けたたましい雄叫びのような声音で。
「まさか、それを知らずにここまで来たと言うのかい?この世界で何が起こっているのか、曖昧ながらに」
「それはさしずめ、貯金していない口座から金を引き出そうとするほど愚かな行為だ」
さっきから何を言っているんだ。ミユが停止?この世界の構成物?
「この世界の構成要素は全て、ホログラムで出来ているんだ|」
「信じられるわけがない。そんなことを考えている顔だな」
男は僕よりも高い位置に立っているためか、余計に愚かそうに見つめている気がした。
「確かに噴水や花畑もホログラムで形成されていたけれど……僕自身は」
「それは体験しているからこそ言えることだな。なら証拠を突きつけようか。君は一体食事の際に何を摂ったんだい?」
僕やミユが夕飯、朝食に食べたのは、マーケットから送られたものだった。マーケットで一度、試食という名のホログラムによる味覚を確かめてから本物を購入し、自宅に直接届けられる。そんな仕組みだったはずだ。
「あれもホログラムだというのか……?僕が調理した料理も、ミユが作ったのもすべて……」
「無論、そうだ。そしてそれを摂取して満腹感を得られたのも、ホログラムによる自動データ入力があったからこそだ」
僕自身がデータだった?ホログラムという不安定な存在?そんなことが可能なのか。
いや、可能だろう。現にエモーショナーという感情を意図的に操作された人間や、脳内に埋め込み感覚共有、記憶共有を行うことが出来るMBTなるものも開発されているんだ。不思議じゃない、けど。
「ならどうしてMBTを作ったんだ。この世界の管理者であるのならそんなもの使わずとも操れることが出来るだろ」
はあ、と彼は溜息をつく。話すことを飽きたかのような口調だったが、喋り始めた。
「その方が統率しやすいからに決まっているじゃないか。最初から私が手を下していてはただのオートマタと同じだ。つまり、彼らには意思を持ってもらうためにそうしたまでだ」
意思……?感情を意図的にコントールするというのにどうして自己意識が必要なのだろう。
「まさか、自意識を出現させてそれを奪い取ることが私自らのイドだと言いたいのかい?」
「それは失笑だ。そんな非道なことをするのはフィクションだけだと思っていたよ。はは、とんだエゴイスト扱いをされてしまった」
そう言うと彼は柔らかな足取りで螺旋階段を降りてきた。片手にワイングラスを掲げていても不自然ではないほどの平静を保ち、僕を見据える眼差しの冷たさは変わらずに。
「なら私からの質問だ。なあに、そんな身構える事じゃない。簡単なことさ」
「答えて何になる。何を言おう、お前がしてきたことは許されない行為に変わりは無いはずだ」
「そう言わずに、食わず嫌いは良くないと教えられなかったのか?まずはトライしてみるのが定石だろう」
彼はピタリと螺旋階段の途中で降りるのを止めた。そして右手を手すりに乗せながら優雅に質問を出してきた。
「なぜ、私がこの世界を、エモーショナーという感情の動向を調べる技術を生み出したのだと思うか?」
「理由なんてあるものか!!あったとしても、それに手を出す時点で罪であるはずだ」
二度目の溜息をついた。今度はさらに深い吐息だった。
「争いをやめさせるため、戦争、紛争、揉め事、あらゆる争事をこの世界から消し去るためだ」
僕は閉口してしまった。今までぶつけていた怒りの矛先が見失っていて、僕の頭の中は整理出来ない状態になっていたからだ。
「考えることを共通因子で塗り固めれば、意思疎通はおろか、勘違いもなくなるのと同然だ。そうすれば各地で起こる紛争も消える」
「宗教、思想、イデオロギーの類、無論、それだけが理由とはならないが、大方原因はそれだ」
「集団心理だって同じさ。皆が否定するのなら自分も否定する。それは正しいことだと証拠がないのにも関わらず信じようとするのだ」
「その誤りを正そうとして何が悪い?」
冷徹な目を僕に向ける彼。確たる信念を掲げる彼と、ただ感情に任せて明確な定義もなしに悪だと主張する僕。客観的にどちらが正義に見えるだろうか。
だけど、僕の胸の奥から湧き出てくる感情に応じないわけにはいかなかった。
「それが、人間らしさとも呼べるものが、感情だとしても、それを消し去るというのか?そんなの、パレットにただ一色のインクをぶちまけるだけじゃないか!!」
「ああ………反吐が出る。その理想論を語る行為がどれほどの犠牲が出るのか分からないのにな」
「そうじゃないか。皆が幸せになるために全人類の考えることを一色淡にする、多彩な人々がいるからこそ、人間として生きていると言えるのに、それじゃ死んでいるのと同じだ!!」
「なら君は、個々人の為に多くの犠牲を払う、そう言いたいのか?」
「一人は皆の為、皆は一人の為。こんな言葉があったな」
「笑わせてくれる。その論理ならひとっ子一人の為には皆全員が死んでもいいということらしいじゃないか」
違う。それは違うはずだ。一人で立ち向かうわけじゃなく、皆で立ち向かうからこそできる。それがその言葉の主旨のはずだ。
「争うことは決していいことじゃない。だからって争いを生まないために別の罪を犯していい理由にはならない」
「まるで綺麗ごとだな。私には君の主張には賛成できない。眼前にある打開策を使わずに放っておくなど」
「そんな方法、打開策とは言えないだろ!!」
彼は僕をあしらうように一瞥すると、ゆるりと階段を降り切った。そして僕の前に立った。
近くで見たからか、ようやく僕は気付くことが出来た。彼は本当に僕自身なのだと。
今の僕じゃない、前世、会社員として生きてきた現実世界での僕。目付きや仕草は変わっていても体型ぐらいは覚えている。
「私と君とでこのまま話していても埒が明かないようだ」
突如、彼の右掌にモニターが映し出される。ドクターと同じ動作だ。僕の方からはモニターの裏側なのでよく見えない。
「今、この場に二体のエモーショナーを用意した。一方は悪意、もう一方は善意の面を強調させてある」
「僕に何をしろと言うんだ?」
すると、今度は彼の左手から見覚えのあるナイフを浮かび上がらせた。
「見覚えがあるだろう?そう、これは、かの憎悪の成分を高めたエモーショナーも使用していたホログラムナイフだ」
今思えば、このナイフには何度も関わってきた。複数の男がこのナイフによって苦しんでいたのを目撃して、そして僕も同じように苦しんだ。どちらもレンによって。
「これを彼らに渡す。そして数分間、二体の体、両方に傷一つ付いていなかったら君の勝利としよう。もし少しでも穿たれるようなことがあれば私の勝利だ」
ドクターのように雄弁に、流暢に話しているようには見えなかった。つまり、彼自身が僕に課せたこの問題をどう解決するのか、楽しもうとしているわけではないのだろう。ただ僕のやり方を見て、一人の為に皆が犠牲となることの確信を得ようという魂胆なのだ。
「さあ見せてもらおうか。君が言う、言葉による争いを起こさずに留める方法を」
なら答えないわけがない。感情を一つにすれば争わなく済むなんて馬鹿げている。
自分の間違いは自分で正す、きっとそれが僕に課せられた使命だったんだ。
この世界を作り出した存在、MBT、エモーショナー、ホログラムを開発した人物とありとあらゆる全ての元凶。
それは僕自身だった。
「私が、この世界のスーパーユーザー的存在、鈴波海人だ」
途轍もなく巨大な獣に今にも襲われているかのようで、体が思うように動かなかった。目の前にこの世界の創生者が立っているなんて、信じられるわけがなかったからだ。
「どうして……その名前を知っているんだ……」
「不可解極まりない質問だな。私は自己紹介をしただけだというのに、その行為が不自然だと?君は他人の名前を聞いて一々リアクションを取るのか?」
リアクションを取るもなにも、それは僕の名前だからだ。たとえ同姓同名の人間がいたとしても感情思念センターの最高責任者である確率などあまりにも低すぎる。だが、事実、彼は僕の名前を口にしたのだ。
「そういや、ミユは………」
「ああ、そこの少女なら少しの間、仮眠状態に入ってもらったよ。ここから先は君と僕との二人きりで話をしたいからね」
いつしか僕の背後に回っていたミユは膝を折るようにして床に倒れこんでいた。すかさず駆け寄ってみると、彼の言っている通りただ眠っているだけだった。
「肩を揺すっても無駄さ。彼女には私のパスであくまで停止させているにすぎないのだからね」
「停止………?」
聞きなれない言葉だった。どうしたって、それは人間に使うような言葉ではなかったからだ|。
しかしそんな僕の問いが壺にはまったのか、黒一色の男は不意に笑い始めた。けたたましい雄叫びのような声音で。
「まさか、それを知らずにここまで来たと言うのかい?この世界で何が起こっているのか、曖昧ながらに」
「それはさしずめ、貯金していない口座から金を引き出そうとするほど愚かな行為だ」
さっきから何を言っているんだ。ミユが停止?この世界の構成物?
「この世界の構成要素は全て、ホログラムで出来ているんだ|」
「信じられるわけがない。そんなことを考えている顔だな」
男は僕よりも高い位置に立っているためか、余計に愚かそうに見つめている気がした。
「確かに噴水や花畑もホログラムで形成されていたけれど……僕自身は」
「それは体験しているからこそ言えることだな。なら証拠を突きつけようか。君は一体食事の際に何を摂ったんだい?」
僕やミユが夕飯、朝食に食べたのは、マーケットから送られたものだった。マーケットで一度、試食という名のホログラムによる味覚を確かめてから本物を購入し、自宅に直接届けられる。そんな仕組みだったはずだ。
「あれもホログラムだというのか……?僕が調理した料理も、ミユが作ったのもすべて……」
「無論、そうだ。そしてそれを摂取して満腹感を得られたのも、ホログラムによる自動データ入力があったからこそだ」
僕自身がデータだった?ホログラムという不安定な存在?そんなことが可能なのか。
いや、可能だろう。現にエモーショナーという感情を意図的に操作された人間や、脳内に埋め込み感覚共有、記憶共有を行うことが出来るMBTなるものも開発されているんだ。不思議じゃない、けど。
「ならどうしてMBTを作ったんだ。この世界の管理者であるのならそんなもの使わずとも操れることが出来るだろ」
はあ、と彼は溜息をつく。話すことを飽きたかのような口調だったが、喋り始めた。
「その方が統率しやすいからに決まっているじゃないか。最初から私が手を下していてはただのオートマタと同じだ。つまり、彼らには意思を持ってもらうためにそうしたまでだ」
意思……?感情を意図的にコントールするというのにどうして自己意識が必要なのだろう。
「まさか、自意識を出現させてそれを奪い取ることが私自らのイドだと言いたいのかい?」
「それは失笑だ。そんな非道なことをするのはフィクションだけだと思っていたよ。はは、とんだエゴイスト扱いをされてしまった」
そう言うと彼は柔らかな足取りで螺旋階段を降りてきた。片手にワイングラスを掲げていても不自然ではないほどの平静を保ち、僕を見据える眼差しの冷たさは変わらずに。
「なら私からの質問だ。なあに、そんな身構える事じゃない。簡単なことさ」
「答えて何になる。何を言おう、お前がしてきたことは許されない行為に変わりは無いはずだ」
「そう言わずに、食わず嫌いは良くないと教えられなかったのか?まずはトライしてみるのが定石だろう」
彼はピタリと螺旋階段の途中で降りるのを止めた。そして右手を手すりに乗せながら優雅に質問を出してきた。
「なぜ、私がこの世界を、エモーショナーという感情の動向を調べる技術を生み出したのだと思うか?」
「理由なんてあるものか!!あったとしても、それに手を出す時点で罪であるはずだ」
二度目の溜息をついた。今度はさらに深い吐息だった。
「争いをやめさせるため、戦争、紛争、揉め事、あらゆる争事をこの世界から消し去るためだ」
僕は閉口してしまった。今までぶつけていた怒りの矛先が見失っていて、僕の頭の中は整理出来ない状態になっていたからだ。
「考えることを共通因子で塗り固めれば、意思疎通はおろか、勘違いもなくなるのと同然だ。そうすれば各地で起こる紛争も消える」
「宗教、思想、イデオロギーの類、無論、それだけが理由とはならないが、大方原因はそれだ」
「集団心理だって同じさ。皆が否定するのなら自分も否定する。それは正しいことだと証拠がないのにも関わらず信じようとするのだ」
「その誤りを正そうとして何が悪い?」
冷徹な目を僕に向ける彼。確たる信念を掲げる彼と、ただ感情に任せて明確な定義もなしに悪だと主張する僕。客観的にどちらが正義に見えるだろうか。
だけど、僕の胸の奥から湧き出てくる感情に応じないわけにはいかなかった。
「それが、人間らしさとも呼べるものが、感情だとしても、それを消し去るというのか?そんなの、パレットにただ一色のインクをぶちまけるだけじゃないか!!」
「ああ………反吐が出る。その理想論を語る行為がどれほどの犠牲が出るのか分からないのにな」
「そうじゃないか。皆が幸せになるために全人類の考えることを一色淡にする、多彩な人々がいるからこそ、人間として生きていると言えるのに、それじゃ死んでいるのと同じだ!!」
「なら君は、個々人の為に多くの犠牲を払う、そう言いたいのか?」
「一人は皆の為、皆は一人の為。こんな言葉があったな」
「笑わせてくれる。その論理ならひとっ子一人の為には皆全員が死んでもいいということらしいじゃないか」
違う。それは違うはずだ。一人で立ち向かうわけじゃなく、皆で立ち向かうからこそできる。それがその言葉の主旨のはずだ。
「争うことは決していいことじゃない。だからって争いを生まないために別の罪を犯していい理由にはならない」
「まるで綺麗ごとだな。私には君の主張には賛成できない。眼前にある打開策を使わずに放っておくなど」
「そんな方法、打開策とは言えないだろ!!」
彼は僕をあしらうように一瞥すると、ゆるりと階段を降り切った。そして僕の前に立った。
近くで見たからか、ようやく僕は気付くことが出来た。彼は本当に僕自身なのだと。
今の僕じゃない、前世、会社員として生きてきた現実世界での僕。目付きや仕草は変わっていても体型ぐらいは覚えている。
「私と君とでこのまま話していても埒が明かないようだ」
突如、彼の右掌にモニターが映し出される。ドクターと同じ動作だ。僕の方からはモニターの裏側なのでよく見えない。
「今、この場に二体のエモーショナーを用意した。一方は悪意、もう一方は善意の面を強調させてある」
「僕に何をしろと言うんだ?」
すると、今度は彼の左手から見覚えのあるナイフを浮かび上がらせた。
「見覚えがあるだろう?そう、これは、かの憎悪の成分を高めたエモーショナーも使用していたホログラムナイフだ」
今思えば、このナイフには何度も関わってきた。複数の男がこのナイフによって苦しんでいたのを目撃して、そして僕も同じように苦しんだ。どちらもレンによって。
「これを彼らに渡す。そして数分間、二体の体、両方に傷一つ付いていなかったら君の勝利としよう。もし少しでも穿たれるようなことがあれば私の勝利だ」
ドクターのように雄弁に、流暢に話しているようには見えなかった。つまり、彼自身が僕に課せたこの問題をどう解決するのか、楽しもうとしているわけではないのだろう。ただ僕のやり方を見て、一人の為に皆が犠牲となることの確信を得ようという魂胆なのだ。
「さあ見せてもらおうか。君が言う、言葉による争いを起こさずに留める方法を」
なら答えないわけがない。感情を一つにすれば争わなく済むなんて馬鹿げている。
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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