僕と君しか知らない遠距離恋愛

薪槻暁

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やあ、少年。

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 やあ、少年。

 彼女は公園の中心部に位置する噴水の縁に立ち僕にそう告げるのだった。







 僕は地元高校に通う高校三年生の立原智。少し偏差値が平均より高いってだけで他にはなんの取り柄もない。スポーツだってこれといって得意な種目も無いし、趣味も特技も嗜む程度で熱中することもまずない。

 高校生は青春を謳歌するなんて噂を聞くけれど、色どり鮮やかな恋模様に入り込むなんてことは僕には無縁に等しい。その理由はさすがに明るいとは言えない性格のためだ。それに友達も少ない。いてもただの知り合いで終わってしまうのが僕の人柄だった。たった一人を除いて。

 今日も高校生という学生身分を果たし終えた僕は帰宅の為に早々と高校を後にした。ちなみに部活動もどこにも所属していない。世に言う「帰宅部」に入部したということだ。

 下校中には部活動に向かう人が多いためか生徒の姿は殆ど無い。
 それも人と接するのが苦手な僕にとってはありがたいことだった。

 校門から出て直線上に連なる商店街を抜け交差点を左に曲がる。それから徒歩五分といった辺りに水上公園ならぬ小さなほとりがある。

 僕はこの公園を突っ切って帰宅時間を短くするのが日常だった。

 いつものように公園の地図が載っている看板の横をすり抜け公園を横断しようとしたとき。

 突如正面にある噴水に大きな影があった。この公園には僕よりも背丈が高い木々は無かったし、それに建物すら付近には無い。

 大きな影――それは手足が分かれていてはっきりと人に見えたのだった。

 そのことに気付いた時だろうか、真っ黒な正体不明の影は話しかけてきた。

「やあ、少年」

 発した人の姿は女性だった。背丈からして中学生のそれでもないし、たぶん女子高校生だろう。自分よりも背丈が高いように見えたのは噴水の縁に立っていたからで、よく見れば僕と同じぐらいの身長だったのだ。それでもどうして上から目線なのか、僕は思わず呆然としてしまった。

「……はい?」

「そこの君」

友人を自分から率先して作っていくような性格ではなかった僕は、女性と話すのが慣れていなかったというよりも、この状況下でいきなり知らない全くの他人から話しかけられたことにまず動揺していた。

「僕?何でしょうか?」

「君、立原智君。私の恋人になりなさい」

「………………は?」

 さっきよりも長い沈黙のせいか空気が悪くなってしまう。それだけは友人関係を構築することに長けていない僕でも理解出来た。

「だから私と付き合いなさいって言ってるの」

 だからなんでと聞き返したかったがもうその余地もなかった。なにせ今はとある店に連れ込まれてしまったのだから。



 とある店――商店街の一角にたたずむ年季の入った古民家カフェ。

 腕を強引に引っ張られて入った店は一度も入ったことのない店だった。地元で有名な店でもなく、これといって経営が成り立たなそうな危なっかしい店でもない。

 評判の良いメニューもあるわけでなく、金銭面も如実平凡。そんな穏やかな喫茶店であるのにも関わらず僕は今まで一度たりとも入店したことがなかった。それもそうこの店は男女カップル、女子どうしのペアしか入店するのを見ないからだ。

「この店一度でもいいから入ってみたかったんだよねーー」

「……で、なんでこんなとこまで引き込んでくるのかな?」

「なんでって、この店入りづらいじゃない、ほら」

 彼女が指差す先には店の外に置いてある看板。
 そこには――カップル割引、同性は割高と書かれていた。

「なんで同じ性別で割高なの、いやがらせ?」

 僕を連れ込んだ理由は曖昧ながらも理解したがやはり納得いかなかった。

「一人で行けばいいじゃないか」

 僕の反論に彼女はため息をつきながらも、なんでこんなことも分からないのといった表情で見つめてきた。

「行くなら安い方がいいでしょ。それに一人だとつまらないじゃない」

「なら知り合いの人と行けばいいじゃないか」

「出来たらそうしてるよ」

 小声でささやく彼女の発言に僕は失態を犯したのだと後悔した。

「私、ここに引っ越してきたばかりで友達って呼べる人がいないんだ」

「だから君に声をかけてみたんだ。他校の人だったら友達になれなくても変に気を使わなくてすむし」

 うつむきながら答える彼女は声をかけてきたあの猛々しさを失っていた。僕は少し戸惑いながらも精一杯の慰めの言葉を贈る。

「分かった……なら気を使わない程度に放課後に会わないか?」

「……もう会ってるじゃん」

「そうじゃなくてだな……」

 わざわざお互いに干渉しないように言ったはずなのだが、彼女からの提案によりこれから出来るだけ学校の帰宅時間に合わせて会うことになった。

「じゃあどこを待ち合わせにする?」

「今日会った場所でいいんじゃないか?」

 彼女はその提案に無言で頷き、純粋で無垢な表情に僕はあの時の傲慢さはどこに行ったのだろうと思う。

「時間は今日会った時刻ね。遅れたら高校に退学届出させるから」

 やっぱり変わらないんだ。本当の彼女はどちらなのか。

「今日は君の奢りね」

 はい?と異論を持ちかけようと思ったがそこは男の建前というやつで一応全額負担することにした。所詮注文したのも紅茶、コーヒーだけだったこともあったし。


 そういえば人との交友が苦手な僕がどうして彼女よりも先に会うことを提案したのかは、言った僕自身も分からなかった。いや、分かっていたのかもしれない。記憶の深淵にどこか引っかかるものが、恐らくその理由なるものだったのだろう。


 翌日も彼女は公園に佇んでいた。ただ昨日と違うのは公園の地図が描かれている看板の横に寄っ掛かりいかにも誰かを待っているといった雰囲気を醸し出しているところだろうか。

 その後も帰って来た道を今度は二人で戻り古びた店に入店する。

 今日の僕はというと同じくコーヒーを、彼女はミルクティーを注文した。

「今日は学校に行かなかったのか?」

 僕が言うのも自然と分かってくると思うはず。彼女は私服で待ち伏せをしていたのだ。

「私のことは詮索しないで。特に学校のことは」

「分かった。じゃあ、君はこんなとこで男なんかとお茶してていいのか」

 皮肉を込めた言い方で言い過ぎてしまったような気もしたがそうでもなかったようだ。

「そうね。私がここにいるのは安くこの紅茶が飲めるからよ。あんまり変に期待しない方がいいわよ」

 一度帰ろうかと思ったが昨日の脅しのせいで行動に移せなかった。

「はいはい。で、今日はこの後どうす」

「小高丘公園に行くわよ」

 予定を聞く言葉を遮りながらも、次の行き場所はまさかの二度目の公園。

「なんでまた公園なんて」

 公園に行きたいのなら集合場所で十分じゃないかと思いもしたがそれならここに場所を移すわけがないなどと考える。

「私、絵を描いてるの」

「ん、絵?」

「そうよ。絵描きなの。だからあなたがいれば縮尺も分かりやすいから描きやすいってだけ」

 段々と早口になっていく彼女は少し頬を赤面させている。

「行かないなら……どうなるか……ね?」

 一度女の子らしいなって思わせ振りなことをした後にそう脅すのは止めて欲しい……








 ちらほらに住宅街が密集して家屋が小さく見える高台。小高丘公園である。名称からすれば小さな高い丘と一見矛盾しているように思われるが公園自体が小さく丘の標高が高いのだ。

 公園の広間には右方に小学生には大きいと感じるであろう全長30mはある滑り台。左方には丘がくりぬかれるように飛び出しており展望台となっている。

 僕は背を展望台にし、彼女の方を向く。

「こんなもんでいいのか?」

「あと少し右……あ、その辺」

 対する彼女はというとスケッチブックをトートバッグから出し徐に鉛筆で構図を描いている。

「なーあのさー」

「動くな」

 動かないとはこんなにも辛いのか。改めて知った。






「お疲れ様」

 ようやく緊張がほどけて気が抜けた僕はため息をつく。

「これって何か意味あるの?写真で撮ればいいんじゃないか?」

「写真だと見えない味わいがあるの」

 そんなものがこんな傲慢な人にあるのかという雑念はさておき、、

「ねぇ、あっち行ってみない?」

 指差した彼女の先にはいかにも子供専用とばかりの遊具。そしてそのなかには先程の滑り台があった。

「いいよ」


 端から見たら僕たちは恋人って見られるのかと思う。彼女にそんなこと言ったら「誰があんたなんかと」と断固拒否されるのだろうな。それでも僕は彼女と一緒に歩いているのは一体何故なのだろうか。


その直後、強風に見舞われた。


 彼女はTシャツにジーパンとカジュアルな格好でよかったが、つばが大きい帽子まさにひまわり帽子のようなものを被っていたので、

 簡単な突風で帽子が飛ばされてしまったのだ。

 彼女は一目散に帽子目掛けて走って行く。だが結局帽子が風の手から離れたのは彼女の背から10cm高い木の幹だった。


「っ……あと少しなんだけど……」

 つま先立ちをしても帽子が留まっている木の幹へは手が届かず、どうやら取るのに苦戦しているので僕は軽く拾い上げる。とここで彼女の身長が僕よりも10cm低いことに気づいた。

「ほら」

「…………ありがとう」

 下を向きながらまるで感謝していないと主張しているかのようだったけど、時折見せるその女の子らしさには愛嬌があった。

「なに見てんのよ」

 前言撤回。






 そのまま滑り台も楽しみ、丘から覗く風景をひたすら堪能した後の僕らはというとそのまま各々自宅へと向かった。



「じゃあ、また明日」

「うん、明日。あなたこそちゃんと来なさいよ」

「わかってるよ」




 自宅へと帰った僕は今日一日あったことを思いだした。

「話しやすいって言えば話しやすいのか」

 帽子を取った後の彼女の姿が僕の頭を過るのだけれど、どこかおぼろげな光景。

「まっ、気のせいか」

 その日は深い眠りについた。





翌日はというと、僕らは最寄り駅から三駅乗り継いだ先。先日行った小高丘公園の山の向こう側にある向日葵フラワーパークに行った。

「ねぇねぇ、ここなんかどう?」 

 辺り一面に広がった向日葵の絨毯を両手の親指と人差し指で囲む。まさに絵師そのものだった。

「どこでも同じじゃないか」

「帰って」

 向こうから呼んだくせに……と思うのはこれで何度目だろうか。会った回数は少ないのにもう何カ月も会話しているようだ。

「あれなんかどうかな」

 僕が提案したのは向日葵ではなく前日訪れた小高丘公園を絵の中心にする光景だった。 

「なんでまた同じ絵を描かなきゃならないのよ」


「いや、あれだよ。よく言うじゃないか。同じものでも違う視点から観ると全然違うように感じるって」

「…………それもそうね」

 一度沈黙していた彼女は珍しく僕の意見に同意して描き始める。

 今日は夏であったので彼女は帽子を深く被っていた。

 そうだ。そういえばここには来たことが会ったたんだっけ。確か誰かいたような……

 脳裏で過去に誰と行ったか思い出そうとするがその人の肝心な顔が見えてこない。

「なに、ぼーっとしてるのよ。終わったわよ」

「はやっ」

 彼女はデッサンを済ませたらしくもう歩き始めている。


 今日は彼女の気が進むまで絵を描きつづけあっという間に一日が終わってしまった。





 翌週はピアノ演奏会で招待され、その明くる日は男女割で安いからと絵画展に連れていかれ、いつの日にか会わない日は月に一、二回という仲になっていった。


 だが僕は高校三年生。受験生でもある僕は度々断りを入れることになった。

「今日は無理なんだ」

「今日もか……」

 何度も断っていくうち彼女の方もそれを察するかのように、徐々に控えめになっていった。


 そうしているうちに彼女はあの公園にいることはなくなってしまった。









 卒業式も終え

 高校最後に通るこの道。




「いろんなことがあったな……」

 楽しかったこと、辛かったこと、それらは高校内で起こったことでなく僕だけしか知らない思い出に浸る。


「そういや肝心な名前を聞いてなかったな」

「ん、名前?」

 僕らは共に自己紹介なんてしていなかったはず、だから僕は彼女の名前を知らなかった。じゃあなぜ彼女は僕の名前を知っていたのか。


 噴水の傍から発せられた声が水面に反芻した。



「私の名前は……土原桜」


 頭を殴られたように脳内でショートする。


 初めてこの場所で出会ったように噴水の縁に立っている。堂々たるように胸を張り僕を待ち受けていたのだ。


「君は桜……桜なのか?」

「そうよ。小学校の頃同じクラスだった土原桜よ」


 土原桜――僕の過去において仲が一番良かったのではないかと疑うほどの旧友。どうりで話しやすいと感じたわけだ。



「私はあなたと中学で疎遠になってからも………やっぱなんでもない」


 彼女が言わんとする言葉は僕は分かったような気がした。

 けどここで僕が言ってしまうのもそれは卑怯というやつだ。

 あとで僕から言おう。



 そういえば、ここで再会した男女ってこんなことするんじゃなかったかな。




「君、土原桜さん。僕と付き合ってください」


「はいっ」


 久しぶりに彼女の本当の満面の笑みを見た気がする。



 今日から新しい恋の始まりだ。









 エピローグ



「そういえば君ってそんな性格だったっけ?」

 大学生となった二人はいつもの場所でティータイムを嗜む。

 こんなに二人の時間が合うのは単に運が良かったわけではなく同じ大学に通っているからである。

 僕が高校生の当時、行こうとした大学はそこそこ難関な大学だった。それなりに偏差値も普通よりは上というほどだったけど、それでも勉強しなければ入れないような平凡な大学。

 だからこそ彼女も勉強しなければならないという理由のために公園に来訪する回数が減ったようだった。僕が断ったせいで公園に来なくなったのではないようで少しは安心したが、どこで僕の志望校を知ったのかは甚だ疑問だった。一度たりとも将来について話したことはなかったのだから。



「昔のままの私でいたらすぐに私だと気づいちゃうでしょ。そんなのつまらない」


 確かに小学生の彼女はアクティブだった。遠出するときはいつもこう言ったものである。

『私も行く‼』

 つまり、向日葵畑を見に行ったときに頭に浮かんだ姿は幼げながらも二人で行った時の彼女だったのだ。夏休みの真っ最中僕らは二人だけで訪れた。まさに同じシチュエーションだったというわけだ。

「何よ」

 こうも回想しているとすぐに異議を唱えてくるのは前と変わってしまったところだ。本当になぜここまで彼女が積極的にかつ攻撃的に成長したのか知りたくなる。


「はいはい。さいですか」

 でもこの状況がある今、そんなことを聞くのは少々蛇足のような気がするので質問を取り下げた。



「少しいいか?」

「何?」


 僕はこの半年間において最も深く抱いた疑問を投げかける。

「あのとき、そう。初めてあの公園で出会った時、君はなんで噴水の上に立っていたんだ?」


「それは…………」

「それは?」

「……ただあの公園から私の家が近いからってだけよ。そしたらあんたが通ってきたから話しかけようかなって思い付いただけ」


 知りたい、そんな知識欲に駆られる。


「毎日通っててなんであの日だったの」

「うっさい」


 窓の外を眺めてそっぽを向いている。


 まあ、いいか。


 僕は君――過去の彼女ではない君ともう一度恋をする。今までの時間を取り戻すために。


 ようやく僕と君しか知らない遠距離恋愛は終わる……


 そんな予感がした気がした。
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