悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

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令嬢13歳・恋人たちの騎士祭・後

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 陽光を弾いて輝く銀の鎧を身に着けた生徒たちが、入場口から歩み出て一列に並んだ。
 参加する生徒の人数は十人と少しほどでその中にはノエル様の姿ももちろん見える。
 参加者の人数が生徒数と比較して少ない気もするけれど、騎士祭は不要な事故を避けるために騎士家の者や学園での剣術の成績が良い生徒しか参加できないのでこんなものなのだろう。
 こうして他の方と並んでいるとノエル様は十三歳にしては背も高く体格がよいことが伺い知れて、ゲームのデータと現実はやっぱり違うのね、なんてわたくしは考えてしまう。
 ゲーム中では一年生の時点でのノエル様は、騎士訓練をサボっていたせいでもっと細身だった。ヒロインに出会って訓練を再開するようになってから体格が少しずつよくなっていくことを、プレイヤーたちは学年が上がるごとに更新されるキャラクタープロフィールを見ながらニヤニヤとしつつ実感したものだ。
 ……というかノエル様はゲームのキャラと、一番差異のあるお方のような気がするわ。
 ゲームでは肩まであった髪は短めに切られて後ろに流されているし、メイカ王子ほどではないけれどチャラ男で彼女がしょっちゅう変わっていたゲーム中と違ってゾフィー様にものすごく一途だし。素敵よね、うん。
 何より、ダウストリア家の訓練をしっかりと彼はこなしている。幼い頃から青痣や生傷が絶えない彼の様子は一見悲愴にすら見えたけれど、その表情はいつも生き生きとしていた。
 ……マクシミリアンも見た目こそゲーム中と同じだけど、中身や状況はだいぶ違うわね。今では侯爵様なのだし。
 マクシミリアンの様子をチラリと伺うと彼に優美に微笑まれ、思わずわたくしもへらりと笑ってしまった。

「ノエル様……」

 ゾフィー様の方から、小さく呟く声が聞こえた。
 そちらを見ると彼女は白い手をぎゅっと胸の前で組んで、紫色の瞳に心配の色を濃く表してノエル様を見つめている。
 そうよね……模擬戦のようなものとはいえ、自分の彼氏が目の前で戦うのだ。怪我でもしたらと心配になって当然だ。
 マリア様もゾフィー様のご様子に気づいたようで、彼女の膝の上にそっと手を置いて宥めるようにポンポンと数度叩く。

「マリアさん、ノエル様は大丈夫かしら……」

 オロオロとしながら縋るように言うゾフィー様の頭を、マリア様は優しく微笑んでから数度撫でた。

「ゾフィーさん。貴女が信じなくてどうするのよ」

 マリア様にそう言われ、ゾフィー様はコクコクと数度頷く。

「そうだ、ゾフィー嬢。俺の騎士は負けはしない」

 フィリップ王子も自信を持った笑みで、ゾフィー様に太鼓判を押す。
 それを聞いたゾフィー様は、ほっと安心したような笑顔を浮かべた。

「……それは、どうだろうね」

 ひやり、とした声がその場に響く。ああ……この声の主には、先ほども会ったわね。

 (エイデン・カーウェル……)

 眉を顰めながら声の方を見るとシュミナ嬢を連れたエイデン様が少し離れたところに立っていた。
 予想通りの人物の登場に、わたくしはげんなりとしてしまった。
 騎士祭には彼の子飼いであるリュオンも参加している。エイデン様が観戦にきても、おかしくないのよね。
 エイデン様は優雅な動作で歩み寄ると、わたくしたちの斜め後ろの席へと腰をかけた。
 彼も『特別枠』でこの席に通されたんだろう。……政敵のフィリップ王子がいるのだし会場側が気を遣ってもっと離れたところに席を用意すればいいのに!

「お前の騎士はノエルに一度も勝ったことがないと聞くが? エイデン」

 鼻を鳴らし小馬鹿にしたようにフィリップ王子が言う。

「ふふ、僕もリュオンがダウストリアに勝てるとは思っていないよ。だけどフィリップ。君の騎士は魔法が不得意らしいから……思わぬ事故で大けがをしないといいね」

 エイデン様はそう言って一見優しげにしか見えない笑みを浮かべる。
 その言葉を聞いたゾフィー様のお顔が悲痛に歪んだ。
 ……悔しいけれど、わたくしもそれは懸念しているところだ。
 ノエル様は魔法がかなり……不得意で。他の方々であれば防護壁を張り弾き返せる程度の魔法でも、ノエル様にとっては命取りになる一撃へと変わってしまう。
 ノエル様のことだから、高い身体能力と長年培った戦闘スキルでカバーできるはずだけれど。そう、信じているわ。

「リュオンは、どこまで意地を見せてくれるかな。足の一本でも、持っていってくれると僕は助かるんだけど」

 エイデン様がくっくっと喉を鳴らしながらとんでもなく物騒なことを口にするので、わたくしの背筋は粟立った。
 冷酷な彼のことだ。リュオンの愚鈍な忠義心につけ込み、本当にそんな命令を下しているのかもしれない。

「エイデン様。貴方の思惑通りにはいきませんわよ。ノエル様はあのダウストリアですもの」

 わたくしが彼を睨みながら言うと、エイデン様はにぃっと唇を妖しくつり上げて笑った。邪悪な蛇みたいな笑顔ね……!
 そんなエイデン様の様子にオロオロしながらシュミナ嬢は彼の袖を引っ張っている。

「そ……そうですわよ! ノエル様は、絶対に負けませんわ! 私の、ノエル様は!!」

 立ち上がってエイデン様を睨みつけたのはゾフィー様だった。
 どちらかといえば普段は気弱なゾフィー様が、筆頭公爵家のエイデン様に食ってかかるなんて。
 彼女は体をぶるぶると恐怖で震わせながらもしっかりと大地を踏みしめて立ち、強い意志を込めた紫色の瞳をエイデン様へと向けていた。

「ダウストリアの可愛い子豚ちゃん。数時間後の君の顔を見るのが楽しみだね。そう思うでしょう? シュミナ」

 言いながらエイデン様はシュミナ嬢を抱き寄せて、すりすりと頬ずりする。

「……エイデン、同意は難しいわ」

 眉を下げて言うシュミナ嬢の答えに、エイデン様は不満そうに口を尖らせた。
 ファンファーレが高らかに鳴り響き、騎士祭の開始を告げる。

「頑張って! ノエル様!!」

 会場の大きな歓声に負けないくらいの声で、ゾフィー様がノエル様へとエールを送る。
 ノエル様がチラリとゾフィー様の方を見たのは、きっと気のせいじゃないと思う。
 愛の力はすごいんだから。見てなさい、エイデン・カーウェル!
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