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ぽっちゃり令嬢と黒猫王子の出会い2
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十七枚目のクッキーを私が口にしている時。するり、と足元になにかが纏わりつく感触がした。
「ひゃ!?」
私は驚いてテーブルの下を覗き込む。するとそこには……美しい黒猫がいた。
艶めく滑らかな被毛、金色のお月様のように美しい双眸。長くピンと伸びた尻尾。本当に、綺麗な猫……!
「ミラ、見て! お猫様!」
「あら、本当。どこから入って来たんですかね」
私たちは口々に言いながら猫の前にしゃがみ込んだ。しかし猫は興味津々な私たちに我関せずという様子で、ピンク色の舌で毛繕いをしている。
……可愛い。抱いてみてもいいかな。
うずうずとした私はそっと猫に手を伸ばす。すると彼は意図を察したかのように、私の膝の上に飛び乗り、脂肪がたっぷりついて豊満な胸にすり寄った。
そのまま抱きしめると、彼の体は驚くほどに柔らかい。そしてちっとも逃げようとしない。ああ、なんて愛らしいの……!
「ああ、可愛い。世界一可愛い! お猫様、どこから来たの? うちの子になる?」
「お嬢様、ダメですよ」
猫に夢中な私にミラは渋い顔をする。別に飼っても怒られないと思うんだけどなぁ。うちにはもう十匹の猫がいるし。私もお父様もお母様もお兄様たちも猫好きなのだ。
「これ以上猫を増やすと、旦那様のご公務に差し障ります」
ミラの言葉に私は少し納得をする。そうだ、お父様は猫と遊びすぎてお仕事が進まないことがたくさんある。たしかに、これ以上増えるとよくないわね。
「お猫様、これ以上増えちゃダメなんですって」
私は眉を下げて猫を見つめた。猫も私をじっと見つめている。その凛々しいお顔を見ていると思わず頬ずりしたくなるけれど。私は必死で我慢をする。だって、逃げられたらとっても悲しい。とても好みのお猫様だから、もう少し観察したかったのだ。
……と思ったら、猫の方から私に頬ずりしてきた。うう、可愛いなぁ。
「にゃあにゃあ、お猫様。本当に貴方は可愛いねぇ」
猫なで声を出しながら猫と戯れる。肉球に触れても、お耳を触っても、彼は大人しく私のされるがままだ。ああ……お腹まで触らせてくれるなんて! なんて素敵な……!
……本当に飼っちゃダメかなぁ。
「お嬢様、ミーニャ王子がそろそろ参られる頃ですし。お菓子の屑でお洋服が汚れていますので、着替えますよ」
「……ふぁい」
名残惜しいけれど素敵なお猫様とお別れしなくては。
「お猫様、またね?」
私はそう言ってお猫様の鼻先にちょんと唇を合わせた。近所の猫だったらいいな。また会いに来てね。
猫は膝から下ろすと私の足に少し体を擦り付けてから、名残惜しそうにこちらを何度も見ながら去って行く。それを私も名残惜しい気持ちで見送った。
ああ、私とあのお猫様は相思相愛だったのでは。だって今も遠くから私を見ている猫と視線が交わる。
「さ、着替えますよ! お嬢様」
「でもまだ食べていないチョコレートが……」
テーブルの上のお皿に手を伸ばそうとしたら、ミラに呆れた顔をされてしまう。
わかってるの、こんなだからお見合い十連敗なのはわかってるの……!
+++
「わぁ! 可愛いな、ハナ!」
「クロード兄さん、ハナは繊細なのだからそんなに乱暴に扱ってはダメだ」
長兄のクロードが私を抱きしめて痛いくらいの頬ずりをする。そして次兄のバイドがそれに苦言を呈す。
「今日のハナも愛らしい……。後で絵にしてもいいかな?」
私を眺めながらスケッチブックにクロッキーをしているのが三男のフェルナンだ。
……この方々が、私の容姿に関する勘違いの主な原因である。
長兄のクロードは肩までの金色の髪と大きな緑の目の、いつも明るい笑みを湛える快活な二十四歳。その白皙は陶磁のように美しく、繊細で女性的な顔立ちの美形である。……我が兄ながらたまに見惚れる。
そして、極度のシスコンである。
次兄のバイドはお父様似の黒髪と黒目の二十二歳。不愛想であまり笑わないけれど、とても優しい心の持ち主であることを私はよく知っている。その精悍な顔立ちは野を駆ける狼のような自然の美しさを思わせた。
……そして、極度のシスコンである。
三男のフェルナンは背中までの美しいプラチナブロンドと透明感のある青の瞳の二十歳。整った面立ちは眉間に刻まれた皺のせいで、どこか神経質さを感じさせる。彼は芸術家肌で、いつもなにかを創作していた。……そしてそのモチーフは妹の私であることが多い。
……つまりは、極度のシスコンである。
兄とはいえタイプの違う美男に幼い頃から囲まれちやほやと甘やかされるそんな生活。それはどこからどう見ても立派なぽっちゃりであるという、私の自己認識を遅らせた。
気づかない私も悪いことは重々承知はしてますよ? だけど……。
「黄色のドレスが本当に似合うね。ハナはお菓子の妖精なのかな。食べてしまいたくなるな!」
「ハナ、綺麗なお姫様ぶりで困ってしまうな。後で俺と一曲踊ろうか」
「私の筆致ではハナの美しさを十分の一も発揮できないな。もっとよく見せてくれ……」
……この兄たちの様子を見て、自分が醜いと思えたらすごいと思うんですよね。
これに加えてお父様も甘やかしですし。
私がわがまま放題に育たなかっただけでも、奇跡のような気がする。うん、少しおっとりしてるとは言われても、わがままだとは言われたことはないはずなの。
「坊ちゃま方も自分の準備をしてくださいな!」
ミラが柳眉を逆立てて兄たちに怒りをぶつける。
これを放置すると長時間続くと知っているミラは、仕える家の令息であっても容赦がない。
「あはは、ミラは怖いね」
「ミラは怒りすぎだと思うのだが」
「ミラもハナには劣るが美しいな。その怒り顔を今度スケッチさせてくれ」
兄たちは口々になにかを言いながらミラに追い立てられるようにして部屋を出て行く。
あれで誰か一人血が繋がってなくて私と婚姻してくれる……とかならいいんだけど。残念ながら兄たちとはしっかり血が繋がっているのだ。
「さ! あとは髪を整えたら王子のお出迎えに行きましょうね!」
ミラはふん! と兄たちを追い返したままの勢いで私に向き合った。
……ミラは頼りになるなぁ。彼女が男性だったらぜひ結婚したい。
「……ミラが実は男ってことはないよね?」
「……はぁ!?」
ごめんなさい。私が、悪いんです。悪いんですけど……私にまでそんな怖い顔をしないで……!
「ひゃ!?」
私は驚いてテーブルの下を覗き込む。するとそこには……美しい黒猫がいた。
艶めく滑らかな被毛、金色のお月様のように美しい双眸。長くピンと伸びた尻尾。本当に、綺麗な猫……!
「ミラ、見て! お猫様!」
「あら、本当。どこから入って来たんですかね」
私たちは口々に言いながら猫の前にしゃがみ込んだ。しかし猫は興味津々な私たちに我関せずという様子で、ピンク色の舌で毛繕いをしている。
……可愛い。抱いてみてもいいかな。
うずうずとした私はそっと猫に手を伸ばす。すると彼は意図を察したかのように、私の膝の上に飛び乗り、脂肪がたっぷりついて豊満な胸にすり寄った。
そのまま抱きしめると、彼の体は驚くほどに柔らかい。そしてちっとも逃げようとしない。ああ、なんて愛らしいの……!
「ああ、可愛い。世界一可愛い! お猫様、どこから来たの? うちの子になる?」
「お嬢様、ダメですよ」
猫に夢中な私にミラは渋い顔をする。別に飼っても怒られないと思うんだけどなぁ。うちにはもう十匹の猫がいるし。私もお父様もお母様もお兄様たちも猫好きなのだ。
「これ以上猫を増やすと、旦那様のご公務に差し障ります」
ミラの言葉に私は少し納得をする。そうだ、お父様は猫と遊びすぎてお仕事が進まないことがたくさんある。たしかに、これ以上増えるとよくないわね。
「お猫様、これ以上増えちゃダメなんですって」
私は眉を下げて猫を見つめた。猫も私をじっと見つめている。その凛々しいお顔を見ていると思わず頬ずりしたくなるけれど。私は必死で我慢をする。だって、逃げられたらとっても悲しい。とても好みのお猫様だから、もう少し観察したかったのだ。
……と思ったら、猫の方から私に頬ずりしてきた。うう、可愛いなぁ。
「にゃあにゃあ、お猫様。本当に貴方は可愛いねぇ」
猫なで声を出しながら猫と戯れる。肉球に触れても、お耳を触っても、彼は大人しく私のされるがままだ。ああ……お腹まで触らせてくれるなんて! なんて素敵な……!
……本当に飼っちゃダメかなぁ。
「お嬢様、ミーニャ王子がそろそろ参られる頃ですし。お菓子の屑でお洋服が汚れていますので、着替えますよ」
「……ふぁい」
名残惜しいけれど素敵なお猫様とお別れしなくては。
「お猫様、またね?」
私はそう言ってお猫様の鼻先にちょんと唇を合わせた。近所の猫だったらいいな。また会いに来てね。
猫は膝から下ろすと私の足に少し体を擦り付けてから、名残惜しそうにこちらを何度も見ながら去って行く。それを私も名残惜しい気持ちで見送った。
ああ、私とあのお猫様は相思相愛だったのでは。だって今も遠くから私を見ている猫と視線が交わる。
「さ、着替えますよ! お嬢様」
「でもまだ食べていないチョコレートが……」
テーブルの上のお皿に手を伸ばそうとしたら、ミラに呆れた顔をされてしまう。
わかってるの、こんなだからお見合い十連敗なのはわかってるの……!
+++
「わぁ! 可愛いな、ハナ!」
「クロード兄さん、ハナは繊細なのだからそんなに乱暴に扱ってはダメだ」
長兄のクロードが私を抱きしめて痛いくらいの頬ずりをする。そして次兄のバイドがそれに苦言を呈す。
「今日のハナも愛らしい……。後で絵にしてもいいかな?」
私を眺めながらスケッチブックにクロッキーをしているのが三男のフェルナンだ。
……この方々が、私の容姿に関する勘違いの主な原因である。
長兄のクロードは肩までの金色の髪と大きな緑の目の、いつも明るい笑みを湛える快活な二十四歳。その白皙は陶磁のように美しく、繊細で女性的な顔立ちの美形である。……我が兄ながらたまに見惚れる。
そして、極度のシスコンである。
次兄のバイドはお父様似の黒髪と黒目の二十二歳。不愛想であまり笑わないけれど、とても優しい心の持ち主であることを私はよく知っている。その精悍な顔立ちは野を駆ける狼のような自然の美しさを思わせた。
……そして、極度のシスコンである。
三男のフェルナンは背中までの美しいプラチナブロンドと透明感のある青の瞳の二十歳。整った面立ちは眉間に刻まれた皺のせいで、どこか神経質さを感じさせる。彼は芸術家肌で、いつもなにかを創作していた。……そしてそのモチーフは妹の私であることが多い。
……つまりは、極度のシスコンである。
兄とはいえタイプの違う美男に幼い頃から囲まれちやほやと甘やかされるそんな生活。それはどこからどう見ても立派なぽっちゃりであるという、私の自己認識を遅らせた。
気づかない私も悪いことは重々承知はしてますよ? だけど……。
「黄色のドレスが本当に似合うね。ハナはお菓子の妖精なのかな。食べてしまいたくなるな!」
「ハナ、綺麗なお姫様ぶりで困ってしまうな。後で俺と一曲踊ろうか」
「私の筆致ではハナの美しさを十分の一も発揮できないな。もっとよく見せてくれ……」
……この兄たちの様子を見て、自分が醜いと思えたらすごいと思うんですよね。
これに加えてお父様も甘やかしですし。
私がわがまま放題に育たなかっただけでも、奇跡のような気がする。うん、少しおっとりしてるとは言われても、わがままだとは言われたことはないはずなの。
「坊ちゃま方も自分の準備をしてくださいな!」
ミラが柳眉を逆立てて兄たちに怒りをぶつける。
これを放置すると長時間続くと知っているミラは、仕える家の令息であっても容赦がない。
「あはは、ミラは怖いね」
「ミラは怒りすぎだと思うのだが」
「ミラもハナには劣るが美しいな。その怒り顔を今度スケッチさせてくれ」
兄たちは口々になにかを言いながらミラに追い立てられるようにして部屋を出て行く。
あれで誰か一人血が繋がってなくて私と婚姻してくれる……とかならいいんだけど。残念ながら兄たちとはしっかり血が繋がっているのだ。
「さ! あとは髪を整えたら王子のお出迎えに行きましょうね!」
ミラはふん! と兄たちを追い返したままの勢いで私に向き合った。
……ミラは頼りになるなぁ。彼女が男性だったらぜひ結婚したい。
「……ミラが実は男ってことはないよね?」
「……はぁ!?」
ごめんなさい。私が、悪いんです。悪いんですけど……私にまでそんな怖い顔をしないで……!
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