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本編2
モブ令嬢と波乱の舞踏会1
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ドレスアップした私は、シャルル王子に手を引かれて王家の紋がついた大きな馬車に乗った。こういう豪奢なものには未だに慣れない。だって私、元はごく普通の子爵家の娘だもの。
彼は分厚いクッションの馬車の椅子に私を座らせると隣に座り、ぽふりと私の膝に頭を置いた。お膝に置かれた綺麗な金色の頭を撫でると嬉しそうに目を細められる。可愛いなぁ……本当に。
シャルル王子も今日は正装をしてらっしゃるのだけど、豪奢な刺繍が入った青の礼服がよく似合っている。すごいなぁ、こうしていると本当に見目麗しい王子様だ。
「アリエル。今日も君に不快な思いをさせるかもしれない。けれど……私の全力で守るから」
彼はそう言うと私の腰に抱きつきながら太腿の間に顔を埋めた。ちょっと、そんなところにお顔を埋められたら落ち着かないじゃない!
「アリエルの匂いがする……」
シャルル王子はそう言うとすはすはと匂いを嗅ぎ始めた。か……嗅ぐな! 変態! そんなところを! 金色の頭をぺちりと叩く。すると彼はむくれながら顔を上げた。
「女性のそんなところを嗅ぐのは失礼ですよ!」
「寝所でいつも嗅いで……」
「ぎゃー!!!」
叫んでもう一度頭を叩くとかなり強めに入ったらしく、シャルル王子は叩かれたところを押さえて涙目になってしまった。罪悪感がすごいけど、王子が悪い! どう考えても!
「第二王子の頭をポンポンと……責任を取ってきちんと慰めろ」
そう言いながら彼は向い合せで私の膝にまたがると、胸に顔に埋めてしまう。可愛いなぁ……もう。叩いたところを優しく撫でると、抱きしめられすりすりと顔を胸に擦りつけられた。
「アリエル、好きだ」
「……わかってますよ」
両手でぎゅっと彼の頭を抱きしめると、幸せそうな吐息が漏れる。綺麗な金色の頭が胸の谷間に埋まっているこの光景にも、もう慣れたものだ。
そうしているうちに馬車は音を立てて停車し。パーティ開催の地である王家所有の離宮へとたどり着いたのだった。
シャルル王子に手を引かれながら馬車から降りると周囲からの視線が突き刺さった。……いつも通りの嫌な視線だ。『第二王子をたぶらかした、体しか取り柄のない女』そんな物言わぬ人々の、雄弁な視線。
せめて意地は張ろうと前をしっかり見て歩く私の手をシャルル王子が優しく握った。
「アリエル、私がいる」
優しく囁かれる言葉に、どれだけ勇気づけられていることか。彼に微笑んで会場に足を踏み入れると、案内の侍従が音一つしない足運びでこちらへ近づいてきた。
「ご案内いたします」
彼は私に目を向け一瞬だけ目の奥に仄暗さを閃かせたけれど、なにも言わずに先導する。……入り口で追い返される、という事態は避けられたようだ。
会場へ向かう道すがらも、私には悪意ある視線とひそひそとした噂話が投げられる。これがあるから近頃は舞踏会やお茶会などに参加するのが億劫なんだよね。がさつな私は元々そんなに好きでもないんだけど。
――周囲の空気が、ざわりと揺れた。
「義妹殿、シャルル」
その原因に目を向けると……爽やかな笑顔のフィリップ王子が流麗な動作で手を振っていた。
正装だ……素敵! 美しい! ゲーム中では見たことのないお衣装ですね! 理想の王子様そのものの容貌の彼には、清廉な雰囲気の白い礼服がよく似合っている。
あまり興奮するとシャルル王子が拗ねてしまうので、平静を装っているけれど口の端が上がってしまっているかもしれない。
今夜のパートナーはいないのだろうか。彼には現在婚約者が存在しない。ゲーム中だと悪役令嬢が婚約者のはずなんだけど……ゲームと現実には色々な乖離が生まれているのだろう。
そういえばヒロインはどうしているんだろうなぁ。自分のことで精一杯でせっかく乙女ゲームの世界に転生したのになにも観察できてないのだ。非常に残念すぎる。
「フィリップ王子、ごきげんよう」
私は慣れないカーテシーを取りながら、彼に微笑みかけた。こういう悪意に塗れた場で味方に会うと、本当に安心できる。それが推し様ならなおさらだ。
し、しかもさっき『義妹殿』って呼んでくれた! 公共の場でそう呼ぶことで、私の立場をどう考えているのかを表明してくださっているのだ。うう……推し様が素敵すぎる。
「俺もご一緒していいかな。一人は寂しくてね。それと、俺の事は『兄』と呼んでいいから」
豪奢の金髪をふわりと揺らしながら、フィリップ王子がそうおっしゃってくれた。同い年であることはこの際置いておこう。
「わ……わかりました、お兄様……」
思わず真っ赤になる顔でそう言うと、婚約者様が拗ねたようにぎゅっと手を強く握る気配がした。いけない、推し様のサービスについ浮かれてしまった。
「気が重いだろうけど、母上のところに行こうか。一応挨拶だけはしないとな。……挨拶をしたらすぐにシャルルと一緒に離れてしまって構わないから」
フィリップ王子が小声で耳元で囁く。ひぇえええ……推し様の生ボイスがこんなに近くに!! 音源が近すぎなんじゃないかな! 周囲に聞こえたらまずいからですよね、わかってますけどぉ!
「……アリエル……」
……気がつくと、頬をパンパンに膨らませた婚約者様がぎゅうぎゅうと腕にしがみついていた。
「私にはそんな顔をしないくせに……」
すっかり拗ねてしまった婚約者様は私の肩口に強く頭を押しつける。痛い、痛いから……!
彼は分厚いクッションの馬車の椅子に私を座らせると隣に座り、ぽふりと私の膝に頭を置いた。お膝に置かれた綺麗な金色の頭を撫でると嬉しそうに目を細められる。可愛いなぁ……本当に。
シャルル王子も今日は正装をしてらっしゃるのだけど、豪奢な刺繍が入った青の礼服がよく似合っている。すごいなぁ、こうしていると本当に見目麗しい王子様だ。
「アリエル。今日も君に不快な思いをさせるかもしれない。けれど……私の全力で守るから」
彼はそう言うと私の腰に抱きつきながら太腿の間に顔を埋めた。ちょっと、そんなところにお顔を埋められたら落ち着かないじゃない!
「アリエルの匂いがする……」
シャルル王子はそう言うとすはすはと匂いを嗅ぎ始めた。か……嗅ぐな! 変態! そんなところを! 金色の頭をぺちりと叩く。すると彼はむくれながら顔を上げた。
「女性のそんなところを嗅ぐのは失礼ですよ!」
「寝所でいつも嗅いで……」
「ぎゃー!!!」
叫んでもう一度頭を叩くとかなり強めに入ったらしく、シャルル王子は叩かれたところを押さえて涙目になってしまった。罪悪感がすごいけど、王子が悪い! どう考えても!
「第二王子の頭をポンポンと……責任を取ってきちんと慰めろ」
そう言いながら彼は向い合せで私の膝にまたがると、胸に顔に埋めてしまう。可愛いなぁ……もう。叩いたところを優しく撫でると、抱きしめられすりすりと顔を胸に擦りつけられた。
「アリエル、好きだ」
「……わかってますよ」
両手でぎゅっと彼の頭を抱きしめると、幸せそうな吐息が漏れる。綺麗な金色の頭が胸の谷間に埋まっているこの光景にも、もう慣れたものだ。
そうしているうちに馬車は音を立てて停車し。パーティ開催の地である王家所有の離宮へとたどり着いたのだった。
シャルル王子に手を引かれながら馬車から降りると周囲からの視線が突き刺さった。……いつも通りの嫌な視線だ。『第二王子をたぶらかした、体しか取り柄のない女』そんな物言わぬ人々の、雄弁な視線。
せめて意地は張ろうと前をしっかり見て歩く私の手をシャルル王子が優しく握った。
「アリエル、私がいる」
優しく囁かれる言葉に、どれだけ勇気づけられていることか。彼に微笑んで会場に足を踏み入れると、案内の侍従が音一つしない足運びでこちらへ近づいてきた。
「ご案内いたします」
彼は私に目を向け一瞬だけ目の奥に仄暗さを閃かせたけれど、なにも言わずに先導する。……入り口で追い返される、という事態は避けられたようだ。
会場へ向かう道すがらも、私には悪意ある視線とひそひそとした噂話が投げられる。これがあるから近頃は舞踏会やお茶会などに参加するのが億劫なんだよね。がさつな私は元々そんなに好きでもないんだけど。
――周囲の空気が、ざわりと揺れた。
「義妹殿、シャルル」
その原因に目を向けると……爽やかな笑顔のフィリップ王子が流麗な動作で手を振っていた。
正装だ……素敵! 美しい! ゲーム中では見たことのないお衣装ですね! 理想の王子様そのものの容貌の彼には、清廉な雰囲気の白い礼服がよく似合っている。
あまり興奮するとシャルル王子が拗ねてしまうので、平静を装っているけれど口の端が上がってしまっているかもしれない。
今夜のパートナーはいないのだろうか。彼には現在婚約者が存在しない。ゲーム中だと悪役令嬢が婚約者のはずなんだけど……ゲームと現実には色々な乖離が生まれているのだろう。
そういえばヒロインはどうしているんだろうなぁ。自分のことで精一杯でせっかく乙女ゲームの世界に転生したのになにも観察できてないのだ。非常に残念すぎる。
「フィリップ王子、ごきげんよう」
私は慣れないカーテシーを取りながら、彼に微笑みかけた。こういう悪意に塗れた場で味方に会うと、本当に安心できる。それが推し様ならなおさらだ。
し、しかもさっき『義妹殿』って呼んでくれた! 公共の場でそう呼ぶことで、私の立場をどう考えているのかを表明してくださっているのだ。うう……推し様が素敵すぎる。
「俺もご一緒していいかな。一人は寂しくてね。それと、俺の事は『兄』と呼んでいいから」
豪奢の金髪をふわりと揺らしながら、フィリップ王子がそうおっしゃってくれた。同い年であることはこの際置いておこう。
「わ……わかりました、お兄様……」
思わず真っ赤になる顔でそう言うと、婚約者様が拗ねたようにぎゅっと手を強く握る気配がした。いけない、推し様のサービスについ浮かれてしまった。
「気が重いだろうけど、母上のところに行こうか。一応挨拶だけはしないとな。……挨拶をしたらすぐにシャルルと一緒に離れてしまって構わないから」
フィリップ王子が小声で耳元で囁く。ひぇえええ……推し様の生ボイスがこんなに近くに!! 音源が近すぎなんじゃないかな! 周囲に聞こえたらまずいからですよね、わかってますけどぉ!
「……アリエル……」
……気がつくと、頬をパンパンに膨らませた婚約者様がぎゅうぎゅうと腕にしがみついていた。
「私にはそんな顔をしないくせに……」
すっかり拗ねてしまった婚約者様は私の肩口に強く頭を押しつける。痛い、痛いから……!
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