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本編2
モブ令嬢と波乱の舞踏会3
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「うっ……ふぐぅう……ふぐぐぐぅ」
涙が、止まらない。野性味溢れる泣き声が漏れてしまっているけれど、人もいないしいいだろう。人がここにいたとしても、こんなモブ女を気にする人なんていないに違いない。
熱い涙が頬を伝って、とめどなく流れていく。
なにをされても、我慢すればいいと思っていた。けれど……『お前は偽物なのだ』と見せつけるようなあの行為に心はあっさり砕かれた。そしてあの美しい少女の方がシャルル王子のお隣に相応しいと、思ってしまった。
「シャルル様ぁ……」
彼の名前を呼びながら、また泣いてしまう。辛い、苦しい。こんなことになるなら、出会わなければよかったんだろうか。
その時……庭園の茂みが、がさりと音を立てた。
現れたのはいかにも伊達男、という雰囲気の二十代くらいの軽薄そうな男だった。彼は泣いている私を見て一瞬目を丸くした後に薄く笑い……大股でこちらへと近づいてくる。
「なぜ、泣いているんだ?」
「関係ないでしょう、あっちへ行って。いや……別にいいわ。私がどこかへ行くから」
しゃくりを上げながら立ち上がる私の手を……男が強い力で掴んだ。
「なんの用なの?」
不快感が込み上げる。こんな男に構っている気分ではない。
「用というか……ね。可哀想だけれど、君を犯せとある方に言われているんだ」
ある……お方。それは王妃様なのか、シャルル王子の婚約者の後釜として娘を据えたがっている高位貴族の誰かなのか。どちらにしても私にとっては同じだ。
恐怖で引き攣る私の顔を見ながら男は楽しそうに嗤う。そしてドレスの胸元に手をかけると……一気に引き下ろした。
☆★☆
アリエルの姿が遠ざかっていく。追いかけようと足を踏み出した私の前に数人の騎士が立ち塞がった。……母の近衛だ。私と同じくアリエルを追いかけようとした兄上も、彼らに足止めをされている。
「母上、どういうつもりだ」
私は母を睨みつけ、舌打ちをした。
「シャルル。アリエルを追いかける前にエレオノール嬢とお話をしなさい。失礼でしょう?」
母が実に楽しそうに微笑む。人々の前で盛大にアリエルを傷つけられたのが、嬉しくて仕方がないのだろう。
私はエレオノールという少女に私は視線を向けた。……我が物顔でアリエルのドレスを着ている薄汚い女に。女は私の視線に気づくと笑みを浮かべた。アリエルの無垢な笑みとは比べるまでもない、薄っぺらで媚を含んだ笑みだ。
「シャルル様、お話しましょう?」
エレオノールは甘い声で話しかけてくる。そして……私に触れようとした。
「……触れるな。私に触れていいのは、アリエルだけだ。その服も誰の許可で着ている。それはアリエルのものだ! お前なんかが着ていいものじゃない!!」
空気が逆巻き、鋭い刃となる。それはエレオノールのドレスを切り裂いた。
「きゃ……きゃああああああ!!」
金色のドレスは風の魔法で切り裂かれボロ布となっていく。周囲がどよめき、エレオノールが耳障りな甲高い悲鳴を上げた。
「シャルル! 止めろ!」
制止の声がかかり兄上の防護魔法が発動する。それはエレオノールの周囲を囲み、風の刃は次々に弾かれた。女はボロ布をかき合わせ魔法で傷ついたのだろう血の流れる肌を隠しながら泣き崩れた。
「シャルル!」
悲鳴のような女の声で名を呼ばれた……母上だ。――なんて耳障りな声だ。睨めつけると母上はびくりと身を震わせる。白い喉が目についた……引き裂いてやろうか。そんな気持ちを私は必死で抑える。
「黙れ。私の名を呼ぶな。アリエルを傷つける貴女など……もう母ではない」
「シャルル……!」
悲しみに満ちた中年女の声にも、なんの感情も揺さぶられない。私にとって大事なのは……アリエルだけだ。
――一目惚れだった。彼女の意思を無視して無理やり手に入れた。そんな私を彼女は好きになってくれて……それはまるで奇跡だった。偽りばかりの王宮で彼女だけが純粋で美しかった。
アリエル、アリエル。どこかで泣いているのだろう君を探しに行かないと。
彼女を探すために足を踏み出す。
……今度は、私を止める者は誰もいなかった。
☆★☆
青臭い芝の上に押し倒される。胸元が大きく開いていたドレスは男の手によって簡単にくつろげられ、続けてコルセットにも手がかかる。きつく締められたコルセットを無理やり下ろされると肌に擦れて酷く痛い。大きな胸がふるりとまろび出て、シャルル王子以外に見られてしまったのだと思うと悔しくて涙が溢れた。
「地味な顔のくせに、やらしい体をしているんだね」
男は実に楽しそうに笑いながら、私の胸を乱暴に揉んだ。
「い……いたっ……!」
シャルル王子に触れられるとそれだけで感じてしまい、幸福感に包まれるのに。この男に触れられても鳥肌しか立たず吐きそうになる。
「大きい声を上げて助けを呼んでもいいよ? 君が淫乱で誰とでも寝るような女であると、駆けつけた誰かが広めてくれるだろう」
助けを呼んでも、呼ばなくても。結果は同じなのだろう。……どうしていいのかわからない。助けて、助けて……。
「助けて、シャルル様……!」
泣きながら小さく呟いた時。空気が……大きく動いたような気がした。
「うっ……うわぁあああ!」
圧し掛かっていた男の体が私から離れる。同時に顔に生温かい液体が飛んだ。そして男の……手首から先が消えていた。
地面に転がりのたうち回る男の姿を、どこか現実じゃないような気持ちでぼんやりと見つめてしまう。なにが、起きたの……。
「アリエル!」
悲愴な表情のシャルル王子がこちらへと走ってくる。ああ、彼が……助けてくれたんだ。
「しゃるる、さま……」
私の姿を見たシャルル王子の表情が愕然としたものになり、その瞳に涙がせり上がった。
「アリエル……!! 無事なのか!?」
「だ、大丈夫です、シャルル様! 胸しか触られていないので……!」
「そんなの、大丈夫じゃない! 貴様……誰の差し金だ」
シャルル王子が怪我に呻く男を何度も蹴りつける。私は慌てて彼を後ろから抱きしめた。
「シャルル様、だ……大丈夫ですから!」
「大丈夫じゃない!! どうして君ばかり……こんな目に遭わなければならないんだ……」
彼はそう言うと振り返り、大きな瞳から涙をポロポロと零しながら私を抱きしめた。その温かさに安堵した私は……。
意識を途切れさせ。そのまま二日間……眠り続けたのだった。
涙が、止まらない。野性味溢れる泣き声が漏れてしまっているけれど、人もいないしいいだろう。人がここにいたとしても、こんなモブ女を気にする人なんていないに違いない。
熱い涙が頬を伝って、とめどなく流れていく。
なにをされても、我慢すればいいと思っていた。けれど……『お前は偽物なのだ』と見せつけるようなあの行為に心はあっさり砕かれた。そしてあの美しい少女の方がシャルル王子のお隣に相応しいと、思ってしまった。
「シャルル様ぁ……」
彼の名前を呼びながら、また泣いてしまう。辛い、苦しい。こんなことになるなら、出会わなければよかったんだろうか。
その時……庭園の茂みが、がさりと音を立てた。
現れたのはいかにも伊達男、という雰囲気の二十代くらいの軽薄そうな男だった。彼は泣いている私を見て一瞬目を丸くした後に薄く笑い……大股でこちらへと近づいてくる。
「なぜ、泣いているんだ?」
「関係ないでしょう、あっちへ行って。いや……別にいいわ。私がどこかへ行くから」
しゃくりを上げながら立ち上がる私の手を……男が強い力で掴んだ。
「なんの用なの?」
不快感が込み上げる。こんな男に構っている気分ではない。
「用というか……ね。可哀想だけれど、君を犯せとある方に言われているんだ」
ある……お方。それは王妃様なのか、シャルル王子の婚約者の後釜として娘を据えたがっている高位貴族の誰かなのか。どちらにしても私にとっては同じだ。
恐怖で引き攣る私の顔を見ながら男は楽しそうに嗤う。そしてドレスの胸元に手をかけると……一気に引き下ろした。
☆★☆
アリエルの姿が遠ざかっていく。追いかけようと足を踏み出した私の前に数人の騎士が立ち塞がった。……母の近衛だ。私と同じくアリエルを追いかけようとした兄上も、彼らに足止めをされている。
「母上、どういうつもりだ」
私は母を睨みつけ、舌打ちをした。
「シャルル。アリエルを追いかける前にエレオノール嬢とお話をしなさい。失礼でしょう?」
母が実に楽しそうに微笑む。人々の前で盛大にアリエルを傷つけられたのが、嬉しくて仕方がないのだろう。
私はエレオノールという少女に私は視線を向けた。……我が物顔でアリエルのドレスを着ている薄汚い女に。女は私の視線に気づくと笑みを浮かべた。アリエルの無垢な笑みとは比べるまでもない、薄っぺらで媚を含んだ笑みだ。
「シャルル様、お話しましょう?」
エレオノールは甘い声で話しかけてくる。そして……私に触れようとした。
「……触れるな。私に触れていいのは、アリエルだけだ。その服も誰の許可で着ている。それはアリエルのものだ! お前なんかが着ていいものじゃない!!」
空気が逆巻き、鋭い刃となる。それはエレオノールのドレスを切り裂いた。
「きゃ……きゃああああああ!!」
金色のドレスは風の魔法で切り裂かれボロ布となっていく。周囲がどよめき、エレオノールが耳障りな甲高い悲鳴を上げた。
「シャルル! 止めろ!」
制止の声がかかり兄上の防護魔法が発動する。それはエレオノールの周囲を囲み、風の刃は次々に弾かれた。女はボロ布をかき合わせ魔法で傷ついたのだろう血の流れる肌を隠しながら泣き崩れた。
「シャルル!」
悲鳴のような女の声で名を呼ばれた……母上だ。――なんて耳障りな声だ。睨めつけると母上はびくりと身を震わせる。白い喉が目についた……引き裂いてやろうか。そんな気持ちを私は必死で抑える。
「黙れ。私の名を呼ぶな。アリエルを傷つける貴女など……もう母ではない」
「シャルル……!」
悲しみに満ちた中年女の声にも、なんの感情も揺さぶられない。私にとって大事なのは……アリエルだけだ。
――一目惚れだった。彼女の意思を無視して無理やり手に入れた。そんな私を彼女は好きになってくれて……それはまるで奇跡だった。偽りばかりの王宮で彼女だけが純粋で美しかった。
アリエル、アリエル。どこかで泣いているのだろう君を探しに行かないと。
彼女を探すために足を踏み出す。
……今度は、私を止める者は誰もいなかった。
☆★☆
青臭い芝の上に押し倒される。胸元が大きく開いていたドレスは男の手によって簡単にくつろげられ、続けてコルセットにも手がかかる。きつく締められたコルセットを無理やり下ろされると肌に擦れて酷く痛い。大きな胸がふるりとまろび出て、シャルル王子以外に見られてしまったのだと思うと悔しくて涙が溢れた。
「地味な顔のくせに、やらしい体をしているんだね」
男は実に楽しそうに笑いながら、私の胸を乱暴に揉んだ。
「い……いたっ……!」
シャルル王子に触れられるとそれだけで感じてしまい、幸福感に包まれるのに。この男に触れられても鳥肌しか立たず吐きそうになる。
「大きい声を上げて助けを呼んでもいいよ? 君が淫乱で誰とでも寝るような女であると、駆けつけた誰かが広めてくれるだろう」
助けを呼んでも、呼ばなくても。結果は同じなのだろう。……どうしていいのかわからない。助けて、助けて……。
「助けて、シャルル様……!」
泣きながら小さく呟いた時。空気が……大きく動いたような気がした。
「うっ……うわぁあああ!」
圧し掛かっていた男の体が私から離れる。同時に顔に生温かい液体が飛んだ。そして男の……手首から先が消えていた。
地面に転がりのたうち回る男の姿を、どこか現実じゃないような気持ちでぼんやりと見つめてしまう。なにが、起きたの……。
「アリエル!」
悲愴な表情のシャルル王子がこちらへと走ってくる。ああ、彼が……助けてくれたんだ。
「しゃるる、さま……」
私の姿を見たシャルル王子の表情が愕然としたものになり、その瞳に涙がせり上がった。
「アリエル……!! 無事なのか!?」
「だ、大丈夫です、シャルル様! 胸しか触られていないので……!」
「そんなの、大丈夫じゃない! 貴様……誰の差し金だ」
シャルル王子が怪我に呻く男を何度も蹴りつける。私は慌てて彼を後ろから抱きしめた。
「シャルル様、だ……大丈夫ですから!」
「大丈夫じゃない!! どうして君ばかり……こんな目に遭わなければならないんだ……」
彼はそう言うと振り返り、大きな瞳から涙をポロポロと零しながら私を抱きしめた。その温かさに安堵した私は……。
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