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本編2
舞踏会のその後
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目を覚ますと、眩しい朝の光が目に飛び込んできた。それに驚いて何度も瞬きをしてしまう。……ここは、どこなんだろう。そう思いながら周囲を見回すと、見知らぬ豪奢な部屋だった。いつの間に運ばれたのだろうと不思議な気持ちになりつつ、記憶を掘り起こそうとして……。
「――うっ」
舞踏会の記憶が蘇り……体が震え、吐き気を覚えた。
王妃様の優美な微笑。シャルル王子の次の婚約者。彼女の勝ち誇った顔。私を陥れようとした誰かに命令され私を犯そうとした男。
思い返すとすべてが恐ろしくて、どうしていいのかわからない。
命を取ろうとしなかっただけでも、良心的なのかもなぁ……なんて考えて乾いた笑いが漏れた。
「シャルル様……」
愛おしい人の名前を必死で呟く。私はまだ彼の婚約者なのだろうか。あの美しいエレオノール嬢に、寝ている間に立場を取って変わられてしまったんだろうか。
王妃様も、男に襲われたことも恐ろしい。
――けれどシャルル王子の側にいられなくなる。それが一番の、恐怖だった。
いざとなれば……彼のために身を引こうと思っていた。けれど私は自分で考えていたよりも強欲だったらしい。
思考はどんどんマイナス方向へと流れていく。耐えられなくて嗚咽を漏らしながら寝台の上で泣いていると部屋の扉が開いた。
「……アリエル」
最初は幻聴かと思った。けれど顔をそちらに向けるとシャルル王子がいて。彼はこちらへ駆け寄ると飛びつくようにして抱きついてきた。
「アリエル、目が覚めたのか! 良かった。ああ、泣いているのか? 可哀想に……」
強い力で抱きついてくる彼の体を抱きしめ返すと、優しく背中を撫でられた。……温かい。シャルル王子の香りがする。
「君は二日間も眠っていたんだ」
「二日!?」
舞踏会の色々のショックで寝込んでしまったのか。……私にそんな繊細な神経があったんだ。そして丸二日なにも食べてないんだなぁ、と考えた瞬間にお腹がぐるると大きな音を立てた。
その音を聞いてシャルル王子が優しく微笑む。そしてメイドを呼ぶと二人分の軽食を用意するように申し付けた。
ここはどこなのだろう。そして舞踏会は結局どういう顛末になったのだろう。気にはなるけれど、訊いていいものなのか……。
「……あの、ここは……」
少し考え、まずは当り障りのない方を訊いてみる。『私はまだ婚約者ですか』と彼に訊く勇気が……湧かなかったのだ。
「ああ。私に与えられている別邸だ。侯爵家に君を帰したくなかったからな」
すごいなぁ、シャルル王子専用の邸なんてあるんだ! やっぱり王族はスケールが違う。だけど侯爵家でも王宮でもなく、どうしてここに連れて来られたのだろう。
舞踏会は平穏に終わりました、というわけではなさそうだ。
メイドが持ってきてくれたポトフにシャルル王子は手を翳し、呪文を唱えた。淡い光が手のひらから漏れる……これ、光魔法だ。光魔法の使い手は他の属性と比較すると数がとても少ない。珍しいものを目の当たりにして私は少し感動してしまった。ゲーム中ではフィリップ王子とヒロインも使うんだよね。
「……毒は、入っていないな」
……なにをしているのかと思ったら、毒の検知だったんだ。しかし先日のことがあるから大げさだな~とは思えなくなってしまっている。
ポトフをシャルル王子に口に運ばれながら食べる。一人で食べられないほど弱ってはいないのだけれど、彼が甘やかしてくれるのが嬉しかったから……口に運ばれるままに咀嚼した。
「美味しい……」
温かなポトフを口にすると体の芯がじわりと暖かくなりほっとする。少し落ち着いたので微笑みながらスプーンを差し出してくるシャルル王子を観察すると、彼は少しやつれたようだった。
「シャルル様。ご飯はちゃんと食べてます? 少し痩せたみたいですけど」
そう言いながら頬を撫でると彼はくしゃりと泣きそうに顔を歪める。そしてポトフをテーブルの上に置くと、寝台に上がりぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。
「……私の心配なんかしなくていいんだ」
首筋に温かい水が当たった。彼が泣いている。そう思うと居ても立っても居られない。
「シャルル様! おっぱい触りますか!」
……彼を元気づけようと考えた時、悲しいことに私はこれしか思いつかなかった。シャルル王子は少し目を丸くした後に、また私を抱きしめた。
「今はいい。ありがとう」
彼の言葉に今度は私が目を丸くする。……私のおっぱいを、シャルル王子がお断りするなんて初めてだ。あ、飽きられたんだろうか。
エレオノール嬢のたわわな果実が脳裏に浮かぶ。あちらの方がやっぱり良かったのかな。胸は同じくらいだと思うのだけれど、容姿はあちらが圧勝だ。シャルル王子が惹かれてしまっても仕方がない。
「エレオノール嬢のお胸の方が、お好きになりましたか……?」
「はぁ!? そんなわけないだろう! なぜあの忌々しい女の名前が……。それにあの胸は偽物だ! そんなものに私が騙されるわけないだろう!」
恐る恐る訊ねると、珍しく大きく声を荒げて否定をされた。……そうか、偽物だったのか。
「……あの女とその家は処罰の対象になった。アリエルに贈った物を盗み、第二王子の婚約者を男に襲わせた罪でな。王妃を処断できないのは口惜しいが……」
「……そ、そうなんですか」
エレオノール嬢の家が……あの男を私にけしかけたのか。あの一夜で婚約者の座を奪い取る気だったんだろうなぁ。
あの男に関しては王妃様が関わっていなかったのかと、私は内心ほっとした。シャルル王子のお母様がそこまでする人だとは……思いたくなかったから。
シャルル王子の婚約者である限り、あのようなことが続くんだろうか。もしかすると、婚姻後も。そして子供が生まれてからも。それは延々と続くのかもしれない。
今はまだ命が宿っていないお腹をそっと撫でる。シャルル王子との子供ができた時にそれを守れなかったら……私はどうなってしまうんだろう。
そんな私の様子を彼は沈痛な面持ちで見つめた後に……口を開いた。
「アリエル。私は君が辛い目にばかり遭うことにもう耐えられない。……この国を、二人で出よう。君が一番大事だ」
「シャルル……様」
ぽかん、としながら彼を見つめると不安げな顔で見つめ返された。
「本当は君を手放してしまうのが、君の安全のために一番なのはわかってるんだ。けれど……私にはそれはできない。私と逃げるのは嫌か? アリエル」
「いいえ。ですが、私のせいでシャルル様が全部捨てるなんて」
彼は額をこつり、と合わせてぐりぐりと押しつけてくる。
「君しかいらないと、言っているんだ」
……優しい声で囁かれ、口づけられる。
その甘やかな誘惑に……私はこくりと頷いていた。
「――うっ」
舞踏会の記憶が蘇り……体が震え、吐き気を覚えた。
王妃様の優美な微笑。シャルル王子の次の婚約者。彼女の勝ち誇った顔。私を陥れようとした誰かに命令され私を犯そうとした男。
思い返すとすべてが恐ろしくて、どうしていいのかわからない。
命を取ろうとしなかっただけでも、良心的なのかもなぁ……なんて考えて乾いた笑いが漏れた。
「シャルル様……」
愛おしい人の名前を必死で呟く。私はまだ彼の婚約者なのだろうか。あの美しいエレオノール嬢に、寝ている間に立場を取って変わられてしまったんだろうか。
王妃様も、男に襲われたことも恐ろしい。
――けれどシャルル王子の側にいられなくなる。それが一番の、恐怖だった。
いざとなれば……彼のために身を引こうと思っていた。けれど私は自分で考えていたよりも強欲だったらしい。
思考はどんどんマイナス方向へと流れていく。耐えられなくて嗚咽を漏らしながら寝台の上で泣いていると部屋の扉が開いた。
「……アリエル」
最初は幻聴かと思った。けれど顔をそちらに向けるとシャルル王子がいて。彼はこちらへ駆け寄ると飛びつくようにして抱きついてきた。
「アリエル、目が覚めたのか! 良かった。ああ、泣いているのか? 可哀想に……」
強い力で抱きついてくる彼の体を抱きしめ返すと、優しく背中を撫でられた。……温かい。シャルル王子の香りがする。
「君は二日間も眠っていたんだ」
「二日!?」
舞踏会の色々のショックで寝込んでしまったのか。……私にそんな繊細な神経があったんだ。そして丸二日なにも食べてないんだなぁ、と考えた瞬間にお腹がぐるると大きな音を立てた。
その音を聞いてシャルル王子が優しく微笑む。そしてメイドを呼ぶと二人分の軽食を用意するように申し付けた。
ここはどこなのだろう。そして舞踏会は結局どういう顛末になったのだろう。気にはなるけれど、訊いていいものなのか……。
「……あの、ここは……」
少し考え、まずは当り障りのない方を訊いてみる。『私はまだ婚約者ですか』と彼に訊く勇気が……湧かなかったのだ。
「ああ。私に与えられている別邸だ。侯爵家に君を帰したくなかったからな」
すごいなぁ、シャルル王子専用の邸なんてあるんだ! やっぱり王族はスケールが違う。だけど侯爵家でも王宮でもなく、どうしてここに連れて来られたのだろう。
舞踏会は平穏に終わりました、というわけではなさそうだ。
メイドが持ってきてくれたポトフにシャルル王子は手を翳し、呪文を唱えた。淡い光が手のひらから漏れる……これ、光魔法だ。光魔法の使い手は他の属性と比較すると数がとても少ない。珍しいものを目の当たりにして私は少し感動してしまった。ゲーム中ではフィリップ王子とヒロインも使うんだよね。
「……毒は、入っていないな」
……なにをしているのかと思ったら、毒の検知だったんだ。しかし先日のことがあるから大げさだな~とは思えなくなってしまっている。
ポトフをシャルル王子に口に運ばれながら食べる。一人で食べられないほど弱ってはいないのだけれど、彼が甘やかしてくれるのが嬉しかったから……口に運ばれるままに咀嚼した。
「美味しい……」
温かなポトフを口にすると体の芯がじわりと暖かくなりほっとする。少し落ち着いたので微笑みながらスプーンを差し出してくるシャルル王子を観察すると、彼は少しやつれたようだった。
「シャルル様。ご飯はちゃんと食べてます? 少し痩せたみたいですけど」
そう言いながら頬を撫でると彼はくしゃりと泣きそうに顔を歪める。そしてポトフをテーブルの上に置くと、寝台に上がりぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。
「……私の心配なんかしなくていいんだ」
首筋に温かい水が当たった。彼が泣いている。そう思うと居ても立っても居られない。
「シャルル様! おっぱい触りますか!」
……彼を元気づけようと考えた時、悲しいことに私はこれしか思いつかなかった。シャルル王子は少し目を丸くした後に、また私を抱きしめた。
「今はいい。ありがとう」
彼の言葉に今度は私が目を丸くする。……私のおっぱいを、シャルル王子がお断りするなんて初めてだ。あ、飽きられたんだろうか。
エレオノール嬢のたわわな果実が脳裏に浮かぶ。あちらの方がやっぱり良かったのかな。胸は同じくらいだと思うのだけれど、容姿はあちらが圧勝だ。シャルル王子が惹かれてしまっても仕方がない。
「エレオノール嬢のお胸の方が、お好きになりましたか……?」
「はぁ!? そんなわけないだろう! なぜあの忌々しい女の名前が……。それにあの胸は偽物だ! そんなものに私が騙されるわけないだろう!」
恐る恐る訊ねると、珍しく大きく声を荒げて否定をされた。……そうか、偽物だったのか。
「……あの女とその家は処罰の対象になった。アリエルに贈った物を盗み、第二王子の婚約者を男に襲わせた罪でな。王妃を処断できないのは口惜しいが……」
「……そ、そうなんですか」
エレオノール嬢の家が……あの男を私にけしかけたのか。あの一夜で婚約者の座を奪い取る気だったんだろうなぁ。
あの男に関しては王妃様が関わっていなかったのかと、私は内心ほっとした。シャルル王子のお母様がそこまでする人だとは……思いたくなかったから。
シャルル王子の婚約者である限り、あのようなことが続くんだろうか。もしかすると、婚姻後も。そして子供が生まれてからも。それは延々と続くのかもしれない。
今はまだ命が宿っていないお腹をそっと撫でる。シャルル王子との子供ができた時にそれを守れなかったら……私はどうなってしまうんだろう。
そんな私の様子を彼は沈痛な面持ちで見つめた後に……口を開いた。
「アリエル。私は君が辛い目にばかり遭うことにもう耐えられない。……この国を、二人で出よう。君が一番大事だ」
「シャルル……様」
ぽかん、としながら彼を見つめると不安げな顔で見つめ返された。
「本当は君を手放してしまうのが、君の安全のために一番なのはわかってるんだ。けれど……私にはそれはできない。私と逃げるのは嫌か? アリエル」
「いいえ。ですが、私のせいでシャルル様が全部捨てるなんて」
彼は額をこつり、と合わせてぐりぐりと押しつけてくる。
「君しかいらないと、言っているんだ」
……優しい声で囁かれ、口づけられる。
その甘やかな誘惑に……私はこくりと頷いていた。
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