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悪役令嬢はヒロインに負けたくない
悪役令嬢はヒロインに負けたくない・1
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小説家になろうで連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のIF話的な番外編の置き場です。
執事マクシミリアンと悪役令嬢ビアンカ・シュラットの色々な世界線の詰め合わせ。
最初の更新は『ヒロインがまともな場合』のIF話の連作となります。
本編未読でも読めますが、本編を読んでいた方がわかりやすいかもしれません。
-----------------------------------------------------------
前世の記憶を思い出し自分が乙女ゲームのメインヒーローの婚約者兼、悪役令嬢に転生したと気づいたのは、五歳の頃だった。
前世でのわたくしは春原みことという日本という国に住む女性で、限界集落と呼ばれる島で畑作りと漁に楽しく勤しみ……その結果海で命を落とした。
そしてなんの因果か自分が大好きだった乙女ゲーム『胡蝶の恋』のバッドエンドフラグが乱立する悪役令嬢に転生してしまっていた訳である。
今世でのわたくしの名前はビアンカ・シュラット。
輝く美しい銀色の髪、白く透きとおるような肌。湖面の色の澄んだ大きな瞳の美少女……そして侯爵家のご令嬢だ。
幸いにして人生の早い段階で自身が悪役令嬢である事に気づく事ができたわたくしは、品行方正を心掛け、人として正しく生きる事に邁進した。
前世に目覚めたのがまだ五歳だったので軌道修正は容易にできた。
我儘放題だったのに急にいい子になった我儘令嬢を最初は遠巻きにしていた使用人達ともすぐに仲良しになったし、我儘を言わなくなったわたくしに少し不満そうな甘やかしの父兄には笑顔と少しのおねだりを振りまいた。
攻略対象……将来自分付きの執事になるマクシミリアンにも初対面から親切心と気づかいを全開にして良い主人として接し、メインヒーローであるフィリップ王子とのご婚約の話が出れば『わたくしになんてもったいない』と頑として首を縦に振らなかった。
……ちなみにこの二人は娼館送りと国外追放というバッドエンドフラグを持っている。
どちらの場合も我儘放題を尽くした悪役令嬢が悋気の果てにヒロインを殺そうとして……という流れからのバッドエンドなので、今の品行方正でヒロインを殺す気が無いわたくしは彼らのバッドエンドの安全圏まで逃れられたと信じたい。
出会っていない他の攻略対象に関しても、わたくしが我儘を尽くし悋気を起こしヒロインを殺そうとしなければバッドエンドには向かわないはずだ。
そして十三歳になる年。
「……ついにここまで来たのね……」
乙女ゲームの舞台であるルミナティ魔法学園の瀟洒な建物の前でわたくしは腕組みをして不敵な笑みを浮かべていた。
自らの人生をかけた最後の一仕事、乙女ゲーム期間の三年間を無事に過ごすという戦いがこれから始まるのだ。
この三年間を、絶対無事に過ごしてみせる。
そして……令嬢としての平凡な人生を手に入れるのだ!
あわよくば前世でのライフワークであった畑作りを許してくれるような、優しい旦那様のところに嫁入りをするの。
その為にはこの学園で婚活を頑張らねばならないと……。
そんな意気込みを胸に鼻息を荒くしていると。
「お嬢様、そんなに意気込まなくてもお嬢様の勉学の進み具合でしたら、学園生活は問題ないと思いますよ?」
執事として学園生活に付き添ってくれるマクシミリアンが、気合いを入れるわたくしに柔らかな笑みを浮かべながら楽しそうに言う。
その素敵な笑顔に思わず見惚れそうになってしまったけれど、気を強く持って頭を左右に振った。
マクシミリアンは今年十八歳。
艶のある肩口にかかるくらいの長さの黒髪、黒曜石のような黒の瞳、褐色の美しい肌。酷薄そうにも見える、冷たい印象の美麗な面差し……そんな美青年だ。
ゲームの攻略対象なだけあって、本当に美形である。
……そしてわたくしの、前世の推し……つまりめちゃくちゃ好みのお顔なのだ。
だけど推しだからといって彼と今世でどうこうなりたいなんて希望を持つ気は断じてない。
ヒロインと結ばれる可能性が高く、バッドエンドフラグ保有者でもあり、男爵家の三男と身分差もある彼だ。現実的じゃないし何よりリスクが高い。
彼に気持ちを傾けた瞬間、ゲーム補正で悪役令嬢化……なんて事はご免こうむりたいのだ。
ちなみにゲームでは険悪な関係の彼との仲は良好で、ゲーム中は冷たい表情オンリーだった彼もこうして優しい笑みを見せてくれる。
わたくしがゲームのように彼を虐げていないのだから当然よね。
仲良くしつつも、色々な可能性を考えて彼に頼り過ぎないようにもしてきた。いい距離感なんじゃないかしら……?
「マクシミリアン。お勉強じゃなくて、旦那様探しをわたくし頑張りたいの」
お勉強はむしろ全く心配していない。だってわたくし前世は十八歳だったんですもの。
勉強も得意な方だったし。
「……旦那様、でございますか」
マクシミリアンは、わたくしの言葉を聞いて何故か呆然とした顔で呟いた。
「そう! 家格がつり合っていて、で……できれば素敵なお顔で、性格も良くて、わたくしの小さな我儘をきいてくれる優しい旦那様をこの学園で見つけるの!」
気合いのこもった表情でそう言うわたくしに、マクシミリアンは眉を下げてなんとも微妙な顔をする。
……な、何よ、さっきから微妙なお顔ばかりして……!
わたくしには無理だと言いたいのかしら?
「父様に決められる顔も合わせた事もないような方と結婚するよりも、学園生活の三年のうちに自分の好きな方と結婚できるように頑張りたいなって思うのは……おかしいかしら?」
今までバッドエンド回避の為にいい子に過ごしてきたのだもの。
それくらいの我儘は許して欲しいわ。
こてり、と首を傾げてマクシミリアンを見上げると彼は真剣な顔でこちらを見つめ返してきた。
「お嬢様は――……」
「きゃっ!」
マクシミリアンが何か言おうとした言葉は、可愛らしい女の子の声で遮られた。
――頭の中で、前世の記憶が弾ける。
これは……マクシミリアンとゲームのヒロイン『シュミナ・パピヨン』の出会いイベントだ。
声の方を見るとゲームの中では『私』が操作していたピンク色の髪と茶色の目の可愛らしいご令嬢が、痛そうに膝を庇いながら立ち上がろうとしていた。
ゲーム中では、ヒロインを助け起こすマクシミリアンに悪役令嬢ビアンカ・シュラットが悪態をつくシーンなのだけど……。
「マクシミリアン。あの転んでいるご令嬢を助けてあげて? わたくしは先に寮の部屋に行って入学式の準備をするから」
「……お嬢様!?」
攻略対象と、ヒロインの関係には関わらない。それが一番。
だってわたくしは悪役令嬢なんだから。注意一秒怪我一生、バッドエンドへ一直線かもしれない。
マクシミリアンが何故か不満顔でヒロインを助け起こすのを横目に見つつ、わたくしは寮へと向かったのだった。
☆★☆
学園に入学して一カ月。
わたくしは、見事にぼっちだった。……何故だ。
テストでぶっちぎりの成績を取ってしまったり、魔法実技の授業で調子に乗って高得点を叩き出してしまったりがよくなかったのだろうか。
それともこのきつくつり上がった目の付いたお顔がいけないのか。美少女だと、思うんだけどな……。
シュラット侯爵家という王都に並み居る公爵家を差しおいて王国の四指に入る権力を持つ我が家が悪いのか。
クラスメイトに話しかけると皆様は愛想笑いをして二言三言話した後に顔を赤くして離れてしまう。
旦那様探しどころかお友達もできないなんて……。
対して同じクラスのヒロイン、シュミナ・パピヨン嬢はいつも男女共にのお友達に囲まれていて楽しそうだ……正直とても羨ましい。
お友達の中には攻略対象の騎士見習いノエル・ダウストリアもいる。生で見るとほんとイケメンだよなぁ。
彼女はゲームのヒロインそのもので分け隔てなく優しくて、親しみやすくて、美少女で、人が集まるのは当然だ。
その無礼にも見える無邪気さに眉を顰め悪口を言う人もいるけれど、それはやっかみだと思う。
でもわたくしだって頑張って脱悪役令嬢をしたと思ったのに……と思うとちょっと悲しくて、涙が出そうになってしまった。
……いや、出そうにじゃないな。涙が零れてしまっているわね。
情けない、ぼっちが悲しくて泣くなんて。しかも放課後とはいえ人が居る教室なのに。
「大丈夫ですか、ビアンカ様」
恐る恐るという感じで、横からハンカチが差し出されてわたくしは驚いた。
ぽろぽろと涙を零しながらハンカチの主を見るとクラスメイトの眼鏡の男の子が困ったように眉を下げ、少し頬を赤らめながらこちらを見つめている。
ノワイヨン伯爵家のリック様……だったかしら。
茶色の髪に茶色の目。そばかすの浮いた鼻。可愛らしい顔立ちの男子生徒だ。
「リック様。ごめんなさい……情けないところを見せてしまいましたわね」
そう言いながら甘えてしまおうと、彼から差し出されたハンカチを受け取って目頭を拭う。
せっかく人に話しかけてもらえたのだ。
このハンカチを人質にして会話を広げてやる……!!
「……僕なんかの名前を、憶えて下さって……? 夢みたいだな……嘘だろ」
リック様は何故か顔を赤らめ口元を押えて、震える声で色々呟いている。
その様子を遠巻きにチラチラ見ているクラスメイトも数人居た。
これは……ぼっちに話しかけるなんて物好きだとリック様が思われてる……!?
そうなら申し訳ないのだけれど、わたくしはこのチャンスを逃したくない。
「クラスメイトですもの、名前くらい憶えていて当然ですわ」
わたくしがそう言って微笑むと彼も優しい微笑みを返してくれてなんだか浮かれた気持ちになってしまう。
うわー嬉しい! クラスメイトって感じのやり取りね!
心にじんわりと温かい気持ちが広がっていく。
その時、背後になんだか黒いもやのような……不穏な気配を感じた。
「……お嬢様。寮に帰るお時間です」
「マ……マクシミリアン!?」
明らかに不機嫌な顔と声のマクシミリアンが後ろに立っていて、思わずびくりとしてしまった。
リック様もその悪魔もかたやというマクシミリアンの表情に頬を引き攣らせている。
「マクシミリアン……どうして怒っていますの?」
怒りの理由がわからずきょとん、と彼を見つめるとマクシミリアンは何も言わずに気まずそうに目を逸らした。
「マクシミリアンさん!」
「……シュミナ嬢」
ぱぁっと顔を輝かせたシュミナ嬢が、こちらへと駆け寄って来た。
助けてもらった日以来、シュミナ嬢はマクシミリアンによく話しかけてくる。
「ビアンカ様、お話中に申し訳ありません! マクシミリアンさんを見たらつい嬉しくて……」
彼女はてへっという感じの、ヒロインにしか似合わない笑いかたをしながら悪びれずに言う。
こうやってわたくしとマクシミリアンがお話をしている時に割り込まれるのも度々だけれど……そんな事気にしていても仕方ないわよね。
あんまり目くじらを立てると悪役令嬢になってしまうわ。
ヒロインに話しかけられる時のマクシミリアンの応対はいつもなんだか不機嫌だ。
まぁ、ゲーム中も好感度がMAXになるまではデレないキャラだからそんなものかと思うけど。
……でも何故かわたくしの前ではいつもニコニコなのよね。謎だわ。
シュミナ嬢とマクシミリアンがお話しているので、わたくしは再びリック様に向き直った。
「リック様。ハンカチ、洗って返しますわね」
「えっ、そんな! 大丈夫ですよ! 安物だし……」
「いいえ、きちんとお返しします。それとその、良ければお友……」
「帰りますよ、お嬢様」
『お友達になってください』と言おうとした言葉は遮られ、まるで猫の子かのようにマクシミリアンに首根っこを掴まれて教室を出る事になってしまった。ど……どうして!!
「マクシミリアン、酷いわ! せっかくお友達ができそうだったのに……」
わたくしは廊下を歩きながら涙目でマクシミリアンに抗議をした。
「わたくし、一人ぼっちは嫌なの、お友達が欲しいの!」
「お嬢様、私が居るではありませんか。一人ぼっちではありませんよ?」
マクシミリアンに優美に微笑まれそう言われ、思わず鯉のように口をぱくぱくとしてしまう。
執事とお友達は、違うんだけど! 今日のマクシミリアンはなんだか変だわ!
それに……。
「……マクシミリアンが、ずっと一緒に居てくれるとも、限らないじゃない」
そうよ。学園生活の中で彼がシュミナ嬢に夢中になったら、わたくしなんてきっと放置だわ。
そうなったら……本当に一人じゃないの。
友達も作れずヒロインに執事も取られてぼっちで過ごせっていうの!?
そんな事を考えていたらまた涙がじわじわと溢れてくる。
「マクシミリアンなんて……嫌い」
ぽろぽろと涙を零し始めたわたくしをマクシミリアンは驚愕の面持ちで見つめ、恐る恐るという感じで手を伸ばしてくる。
白い手袋に包まれた手がそっと頬に触れて、わたくしは思わずびくりと身を震わせた。
「お嬢様……」
切なげに吐息を漏らすように囁かれてマクシミリアンの方を見ると、彼は何かを懇願するような目をしていた。
執事マクシミリアンと悪役令嬢ビアンカ・シュラットの色々な世界線の詰め合わせ。
最初の更新は『ヒロインがまともな場合』のIF話の連作となります。
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前世の記憶を思い出し自分が乙女ゲームのメインヒーローの婚約者兼、悪役令嬢に転生したと気づいたのは、五歳の頃だった。
前世でのわたくしは春原みことという日本という国に住む女性で、限界集落と呼ばれる島で畑作りと漁に楽しく勤しみ……その結果海で命を落とした。
そしてなんの因果か自分が大好きだった乙女ゲーム『胡蝶の恋』のバッドエンドフラグが乱立する悪役令嬢に転生してしまっていた訳である。
今世でのわたくしの名前はビアンカ・シュラット。
輝く美しい銀色の髪、白く透きとおるような肌。湖面の色の澄んだ大きな瞳の美少女……そして侯爵家のご令嬢だ。
幸いにして人生の早い段階で自身が悪役令嬢である事に気づく事ができたわたくしは、品行方正を心掛け、人として正しく生きる事に邁進した。
前世に目覚めたのがまだ五歳だったので軌道修正は容易にできた。
我儘放題だったのに急にいい子になった我儘令嬢を最初は遠巻きにしていた使用人達ともすぐに仲良しになったし、我儘を言わなくなったわたくしに少し不満そうな甘やかしの父兄には笑顔と少しのおねだりを振りまいた。
攻略対象……将来自分付きの執事になるマクシミリアンにも初対面から親切心と気づかいを全開にして良い主人として接し、メインヒーローであるフィリップ王子とのご婚約の話が出れば『わたくしになんてもったいない』と頑として首を縦に振らなかった。
……ちなみにこの二人は娼館送りと国外追放というバッドエンドフラグを持っている。
どちらの場合も我儘放題を尽くした悪役令嬢が悋気の果てにヒロインを殺そうとして……という流れからのバッドエンドなので、今の品行方正でヒロインを殺す気が無いわたくしは彼らのバッドエンドの安全圏まで逃れられたと信じたい。
出会っていない他の攻略対象に関しても、わたくしが我儘を尽くし悋気を起こしヒロインを殺そうとしなければバッドエンドには向かわないはずだ。
そして十三歳になる年。
「……ついにここまで来たのね……」
乙女ゲームの舞台であるルミナティ魔法学園の瀟洒な建物の前でわたくしは腕組みをして不敵な笑みを浮かべていた。
自らの人生をかけた最後の一仕事、乙女ゲーム期間の三年間を無事に過ごすという戦いがこれから始まるのだ。
この三年間を、絶対無事に過ごしてみせる。
そして……令嬢としての平凡な人生を手に入れるのだ!
あわよくば前世でのライフワークであった畑作りを許してくれるような、優しい旦那様のところに嫁入りをするの。
その為にはこの学園で婚活を頑張らねばならないと……。
そんな意気込みを胸に鼻息を荒くしていると。
「お嬢様、そんなに意気込まなくてもお嬢様の勉学の進み具合でしたら、学園生活は問題ないと思いますよ?」
執事として学園生活に付き添ってくれるマクシミリアンが、気合いを入れるわたくしに柔らかな笑みを浮かべながら楽しそうに言う。
その素敵な笑顔に思わず見惚れそうになってしまったけれど、気を強く持って頭を左右に振った。
マクシミリアンは今年十八歳。
艶のある肩口にかかるくらいの長さの黒髪、黒曜石のような黒の瞳、褐色の美しい肌。酷薄そうにも見える、冷たい印象の美麗な面差し……そんな美青年だ。
ゲームの攻略対象なだけあって、本当に美形である。
……そしてわたくしの、前世の推し……つまりめちゃくちゃ好みのお顔なのだ。
だけど推しだからといって彼と今世でどうこうなりたいなんて希望を持つ気は断じてない。
ヒロインと結ばれる可能性が高く、バッドエンドフラグ保有者でもあり、男爵家の三男と身分差もある彼だ。現実的じゃないし何よりリスクが高い。
彼に気持ちを傾けた瞬間、ゲーム補正で悪役令嬢化……なんて事はご免こうむりたいのだ。
ちなみにゲームでは険悪な関係の彼との仲は良好で、ゲーム中は冷たい表情オンリーだった彼もこうして優しい笑みを見せてくれる。
わたくしがゲームのように彼を虐げていないのだから当然よね。
仲良くしつつも、色々な可能性を考えて彼に頼り過ぎないようにもしてきた。いい距離感なんじゃないかしら……?
「マクシミリアン。お勉強じゃなくて、旦那様探しをわたくし頑張りたいの」
お勉強はむしろ全く心配していない。だってわたくし前世は十八歳だったんですもの。
勉強も得意な方だったし。
「……旦那様、でございますか」
マクシミリアンは、わたくしの言葉を聞いて何故か呆然とした顔で呟いた。
「そう! 家格がつり合っていて、で……できれば素敵なお顔で、性格も良くて、わたくしの小さな我儘をきいてくれる優しい旦那様をこの学園で見つけるの!」
気合いのこもった表情でそう言うわたくしに、マクシミリアンは眉を下げてなんとも微妙な顔をする。
……な、何よ、さっきから微妙なお顔ばかりして……!
わたくしには無理だと言いたいのかしら?
「父様に決められる顔も合わせた事もないような方と結婚するよりも、学園生活の三年のうちに自分の好きな方と結婚できるように頑張りたいなって思うのは……おかしいかしら?」
今までバッドエンド回避の為にいい子に過ごしてきたのだもの。
それくらいの我儘は許して欲しいわ。
こてり、と首を傾げてマクシミリアンを見上げると彼は真剣な顔でこちらを見つめ返してきた。
「お嬢様は――……」
「きゃっ!」
マクシミリアンが何か言おうとした言葉は、可愛らしい女の子の声で遮られた。
――頭の中で、前世の記憶が弾ける。
これは……マクシミリアンとゲームのヒロイン『シュミナ・パピヨン』の出会いイベントだ。
声の方を見るとゲームの中では『私』が操作していたピンク色の髪と茶色の目の可愛らしいご令嬢が、痛そうに膝を庇いながら立ち上がろうとしていた。
ゲーム中では、ヒロインを助け起こすマクシミリアンに悪役令嬢ビアンカ・シュラットが悪態をつくシーンなのだけど……。
「マクシミリアン。あの転んでいるご令嬢を助けてあげて? わたくしは先に寮の部屋に行って入学式の準備をするから」
「……お嬢様!?」
攻略対象と、ヒロインの関係には関わらない。それが一番。
だってわたくしは悪役令嬢なんだから。注意一秒怪我一生、バッドエンドへ一直線かもしれない。
マクシミリアンが何故か不満顔でヒロインを助け起こすのを横目に見つつ、わたくしは寮へと向かったのだった。
☆★☆
学園に入学して一カ月。
わたくしは、見事にぼっちだった。……何故だ。
テストでぶっちぎりの成績を取ってしまったり、魔法実技の授業で調子に乗って高得点を叩き出してしまったりがよくなかったのだろうか。
それともこのきつくつり上がった目の付いたお顔がいけないのか。美少女だと、思うんだけどな……。
シュラット侯爵家という王都に並み居る公爵家を差しおいて王国の四指に入る権力を持つ我が家が悪いのか。
クラスメイトに話しかけると皆様は愛想笑いをして二言三言話した後に顔を赤くして離れてしまう。
旦那様探しどころかお友達もできないなんて……。
対して同じクラスのヒロイン、シュミナ・パピヨン嬢はいつも男女共にのお友達に囲まれていて楽しそうだ……正直とても羨ましい。
お友達の中には攻略対象の騎士見習いノエル・ダウストリアもいる。生で見るとほんとイケメンだよなぁ。
彼女はゲームのヒロインそのもので分け隔てなく優しくて、親しみやすくて、美少女で、人が集まるのは当然だ。
その無礼にも見える無邪気さに眉を顰め悪口を言う人もいるけれど、それはやっかみだと思う。
でもわたくしだって頑張って脱悪役令嬢をしたと思ったのに……と思うとちょっと悲しくて、涙が出そうになってしまった。
……いや、出そうにじゃないな。涙が零れてしまっているわね。
情けない、ぼっちが悲しくて泣くなんて。しかも放課後とはいえ人が居る教室なのに。
「大丈夫ですか、ビアンカ様」
恐る恐るという感じで、横からハンカチが差し出されてわたくしは驚いた。
ぽろぽろと涙を零しながらハンカチの主を見るとクラスメイトの眼鏡の男の子が困ったように眉を下げ、少し頬を赤らめながらこちらを見つめている。
ノワイヨン伯爵家のリック様……だったかしら。
茶色の髪に茶色の目。そばかすの浮いた鼻。可愛らしい顔立ちの男子生徒だ。
「リック様。ごめんなさい……情けないところを見せてしまいましたわね」
そう言いながら甘えてしまおうと、彼から差し出されたハンカチを受け取って目頭を拭う。
せっかく人に話しかけてもらえたのだ。
このハンカチを人質にして会話を広げてやる……!!
「……僕なんかの名前を、憶えて下さって……? 夢みたいだな……嘘だろ」
リック様は何故か顔を赤らめ口元を押えて、震える声で色々呟いている。
その様子を遠巻きにチラチラ見ているクラスメイトも数人居た。
これは……ぼっちに話しかけるなんて物好きだとリック様が思われてる……!?
そうなら申し訳ないのだけれど、わたくしはこのチャンスを逃したくない。
「クラスメイトですもの、名前くらい憶えていて当然ですわ」
わたくしがそう言って微笑むと彼も優しい微笑みを返してくれてなんだか浮かれた気持ちになってしまう。
うわー嬉しい! クラスメイトって感じのやり取りね!
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その時、背後になんだか黒いもやのような……不穏な気配を感じた。
「……お嬢様。寮に帰るお時間です」
「マ……マクシミリアン!?」
明らかに不機嫌な顔と声のマクシミリアンが後ろに立っていて、思わずびくりとしてしまった。
リック様もその悪魔もかたやというマクシミリアンの表情に頬を引き攣らせている。
「マクシミリアン……どうして怒っていますの?」
怒りの理由がわからずきょとん、と彼を見つめるとマクシミリアンは何も言わずに気まずそうに目を逸らした。
「マクシミリアンさん!」
「……シュミナ嬢」
ぱぁっと顔を輝かせたシュミナ嬢が、こちらへと駆け寄って来た。
助けてもらった日以来、シュミナ嬢はマクシミリアンによく話しかけてくる。
「ビアンカ様、お話中に申し訳ありません! マクシミリアンさんを見たらつい嬉しくて……」
彼女はてへっという感じの、ヒロインにしか似合わない笑いかたをしながら悪びれずに言う。
こうやってわたくしとマクシミリアンがお話をしている時に割り込まれるのも度々だけれど……そんな事気にしていても仕方ないわよね。
あんまり目くじらを立てると悪役令嬢になってしまうわ。
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まぁ、ゲーム中も好感度がMAXになるまではデレないキャラだからそんなものかと思うけど。
……でも何故かわたくしの前ではいつもニコニコなのよね。謎だわ。
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「リック様。ハンカチ、洗って返しますわね」
「えっ、そんな! 大丈夫ですよ! 安物だし……」
「いいえ、きちんとお返しします。それとその、良ければお友……」
「帰りますよ、お嬢様」
『お友達になってください』と言おうとした言葉は遮られ、まるで猫の子かのようにマクシミリアンに首根っこを掴まれて教室を出る事になってしまった。ど……どうして!!
「マクシミリアン、酷いわ! せっかくお友達ができそうだったのに……」
わたくしは廊下を歩きながら涙目でマクシミリアンに抗議をした。
「わたくし、一人ぼっちは嫌なの、お友達が欲しいの!」
「お嬢様、私が居るではありませんか。一人ぼっちではありませんよ?」
マクシミリアンに優美に微笑まれそう言われ、思わず鯉のように口をぱくぱくとしてしまう。
執事とお友達は、違うんだけど! 今日のマクシミリアンはなんだか変だわ!
それに……。
「……マクシミリアンが、ずっと一緒に居てくれるとも、限らないじゃない」
そうよ。学園生活の中で彼がシュミナ嬢に夢中になったら、わたくしなんてきっと放置だわ。
そうなったら……本当に一人じゃないの。
友達も作れずヒロインに執事も取られてぼっちで過ごせっていうの!?
そんな事を考えていたらまた涙がじわじわと溢れてくる。
「マクシミリアンなんて……嫌い」
ぽろぽろと涙を零し始めたわたくしをマクシミリアンは驚愕の面持ちで見つめ、恐る恐るという感じで手を伸ばしてくる。
白い手袋に包まれた手がそっと頬に触れて、わたくしは思わずびくりと身を震わせた。
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乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
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