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悪役令嬢はヒロインに負けたくない

悪役令嬢はヒロインに負けたくない・2

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 6月。魔法学園に入学してから約三か月。
 カフェテリアでぼんやりと紅茶を飲みながら、わたくしはヒロインとマクシミリアンが少し離れたところで談笑しているのを眺めていた。
 マクシミリアンのシュミナ嬢に対する応対は少しずつ柔らかいものになっている気がする。
 ――いいなぁ。
 なんて思いながら、それを見つめてしまう。
 悪役令嬢のわたくしの未来はどうなるかわからないのに、ヒロインにはマクシミリアンや他の誰かと幸せになる未来が確約されているんだから……なんて思うのは意地が悪いかしら。
 シュミナ嬢自身には自分の未来のルートなんて見えていないのだから、わたくしと同じなのにね。
 ところでわたくしには、相変わらず想い人どころか友達すらいない。
 リック様とはあれから時々話すようになったのだけどお話をしていると、必ずマクシミリアンが迎えに来るのだ。
 あれからも『ぼっちは嫌だ』と主張しているのにマクシミリアンはどうしてわかってくれないのだろう。
 というか的確に迎えに来すぎなのよ。マクシミリアンにはセンサーでも付いているのかしら……怖いからあまり考えないようにしよう。
 だからゲーム風に言うとリック様となかなか親密度が上がらないというか。
 可愛いお顔で優しくて伯爵家だけど昔からある名家で由緒正しい血筋であるリック様であれば、仲良くなって婚約なんてルートも現実味があるのになぁ。

「婚約……したいなぁ……」
「へぇ、誰と?」

 背後から声をかけられ、わたくしはびくりとして振り返った。
 するとそこには少し長めの緑色の髪を揺らして微笑む茶色の瞳の美少年が立っていた。
 伯爵家子息のノエル・ダウストリア……攻略対象だ。
 彼は偉大な父親がコンプレックスになり、騎士の道から逃げて享楽的な生活を送る騎士見習いだ。
 ヒロインが彼のルートに入ると、色々あってわたくし彼に斬り殺されるのよね。
 お二人の仲を邪魔なんてする気は一切ないからそんなことは起こり得ないとは思うのだけど。
 彼が話しかけてくるのは初めてね。どういう風の吹き回しかしら。

「わたくしのような、誰からも敬遠されるような女でも愛してくれる優しい人と……かしら」

 人との会話に飢えていたわたくしは、リック様のお顔を思い浮かべながら思わずそんな本音を漏らしてしまった。
 それを聞いたノエル様は目を丸くする。

「へぇ。皆の憧れ、月下の麗人のビアンカ・シュラット嬢からそんな言葉が出るとはね」

 ノエル様の言葉に今度はわたくしが目を丸くし、眉を顰めた。
 月下の麗人? 何よそれ。

「からかわないでくださいませ。自分が嫌われている事くらい知っておりますの」

 憧れられているのなら、わたくしにだって一人や二人友人がいるはずだし、誰かに告白だってされているはずだ。
 皆の憧れ、はヒロインのシュミナ・パピヨンの方。
 ぷくり、と頬を膨らませてノエル様を見ると彼は楽しそうに笑った。

「ビアンカ嬢はイメージと違うね」
「イメージ……?」
「美しくて気高くて高貴で隙が無くて。観賞用って感じだなーって思ってたんだけど」

 ノエル様の言葉が心にグサグサと刺さる。
 わたくし、そんな風に思われて……!? それって女性としてはちっとも可愛げがないって事じゃない!

「……わたくし、そんなのじゃありませんわ」

 ふっと細い息を吐いて遠い目をしてしまう。
 やっぱりこの悪役令嬢然としたつり目が誤解を呼んでしまうのかしら。

「……そうだね、君はとても可愛い」

 含み笑いをしながらノエル様が言う。
 可愛い……? 可愛いって言われた!?
 わたくしは思わずノエル様を勢いよく見てしまった。
 そんな事を男の人に言われるのは父様とお兄様以外初めてよ。
 ……言ってて悲しくなってしまうわね。
 ノエル様は甘やかな笑みを浮かべるとわたくしの銀の髪を一房手にした。

「ノエル様……?」

 ノエル様の顔が、どんどん近づいてくる。どうして、えっ、これって……?

「そこまでだ。お嬢様に手を出すな……殺すぞ」

 ひやり、と空間を冷たい闇が満たしたような。そんな錯覚がした。
 次の瞬間わたくしの体は後ろに引かれ、誰かの腕の中に閉じこめられる。
 ぎゅっと強く抱きしめられて喉の奥からひっと悲鳴が漏れそうになるのを必死で堪え背後を確認すると、わたくしを抱きしめているのは怒りに満ちた顔のマクシミリアンだった。
 ……ど、どうしてマクシミリアンに抱きしめられているの!?

「シュラット侯爵家の番犬か。君のお嬢様は愛してくれる優しい人と婚約をしたいらしいよ? 貴重な出会いを犬が邪魔してどうするのかなぁ?」

 ノエル様は愉快そうに、だけど僅かな不快感を滲ませながらマクシミリアンに言った。
 貴重な出会いって……! 初めて会話を交わしたのにいきなり唇を奪おうとするのは貴重な出会いにはカウントされないわ!!
 反論したいけれどマクシミリアンのわたくしを抱きしめる腕の力がどんどん強くなって痛いくらいで声が出せない。折れる、折れるわ、マクシミリアン……!!
 この光景を見ながらシュミナ嬢はオロオロと右往左往している……貴女ヒロインの仲裁力でなんとかしてよ!

「……黙れ、ノエル・ダウストリア。その喉を食いちぎってやろうか」
「マクシミリアン、落ち着いて! まだ何もされていないわ!」

 あまりに物騒な事を彼が言うからわたくしは声を振り絞って叫んだ。
 マクシミリアンがゆるりとこちらを向く。
 視線と視線が交わった時、彼との距離の近さに改めて驚いた。
 奇麗な顔がすぐ目の前にあって、底が見えない黒い瞳がじっとわたくしを見つめている。
 ああ。見られている。
 そう思うと心拍数が上がり顔がどんどん赤くなっていくのがわかった。
 一度意識してしまうと密着している体同士の事もどうしようもなく気になってしまって。

「……マクシミリアン、恥ずかしいわ……。離して……?」

 涙目になって蚊の鳴くような声でお願いすると、マクシミリアンも何故か真っ赤になってそっと抱きしめる腕を外してくれた。
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