【R18】執事と悪役令嬢の色々な世界線

夕日(夕日凪)

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悪役令嬢はヒロインに負けたくない

悪役令嬢はヒロインに負けたくない・4

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 その夜。わたくしは寝台の上で手鏡を見ながらため息をついていた。
 ナイトドレスの開いた衿ぐり。そこから伸びる白い首にはっきりと付いた今は青紫色になった痣。

 (キスマーク……よね、これ)

 じっと見ていると顔が熱くなってしまうのでわたくしは手鏡を見るのを止めて、そそくさとサイドテーブルの上に置いた。
 前世今世通じてキスマークなんて付けられた事はなかったけれど知識くらいならある。
 マクシミリアンの唇がわたくしに触れて吸ったからこれはできたんだわ。でも、どうして?
 悪役令嬢に、攻略対象がこんな事をする理由なんていくら考えても思いつかない。
 キスマークだけじゃない。過保護になったり、抱きしめたり、手を繋いだり、どうして急にそんな事に……。
 腕を組んでわたくしは考え込んだ。そして、一つの結論を出した。

「……もしかして、これがゲームの強制力ってやつなのかしら」

 この世界がわたくしを悪役令嬢にするために、わたくしの気持ちがマクシミリアンに向くように仕向けヒロインとの軋轢を生ませようとしているとか……!
 そんなのまずいわ。何をされてもマクシミリアンを好きにならないように心を強く持たないと。
 ヒロインがマクシミリアンルートに入った場合のわたくしのバッドエンドは彼にボコボコにされた上で娼館に送られるという悲惨なものなのだ。他のキャラのルートも似たり寄ったりで決して迎えたいものではない。
 そんな未来、お断りよ。悪役令嬢にならないためにやってきた努力が水の泡になる上にバッドエンドを迎えるなんて酷すぎる。
 平凡な令嬢ライフのために、わたくし頑張るわ!
 寝台の上でわたくしはふんす! と気合を入れた後に上掛けに潜り込んだ。


 ☆★☆


 さらさらと髪を手で梳かれている。誰の手だろうか、とても気持ちがいい。
 目を閉じていても眩しい光が感じられて、もう朝なんだ、なんてうとうとしながら思う。
 だけどもう少しだけ……微睡んでいたい。

「お嬢様……」

 マクシミリアンの囁くような優しい声がする。ああ、彼が起こしにきてくれたのね。
 でも、もう少しだけ寝ていたいの。昨日は色々考えすぎて疲れてしまったから。
 頬にふわりと柔らかな感触が落ちた。瞼にも、ふわり。額にも、ふわり。

「ん~……なに? くすぐったい……」

 わたくしがむにゃむにゃと不明瞭な発音で言葉を口にするのと同時に、今度は唇にもその柔らかい感触が落ちてきた。
 薄っすらと目を開けるとマクシミリアンの美貌がすぐ近くにあって、その顔は明らかに『しまった』という焦った表情を浮かべている。
 状況が把握できずわたくしは思わず目を白黒とさせてしまった。

「マ……マクシミリアン」
「……おはようございます、お嬢様」

 そんな今起こしに来ました、みたいな顔を取り繕って挨拶をされても流石にごまかされないわよ。
 マクシミリアンとのこの距離。先ほどの感触。もしかして、もしかして……。

「……キス、した?」

 真っ赤になってそう問うと、マクシミリアンは少しだけ逡巡した後にゆっくりと頷いた。
 ど……どうして! どうしてマクシミリアンはわたくしにキスをしたの!!

「ど……どうして……?」

 震える唇から声を絞り出して彼に訊ねた後に、――あっ……強制力か! とその言葉が頭に浮かんですっと腑に落ちて冷静になる。
 マクシミリアンみたいな好みの男性にちょっと優しくキスでもされたら、わたくしみたいな喪女はコロッと惚れて執着心が生まれるだろうみたいな世界の采配ね!?
 じゃあこの場合わたくしが取るべき行動は……。
 この事態をなかった事とし寛大な主人としてマクシミリアンを許す事よね。
 だってこれはマクシミリアンの本当の意思じゃない。彼は強制力に操られているだけで何も悪くないんだもの。

「お嬢様……その」
「マクシミリアン。一時の気の迷いだと思うから……わたくし、許すわ!」

 明るく笑顔で言ったわたくしの言葉に、何かを言いかけていたマクシミリアンはショックを受けたように顔を引き攣らせた。
 ああ、違うのマクシミリアン。貴方を傷つけたいわけじゃないの。
 貴方がわたくしにそういう事をするのは世界の強制力のせいなのよ、とそれが言えないのが本当にもどかしいわ。
 それにしても、好みの男性からのキスにもびくともしないなんてわたくしの強制力への抵抗力は案外強いのかもしれないわね。
 そう思いながら、ふふんと得意気な顔をしているわたくしを見つめマクシミリアンは非常に微妙な表情をしている。

「……嘘だろう。もしかして欠片も気づいてないのかこの人は……!」

 マクシミリアンが何かを小声でブツブツと言っていたけれど、その内容はわたくしには聞き取れなかった。
 今日は出勤しているメイドをベルを鳴らして呼び、制服に着替えている間にマクシミリアンには朝の紅茶をお願いする。
 わたくしが制服に着替え終わったタイミングぴったりでマクシミリアンが紅茶を運んできてくれた。

「マクシミリアン、ありがとう! 今日の紅茶も美味しいわ」

 彼が淹れてくれた香り高い紅茶をにこにこしながら飲んでいるとマクシミリアンにどこか疲れたような引き攣った笑顔を向けられた。
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