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執事のお嬢様開発日記
令嬢たちの閑話(ハウンド視点)
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「ハウンド!」
ぼふりと背後から誰かが飛びついてくる。こんなことをしてくるのは一人しかいない。ミルカだ。
その衝撃に耐えた後にミルカと向き合うと、俺はその愛らしい額にキスをした。
「どうしたんスか? ミルカ」
「ふふふ。甘えたいだけ!」
そう言ってにこりと笑い、ミルカは俺に胸にぐりぐりと頭を押し付ける。その髪を優しく撫でると、彼女は気持ちよさげに目を細めた。
「甘えたいのはいいんスけど。学校の廊下は走っちゃいけないんスよ」
「むぅ」
俺の言葉にミルカは不服そうな顔をする。その愛らしい様子に俺はお小言なんてどうでもよくなって、その紅い髪を両手でわしゃわしゃと犬にでもするように軽く乱した。
ちなみにここは、学園の廊下だ。怪訝そうな顔で俺たちを見ている者、もう慣れたとばかりに軽く視線を向けるだけの者……その反応はさまざまだ。
――ミルカ王女は、従者を愛人にしている。
――いや、あの従者はパラディスコの公爵家の者らしい。婚約をしているという話だぞ。
――公爵家の者? 下賤な身にしか見えぬのだが……
そんな失礼なものも含む色々な噂が立っているが、小国とはいえ王女に直接噂の真偽を問える者はいない。……ミルカと親しい数人は知っていることなんだが。
「お二人は次の長期休暇を利用して、ご両親への婚約のご報告に帰るんですの?」
暖かな日が差す昼下がりのカフェテリアで、最近ようやくミルカに慣れてきたらしいビアンカ嬢が、愛らしく小首を傾げながら訊ねてきた。ビアンカ嬢は俺たちの婚約のことを知る一人だ。
俺とミルカは国に書簡を送って婚約を済ませてはいるが、ミルカの父母である国王陛下と王妃様、そしてうちの両親に対面での報告はまだしていない。
「そうするつもり! ……で、いいのよね? ハウンド」
ちらり、とこちらに少し不安そうな視線を投げながらミルカが問う。俺はその問いにうなずいてみせた。
「そッスね、ミルカ」
答えに満足したかのようで、ミルカの表情は嬉しそうにふわりとゆるむ。
……どうしてスライムに襲われた日まで気持ちに気づかなかったのだと思う程度に、ミルカは俺のことが好きだ。今思えば、互いを知りすぎて臆病になっていたのだろう。
「ふふ。お二人とも幸せそうで、見ているだけでこちらも素敵な気分になりますわ」
ビアンカ嬢は妖精のような儚げな美貌に柔らかい笑みを浮かべた。
そういうビアンカ嬢こそマクシミリアンと一緒にいる時、とても幸せそうだと思う。学園中の生徒から、彼らは憧れの目を向けられている。
愛する侯爵家のご令嬢を娶るために、美男の従者が高位貴族の座を手に入れた。
それはロマンスに満ちた恋物語として、生徒たちの心を捉えている。
マクシミリアンは彼女の背後で、今日も影のように控えていた。いつ見ても怜悧で酷薄な印象を与える美貌である。これがビアンカ嬢を前にするとこの世の愛を集めたかのように蕩けてしまうのだ。
「あとはシュミナ嬢とメイカ王子のご婚約がまとまれば、皆ハッピーエンドですわね」
ビアンカ嬢は嬉しそうに言うと、うっとりとした顔をした。女の子は皆、恋の話が好きだな。
「メイカねぇ。アレ、一応王太子だからなぁ」
ミルカが腕組みをし、眉間に皺を寄せて少し唸った。その仕草は高貴な人と言うには程遠い……というか少し親父くさい。そんなところも可愛いと、俺は思うんだけどね。
「まぁ。難しいんですの?」
「メイカはシュミナを王太子妃にする気満々なんだけどね」
ミルカはそう言うと眉間にさらに深い皺を寄せた。
ミルカの双子の兄、メイカの身分は一応我がパラディスコ王国の王太子というヤツである。対してシュミナ嬢はリーベッへ王国の男爵家のご令嬢……
リーベッへと比べてパラディスコが小国とはいえ、シュミナ嬢を王太子妃に据えることは多くの貴族たちに反対されている。
……お似合いだと、思うんだけどね。あの女好きのメイカが『側室はいらない』と言うくらいにシュミナ嬢には惚れ込んでるし。俺もいい子だと思う。
「私は二人に幸せになって欲しいし、もちろん賛成派なんだけど。議会を黙らせるのが結構大変そうなんだぁ。メイカが側室は取らない、なんて言い出したからなおさら。王太子妃は無理でも娘を側室に……って狙ってた貴族も多かったし」
大きく息を吐いた後に、ミルカはカフェオレを啜る。
そうなのだ。メイカは女好きで、五股くらいなら平気でやらかす男だ。だから最悪でも側室、と貴族たちが考えるのは当然のことだ。
しかし、メイカがシュミナ嬢に本気になったことでその目論見は大きく外れた。
「それは、困りますわね。……ポーズだけでも側室を取れば物事はスムーズに進むのでしょうけど……」
ビアンカ嬢も紅茶を啜った後に小さく息を吐く。
「それができないって言うんだよね。ほんと今さら純情に目覚めるなんて、いいんだか悪いんだか」
「わたくしも、マクシミリアンに愛人がいたら嫌ですもの。気持ちはわかりますわ」
ビアンカ嬢の言葉にマクシミリアンが小さく片眉を上げる。仮定でもそんな話はするなとその顔には書いてある。
「どうしたら、いいのかなぁ」
ミルカがまたため息をつく。
「どうしたら、いいのかしら……」
ビアンカ嬢もつぶやいてまた息を吐いた。
こうして当事者不在のまま、『メイカとシュミナ嬢をどうやったら穏便に結婚させられるか会議』は続いたのだった。
+++
そんなこんなでシュミナとメイカのお話もそのうち入るかも?というアレコレです。
次回からはまた開発日記的なお話を数話の予定です。
ぼふりと背後から誰かが飛びついてくる。こんなことをしてくるのは一人しかいない。ミルカだ。
その衝撃に耐えた後にミルカと向き合うと、俺はその愛らしい額にキスをした。
「どうしたんスか? ミルカ」
「ふふふ。甘えたいだけ!」
そう言ってにこりと笑い、ミルカは俺に胸にぐりぐりと頭を押し付ける。その髪を優しく撫でると、彼女は気持ちよさげに目を細めた。
「甘えたいのはいいんスけど。学校の廊下は走っちゃいけないんスよ」
「むぅ」
俺の言葉にミルカは不服そうな顔をする。その愛らしい様子に俺はお小言なんてどうでもよくなって、その紅い髪を両手でわしゃわしゃと犬にでもするように軽く乱した。
ちなみにここは、学園の廊下だ。怪訝そうな顔で俺たちを見ている者、もう慣れたとばかりに軽く視線を向けるだけの者……その反応はさまざまだ。
――ミルカ王女は、従者を愛人にしている。
――いや、あの従者はパラディスコの公爵家の者らしい。婚約をしているという話だぞ。
――公爵家の者? 下賤な身にしか見えぬのだが……
そんな失礼なものも含む色々な噂が立っているが、小国とはいえ王女に直接噂の真偽を問える者はいない。……ミルカと親しい数人は知っていることなんだが。
「お二人は次の長期休暇を利用して、ご両親への婚約のご報告に帰るんですの?」
暖かな日が差す昼下がりのカフェテリアで、最近ようやくミルカに慣れてきたらしいビアンカ嬢が、愛らしく小首を傾げながら訊ねてきた。ビアンカ嬢は俺たちの婚約のことを知る一人だ。
俺とミルカは国に書簡を送って婚約を済ませてはいるが、ミルカの父母である国王陛下と王妃様、そしてうちの両親に対面での報告はまだしていない。
「そうするつもり! ……で、いいのよね? ハウンド」
ちらり、とこちらに少し不安そうな視線を投げながらミルカが問う。俺はその問いにうなずいてみせた。
「そッスね、ミルカ」
答えに満足したかのようで、ミルカの表情は嬉しそうにふわりとゆるむ。
……どうしてスライムに襲われた日まで気持ちに気づかなかったのだと思う程度に、ミルカは俺のことが好きだ。今思えば、互いを知りすぎて臆病になっていたのだろう。
「ふふ。お二人とも幸せそうで、見ているだけでこちらも素敵な気分になりますわ」
ビアンカ嬢は妖精のような儚げな美貌に柔らかい笑みを浮かべた。
そういうビアンカ嬢こそマクシミリアンと一緒にいる時、とても幸せそうだと思う。学園中の生徒から、彼らは憧れの目を向けられている。
愛する侯爵家のご令嬢を娶るために、美男の従者が高位貴族の座を手に入れた。
それはロマンスに満ちた恋物語として、生徒たちの心を捉えている。
マクシミリアンは彼女の背後で、今日も影のように控えていた。いつ見ても怜悧で酷薄な印象を与える美貌である。これがビアンカ嬢を前にするとこの世の愛を集めたかのように蕩けてしまうのだ。
「あとはシュミナ嬢とメイカ王子のご婚約がまとまれば、皆ハッピーエンドですわね」
ビアンカ嬢は嬉しそうに言うと、うっとりとした顔をした。女の子は皆、恋の話が好きだな。
「メイカねぇ。アレ、一応王太子だからなぁ」
ミルカが腕組みをし、眉間に皺を寄せて少し唸った。その仕草は高貴な人と言うには程遠い……というか少し親父くさい。そんなところも可愛いと、俺は思うんだけどね。
「まぁ。難しいんですの?」
「メイカはシュミナを王太子妃にする気満々なんだけどね」
ミルカはそう言うと眉間にさらに深い皺を寄せた。
ミルカの双子の兄、メイカの身分は一応我がパラディスコ王国の王太子というヤツである。対してシュミナ嬢はリーベッへ王国の男爵家のご令嬢……
リーベッへと比べてパラディスコが小国とはいえ、シュミナ嬢を王太子妃に据えることは多くの貴族たちに反対されている。
……お似合いだと、思うんだけどね。あの女好きのメイカが『側室はいらない』と言うくらいにシュミナ嬢には惚れ込んでるし。俺もいい子だと思う。
「私は二人に幸せになって欲しいし、もちろん賛成派なんだけど。議会を黙らせるのが結構大変そうなんだぁ。メイカが側室は取らない、なんて言い出したからなおさら。王太子妃は無理でも娘を側室に……って狙ってた貴族も多かったし」
大きく息を吐いた後に、ミルカはカフェオレを啜る。
そうなのだ。メイカは女好きで、五股くらいなら平気でやらかす男だ。だから最悪でも側室、と貴族たちが考えるのは当然のことだ。
しかし、メイカがシュミナ嬢に本気になったことでその目論見は大きく外れた。
「それは、困りますわね。……ポーズだけでも側室を取れば物事はスムーズに進むのでしょうけど……」
ビアンカ嬢も紅茶を啜った後に小さく息を吐く。
「それができないって言うんだよね。ほんと今さら純情に目覚めるなんて、いいんだか悪いんだか」
「わたくしも、マクシミリアンに愛人がいたら嫌ですもの。気持ちはわかりますわ」
ビアンカ嬢の言葉にマクシミリアンが小さく片眉を上げる。仮定でもそんな話はするなとその顔には書いてある。
「どうしたら、いいのかなぁ」
ミルカがまたため息をつく。
「どうしたら、いいのかしら……」
ビアンカ嬢もつぶやいてまた息を吐いた。
こうして当事者不在のまま、『メイカとシュミナ嬢をどうやったら穏便に結婚させられるか会議』は続いたのだった。
+++
そんなこんなでシュミナとメイカのお話もそのうち入るかも?というアレコレです。
次回からはまた開発日記的なお話を数話の予定です。
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