【R18】執事と悪役令嬢の色々な世界線

夕日(夕日凪)

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執事のお嬢様開発日記

執事は令嬢と踊る3

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 パーティーの当日。
 私は注文した衣装を身にまとい、お嬢様の部屋へと向かっていた。
 今日の私は詰め襟の青地に銀で刺繍が入った上衣と、白のトラウザーズを身に着けている。
 腕に抱えた大きな薔薇の花束は、お嬢様の可憐さをイメージした白一色だ。使用人寮から出た瞬間から、通りすがる人々にチラチラと見られるのが少し鬱陶しいが、こんなに大きな花束を抱えていては仕方がないかもしれない。

「お嬢様、お迎えに上がりました」

 女子寮へと行きお嬢様の扉の前でそう告げると、扉が軽い音を立てて開く。そして笑顔のお嬢様が姿を現した。

「……可憐だ」

 その姿を見た瞬間、唇からそんな言葉が零れていた。
 胸元が控えめに開いた青のドレス。その胸部には黒で精緻な刺繍が施されている。腰回りにも黒の飾りリボンがあしらわれ、裾からは黒のレースが覗いていた。
 銀色の美しい髪は結ってサイドに垂らしてある。その結び目には、銀細工の髪飾りがあしらわれていた。
 お嬢様が着るには、少し大人びたデザインなのだろう。けれどお嬢様は、それを自然に着こなしている。
 ――よく、似合っている。本当に素敵だ。
 私は内心の高揚を抑えながらお嬢様の前に跪く。そしてそっと、花束を差し出した。

「迎えに来ました、私の姫」

 自分には不似合いな言葉を言いながら微笑んでみせる。するとお嬢様は、はにかみながら花束を受け取ってからふわりと笑った。その微笑みに、薔薇でさえも霞んでしまう。
 お嬢様は頬を赤く染めて私を見つめる。そして……

「……王子様ね、マクシミリアン」

 感極まったような吐息とともに、そんな言葉を零した。
 メイドに花束を預けると、お嬢様が私に抱きついてくる。その勢いで彼女についていた薔薇の花びらがふわりと散って、床に舞い落ちた。

「素敵、本当に素敵。どうしよう……素敵すぎて、どうしていいかわからないの」

 私だって、貴女が愛おしすぎて……いつだってどうしていいのかわからない。
 お嬢様は私が手に入れるには過ぎた存在だ。だけど幸運にも、彼女は私の側に居てくださる。

「お嬢様も、とても素敵です」
「嬉しい……マクシミリアン」

 背中を撫でた時にふと気づく……素肌に、手が触れていないか?
 数度撫でて確認しても、やはりそこは素肌である。

「マ、マクシミリアン?」

 真っ赤になってこちらの名を呼ぶお嬢様を無視してその小さな体を反転させると、ドレスの背中側はざっくりと大きく開いており、白い肌が惜しげもなく晒されていた。

「……これは、露出しすぎでは」
「そ、そんなことないわよ?」

 お嬢様は反論するが、その声は小さく震えている。露出が多い自覚はあったのだろう。

「――後で、お仕置きですね」

 メイドに聞こえないように耳元で囁くと、お嬢様の体がびくりと震えた。

「怖いお仕置きは、ダメよ」

 そう囁き返すお嬢様の表情に――少しの期待が滲んでいるのを私は見逃さなかった。
 お嬢様は愛らしく……そして艶美だ。
 先ほど感動したばかりのドレスを脱がせて寝台に押し倒したい衝動を堪え、私は微笑みながらお嬢様の手を引いた。
 お嬢様と私の手首には、黒サファイアと銀を使った細いブレスレットが光っている。今日のために作った揃いのものだ。

「会場までエスコートして? マクシミリアン」
「はい、お嬢様」

 桜貝のような爪がついた指先にそっと口づけてから、手を取り合って。私たちは会場へと向かった。

 ☆

 会場に着くと人々の視線は一気に私たちに集まった。お嬢様はいつでもお美しいが、今日は輝かんばかりだからな。
 ……妙な虫がつかないように、私がしっかり見張らねば。
 場合によっては排除も辞さない。証拠を残さない方法なんて、いくらでもあるのだ。

「――マクシミリアン、悪いお顔をしてるわ」
「そんなことありませんよ? 可愛い私のお嬢様」

 ごまかすように笑みを浮かべると、お嬢様の額と頬に口づけ、仕上げとばかりに唇に少しだけ長めの口づけを与える。
 するとお嬢様の頬に赤みが差し、その表情はとろりと甘くなった。細い首筋を指でくすぐると、お嬢様の唇からは深い吐息が零れる。
 ――なんて、愛らしいんだ。

「ねぇ、マクシミリアン。今日もビアンカと呼んで」
「――わかりました、ビアンカ」

 可愛いお嬢様のおねだりに応えると、彼女は嬉しそうに笑った。

「マクシミリアンさん! ビアンカ様!」

 声をかけられ振り向くと、シュミナと恋人である他国の王子――メイカ王子の姿があった。
 ……騒がしいのが来たな。
 私はそんな気持ちを隠さずに、少し苦い顔をしてみせた。

「メイカ王子、はじめまして。ビアンカ・シュラットと申します。シュミナ嬢は昨日ぶりね」

 お嬢様は淑女の礼をし、おっとりとした微笑みながら挨拶をする。
 私も形式ばった礼をしてから、適当な挨拶の言葉を口にした。

「やぁ、シュラット侯爵令嬢、セルバンデス侯爵。いつもシュミナと仲良くしてくれて、ありがとう」

 メイカ王子は色香ある美貌に、人好きする笑みを浮かべながら挨拶を返す。
 メイカ王子はミルカ王女の、双子の兄だ。
 赤い髪を腰まで垂らしたその容姿は、やはり妹によく似ている。彼は昔は、相当な女タラシだった……らしい。シュミナに一途な姿しか見ていないから、その実感はいまいち無いが。
 彼は今の美しいお嬢様にさえ目もくれず、隣のシュミナに愛おしいという視線を向けている。
 お嬢様に興味がない男というのは、気を使わなくていいので実にありがたいな。

「シュラット侯爵令嬢は、シュミナに強引に友人にされたんでしょう?」
「もう! メイちゃん!」

 シュミナが頬を膨らませてメイカ王子の服を引っ張る。彼はふっと笑うと、シュミナの額に軽くキスをした。

「ビアンカ嬢!」

 大きな音を立てながら駆け寄り、お嬢様に抱きついてきたのはミルカ王女だ。
 彼女もずいぶん、お嬢様に気安くなった。
 その後ろにいる白い礼服の男は――ハウンドか。
 公爵家の次男だとは知っていたが、この男はずいぶんと化けるのだな。
 いつもは細かいみつあみにしてアップにしている髪は肩に流され、耳に大量に着けているピアスも今日はささやかに一つだけになっている。彼はこちらの視線に気づくと、貴公子然とした笑みを浮かべた。

「いい夜だね、二人とも」

 本当に、お前は誰だ。
 お嬢様も「ハウンド?」と隣で小さく疑問形のつぶやきを漏らしている。

「ふふん。今日のハウンドは貴公子仕様なの! 素敵でしょう!」

 そんなハウンドの横に立ち、ミルカ王女は嬉しそうに胸を張った。
 シャンパングラスをテーブルから二つ取り、一つをお嬢様に渡してから口に運ぶ。それは果実で香りづけされた炭酸水だった。学園主催のパーティーなので、アルコールは供されていないのだ。
 炭酸水を飲みながら、周囲を少し観察する。
 遠くでは背が小さく少しぽっちゃりとしたご令嬢と、ノエルがぶつかっているのが見える。彼は二言三言なにかを話してから、そのご令嬢の手を取った。ご令嬢は顔を盛大に赤くする。そんな彼女を見て、ノエルは楽しそうに笑った。
 フィリップ王子は婚約者候補なのだろう見慣れぬご令嬢を連れて、よそ行き顔でエスコートをしている。彼はこちらを見ると、ビアンカの姿に目を奪われ――私の顔を見てから苦い顔をした。
 そんな顔をしない方がいい。隣の令嬢があっけに取られているじゃないか。
 私はふっと笑みを漏らしながら、また炭酸水を口にした。

 ――悪くない夜だ。
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