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花屋のうさぎの休暇1

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「長い……一日だったなぁ」

 花屋へと帰った僕は、大きく息を吐き出した。本当に長い一日だった。人生で一番と言っていいくらいに、怖い出来事もあった。

 そしてリオネル様に……たくさん触れられた一日だった。

 優しい手や舌の感触を思い返すと、恐怖以外の感情で体がぞくりと震える。人に触れられることがあんなに気持ちいいなんて、僕は今まで知らなかった。
 他のアルファと違って、リオネル様は怖くない。……だけどある意味では恐ろしい人だ。
 彼と居るとあの美しい生き物になら食べられてもいいと、そんな気持ちにうっかり溺れそうになってしまうから。
 このままリオネル様のところに通い続けたら、僕は未婚の父一直線なんじゃないのかな。リオネル様だって今回のような想定外に起きたオメガの発情に、何度も耐えられるわけではないだろうし。
 やっぱり騎士宿舎に行くのは止めた方がいい気がする。僕の収入だと、万が一があったら一人で子供を育てるのは大変だ。
 店舗から扉一枚挟んで続いている住居部分へと向かい、寝室のベッドにぼふりと横になる。リオネル様の馬車の座席よりも固いベッドの感触に、『ああ、帰ってきたんだな』と僕は安堵を覚えた。
 お風呂は今日は入らなくてもいいかな。騎士団の宿舎で入ってきたし。
 ……店の前がまた荒らされていたのは、今夜は見ないフリをしよう。朝になったらちゃんと掃除をしなきゃ。

「頭がパンパンだ……」

 リオネル様との出会いから今日までの日々は、僕の手には大幅に余る。それを一人で抱えることには……そろそろ限界がきていた。

 一度、誰かに話を聞いてもらおうかな。

 僕がこれからどうしたらいいのかの、方向性を示唆してくれるかもしれないし。
 恥ずかしいどころじゃないことも話さないといけないけれど、それも仕方ないだろう。ごまかしたって仕方がないのだ。
 リオネル様にはお休みを三日間頂いているし……誰かに会いに行くいい機会だよな。
 僕は友人の顔を思い浮かべた。相談するなら彼しかいない。
 友人――ロランは同じうさぎ族のオメガだ。
 仕事のお昼休憩の時に立ち寄る定食屋でよく一緒になり、話しているうちにうちに意気投合した。種族が同じでしかもオメガ同士。立場が近いと悩みも近く、会話も弾むものである。
 明日のお昼に定食屋に行ってみよう。いつも通りに動いているなら、ロランはきっと居るはずだ。
 もしも居なかったら彼の家まで足を伸ばして、『話をしたい』という書き置きをポストに入れるんだ。
 そんなことを考えているうちに、意識はふわふわと眠りの中に迷い込んでいく。

 そして僕は――夢を見た。

 深くフードを被った狼族の男が、僕の花屋近くの路地に倒れている。男は全身傷だらけで薄汚れていて……今にも死んでしまいそうに見えた。
 恐らくアルファだろう男と関わるのは怖かったけれど、訳ありらしい怪我人を僕は放っておくことができなかった。
 力ない抵抗をするその男を店に押し込んで、半ば無理やり傷の手当をする。その間、男はずっと無言だった。
 男の顔は見えないけれど、さらりと一房落ちた銀髪が妙に美しかったことは覚えている。

 そう……『覚えている』んだ。

 これはただの夢じゃなくて、僕自身の過去の記憶だ。
 どうして……僕は今。この夢を見るんだろうか。
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