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花屋のうさぎの休暇2
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「……懐かしいなぁ」
目覚めた僕は、起き抜けのどこかぼやけた声でそうつぶやいた。
カーテンの隙間から見える空は夜闇の余韻を残してまだ暗い。しかし星々がまたたく紫紺の下部は仄かに薄明るさで色づき、夜明けが近づいていることを示している。これが僕のいつも通りの起床時間だ。
夢で見た狼族の男は……元気なのかな。
あの日は彼が顔を見せるのを嫌がったのでひとまず見えるところだけの治療をし、軽い食事をさせてから寝かせたのだけれど――翌朝起こしに行くと彼は居なくなっていた。
たしかあれは、一年くらい前の出来事だっけ。
狼族の男性の死亡記事が出ていたらどうしようと、しばらくは新聞を見るのにもびくびくしたものだ。
生きていたとしても……もう会うこともないんだろうな。
「狼……か」
近頃縁が出来た銀狼のことを思い浮かべながら、歯ブラシに磨き粉をつける。
リオネル様は悪い方ではないけれど、僕の大きな悩みの種になってしまった。本当に、リオネル様はなにも悪くないのだ。こちらの方に問題が多すぎるのであって。
丁寧に歯を磨いているうちに、どこかぼんやりとしていた意識がすっきりと明瞭になる。
「……さて」
歯を磨き終えて爽やかな気分になった僕は、朝食の準備のために小さな台所に向かった。
フライパンで厚く切ったベーコンを焼き、上から卵を二つ落とす。水を少しかけてから蓋を閉じて蒸し焼きにしている間に、濃いめの珈琲を淹れる。少し前に買ったすっかり固くなってしまっているパンも、軽く炙ってしまいたいな。
ご飯を食べたら店の前の掃除をして、契約している仕入先から花を受け取って、市場まで足を伸ばしてさらに花を仕入れて……そんなことを考えていると、ドアベルが鳴らされた。
……こんな早朝に誰だろう。
そう思いながら扉を開けると、そこには朗らかに笑うニルス様が立っていた。彼は手に大きめの茶色の紙袋を持っている。それからはなんだか美味しそうな香りが漂っていた。
「おはよう、レイラちゃん」
「ニルス様、おはようございます。どうされたんですか?」
「配達のお仕事はお休みだけど、お花は売ってもらおうと思って。ごめんね、今日は早番だから早い時間に来ちゃって」
謝罪の言葉と同時に、茶色の袋と錠剤が入った小瓶を渡される。首を傾げながらそれらを受け取り袋を開けると、中には美味しそうに焼けたパンが入っていた。
「この瓶は……?」
「発情を抑えるお薬。パンは一緒に朝ごはんをどうかなと思って持ってきたの。お花の仕入れがあるだろうから早起きかなとは思ってたんだけど、家から気配がしてたからほっとしたよ」
黒い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ニルス様は人の良さげな笑みを浮かべた。
「パンもお薬も、すごくありがたいです」
急な発情期で薬の手持ちが心配だったので、これはとても助かる。ニルス様は本当に気が利く方だ。パンは……ニルス様はここから三軒先のパン屋の女性とお付き合いしてるんだっけ。そこが出どころかな。今朝は固いパンじゃなくて、美味しいパンを食べられそうだ。
「卵をちょうど焼いていたんです。半分にして食べましょう」
「わぁ、いい匂いがしてると思ってたんだ」
ニルス様の大きな尻尾がばふばふと大きく揺れる。リオネル様は無表情で取っつきにくい印象が強いけれど、ニルス様はいつでも朗らかだ。
ひとまず我が家の狭い居間へご案内して、長椅子に座って頂く。そして台所に向かうとベーコンエッグがちょうど良く焼けていた。それをお皿に移してフォークを二本持ってから、僕はニルス様の元へと向かった。
目覚めた僕は、起き抜けのどこかぼやけた声でそうつぶやいた。
カーテンの隙間から見える空は夜闇の余韻を残してまだ暗い。しかし星々がまたたく紫紺の下部は仄かに薄明るさで色づき、夜明けが近づいていることを示している。これが僕のいつも通りの起床時間だ。
夢で見た狼族の男は……元気なのかな。
あの日は彼が顔を見せるのを嫌がったのでひとまず見えるところだけの治療をし、軽い食事をさせてから寝かせたのだけれど――翌朝起こしに行くと彼は居なくなっていた。
たしかあれは、一年くらい前の出来事だっけ。
狼族の男性の死亡記事が出ていたらどうしようと、しばらくは新聞を見るのにもびくびくしたものだ。
生きていたとしても……もう会うこともないんだろうな。
「狼……か」
近頃縁が出来た銀狼のことを思い浮かべながら、歯ブラシに磨き粉をつける。
リオネル様は悪い方ではないけれど、僕の大きな悩みの種になってしまった。本当に、リオネル様はなにも悪くないのだ。こちらの方に問題が多すぎるのであって。
丁寧に歯を磨いているうちに、どこかぼんやりとしていた意識がすっきりと明瞭になる。
「……さて」
歯を磨き終えて爽やかな気分になった僕は、朝食の準備のために小さな台所に向かった。
フライパンで厚く切ったベーコンを焼き、上から卵を二つ落とす。水を少しかけてから蓋を閉じて蒸し焼きにしている間に、濃いめの珈琲を淹れる。少し前に買ったすっかり固くなってしまっているパンも、軽く炙ってしまいたいな。
ご飯を食べたら店の前の掃除をして、契約している仕入先から花を受け取って、市場まで足を伸ばしてさらに花を仕入れて……そんなことを考えていると、ドアベルが鳴らされた。
……こんな早朝に誰だろう。
そう思いながら扉を開けると、そこには朗らかに笑うニルス様が立っていた。彼は手に大きめの茶色の紙袋を持っている。それからはなんだか美味しそうな香りが漂っていた。
「おはよう、レイラちゃん」
「ニルス様、おはようございます。どうされたんですか?」
「配達のお仕事はお休みだけど、お花は売ってもらおうと思って。ごめんね、今日は早番だから早い時間に来ちゃって」
謝罪の言葉と同時に、茶色の袋と錠剤が入った小瓶を渡される。首を傾げながらそれらを受け取り袋を開けると、中には美味しそうに焼けたパンが入っていた。
「この瓶は……?」
「発情を抑えるお薬。パンは一緒に朝ごはんをどうかなと思って持ってきたの。お花の仕入れがあるだろうから早起きかなとは思ってたんだけど、家から気配がしてたからほっとしたよ」
黒い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ニルス様は人の良さげな笑みを浮かべた。
「パンもお薬も、すごくありがたいです」
急な発情期で薬の手持ちが心配だったので、これはとても助かる。ニルス様は本当に気が利く方だ。パンは……ニルス様はここから三軒先のパン屋の女性とお付き合いしてるんだっけ。そこが出どころかな。今朝は固いパンじゃなくて、美味しいパンを食べられそうだ。
「卵をちょうど焼いていたんです。半分にして食べましょう」
「わぁ、いい匂いがしてると思ってたんだ」
ニルス様の大きな尻尾がばふばふと大きく揺れる。リオネル様は無表情で取っつきにくい印象が強いけれど、ニルス様はいつでも朗らかだ。
ひとまず我が家の狭い居間へご案内して、長椅子に座って頂く。そして台所に向かうとベーコンエッグがちょうど良く焼けていた。それをお皿に移してフォークを二本持ってから、僕はニルス様の元へと向かった。
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