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花屋のうさぎと赤狼の出会い2
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「名前は?」
「レ、レイラです」
「ふむ。いい名だね」
赤狼は楽しそうに言うと僕の頬に数度口づける。
――酷薄そうな人間でも、唇は柔らかいんだな。
そんなどうでもいいことを、僕は現実逃避のように考えてしまった。
唇はさらに数度肌に触れ、彫刻のように美しい手がさらりと髪を梳く。その手つきは優しいけれど、人間扱いをされていないことが如実に感じられる。
まるで……人形遊びの人形にでもなったような気分だ。
この人の癇癪一つで、僕は床に叩きつけられ壊されてしまうのだろう。そんな緊張感に体に力が入る。まともに呼吸をしていいのかすらもわからなくなって、不自然な浅い呼吸を繰り返すばかりになってしまう。赤狼はこちらに金色の瞳を向けると、小さく唇の端を上げた。
「緊張しなくていい。ひどいことはしないから」
唇は頬を伝いながらゆるやかに下りて……首輪越しのうなじにカチリと牙を立てられる。
「――ッ!」
彼にとっては児戯にも等しいだろうその行為は――全身に苛烈な刺激を与えた。嫌悪と……それ以上の快楽が体中を這い、激しい混乱を脳にもたらす。首筋が熱くて、焼け落ちてしまいそうな錯覚さえ覚える。
弱く、強く。赤狼は立て続けに何度もうなじを噛み、楽しそうにこちらの反応を窺う。首輪の隙間に指を入れられて軽く引っ張られ、危機感で体が震えた。
怖い……嫌だ。リオネル様以外に噛まれたくない。
逞しい体躯を押し返そうと何度も腕を突っ張るけれど、抵抗はなんの意味も成さなくて、力強い腕の中に留めらるままとなってしまう。
「や、やです……! 止めてくださいっ……」
みるみるうちに瞳が潤んで涙が零れた。涙は熱い舌で拭われ、ついでとばかりに口づけをされそうになる。それを必死に避けると、赤狼は忍び笑いを漏らした後にそれ以上は追わなかった。
「ハルミニア卿の香りがするね」
「――ッ!」
――この赤狼は、リオネル様の匂いを知っている。
つまりは、近くで顔を突き合わせるような仲なのだ。
いくら狼族だといっても、近くにいる間柄でないと匂いを覚えたりはしないだろう。
いや。リオネル様のような方の場合、一方的な執着で知らない相手に匂いを覚えられたり……ということもあるのだろうか。
「ここまで濃い匂いをつけているのに、番にはされていないのか。可哀想に、あれに弄ばれているんだね」
喉の奥で押し殺すように笑いながら、赤狼が残酷な言葉を投げつける。
心臓を冷たい手でぎゅっと掴まれたような心地になりながら、僕は彼を睨みつけた。
「貴方は、本当になんなんですか……っ」
「そうだね、名前だけでも教えてあげようか。改めまして、僕はシエル・アウグストソンだ」
その名を聞いて――僕は目を瞠った。
「アウグストソン……公爵?」
「知っているんだね?」
アウグストソン公爵は、金の瞳を煌めかせながら楽しそうに笑う。
彼のことは……知っている。リオネル様と違う意味で、彼は有名なのだ。
アウグストソン公爵は……『公爵様』であり『王族』だ。
前王と側室だった男爵家令嬢との子供。
圧倒的なカリスマ性と知性を備え、しかし母親の身分が低いことから、王位継承の椅子からは最も遠いと言われている。
真紅の狼、悲劇の赤狼。いろいろな呼び名で彼は呼ばれている。
そんな人がなぜ……こんなことを。
「レ、レイラです」
「ふむ。いい名だね」
赤狼は楽しそうに言うと僕の頬に数度口づける。
――酷薄そうな人間でも、唇は柔らかいんだな。
そんなどうでもいいことを、僕は現実逃避のように考えてしまった。
唇はさらに数度肌に触れ、彫刻のように美しい手がさらりと髪を梳く。その手つきは優しいけれど、人間扱いをされていないことが如実に感じられる。
まるで……人形遊びの人形にでもなったような気分だ。
この人の癇癪一つで、僕は床に叩きつけられ壊されてしまうのだろう。そんな緊張感に体に力が入る。まともに呼吸をしていいのかすらもわからなくなって、不自然な浅い呼吸を繰り返すばかりになってしまう。赤狼はこちらに金色の瞳を向けると、小さく唇の端を上げた。
「緊張しなくていい。ひどいことはしないから」
唇は頬を伝いながらゆるやかに下りて……首輪越しのうなじにカチリと牙を立てられる。
「――ッ!」
彼にとっては児戯にも等しいだろうその行為は――全身に苛烈な刺激を与えた。嫌悪と……それ以上の快楽が体中を這い、激しい混乱を脳にもたらす。首筋が熱くて、焼け落ちてしまいそうな錯覚さえ覚える。
弱く、強く。赤狼は立て続けに何度もうなじを噛み、楽しそうにこちらの反応を窺う。首輪の隙間に指を入れられて軽く引っ張られ、危機感で体が震えた。
怖い……嫌だ。リオネル様以外に噛まれたくない。
逞しい体躯を押し返そうと何度も腕を突っ張るけれど、抵抗はなんの意味も成さなくて、力強い腕の中に留めらるままとなってしまう。
「や、やです……! 止めてくださいっ……」
みるみるうちに瞳が潤んで涙が零れた。涙は熱い舌で拭われ、ついでとばかりに口づけをされそうになる。それを必死に避けると、赤狼は忍び笑いを漏らした後にそれ以上は追わなかった。
「ハルミニア卿の香りがするね」
「――ッ!」
――この赤狼は、リオネル様の匂いを知っている。
つまりは、近くで顔を突き合わせるような仲なのだ。
いくら狼族だといっても、近くにいる間柄でないと匂いを覚えたりはしないだろう。
いや。リオネル様のような方の場合、一方的な執着で知らない相手に匂いを覚えられたり……ということもあるのだろうか。
「ここまで濃い匂いをつけているのに、番にはされていないのか。可哀想に、あれに弄ばれているんだね」
喉の奥で押し殺すように笑いながら、赤狼が残酷な言葉を投げつける。
心臓を冷たい手でぎゅっと掴まれたような心地になりながら、僕は彼を睨みつけた。
「貴方は、本当になんなんですか……っ」
「そうだね、名前だけでも教えてあげようか。改めまして、僕はシエル・アウグストソンだ」
その名を聞いて――僕は目を瞠った。
「アウグストソン……公爵?」
「知っているんだね?」
アウグストソン公爵は、金の瞳を煌めかせながら楽しそうに笑う。
彼のことは……知っている。リオネル様と違う意味で、彼は有名なのだ。
アウグストソン公爵は……『公爵様』であり『王族』だ。
前王と側室だった男爵家令嬢との子供。
圧倒的なカリスマ性と知性を備え、しかし母親の身分が低いことから、王位継承の椅子からは最も遠いと言われている。
真紅の狼、悲劇の赤狼。いろいろな呼び名で彼は呼ばれている。
そんな人がなぜ……こんなことを。
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