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花屋のうさぎと赤狼の出会い3
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呆然としている僕の頬に、綺麗な指が優しく触れる。指は下に流れて、首輪についているハルミニア侯爵家の紋章をゆるりと撫でた。
「ア、アウグストソン公爵」
「堅苦しいね。シエルと呼びなさい」
「そんなわけには……」
王家の尊い血を引く公爵様を、そんなふうに呼べるはずがない。
慌ててぶんぶんと首を振ると、金色の瞳でじっと見つめられた。
「――呼ぶんだ、いいね」
――威圧に満ちた声が耳に届く。
僕の長い耳はその威圧に打ちのめされたかのように自然に垂れてしまい、ただでも小さい尻尾がさらにきゅっと縮まった気がした。
「……シエル、様」
「うん、いい子」
大きな手が優しく頭を撫でる。だけどちっとも落ち着かずに体が強張ってしまう。
「……シエル様は、リオネル様のお知り合いなのですか?」
「たまに王宮で顔を合わせる程度だね。知り合いというほどの仲ではない」
気になっていたことを問うと、案外素っ気ない答えが返ってくる。
「だけど……彼の匂いを知っているんですよね」
「狼は鼻が利くからね。気に入らない同族の匂いは、特によく鼻に残る」
「気に、いらない……」
なんとも、不穏な言葉だ。
鸚鵡返しに言う僕に目をやり、シエル様は口の端を上げて白い牙を見せながら笑った。
「そう、気に入らない。清廉潔白で挫折や悩みを一切知らない、あのお綺麗な男がね」
彼の言う通りではない。リオネル様だっていろいろな苦悩を抱えて生きている。
近くで過ごすようになるまでは、シエル様と同じような感想を抱いていなかったかというと……嘘になるけれど。
けれどそれを言っても、シエル様は聞き入れてはくれないのだろう。
「さて、そろそろ着くよ」
そんなふうに会話を打ち切られて、僕はハッとした。
淑女にするように手を取られ、馬車から降ろされる。そこは見たことがないくらいに立派な屋敷だった。歴史を感じさせるその重厚な佇まいは、シエル様の雰囲気とどこか似通っている。
リーディさんが乗った馬車は裏門にでも行くのか、屋敷の塀を回るようにして消えていった。
「リーディさんは……」
「あの男におびき出されたのに、君は優しいね。そうだね、今はなにもしないよ」
信用できないことを言って楽しそうに笑うと、彼は優雅な仕草で僕の手を引く。
リーディさんとロランの身の安全のためにも、そして僕自身の安全のためにも。黙ってついていくという選択肢しか存在しなくて、僕は赤狼に手を引かれるままに歩いた。
長い長い玄関までの道を歩き、重厚な扉を通り抜けた瞬間。
壁にかけられた――女性の肖像が目に入った。
シエル様と同じ赤い髪と金色の瞳。そして滑らかな褐色の肌を持つ、美しい女性だ。
「この屋敷は僕に与えられた屋敷の一つでね。過去には母がここに囲われていたんだ」
肖像に目を奪われる僕に、シエル様はそんなことを言った。
ではこの肖像は、彼の母――前王のご側室なのだろう。
前王に溺愛され、前王妃の悋気に常に晒されていたというご側室。
しがない平民でしかない僕は、シエル様の母親に関してそんな知識しか持っていない。
「側室なんて呼ばれていたけれど、母の実質的な扱いはただの愛妾でね。王宮に居を構えるなんてことは許されなかったんだ」
――母は、オメガだった。
小さくつぶやかれたその言葉。
それは妙にねっとりと耳にまとわりついた。
「ア、アウグストソン公爵」
「堅苦しいね。シエルと呼びなさい」
「そんなわけには……」
王家の尊い血を引く公爵様を、そんなふうに呼べるはずがない。
慌ててぶんぶんと首を振ると、金色の瞳でじっと見つめられた。
「――呼ぶんだ、いいね」
――威圧に満ちた声が耳に届く。
僕の長い耳はその威圧に打ちのめされたかのように自然に垂れてしまい、ただでも小さい尻尾がさらにきゅっと縮まった気がした。
「……シエル、様」
「うん、いい子」
大きな手が優しく頭を撫でる。だけどちっとも落ち着かずに体が強張ってしまう。
「……シエル様は、リオネル様のお知り合いなのですか?」
「たまに王宮で顔を合わせる程度だね。知り合いというほどの仲ではない」
気になっていたことを問うと、案外素っ気ない答えが返ってくる。
「だけど……彼の匂いを知っているんですよね」
「狼は鼻が利くからね。気に入らない同族の匂いは、特によく鼻に残る」
「気に、いらない……」
なんとも、不穏な言葉だ。
鸚鵡返しに言う僕に目をやり、シエル様は口の端を上げて白い牙を見せながら笑った。
「そう、気に入らない。清廉潔白で挫折や悩みを一切知らない、あのお綺麗な男がね」
彼の言う通りではない。リオネル様だっていろいろな苦悩を抱えて生きている。
近くで過ごすようになるまでは、シエル様と同じような感想を抱いていなかったかというと……嘘になるけれど。
けれどそれを言っても、シエル様は聞き入れてはくれないのだろう。
「さて、そろそろ着くよ」
そんなふうに会話を打ち切られて、僕はハッとした。
淑女にするように手を取られ、馬車から降ろされる。そこは見たことがないくらいに立派な屋敷だった。歴史を感じさせるその重厚な佇まいは、シエル様の雰囲気とどこか似通っている。
リーディさんが乗った馬車は裏門にでも行くのか、屋敷の塀を回るようにして消えていった。
「リーディさんは……」
「あの男におびき出されたのに、君は優しいね。そうだね、今はなにもしないよ」
信用できないことを言って楽しそうに笑うと、彼は優雅な仕草で僕の手を引く。
リーディさんとロランの身の安全のためにも、そして僕自身の安全のためにも。黙ってついていくという選択肢しか存在しなくて、僕は赤狼に手を引かれるままに歩いた。
長い長い玄関までの道を歩き、重厚な扉を通り抜けた瞬間。
壁にかけられた――女性の肖像が目に入った。
シエル様と同じ赤い髪と金色の瞳。そして滑らかな褐色の肌を持つ、美しい女性だ。
「この屋敷は僕に与えられた屋敷の一つでね。過去には母がここに囲われていたんだ」
肖像に目を奪われる僕に、シエル様はそんなことを言った。
ではこの肖像は、彼の母――前王のご側室なのだろう。
前王に溺愛され、前王妃の悋気に常に晒されていたというご側室。
しがない平民でしかない僕は、シエル様の母親に関してそんな知識しか持っていない。
「側室なんて呼ばれていたけれど、母の実質的な扱いはただの愛妾でね。王宮に居を構えるなんてことは許されなかったんだ」
――母は、オメガだった。
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それは妙にねっとりと耳にまとわりついた。
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