shiren~薄紫の恋~

桜河 美那未

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桔梗の章

すれ違いの序曲

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家に帰って私は父に、自分の目を見てもらった事を告げた
もちろん、清永屋さんの話も含めて。
清永屋の名前が出た瞬間、父の顔色が変わった
「そのくらいしてくれて当然だ」と吐き捨てるように呟く

うちは、職人気質の父が作った焼き物などの瀬戸物を売っていて
いわゆる農家ではなく、工芸で身を立てており
工芸品を売る為に、商家に品物を卸していた
その、卸し売り先の一つに、清永屋があった
先代の清永屋の旦那は、父の作品を高く評価していたが
時代が時代だけに高値をつけられず、父が苦労して創った作品は
いつも大した稼ぎにはならなかった
その分、母が身を粉にして働いていたのだ。
そして、母が病気で倒れてしまった…
父はそれこそ、母の治療費を稼ぐべく
魂を削って作品をつくりつづけた
馴染みの清永屋であれば、事情が事情だから値をつけてくれる
そう信じて門を叩いたが、その悲痛な訴えもむなしく
母の治療費に当てられる程の金額にはならなかった。
そうして、母は逝ってしまった…
父は悲しみ、清永屋を恨んだ
それ自体が逆恨みであることなど、父も充分わかっている
ただ、大事な人が亡くなった悲しみをぶつける場所を探して…
あの時、高値で買い取ってくれていたら、と嘆く事で
父はやり場のない思いを昇華していたのかもしれない
子供の頃、その嘆きはよく聞いていたのだけど
まさかその対象が、清永屋だったなんて、私は知らなかった…
そして何の因果か、娘の私が、清永屋のおかげで医者にかかれた。
結果は良くはなかったが、それでも何か一つの運命さだめのような
不思議な因果を感じていた。

弟や妹はまだ小さいが、でも、家族で協力すれば
乗り越えて行けない事はないはずだ
父だって、身体が治れば働ける
私の目は、見えなくなっても、手は動くし、歩けるのだから
うん。自分の力で生きていこう…
私は、大丈夫。
不思議なものだった。
見えなくなると言われて絶望の淵に立たされたはずの私だったが
かえってそれが功を奏したようにすっきりした気分になり
あきらめがついたような、心持ちだった

しかし、私のその思いは数日で断ち切られる事になる

仕事を探す為に街を歩いていた私の前に、
またあの清永屋に仕える初老の男が現れた
『清永宗次郎様が、お前を身請けするとの事だ』
と、抑揚なく告げ、用意していた籠に、私を無理やり押し込めた
突然の出来事に、何がなんだかわからないまま、
私はまた清永屋に連れて来られた

籠から降ろされた私は、客間に通され
着物を変えられた
今まで着た事もないような美しい着物…
分不相応とは正にこれだ

身請け?私を?どういう事?

疑問符しか浮かばない私の耳に
着物を着せてくれた女中達の去り際の声が聞こえた
『旦那様もほんとにお優しい方だよね。
役にも立たない盲の娘を身請けするなんて』

役にも立たない…それはそうかもしれない
なぜ私を彼が身請けなんてしてくれるのか理由もわからない
女中の言葉は、混乱している私を傷つけるには充分過ぎた
ただその場で涙を堪えるのに必死だった

『桔梗!』
耳慣れた優しい声が聞こえた
振り返ると、そこにはやはり、美しい佇まいの彼がいた
こんな時でも、涼やかな、凛とした彼に
『…どうして私を…』
前回この屋敷に来た時と同じ質問をぶつけていた
しかし、彼は何も言わなかった
その代わりに、ゆっくりと私に近づき
手にしていた紫の花かんざしを私に見せた。
『…桔梗の、かんざし…』
『今日の為にね。探していたんだ』
ちょっとはにかんだ笑顔でそう呟き、そっとそれを私の髪に刺した
『やっぱり。よく似合うよ』
『旦那様…』
『…これからは、名前で呼んでくれるかい?』
『え、、、』

嬉しくないはずがない…
嫌なはずがない
ずっと恋い焦がれた想い人と一緒になれるのだ
もう二度と見れないはずの彼にずっと逢える
もう二度と聞けないはずの彼の声をこれからはずっと側で聴ける

でも、いいの?
私は、幸せになっていいの?
私なんかが一緒にいて彼は幸せ?
思いもよらない幸運が怖い…
幸せが怖いなんて…思ってもみなかった

『しばらく忙しくて、なかなか時間が取れないかもしれないが
自分の家だと思って、自由にしていていいから。』
『あ、あの…でも…』
『ああ、君の家の方は大丈夫だよ。心配いらない。』
『え?どう言う事…』
聞こうとした矢先に、あの初老の下男が
彼に声をかけた
『旦那様、堺屋さんがおいでになりました』
『ああ。じゃあ桔梗、少しここで待っていておくれ』
優しい笑みを私に向け、彼は客間を後にした。
私はよくわからないまま、呆然とそこに立ちつくしていた
『おまえはついてる娘だよ…』
残っていた初老の男がふと呟いた
『まあ、その目ではおそらくこの先仕事は見つかるまい。
これで良かったと思う事だな。』
『どう言う意味ですか?』
『お前が売られたおかげで、お前の家族は助かる訳なんだから』
…売られた?
『なんだ、知らないのか。お前の父親、この間直談判に来たのさ
責任を取って娘を身請けしろとな。』

責任?どういう事?!

『旦那様は、父親に謝ってお前を身請けすることにして、
お前の家族が当分暮らせるだけの金子きんすを渡したのさ』

まさか…父は、あの時の、母の死を楯に彼に責任を取れと
私を身請けしろと、彼に迫ったのか
そして彼はそれに応じたと言うのか…
母の死は、けっして清永屋さんの所為ではないのに

父親にしてみれば、盲の娘の当てにならない稼ぎより
身を売ってくれた方がよっぽど良かったと言う事か…
なんの断りもなく、私の意思など無いに等しく
ただ、そこにある品物の様に…

たまたまだ。私が彼を好きだったから、嬉しい気持ちもあったが
本来なら見も知らぬ人だったかもしれない

家族の為に頑張ろうと思っていた気持ちは私の独りよがりだったのか

みんなにとってはその方幸せになれる選択肢だったのか
自分のチカラでなんとかしたいなんて
おこがましい気持ちは捨てて
早く身売りをすれば良かったのか

何も考えられなくなった

耐えればいいだけなのに
しかも、身請け相手は、彼だ
嫌な事などある訳ないのに
自分の自尊心など、捨てればいいだけなのに
この時の私は、それに耐える事が出来なかった
責任と言う名の元に、仕方なく私を身請けしたのなら、
それは彼にとっても、幸せな決断ではない
自分の心の中には、そんな思いもあった
彼と思いが通じあったと思えたのは
それこそ、ただの彼の優しさに過ぎず、
幸せな私の勘違い…

そう思うと、この屋敷にいることも、ただ辛いだけだった

そして父にもきちんと話を聞きたい…

私は、彼には見つからないように
そっと清永屋の屋敷を抜け出した

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