shiren~薄紫の恋~

桜河 美那未

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桔梗の章

再会、そして…

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清永屋に着くと、彼がそこにいた
商家で真剣にキビキビと働く彼は
団子屋に来る時とはまるで別人みたいで
なんだか少し距離を感じた。
でも、これが、本当の彼の姿なんだ
目の前の仕事に打ち込む真剣な姿、
彼には家や、商いという守るべき大切なものがあるんだな…
と、そう思えた。

『桔梗!』
私を見つけた彼が、名を呼んだ。
その瞬間、彼を取り巻く雰囲気は、
あの優しい空気に戻っていた
笑顔で近づいてくる彼に
挨拶もろくにしないで、私は尋ねた
『あ、あの、どうして私を…』
どうしてここに呼ばれたのか、
それが気掛かりで、ドキドキしていた。
まさか本当に、あの時言っていたように
私の事を雇おうとしてくれているのか…
様々な期待と不安が交差する
『聞いたよ。でももう心配いらない。もう、無理しなくていいよ』

…?無理しなくていい…
どういうこと?

『明日、医者を呼んでる。その目を
  ちゃんと診てもらいなさい』

ーーーー何故、知っているの…

あまりに突然の事に、返答に時間がかかる
『…どうして、その事…』
少しの沈黙のあと、なんの抑揚もなく出た言葉に
『団子屋の主人に聞いたんだ。
そんな状態で、働いていたなんて…』
悪気のない彼の言葉が響いた
その音色は、同情のような憐憫れんびんの言葉…
同情なんてされたくなかった。
彼にだけは、知られたくなかった…

『…そんな事、してもらう理由がないよ。』

好意を無に帰す様な、否定のそんな返事しか出来ない私に
彼は優しく笑って答えた 
『あの時のお礼だと思ってくれたらいい』
『…?』
『あの夏の日に、私は君に救われた。今度は私が助けたいんだ』
助けたいなんて、そんな…私は貴方があの店に来てくれた
それだけで充分だったのに
『そんな大した事はしてないよ』
想いとは裏腹に言葉はつっけんどんになる
そんな私の態度には御構い無しに
『目が良くなれば、団子屋にも、きっと戻れるようになる』 
と、彼は言葉を続けた
…また、あそこに、あの時に戻れる…!
そう思った瞬間に私は俯いていた顔をあげた。
顔あげた私の動作を確認して、
背の高い彼が、ゆっくりと私に歩み寄る
きちんと私の目をみているのが
狭い視界の中でもちゃんとわかる
そして、真摯な眼差しで私に伝えた

『桔梗…君がいないんじゃ、私があの店に行く意味がないんだ。』
『…私がいないと…?』
私の戸惑うような返事に、少し照れた様に笑う彼が、
私の肩を掴み、まるで確かめる様に少し首を傾げ、顔を覗き込んだ
肩を掴んだ大きな掌から、彼の想いが流れ込んでくるようだった
もしかして、彼も… 私と同じように、
私を想っていてくれたというの…?
『…あ、ありがとう。』
嬉しくて、本当はもっともっとたくさん何かを言いたいのに…
私もそうだと伝えたいのに、どの言葉もうまく口に出来ない
鼓動だけが早鐘のように早まり続ける
ただ、その場で言葉も出せずにうつむき赤面する私を見て
微笑んだ彼が、そのままそっと肩をを引き寄せ、
優しく私を抱きしめた。

私は、若旦那の客人として扱われ
その日は、清永屋の客間で眠りについた
次の日に、その客間に、医者が来訪し
私の目を、事細かに診察していた
そして、静かにこう告げた。
『そう遠くないうちに、この目はほとんど見えなくなるでしょう』

ーーーー見えなく、なる…

…自分でも恐れていた事が現実として突きつけられた。
震えながら少しの希望もないのかと尋ねた時の
医者の、絶望的な言葉が忘れられない
『進行が遅れる事はあっても、失明が免れられた事例は…過去にありません』

光が、なくなる…

それは言葉にすれば単純だが
全てを奪われるような絶望的な言葉だった
医者が部屋を出て行き、しばらくして彼が部屋にやってきた
『桔梗…』
声のトーンで、もう医者から、病状を聞いたんだとわかった…
『ありがとう。一生お医者様になんて診てもらえないって思ってたからさ。
これで、もう悔いはないよ。』
彼に心配を掛けないよう、精一杯明るく笑って返事をした
『桔梗、私は…』
『もう、団子屋では働けないけどさ、でも、なんとか出来ると思うんだ。
兄弟もいるし!だから…』

だから、 もう   …逢えないね…

言葉には出来なかった。心の奥が掻きむしられるように苦しい…
『あたし帰るよ。日が暮れたら道がわかんなくなるし
昨日帰らなかったからお父ちゃんが心配してると思うし』
『…そうか。すまない。私は行けないがせめて誰かに送らせよう。』
『平気だよ。まだ日も高いし、それに…』
自分の力で帰らなければ…これ以上甘えるわけには行かない
そうしないとこれから先、もっと大変になるのだから。
『充分過ぎるお礼を貰って、そのうえ更に送って貰ったりしたら
またこっちが返さなきゃならなくなるだろ』
『そんなことは…』
彼の言葉を遮るように立ち上がり、私は頭を下げた
『ありがとうございました』
頭を下げた瞬間、目頭が熱くなった
涙が流れ落ちる前に、私は頭をあげ、
彼にはそれを見られないように、踵を返し、歩き出そうとしたが
慣れない場所で、見えにくい状態ではうまく歩く事が出来ない
玄関の場所もよくわからないから、手探りになる
場所を探ろうと、目の前に手をかざした時
すっ…と彼が、その私の手を取った

『こっちだよ』

少し驚きながらも、その自然な流れに、
彼に導かれるままに、私は歩き出した
見られないようにした涙は、彼に手を取られ、
歩いているうちに我慢し切れず流れ落ちた。
きっと気づいていただろう
でも彼はずっと、何も語らずに、ただ、私を導いてくれた
玄関までのほんの何十歩だったが、
その手から彼の優しさが、伝われば伝わるほど、
胸が押し潰されそうに苦しくなった
程なくして、玄関先に辿り着き
その手を離そうとした瞬間、彼の手に力が込められた
『桔梗…困った事があれば、いつでもここに来なさい』
彼の大きな手が、私の手を握りしめる。
私はその手を握り返す事なく、笑って答えた
『ありがとう。でも、大丈夫。』

それしか言えずに、私は清永屋を後にした
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