蔦葛物語

DENNY喜多川

文字の大きさ
21 / 54

第十一夜 被衣(かずき) 前編

しおりを挟む
 被衣とは、女性が徒歩や騎馬で外出する際に、顔が見えないように被る、袿(うちき)や単(ひとえ)のことである。後年には、被衣用に着物をあつらえるようになった。
 庶民はさておき、高貴な女性が顔を見せることは、関係を許すこととイコールであったこの時代、被衣は、ムスリム女性の被り物である、ヒジャブやニカーブ、ブルカ、チャドルなどと、よく似た機能を持っていたと言えるだろう。
 ちなみに、都市において、女性が被衣を被らずに出歩くことは、
「ナンパオッケー」
 のサインであった。ただし、女性には拒否権があったし、関係を持つ男性は、一夜の宿と食事を提供しなくてはならない。このシステムを利用し、一人旅をする女性も、決して少なくはなかった。
 被衣の習慣は、室町時代頃まで続いた。



 被衣越しに見上げるモミジは、一面に紅葉していた。
 私と拾は固く手をつなぎ、二人で紅葉を見上げる。
 傍目には私たちは、仲のよい姫君と侍女に過ぎない。本当のことを知っているのは、私たち二人だけだ。
「奥方さま、ありがとうございます。一生の……思い出です」
 拾の声に、わずかに嗚咽が混じっているのを、私は聞き逃さなかった。
 そうなると、私の目からも、自然と涙が零れる。
 二人きりで外出して、モミジを眺める。そんなことが、この先の私たちの人生に、許されるとは思えなかったからだ。
 と、うめき声のような声が、どこからともなく聞こえてきた。
「奥方さま?」
「しっ……」
 私は耳を澄ます。声は、少し離れた草むらから聞こえてくる。
 草むらをよくみると、肌色の何かがちらちらと動くのが見えた。
 手? いや、脚?
 私は、拾の手を引いて、息を殺して草むらに近づく。
 近づくと、草むらの影でうごめいているものが、はっきりと見えた。
 それは、絡み合う男女の姿であった。近くには、抱き合いながら脱ぎ捨てていったであろう、二人の衣類が、点々と落ちている。
 私は、彼らの邪魔をせぬよう、拾をうながして、静かにそこを離れようとした。
「奥方さま、あちらにも……」
 声を潜める拾の、指さす方を見ると、あちらの草むらの影、こちらの樹の影に、絡み合う男女の影が見える。
 どうやら私たちは、とんでもないところに迷い込んでしまったようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...