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第二十四夜 一条戻橋 前編
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一条戻橋には、さまざまな伝承がある。
安倍晴明は、ここに式神を飼っていたというし、渡辺綱が鬼に出会ったのも、一条戻橋のたもとでのことだ。
『撰集抄』によると、漢学者三善清行の死に駆けつけた、息子の浄蔵が、この橋で父の葬列に行き合い、棺にすがって泣くと、雷鳴と共に清行が一時息を吹き返し、今生の別れをすることができたと言う。
疫病は、京を覆い尽くした。
帝もお倒れになり、晴明さまが付きっきりで、邪気を祓っている。
中将の君は、あの晩以来、死んだように眠ったままだ。
そして拾も、あの晩以来、帰ってきていない。
拾は、どこへ行ってしまったのだろうか。
「拾……」
失ってみて、思い知った。
私が拾に、いかに救われていたか。
私が拾を、いかに必要としていたか。
私の心も、体も、拾を必要としている。
火照る肉体を沈めようと、幾度も自分で慰めた。
(拾がいなくても生きていける)
そう自分に言い聞かせて、あふれる想いを、指で鎮めようとした。
でも駄目だ。
中将の君のお気持ちに応えることができたのは、嬉しいことだった。
でも、そのために拾を失うのは、耐えられない。
私は、欲張りな女だろうか。
それでも構わない。
死後、愛欲の罪で、紅蓮地獄の炎に焼かれても構わない。
いや、この身はすでに、愛欲の炎に焼かれているのだから、今さら同じことだ。
拾は、ともに地獄に堕ちてくれるだろうか。
私は、拾の姿を求めて、町にさまよい出た。
家々はことごとく、物忌みで戸を閉ざしていた。
道には行き倒れた死体が、取りかたづける者もなく、放置されている。
すれ違う道行く人は、みな口元を押さえ、足早に通り過ぎていく。
私の心が地獄なら、今の京の有り様も、まごうかたなき地獄であった。
御仏は、なぜにこの地獄から人々をお救いくださらないのか。
間もなく訪れるという、末法の世が、すでに訪れたというのか。
私は我知らず、経文を唱えていた。
(観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄)
やがて私の足は、拾を拾った、一条戻橋の方へと向かった。
安倍晴明は、ここに式神を飼っていたというし、渡辺綱が鬼に出会ったのも、一条戻橋のたもとでのことだ。
『撰集抄』によると、漢学者三善清行の死に駆けつけた、息子の浄蔵が、この橋で父の葬列に行き合い、棺にすがって泣くと、雷鳴と共に清行が一時息を吹き返し、今生の別れをすることができたと言う。
疫病は、京を覆い尽くした。
帝もお倒れになり、晴明さまが付きっきりで、邪気を祓っている。
中将の君は、あの晩以来、死んだように眠ったままだ。
そして拾も、あの晩以来、帰ってきていない。
拾は、どこへ行ってしまったのだろうか。
「拾……」
失ってみて、思い知った。
私が拾に、いかに救われていたか。
私が拾を、いかに必要としていたか。
私の心も、体も、拾を必要としている。
火照る肉体を沈めようと、幾度も自分で慰めた。
(拾がいなくても生きていける)
そう自分に言い聞かせて、あふれる想いを、指で鎮めようとした。
でも駄目だ。
中将の君のお気持ちに応えることができたのは、嬉しいことだった。
でも、そのために拾を失うのは、耐えられない。
私は、欲張りな女だろうか。
それでも構わない。
死後、愛欲の罪で、紅蓮地獄の炎に焼かれても構わない。
いや、この身はすでに、愛欲の炎に焼かれているのだから、今さら同じことだ。
拾は、ともに地獄に堕ちてくれるだろうか。
私は、拾の姿を求めて、町にさまよい出た。
家々はことごとく、物忌みで戸を閉ざしていた。
道には行き倒れた死体が、取りかたづける者もなく、放置されている。
すれ違う道行く人は、みな口元を押さえ、足早に通り過ぎていく。
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御仏は、なぜにこの地獄から人々をお救いくださらないのか。
間もなく訪れるという、末法の世が、すでに訪れたというのか。
私は我知らず、経文を唱えていた。
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やがて私の足は、拾を拾った、一条戻橋の方へと向かった。
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