満月の夜、絡み合う視線

宝月 蓮

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ルフィーナ・ヴァルラモヴナ・クラーキナ

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 アシルス帝国帝都ウォスコムにある宮殿にて。
 この日、アシルス帝国を治める皇帝一家ロマノフ家主催の夜会が開催されていた。
 その夜会で一際注目を集める令嬢がいた。

 真っ直ぐ伸びたダークブロンドの髪。ペリドットのような緑の目。可憐で誰もが振り返る程の美貌の持ち主。
 それがルフィーナ・ヴァルラモヴナ・クラーキナ。今年十七歳になるクラーキン公爵家の一粒種の令嬢で、次期女公爵である。

 ルフィーナ達の親世代の場合、家督や爵位を継げるのは男性のみだった。しかし、今の皇帝アレクセイが女性も家督や爵位を継げるように制度を変更したのだ。

「ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢、僕と一曲いかがでしょうか?」
「では、よろしくお願いしますわ」
 ルフィーナは自身をダンス誘った令息の手を取る。
「ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢とは個人的にお話をしたいと思っておりました。その、とても魅力的ですので」
「お話……と言うと、もしかしてクラーキン公爵領を通過する際の通行料のことでございますね」
「あ、いえ、そうではなく」
「でしたら、新規共同事業の提案でしょうか? ですが領地経営は父が七割を担っておりまして、わたくしはまだ三割しか任されていないのです。新規事業の提案でしたらクラーキン公爵家当主であるわたくしの父に持ちかけた方が確実かと存じますわ」
「いえ、その……」
 緊張して頬を赤くする令息に対し、ルフィーナは微笑みながら淡々と仕事の話をしてしまう。
 おっとりとしているが、しっかりとした口調のルフィーナである。
 彼は明らかにルフィーナに惚れているのだが、ルフィーナは全く気付いていないのだ。
 ルフィーナをダンスに誘った令息は撃沈し、意気消沈しながらルフィーナの元を去って行ったのである。

 可憐な容姿と次期女公爵という立場により、ルフィーナは家督を継がない令息達にとって憧れの的である。
 しかしルフィーナは異性からの好意にことごとく鈍感なのだ。
 それでもルフィーナに好意を寄せる者達は大勢いる。
 ルフィーナはまた新たな令息達からひっきりなしにダンスに誘われていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





(……疲れたわね)
 ルフィーナは何人とも連続でダンスをする体力はない。
 よって飲み物をもらい、壁際で休憩していた。
 シュワシュワとしたラズベリーソーダを一口飲むと、程良い酸味が口の中で弾けて喉を潤す。
 ルフィーナが一息ついていると、令嬢軍団が近付いて来た。
「あらあら、クラーキン公爵家のルフィーナ様じゃないですか。先程まで見境なく大勢の殿方とダンスをしていらしたのに」
 黒褐色の髪にアクアマリンのような青い目のリーダー格の令嬢が悪意ある笑みと口調でルフィーナに絡む。

 彼女の名はジーナ・フェドートヴナ・オボレンスカヤ。オボレンスキー侯爵家の次女である。
 ジーナの後ろにいる令嬢達もルフィーナを蔑んだようにクスクスと悪意ある笑い方をしている。
 
「いえ、ジーナ様、見境なくではありませんわ。クラーキン公爵家と取り引きが可能な方と建設的な話し合いをしているつもりですが」
 ルフィーナはおっとりとした様子できょとんとしていた。
「そういうことを言っているのではございませんのよ。本当、貴女のその何も知らないような態度、嫌になりますわ」
 ジーナは怒りを露わにしてルフィーナにベリーを使った真っ赤な飲み物をかけようとする。ルフィーナが着用しているのは淡い紫色のドレス。真っ赤な飲料がかかったらかなり目立ってしまう。
 しかし、ルフィーナはそれを上手く避けた。そのお陰でルフィーナのドレスは無事であり、宮殿の床が真っ赤に染まるだけ。
「あらまあ」
 ルフィーナはペリドットの目を丸くする。
「わざとではないわ。手が滑っただけですの」
 ジーナはわざとらしい態度である。
「まあ、でしたら大丈夫でしょうか?」
 ルフィーナは心配そうにジーナを見る。ペリドットの目は本気で彼女を案じているようだ。
「は?」
 ジーナは眉を顰める。
わたくしがナルフェック王国のラ・レーヌ学園に留学していた時、脳神経に関する医学論文を読んだのでございます」
 ルフィーナは淡々と話し始める。

 実はルフィーナは十三歳から十五歳までの三年間、ナルフェック王国のラ・レーヌ学園に留学していた。この学園は貴族の教養や最新の学問を学べ、諸外国から留学生も受け入れているのだ。
 十八歳まで在籍可能だったが、ルフィーナは昨年十六歳の成人デビュタントの儀に合わせてアシルス帝国に帰国したのである。

「その論文によると、急に手が滑ったりする場合、脳神経に異常をきたしている可能性があるとのことでした。早期に処置を施さないと手遅れになることもあるそうですわ。もしよろしければ、ナルフェック王国の医師を紹介いたしましょうか? あちらの国の方が医学は発達しておりますし、留学期間でそれなりにナルフェックの貴族の方々とも交流しておりましたので。医療が発達した領地を治めるヌムール公爵家の次男とも手紙のやり取りはしているので、すぐに腕の良い脳神経専門医は紹介していただけるかと存じます」
 心配そうではあるが、落ち着いて淡々と話すルフィーナだ。
「人を病人扱いだなんて、失礼にも程がありますわ。もう行きましょう」
 ジーナは怒りを露わにし、取り巻きの令嬢達と共にルフィーナから離れるのであった。
(ジーナ様、本当に大丈夫なのかしら?)
 ルフィーナは心配そうにジーナ達の後ろ姿を見ていた。

 ルフィーナは社交界でも令息達から人気があるのでジーナを始めとする令嬢達からはこうして嫉妬されることが多々ある。夜会では毎回ジーナのように公爵家並みの力を持つ侯爵家の令嬢や、ロマノフ家でも無視できない力を持つ伯爵家の令嬢に絡まれたり嫌がらせをされることもあるのだ。
 しかしルフィーナは令嬢達からの悪意にも鈍感だった。
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