満月の夜、絡み合う視線

宝月 蓮

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ストーカーの正体

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 ガタゴトとした揺れにより、ルフィーナはゆっくりと目を覚ます。
(ここは……?)
 ペリドットの目はぼんやりとしていた。
 ぼんやりする中、今自分が馬車に乗っていることは理解出来た。
 広いが粗末な馬車だ。おまけに窓もない。
「ルフィーナ嬢」
 すぐ隣から、聞き覚えのある声がした。
 ルフィーナは声の主に目を向ける。

 赤茶色の髪にアンバーの目の男――ドロルコフ公爵家次男マカールだった。

「マカール様……」
 何が起こったか理解出来ていない中、知り合いがいたのでほんの少し安堵したルフィーナ。
わたくし、背後から後頭部に衝撃を受けて……」
 ルフィーナは馬車に乗せられる前に起こったことをゆっくりと思い出す。


「うん。ごめんねルフィーナ嬢。君が逃げようとするから、手荒な方法を使うしかなかったんだ」


 マカールの声は、酷く乾いていた。

「え……?」
 ルフィーナから表情が消える。
 心臓に直接氷水を注がれるような感覚に陥った。
 ルフィーナは嫌でも理解出来てしまった。
 自分を背後から襲ったのはマカールであることを。
「マカール様……どうして……?」
 ルフィーナの声は震えていた。
 信じられない、信じたくない事実だった。
「どうしてって、ルフィーナ嬢を守る為に決まってる。可哀想なルフィーナ嬢。エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下に脅されているんだよね」

 マカールのアンバーの目はどこまでも真っ直ぐで……どこまでも虚ろだった。
 ルフィーナはゾクリとした。
 ルフィーナを脅かしていたねっとりとした視線。それは間違いなくマカールのものだった。

「では、あの手紙の送り主は……」
 震えて上手く声が出せないルフィーナ。
「ああ、僕だ。僕だよ。僕がルフィーナ嬢を守っていたんだ。君のことをずっと見ていたよ」
 ねっとりとした笑みのマカール。
 そのアンバーの目からは狂気が感じられた。
 ルフィーナは呼吸が浅くなる。
 恐怖に支配され、体が上手く動かない。
(嫌……! 助けて……!)
 震える体で後退あとずさりするが、マカールはそんなルフィーナに迫る。

「この馬車は……どこに向かっているの……?」
 生糸のように細く、震える声。ルフィーナはようやく声が出せた。
「エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下すら探し出すことが出来ない場所だよ」
 マカールの声なのだが、ルフィーナにとっては聞いたことのない男の声に聞こえた。
「マカール様……嫌、今すぐ降ろして」
 ルフィーナは必死に願う。しかし、マカールにその声は届かない。



「殿下に脅されて、きっと物凄く不安で怖かったよね。でももう大丈夫。僕が側にいるから。僕と一緒に奴がいない場所に逃げよう。そして二人だけで暮らすんだ」



 恐ろしい程に真っ直ぐで、光が灯っていないアンバーの目。
 その目はルフィーナを映しているものの、焦点が合っていない。

「嫌! やめてマカール様!」
「ルフィーナ嬢、殿下から僕を拒絶するように言われているんだね。でもここには殿下はいない。素直に僕に助けられて嬉しいって言ってよ、ルフィーナ嬢。僕と君は運命の赤い糸で結ばれているんだから」
 気味の悪い笑みでルフィーナに迫り来るマカール。
(助けて……グラーファ様……!)
 ルフィーナのペリドットの目からは涙が零れた。

 その時、馬車が急停車した。

 その衝撃により、ルフィーナは軽く壁に体を打ち付けた。
「良いところだったのに」
 マカールは舌打ちをした。そして前方にいる御者の元へ向かう。
「一体何なんだ?」
 不快そうなマカール。
「すみません、前に人がいて……」
 御者は弱々しくオドオドしていた。
「人?」
 不愉快そうに眉を顰めるマカール。

 その時、馬車の扉が勢いよく開いた。
「ルフィーナ嬢!」
 低く凛とした声。

 それはルフィーナが一番聞きたかった声である。

 ルフィーナは縋るように声の主に目を向ける。

 月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪。ラピスラズリのような青い目。大柄で、凛とした顔立ち。

「グラーファ様……!」
 ルフィーナのペリドットの目からは涙が止まらなくなった。まるで水晶のような涙だ。
「ルフィーナ嬢、君を助けに来た」
 凛とした声。ラピスラズリの目は真っ直ぐルフィーナに向けられている。
 ルフィーナはエヴグラフが来たことに対して心の底から安堵し、全身の力が抜けた。
「怪我はないか?」
 エヴグラフはルフィーナに駆け寄り、その身を案じてくれた。
 ルフィーナはゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫……です」
「君に怪我がなくて本当に良かった」
 エヴグラフは優しく、心底安堵した表情だった。
「どうして……殿下がここに……!?」
 困惑しつつもエヴグラフに怒りを向けるマカール。
 エヴグラフは冷たい目でマカールを見る。
「ルフィーナ嬢が誘拐されたと聞いて駆け付けたんだ。マカール・クラーヴィエヴィチ・ドロルコフ。お前がおこなったルフィーナ嬢へのストーカー行為、断じて許されるものではない!」
 エヴグラフのラピスラズリの目は、怒りに染まっていた。
「僕がルフィーナ嬢のストーカー? そんなはずあるわけない! 僕はルフィーナ嬢を守っていただけだ! 殿下こそ、身分を振りかざしてルフィーナ嬢に自分と一緒にいるよう強要しているのだろう! そんな卑劣な奴に僕のルフィーナ嬢は渡さない!」
 マカールはエヴグラフに襲いかかった。
 しかし、エヴグラフは軽々とそれをかわし、マカールを背後から羽交締めにした。
「お前にはルフィーナ嬢へのストーカー行為と誘拐罪、それから……タラス・フォミチ・ベスプチン殺害容疑がかかっている。帝室の人間である俺への不敬罪も追加だ。警吏も来ているから大人しくしろ」
 低く冷たい声である。
 馬車の外から多くの足音が聞こえた。警吏の足音だろう。
「え……殺害容疑……?」
 ルフィーナの表情が強張る。

 ルフィーナはタラスが亡くなったという新聞記事を数日前に読んだばかりである。

「タラス・フォミチ殿の殺害……!? それに関しては僕は何も知らない!」
 マカールは焦ったような表情だ。
「証拠はある。ベスプチン侯爵領に大雨が降る十日前、ベスプチン侯爵領のダム付近でお前の目撃情報があった。ダムが決壊しやすいよう派手で大掛かりな細工をしているとな。お前の持ち物も、ベスプチン侯爵領のダム付近に落ちていた」
 冷たい声でマカールを責めるエヴグラフ。
「知らない! 俺はその日帝都にいた!」
 必死に叫ぶマカール。
「それを証明する人はいるのか?」
「それは……」
 エヴグラフの言葉に対し、マカールは黙り込む。
「お前がタラス・フォミチに領地へ戻るよう唆した手紙も証拠として押収されている」
「知らない! タラス・フォミチに手紙なんか書いていない!」
 マカールは必死だった。
「ルフィーナ嬢へのストーカー行為だけでなく、殺人罪でも裁かれることは確定だ。お前の行為はルフィーナ嬢を怖がらせるだけだった。更に人を殺めた。そんな奴にルフィーナ嬢を守れるわけがない」
 堂々と、勝ち誇ったような声色のエヴグラフ。
 そして警吏が馬車に乗り込み、マカールは連れて行かれるのであった。
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